成幸がうるかの家の玄関を開けると目の前にメイド服のうるかが。メイド服のうるかと普段と違ううるかにドギマギする成幸がいちゃつく話です。広い心で読んでください。
メイドの日は5/10だそうです。
※pixivにも投稿しています。
うるかが住んでいる部屋の前に着く。留学から帰ってきたうるかがひとり暮らしを始めたばかりのころはこうして訪れるたびに緊張していたが、今はもうだいぶ慣れた。慣れた手付きでインターホンのボタンを押して、うるかがドアを開けてくれるのを待つ。部屋の中からは逸るような足音がして、次にチェーンを外す音が聞こえた。そのままドアが開かれるのを待ったがいつまで経っても開かない。心配になって声をかけると、中からうるかの「開けていいよ」という声がした。どうしたのかと思いながらドアを開けると、玄関にうるかが立っていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「は?」
ドアを開けると俺の恋人がメイド服を着て玄関に立っていた。思わず「は?」なんて言ってしまったがこれは不可抗力だ。誰だってこんなにも予想外のことが起きればこういう反応になるに違いない。
「どうなさいましたご主人様?」
「いやどうなさいましたじゃなく」
うるかの問いかけを遮るように返事をしながら後ろ手でドアを閉める。色々な意味で他人には見せたくない格好だった。うるかは俺が鍵を閉めるのを待ってから不満げに頬を膨らませた。
「成幸、は? ってひどくない? 恋人がおかえりなさいませって甲斐甲斐しく出迎えたんだからもっと喜んでくれてもいいのに」
「格好が問題なんだよ!」
ドアを開けたらメイド服を着た人に出迎えられる、なんて状況で素直に喜べる人間がそうそういるわけがない。一般庶民では戸惑うのが関の山だ。まあうるかからこんなふうに出迎えられたら、たとえメイド服でなくても同じような反応をしただろうけどそれはそれだ。
「で、どうしたんだ?」
「メイドのコスプレしてみた」
「それはわかるけどなんで?」
「えー? だって成幸メイド大好きじゃん」
「なんでだよ!?」
うるかはさも当然かのような顔をして根も葉もないことを言い出した。なんでそんな勘違いをしたんだ。勘違いされたままではたまらないので慌てて否定したが、うるかは納得いかなそうな顔をして反論してきた。
「だって高校生の頃、わざわざメイド喫茶でバイトしてたし」
「なんでそんな昔のこと、っていうか言ってたっけ!?」
メイド喫茶でバイトしていたことは決して隠していたつもりはないが、あえてうるかに言う必要はないと思って言っていなかったはずだ。
「小美浪先輩から聞いたの。ほら、コーコーセーの頃、成幸と先輩が2人でウチに来たことあったじゃん? その後で成幸がメイド喫茶に入ってるのたまたま見かけたから気になって」
「そ、そうだったのか。いや確かにバイトしてたけどあれは別に好きだからとかじゃないからな! ていうか先輩に聞いてたなら理由も聞いただろ!?」
「『後輩はムッツリだからなー。実はあいつメイドが大好きなんだよ』って言ってた」
「何言ってんだあの小悪魔メイド!? 違うからな!?」
俺がメイドを大好きだとかいうことをうるかに吹き込んでいたのは先輩だった。そうだ、先輩はそういうことを言う。必死になって否定していると、その姿が面白かったのかうるかは耐えきれないかのように吹き出した。
「あはは、わかってるって。小美浪先輩も本気で言ってる感じじゃなかったし、向こうもあたしが信じてないのわかってたし」
「人のことからかって……。あれ、じゃあなんでメイド服なんて着てるんだよ」
うるかが信じていないと知ってホッとしたが、今度はなんでメイド服を着ているのかと別の疑問が湧いてくる。うるかは少し考えた顔をすると、ゆっくりと口を開いて説明を始めた。
「えーっと……この前小美浪先輩とLINEしてたんだけど、その日がちょうどメイドの日だったらしくてさ。小美浪先輩がバイト仲間から一日だけでも復帰しない? って誘われたらしいんだよね。そんで小美浪先輩からお前もバイトに来ないかって誘われて」
「お前がメイドなんてやってたら大騒ぎだろうな」
高校生の頃ならともかく、今のうるかなら知らない人のほうが珍しいだろう。メイド喫茶の店員をするなんてことになったら大勢のファンが押しかけて来てもおかしくない。
「まあもちろんジョーダンで言ってたけどね。でもそれ聞いて、そういえば前にメイド服買ったなって思って着てみた」
「へーそっか。……いや、なんでメイド服買ったんだよ」
「昔から可愛いから着てみたいと思ってたんだよね。そんで一回着てみたことがあったんだけど、また着てみたいなって思って後で買ったの」
「なんで着たんだ?」
「そ、それは秘密!!」
