前回のあらすじ!
ゴールドシップ、あいつはおっぱいはデカいが、危険な奴だ。と語るトレーナー君。
スズカは弥生賞を、マックイーンはデビュー戦をそれぞれ制して次なる目標に向けて走り出す。
そんな中スズカに何やら不穏な影が……。
スズカの次なる目標──東京優駿、日本ダービー。果たしてスズカは勝ち取ることができるのか。
《第九話 優しさの代償》
ダービー当日。東京レース場で行われるこの舞台は、やはりと言っていいほど観客の数が桁違いだった。何度か足を運んでいるが、やはり自分の担当ウマ娘が出るとなると緊張が抑えられない。
「これが、GⅠの舞台……」
隣にいるマックイーンもいずれ自分が出る舞台ということもあってか、武者震いが抑えられないようだ。
「位置もいいところ取れたし、スズカのところ行ってくるよ。マックイーンはどうする?」
「いえ、私は待っていますわ。伝えたいことは昨日伝えましたから」
「ファイトですわー!……ってな」
「なっ!マネしないでくださいませっ!」
マックイーンの声を背に、人混みをかき分けてスズカの待つ控え室に向かう。
皐月賞を蹴ってまで仕上げに専念した二か月間。大逃げに耐えられる足も出来上がった今、スズカなら勝てる。四番人気とやや下だが、そんなのは関係ない。
「ん? あれは……」
向かう途中、見知った顔が遠くに見えた。あっちも俺に気付いて両手を振っている。
「先輩っ!」
「よっ、後輩。来てたのか」
「私もいるよ」
後輩だけでなく俺のもう一人の先輩である、あねさんまで来てくれていた。
「……!あねさんまで」
「あなたも“あねさん”呼びかい……まぁ、いいけど」
「でもなんであねさんが?担当は出走登録してないですよね」
「なにさ、応援に来ちゃ悪い?」
「え、あぁ……いやいや!悪いなんてことないですよ!むしろありがとうございますです!」
これまであねさんが応援しに来るってことは無かったから正直意外だったけど、応援に来てくれたってことが何より嬉しかった。
「私も色々心配だったのよ。世間じゃ色々言われてたしさ」
「俺にとっては日常茶飯事ですよ。あんなの」
「……
先輩とあねさんは同期ってこともあって、よく競い合ってた。二人とも頑固なところあったから、いつも言い合いになると俺は板挟みにされてた。他がどう言おうが関係ない、って性格は先輩譲りなのかもしれない。
「それじゃ、スズカの所に行かなきゃなので、失礼します」
「ええ」
「先輩!応援してますっ!」
「俺が走るわけじゃねぇだろ」
◇
「スズカ、入るぞ?」
“サイレンススズカ控え室”の張り紙を確認して、ドアをノックする。中に入ると、勝負服に身を包んだスズカの姿が見えた。
白と緑を基調としたまさにサイレンススズカそのものな勝負服。どちらの色もスズカの好きな色を取り入れていて、緑は言わずもがなターフの色。白はというと、スズカが昔見たという雪が降り積る白銀の景色から取っている。
一度はトレーナー室で見ているため、これで見るのは二度目だ。
椅子に腰を下ろし、鏡を見つめて何か思い悩む様子のスズカだったが、俺が入ってきたことにやっと気づいたのか、俺の方に身体を向ける。
「緊張してるのか?」
「……はい」
レース当日になってもスズカの調子は変わらなかった。常に何かを気にして、時々俺の方を見ては申し訳なさそうな顔をする。いったい何を思っているのか、聞いても答えが返ってくることはなかった。
本当なら本調子でもない中でレースに出すのは悪手だが、スズカがこうなり始めたのはレースの後からだ。ならばレースで失ったものはレースの中で取り戻すのが手っ取り早い、そう俺は踏んだ。
「俺が言うことはただ一つだ。スズカのやりたいように──好きなように走れ」
「……」
スズカは小さく頷き、控え室を出ていく。スズカらしくない背に不安が拭えないが、最も幸運なウマ娘に勝利が与えられるこのレースで、スズカに幸運があることを祈るしかもう俺にできることはなかった。
「……頑張れよ。スズカ」
スズカを送り出して控え室を後にした俺は、マックイーンのいる観客席に戻ってきた。本来18人での出走だが、出走取り消しがあり1人を除いた17人によるレースとなった。
そして今、全17人によるパドックが終わり、出走の準備が始まろうとしている。
スズカは4枠8番、芝2400と前走の弥生賞よりも距離が長い。普通ならば序盤でスタミナはできるだけ温存して、最終コーナーで勝負に出るのが妥当。だが、スズカの場合は下手に温存すると自分のペースを見失い、かえってスタミナを多く消費してしまう恐れがある。そんなスズカがこのレースで勝てる方法はただ一つ、スタミナが切れる前に他を引き離す……短期決戦だ。
それができるだけのスタミナはある。引き離せるだけのスピードは元から持っている。
「トレーナーさん、始まりますわ」
「……ああ」
