現代日本でトラックに轢かれて死亡した山田太郎(17)

 気がつけば見知らぬ草原の上に一人で立っていた。そこで気がついた、トラックに轢かれて長年の願いである異世界転移をしていたことに。

 異世界に来れたことにルンルン気分でネット小説の定番中の定番ギルドに向かうと――

 チートもない! ハーレムもいない! 何ならこの世界は何か狂ってやがる!
 ――そんな、俺のどこかおかしい異世界生活が始まった。

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ギルド編

 汚らしいぼろぼろな木の扉。

 扉の内側から流れてくる熱風とアルコールの臭いに感動のあまりに体を震わせる。

 

「そうだよ、これだよこれ」

 

 周りにある建物は、地震の多い日本とは思えない石造りの建物の群れ。

 そして、日本では考えられない石の道を歩くカラフルな髪の毛の人間たち。

 

 俺は今、異世界にいた。

 

――

 

「……ここは?」

 

 青い空に果てしなく続く見知らぬ草原。

 辺りを見ても緑、あっちこっち見ても雑草。真下を見てもふっさふさ。流れる風を伝って俺の鼻に残るのは草の臭い。

 

 草しかないのは当たり前だ、それが草原が草原である理由なんだから。

 

「本当にここはどこなんだ?」

 

 少なくともこんな場所は俺の住んでいた近所にある知らないし、遠く離れたテレビでの話しか知らない。

 

「こういうときこそ、クールにかっこよく思い出すか」

 

 朝、いつも通りに起きて身支度をした。学校に行くために服を着て、歯を磨いて飯を食べた。

 学校に登校している半ば、信号無視のトラックに轢かれて――

 

「異世界転生。……いや、この場合は異世界転移か」

 

 ぐーぱーと、手を動かしてほっぺたをつねる。

 夢かもしれないと、強めにつねったせいで単純に後が残る痛みが走るだけだった。

 

「……夢、じゃない」

 

 最後に見たのがトラックに轢かれて、ぐちゃぐちゃなに吹っ飛ばされて真っ赤な血の水たまりを作っていた俺の体。

 でも、今の俺の体はどこを見てもピンピンとしている。

 

「夢じゃない! 異世界に俺は来たんだ!」

 

 この身が生まれて十七年。最初に異世界生活に憧れて早四年。

 今日ついに、俺の夢が叶った。

 

 俺はそこから嬉しすぎてとにかく走った。

 走って走って、木の実を食べながら命を繋ぎ、獣道にいた異様の化け物からのらりくらりと気配を隠しながら町に着いた。それが

 

 そして、異世界の町と言えば最初に訪れるべき場所は一つしかない。

 

――

 

 ぼろぼろな例の扉を俺は強く押して開ける。

 

 酒臭い空気で呼吸をしてしまって気持ち悪くなる。俺は必死になって息を吐いて追いだした。

 昨日まで過ごしていた草原の空気とは違う、吸えば吸うほど悪い空気に咽せてしまった。

 

 建物の中はやっぱり、酒場みたいな雰囲気だった。

 まばらに丸テーブルが置かれていて、酒を飲んでいるオッサンたちがよっぱらっていた。壁には無数に紙が張られている。

 

 目の前には三個の受付のカウンターがある。二つは人が並んでいてすぐに対応をしてはもらえそうにはない。

 

 だから、俺が並ぶべきはなのは、何故か一箇所だけ人気のないスカスカなカウンター。

 俺は迷わずに、そこに足を進める。

 

 何故か空いている受付もフィクションでのテンプレだった。

 何かしらの理由があって開いているそこに並べば、他人にオレスゲーができるからそこに行く。

 

「アイツ、あそこに並ぶのか」

 

「おい、坊主!」

 

「その列は――」

 

 ギルドの飲んだくれの顔を赤らめたオッサンたちが、何かを言っていたが無視をした。

 これも異世界イベントの一種。ギルドに行くと何故か絡まれるという、よくあるやつだ。

 

 だいたいは厳ついやつに『ママのお乳でも飲んでな!』と、笑われてから笑ったやつを俺が返り討ちにして、ギルド内をざわめかすまでがテンプレだ。

 

 だけど、叫んだオッサンたちは誰も俺に近付いて来ないからそれはできない。

 せいぜいこれから伝説を作る俺をそこで指をくわえて見てるんだな!