『17人のウマ娘が今、ゲートにつきました。最も幸運なウマ娘が勝つと言われる日本ダービー。その頂点を掴むのは誰か!』
その瞬間、ウマ娘全員の目がまさに獰猛な肉食獣の如くギラリと輝いた。誰にも勝利は譲らない、自分が一番だ、勝つのは自分なんだと、そういったたくさんの思いが流れ込んでくる。
この中には皐月賞を制したウマ娘もいる。三冠という夢のために決して負けられないんだと闘志を燃やし、今か今かとゲートが開くその瞬間を静かに待っている。
それぞれが譲れない思いを胸に掲げ、
『日本ダービー……今!スタートしました!!』
◇
スタートが切られて直後、俺はその違和感に気が付いた。
「いいスタートですわ!」
「……」
「トレーナーさん、どうかしましたの?」
「おかしい……」
「えっ?」
『さぁ先行争い、サイレンススズカが上がった!ここからまた始まるのか大逃げ!先頭はサイレンススズカ!』
いつものように逃げるスズカ。だが、後続のウマ娘との差が二バ身しか広がっていない。これは明らかに大逃げなんかじゃない、これではただの……
「普通の逃げだ」
「……確かに、スズカさんならもう二バ身ほど離せていてもおかしくありませんわ。トレーナーさんの指示ではないのですか?」
「俺はいつもスズカには好きなように走れとしか言ってない」
大逃げ戦法は作戦なんて考えずただ先頭を走るだけ。それがスズカのやりたい走りだからこそ、俺はそれしか指示を出さない。
「二番手の彼女は皐月賞取ったウマ娘ですわ。それにここはGⅠ。スズカさんが離せないほど周りのスピードが速いというのは……」
「それを考慮してもスズカがあれだけ離せないのはおかしい」
「言い切りますわね」
「眼だけは良いからな」
「そうでしたわ」
周りはいつものように大逃げをしていると思っているだろうが、あれは違う。周りが速いからなんてことでもない。明らかにスズカ
そしてレースの舞台は第一コーナーから第二コーナーへと移っていくが、未だにスズカは大逃げではなくただの逃げをしていた。流石に他のウマ娘もスズカが大逃げをしているわけではないと察してくるだろう。そうなると思考は二択──作戦なのか、スタミナが切れかけているのかという二つに絞られる。
ただ、明らかに差し返せる範囲内だということは確かだった。
「もうすぐで半分……第三コーナーですわ。スズカさん……」
「くっ……」
ここまで来て未だ後続を引き離せていない。一度速さの波に乗れればスズカはどこまでも走っていける。だが、こうなった以上は追い上げを得意とするウマ娘達を振り切れるかというと……、
『第三コーナー曲がって第四コーナー目前、おおっと!ここで先頭サイレンススズカが二番手に!!変わって先頭──』
「そんな……っ!」
「こうなるよな」
大欅を超えて俺たちが見たのは、次々と他のウマ娘達に抜かされていくスズカの姿だった。
──サイレンススズカここまでかぁ……。
──皐月賞蹴ってダービー出てくるからどれくらい力つけてるのかと思ったけど、案外たいしたことなかったな。
──ったく、せっかくスズカの気持ちいい逃げを見たかったのによ。
──抑えてたみたいだけど、トレーナーの指示か?だとしたらセンスなさすぎだろ。
──今までまぐれ勝ち乙。
「──っ!!あなたたち──」
「マックイーン、やめろ」
「ですがっ!」
俺は静かにターフの上を走るスズカを見つめていた。その下で血が滲むほど拳を握りしめて……。
それに気づいてくれたのか、マックイーンは何も言わず前を見てくれた。
「──忘れないでください。あなたは誰よりも優しく、誰よりもウマ娘のことを大事に思ってくれる私とスズカさんの自慢のトレーナーです」
「……」
「その名に恥じないよう、堂々と胸を張っていてください」
「──ありがとうな。マックイーン」
東京優駿──日本ダービー。4枠8番、サイレンススズカ。9着。
俺たちは完敗した。
◇
レースが終わり上位三着のウマ娘たちは輝かしいステージ──ウイニングライブへの準備へと向っていく。
俺は戦いを終えたウマ娘たちが歩いてくる地下バ道で、静かに彼女が来るのを待っていた。
「──トレーナー……さん」
「おう。おかえり」
待ち人ならぬ待ちウマ娘は、表情は暗く、肩も下がり気味、耳も垂れていた。最近はこんな感じのスズカばっかり見てる気がする。
俺に気付くと、より一層その表情に影を増した。
「ごめんなさい……」
「謝るな」
「……っ」
ビクッと肩が跳ねるスズカ。思わずキツめの声を出してしまった。ダメだな……こういうことしたこと無いから加減ができない。俺はスズカにそんな顔させたいわけじゃないんだ。
「怪我、してないか?」
小さく頷いてくれた。まずはホッと一息。
「俺いつもスズカには“好きなように走れ”って言ってるけど、今日は好きなように走れたか?」
「……」