 

「はい、こちらギルド受付です」

 

 その声は落ち着い雰囲気のあるクールな声。

 

 彼女は太陽の光を凝縮させたみたいな神々しい金髪をポニーテール一つにまとめて、空みたいな水色の人を睨むだけで殺人をできそうなほどの鋭い目つき。

 

 白いシルクの繭のような肌の上にはメイド服みたいなシンプルなデザインの服を着ている。

 隣のカウンターの人も白と黒の同じような服を着ているから、これがここのギルドの制服なんだろう。

 

「あの、用件はなんでしょう?」

 

「……あっ、すみません」

 

 ついつい彼女の美しさに俺は見とれてしまって、言葉が出ないで無言で立っていた。

 どうして、こんなに美しい人がいる受付カウンターに人が並ばないんだ?

 

「それで」

 

 彼女に冷静な催促をされて、俺の本来の目的を思い出した。

 そして、彼女が無愛想すぎるだから人があまり並んでいないということにも。

 

「ギルドに入りたいのですが」

 

「……ギルド加入の申し込みですね。では、別室にて面接するため、移動しますのでご協力の方よろしくお願いします」

 

「面接をするんですか?」

 

 こう、ネット小説だったら紙にぱぱっと名前を書いて、ギルドカードさっと渡されてクエストを受けて周りがスゲーってなる流なのに。

 

「……あたりまえでしょ? 面接をしないでギルドに入れたら、つい先程まで人を殺した人が入るかもしれないんですよ? 組織に入った個人の不祥事は組織の不祥事です。それでもあなたは面接はいらないとお思いで?」

 

「あ、はい」

 

 何だろう。凄くまっとうなことを言われて何も言えない。

 ネット小説だったらもっと簡単に主人公が脳天気に楽しそうに暮らしてるんだけどなぁ、やっぱり現実とフィクションは違うものなのか。

 

「それでは行きますよ」

 

 カウンターから出てきた彼女は、受付の上に『クローズ』と板を乗せて、ポニーテールを揺らし、俺の隣を歩く。

 冷たい言葉、冷たい表情、冷たい態度。けれど、綺麗な優しい花の匂い。

 

 綺麗な容姿をしているのに凍ってしまった氷を連想される、その雰囲気に脅されて押されながら俺は歩く。

 

 彼女に連れてこられたのは、広い事務室みたいな空間。椅子が対になって本格的な面接会場みたいになっている。

 片方の入り口から手前の席の前には不思議な板が置いてあった。

 

「手前の席に座ってください。それと片手をその板の上に乗せてください」

 

 俺が席に座ると、彼女もその様子を確認してから俺の前の席に座った。

 

「まずは名前を教えてください」

 

「えっ、もしかして俺に興味持ってくれているんですか?」

 

「……ただ、ギルドの登録に必要なんですが」

 

 不機嫌そうな彼女の声に、返答にこまる。彼女との距離感で俺は多分だけど迷子になってしまっている。

 仕方がない、この世界の常識に疎いがばかりに、彼女を困らせてしまった。

 

「あっ、はい。タロウ・ヤマダです」

 

「タロウ・ヤマダ。随分と変わった名前なんですね」

 

 彼女は手元にあるタブレットみたいな道具をいじって何かを記入している。

 

「次に出身地ですが」

 

「日本です。極東にある」

 

「ニホン? 私は聞いたことありませんがそういった国があるのですね」

 

 受付嬢さんが感心したように頷いていた。

 

 日本が知られていないと、いうことは俺の他に異世界人はいないみたいだ。いたらみんな、オレツエーしながら金儲けやら、美少女ハーレムを作りまくっているのが異世界でのお約束だ。

 そんないい意味でも悪い意味でも目立ちたがり屋が知られていないはずない。

 

「くくっ、わくわくしてきた」

 

「面接中ですよ? 私語は控えてください」

 

「あっ、すみません」

 

 わくわくの衝動は、氷のような目にすぐに消された。

 美人ではあるのに冷たい、これが噂のツンデレってやつか。

 

「……私の顔に何かついていますか?」

 

「いえ、美人さんだなって見とれてて」

 

「そうですか、では面接の続きをしますが」

 

 軽くあしらわれて面接が続くところも出会って間もないけど彼女らしさがあるなと、感じてしまう。

 今はツンドラ時期だけどいつかはきっと、俺にデレてくれるだろ。

 

「人を殺したことはありますか?」

 

「今まで一度も故意で罪を犯したことはありません。ただ、あなたのハートを盗む計画を――」

 

「こほん。私にはあなたがおっしゃっていることが理解できないので次に進みます」

 

 わざとらしい、咳払いに対人関係が少ない俺は抗うこともできずに、渾身の愛の告白が流れていった。

 やるせなさと、無力さで俺は後悔をする。俺がチャラ男の陽キャならナンパを成功できていたはずのに。

 

「なぜ、あなたはギルドに入ろうと思ったのですか?」

 

「はい、私は幼いときから人助けを――」

 

 手を置いていた鉄板が青色に発光する。

 

「イダイッ」

 

 突如として電流が全身に流れる。ピクリと体が反応をしてとても痛い。

 

「……そこで噓をつくんですか?」

 

「これ、噓発見器だったんですね」

 

 何で中世ヨーロッパ的な異世界に噓発見器みたいな近未来的な機械があるんだよ!

 

「噓発見器が何かは存じ上げませんが、噓を見抜く道具ではあります。……ただ、普通に嘘をつく人間は名前だったり出身地だったりなのですが。あなたは志望動機で嘘をつきました。なぜですか?」

 

「だって、そっちの方がかっこよくないですか?」

 

「……冒険者にかっこよさを求めるならお帰りください」

 

「帰った方がいい?」

 

「それでは、次は魔力の調査です。この水晶を持ってください」

 

 話はまた華麗にスルーをして、彼女の手には綺麗な緑色の水晶がある。

 俺がそれに手を触れると水晶は、不思議なことに透明な光を目の奥までギラギラと輝かせる。

 

「これは……」

 

「凄いんですか?」

 

「魔力は最大級。ですが――」

 

「ですが?」

 

 言いづらそうに、口を閉ざす。

 こちらの顔を覗いながら一呼吸をして、確認をする作業を一緒にだけのために唇を動かす、

 

「属性がないため、属性魔法が使えません」

 

「属性魔法が使えない?」

 

 属性魔法の概念は知らないけど、きっとフィクションでよくある炎を起こしたり氷を出したり、風を操るものだろう。

 

「はい、すみません」

 

「……どうして、受付嬢さんが謝るんですか?」

 

 彼女には俺に謝る必要がない。適正の問題なら俺の責任で、大量の魔力があるのに属性がないのは、俺が異世界人だからだろう。

 

「ときおり、いらっしゃるんですよ。どうしようもない現実に怒る人が」

 

「俺は別に怒りませんよ?」

 

 そんなことでいちいち怒っていたら、異世界の人生を楽しく過ごせないだろ。

 理想の魔法が使えなくても、異世界に来れる方が喜びが勝っている。

 

「そう、ですか。ならいいです。あなたはその優しい心をいつまでも持ってください」

 

「はい?」

 

「いえ、何でもありません。移動しましょうか」

 

 彼女は立ち上がり、扉を開ける。その彼女の後ろを俺は着いていった。

 

「ステータスは全ての課目でAランクからFまで振り分けられます。ちなみに、あなたの魔力はAランクです」

 

「おー」

 

 ステータス。異世界のテンプレ中のテンプレじゃないか。

 ロマンがあって、創作において一目見ただけで相手の実力が丸わかりになる、現実世界にはなかったゲーム的思考の塊!