肯定も否定も無しかぁ。でも十中八九、スズカは満足していない。やっぱりこういう時どうすればいいのか、俺には分からない。いくら眼が良くたって、相手が何を考えて、何に悩んでて、何をしてあげればいいのか、俺には見えるものしか分からない。
トレーナーとしての経験の甘さだ。先輩ならこういう時どうするんだろうな。
「……回りくどい聞き方は難しいな。スズカ、どうしてあんな走りをした?」
「それは……」
「悪いが、今日は聞かせてもらう。お前にとっても、そして……俺にとっても大事なことだ」
俺はスズカの逃げ道を塞ぐように、スズカの正面に立ってその声を待った。
「……私、見ました。トレーナーさんがたくさんの人から心無い言葉をかけられているのを」
「書き込みでも見ちまったか」
「はい……」
弥生賞が終わって怪我の見つかったスズカの皐月賞出走を俺が取り消した件についてだろうな。スズカはそういうのには興味を持たない娘だからと軽視してたが、周りがスズカに伝えるという可能性があるのを忘れてた。盲点だった。
「私が怪我をしたから……」
「まさかお前、また怪我をしないようにってあんな抑えた走りしたのか……?」
「はい」
「……俺が皐月賞を蹴ってこの二ヶ月、なんのためにトレーニングしたか分かってるだろ」
誰に何を言われようと関係ない。もう二度とスズカが好きに走って怪我をする事なんてないようにって、それだけを思って頑張ってきた。
「俺は信用出来なかったか……?」
「……っ!違いますっ!」
「なら──」
「私は!!……トレーナーさんに傷ついて欲しくないのっ!」
「──っ」
初めてスズカが声を荒らげた。俺たち以外いない地下バ道に、聞いたこともないスズカの声色が響き渡る。
「トレーナーさんは私に“好きなように走れ”って言ってくれる。でも私が好きなように走ってそれでまた怪我をしたら、トレーナーさんがまた心無い言葉をかけられる……そう考えたら好きに走るのが怖くなった」
「スズカ……」
スズカは、俺を恩人だとそう言う。走るのが嫌いになりそうだった自分を助けてくれたからと。そして俺の夢を叶えることで恩返しをしたい。
その為には自分は走り続けなきゃ行けないというのに、自分が走る度に恩返しどころか俺を傷つけてしまう。走れば俺が傷付き、走らなければ俺への恩返しが出来ない……そうやって出口の無い思考の迷路へとスズカは迷い込んでしまっていた。
『あなたは強い』とあの時、あねさんが俺に言った本当の意味がようやくわかった。
俺が何を言われようが、気にしたりなんてしなかった。むしろ好きなだけ言ってろ……そう思える人間だった。だけど、本人がそうでも身近にいるスズカやマックイーンが同じ気持ちになってくれる訳が無いじゃないか。
俺が二人の立場なら絶対に一言でも二言でもいくらでも物申すし、黙ってなんていられない。
長いこと一人で陰口やら罵倒され慣れてたのがこんな所で仇になるなんてな……。
「──俺がぜーんぶ悪いじゃねぇかよ」
「……トレーナーさん?」
「スズカ……お前はほんとに優しいやつだよ。ありがとうな。そしてごめん」
俺に向けられた憎悪を全部背負って、俺の代わりに悩んでくれていたこの娘を俺は抱きしめてあげることしか出来ない。
「今日のレース結果で俺はまた心無い言葉をかけられるだろう」
「……っ!?そんな……私、そんなつもりじゃ!」
「分かってる。スズカは俺を思って頑張ったんだ。スズカは悪くない」
世の中なんてそんなもんだ。思い通りに行く事なんてほとんど無い。良かれと思ってやった事が、裏目に出るなんてこと山ほどある。
「これからもスズカは好きなように走れ。余計なこと考えないで、ただやりたいようにやる。それがサイレンススズカだろ? 怪我の心配なんて要らないし、二度と怪我になんて俺がさせないから」
「トレーナー……さん」
「それに……俺は散々言われて黙ってるだけの男じゃない」
今回の結果で俺の評価はドン底まで下がり、スズカへの期待する声も減ってしまっただろう。だが、俺にとってこの向かい風は好都合だ。
「見返してやるんだ。俺とスズカとマックイーンで、お前たちがこんなものかと高を括った奴らがどれだけ凄いのかを!」
「……はいっ!」
満を持して出走した日本ダービーは9着という結果で終わった。だが、これで終わったわけじゃない。
むしろ始まり。成り上がりはここからだ。
ご覧の作品では、大小問わずにおっぱいを応援しています(挨拶)
え?おっぱいに関してひとつも出てない?確かに(確かに)
原作の原作のスズカほんとに可愛いんですよね…人懐っこいところあったり寂しがり屋だったり…萌えですね(笑)
前回の更新からお気に入り、評価等たくさん頂きありがとうございます!これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします!
ではまた。