 

「着きました」

 

「ここは?」

 

 雪を連想させる真っ白い壁や床に、めちゃくちゃ広い謎の空間。ここでステータスを調べるのか。

 

「筋力、守備力、体力、素早さを順番に計測をします。準備は大丈夫ですか?」

 

「はいっ、はいっ! 大丈夫です」

 

 きっと、魔力を測ったみたいにステータスオープンとか言って、カッコよく測るんだろうなぁ。

 

――

 

「……ぐぅぅぅ」

 

「ペンチプレス、三十キロ。筋力Fランク」

 

 

「ふっふっふっ」

 

「腹筋、四十回。Cランク」

 

 

「ぜぇ、ぜぇ」

 

「持久走、八分。Fランク」

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

「反復横跳び、八十回。Bランク」

 

 

「……お疲れ様でした。後日、ステータス付きのカードが発行されますので、それまで町で待機してください」

 

「わ、分かりました」

 

 カウンターに戻ってきた俺は息を切らして、不格好に汗をだらだらと垂らしている。

 汗だくに、着ている服をびちょびちょに濡らす。

 

「冒険者ランクはFランクからですので、それまでにクエストの確認などをおすすめします」

 

「は、はい」

 

「後、あまり関係はないとは思いますが、魔法の使用許可は初級までですので、中級以上の練習をする際は高ランクの冒険者に依頼をする形でお願いします」

 

「魔法って使用制限があるんですか?」

 

 よりにもよって、異世界で一番憧れていた魔法すら制限がかけられているなんて。

 

「……昔、どっかのアホな冒険者が自分の力を勘違いしてFランクにも関わらず、制御できない強力な炎の魔法を森の中で放ったせいで大火事になった事例があります。ですので何も資格がない人には制限がかかっているのです」

 

「は、はぁ」

 

「あなたは属性を持たないので強すぎる魔法は使えませんが、その分魔力が強いので十分気をつけてください」

 

「はい」

 

「あ、後。ギルド申請中はこの建物の隣にある宿泊施設で泊まれますのでご利用ください。ギルドカードができ次第連絡いたしますので。万が一にも、犯罪行為をしてしまった場合はギルドの利用ができなくなりますのでご了承ください。それではまた後日」

 

 ぺこりと俺に対して頭を下げる彼女は、結局最後まで冷たい表情を崩さなかった。その顔に俺はゾクゾクする。

 

 ――そんな、彼女を俺は笑わせてみたい。

 その彼女が笑った姿を見てみたいなと、俺は異世界に来てから初めての小さな目標ができた。

 

「坊主。あの受付嬢に話しかけるなんて勇気があるな!」

 

「ひょえ?」

 

「こっちへこい、奢ってやるから」

 

 受付から離れギルドから出ようとしたら三人組のオッサンの群れがこちらを見て、手招きをしていた。

 声をよく聞くと俺がギルドに入ったときに声を荒げたオッサンたちだ。

 

「レモネードでいいか?」

 

 彼らのテーブルに着くと、肩をバシバシと叩かれて無理やり椅子に座らされた。

 立とうにも圧が強すぎで、去ることは残念ながらできそうにない。

 

「あっ、はい」

 

「ウェイター、レモネード一丁!」

 

「あいよっ!」

 

 ちょうど料理を運び終わったのか、受付のとはちょっと違った。動きやすいミニスカの服を着た赤髪短髪の少女が元気よく返事をした。

 

「いいねー、勇気あるよ。俺は好きだなお前みたいな勇敢なやつは」

 

「まいど、レモネード。これアタシからのサービス、他の人には内緒だよ?」

 

 赤い短い髪を揺らしてウインク、いたずらっ子みたいに微笑んだ。

 ウェイターさんが持ってきた木のジョッキには、並々に注がれたレモネードが机に置かれと同時に溢れ出て机を汚した。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 甘いジュースが好きな俺はレモネードが多いのは嬉しい。だけど、そんなことよりも、ただただこの世界に怒りを感じていた。

 

 ――この世界に来てから思い通りにイベントは起こらないで。

 

「ガッハハ、さっきも言ったけど俺たちの奢りだから」

 

「そうそう、久しぶりに面白いものを見せて貰ったよ」

 

「若いっていいねぇ」

 

 ――思っていたカッコイイステータスの測り方じゃなく。

 

「そうそう、何年か前に圧迫面接で途中で泣いたやつまでいるからなぁ」

 

「それは、お前だっただろ?」

 

「そうだっけ? 年を取るなんていやだねぇ。あっはは」

 

 ――美少女どころか、オッサンにテーブルに囲まれて。

 

 俺の異世界転移は何か、何かが――

 

「何かがおかしい!」

 


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