なんで着たのかということに話が及ぶとうるかは慌てて口を閉ざした。可愛いから着てみたいと思っていたとまで言っているのに、なんで着た理由を言えないのか謎だ。案外俺の知らないうちにメイド喫茶でバイトでもしていたのだろうか。もしそうだったら見てみたかったと思うけど、うるかはずっと水泳部で頑張っていたのだしまあそれはないだろう。
「と、とりあえず話戻すけどさ。成幸ってメイド服好きじゃないの?」
「そ、そうだよ。そんなに好きってわけじゃないからな」
誤解されては困るのではっきりと否定する。うるかはおもむろに両手でスカートの中ほどをつまむと、メイドが挨拶をするときのようにスカートの裾を軽く持ち上げて言葉を続けた。
「そんなに?」
「……そんなに」
「少しは?」
「……少しはまあ」
「普通には?」
「……まあ普通には」
「結構?」
「……まあ、結構っていうほどかは別にして好きだけど」
「好きなんじゃん」
「好きだけど!」
酷い誘導尋問だった。だいたいそれが目的ではないとはいえ、綺麗な女性が可愛い服を着ている店に通っていて、その服を好きにならないでいられるだろうか。
誰に恥じるわけではないけれど、それをうるかに知られるのは、浮気ではなくても浮気を糾弾されているように思えて言いづらかった。
「別に責めてるわけじゃないってば。それよりどう? 可愛い?」
うるかがクルッとその場でターンをした。うるかの回転に合わせてスカートが綺麗な円を描くように翻る。水泳で体幹とかが鍛えられているからだろうか。なんというかサマになっていて、急なことにも関わらず見惚れてしまった。
「成幸?」
「あ、ああ。めちゃくちゃ可愛いよ。凄い似合ってる。ターンも綺麗だし、さすがアスリートだな」
うるかの不思議そうな声でハッと我を取り戻して慌てて返事をした。取り繕うようになってしまったけれど紛れもなく本心だ。
「や、やだな。そんなストレートに褒められると照れるっていうか」
うるかは照れ隠しするようにモジモジと体をくねらせる。ひとつひとつの仕草が可愛らしくて、思わず頬が緩みそうになるが必死でこらえている。というか正直に言えばドアを開けてメイドがいた衝撃が収まってからはずっとこらえていた。
だってうるかがメイド服を着ているのだ。とんでもなく似合っていてどうしようもなく可愛いのだ。ヘッドドレスをつけていつもと少し印象の違う髪型も、着慣れない服で恥ずかしいのか少し赤く染めた表情も、胸元のリボンの下から少しだけ覗いた褐色と白の境が見える胸元も、くびれが映えるように締められたエプロンも、フリルをあしらった丈の短めなスカートも、スカートとニーソックスの隙間から少しだけ見えるガーターベルトの食い込んだ太ももも、うるかの全てが可愛いらしいのだ。
気を抜くとだらしない顔になってしまいそうだったので、なるべく話を逸らして、うるかに引かれてしまわないように全力で耐えていた。我ながらよく耐えているなと思う。
しばらくモジモジとしていたうるかは落ち着いたのか服装を整え始めた。もっと見ていたかった気もするけれどこれで終わりかと気を抜いていると、うるかがそっと目の前まで近づいてきて。
「……じゃあ今日はセーイッパイご奉仕しますね、ご主人様」
顔を真っ赤に染め上げ、上目遣いをしながら少しうわずった声でそんなことを言い出した。強烈な破壊力のセリフで脳天をガツンと殴られたような衝撃が走る。一気に顔が熱くなって、色々な妄想が頭の中を駆け巡る。耐えられなくなるのも時間の問題だなと頭の片隅で考えながら、衝動に任せてうるかのことを抱きしめた。うるかは言葉にならない声で叫び始めたが、耳元で「お前が悪い」と囁くと、ビクリと体を震わせておとなしくなったので、そのまま衝動が落ち着くまで抱きしめていた。
◆◆◆◆◆◆
「ご主人様、あーん」
「お背中お流ししますねご主人様」
「ご主人様、お風呂上がりのマッサージしますね」
これはダメだ。堕落する。
あの後、我を取り戻したうるかから献身的な奉仕を受けた。手取り足取り至れり尽くせり。本物のメイドもここまではしないだろうというほどの仕事っぷりだった。考えてみればうるかは家事万能で尽くすタイプだ。メイドとしての素質も十分あったのだろう。今日一日だけだから心地よく流されているけれど、もし毎日こんなふうに世話されてしまったら堕落してしまうに違いない。
「成幸、気持ちいい?」
「ああ、うん。……ていうか悪い。流されっぱなしで」
「いやいや。あたしが始めたことだし」
そう言ってマッサージを続ける。普段は俺からすることが多いのでこうやってうるかにされるのは久々だ。自然と眠気が襲ってくる。そのまま寝てしまいそうになるが、このまま今日一日最後まで世話されっぱなしなのはうるかに悪い。
「ありがとう、もういいよ」
「リョーカイ。気持ちよかった?」
「ああ。気持ちよかったよ。じゃあ次は俺がやるから横になって」
「え? いーよ別に今日くらい」
「いや、今日は色々やってくれたし疲れたろ? マッサージくらいやるよ」
「そっか。じゃーお願いしよっかな……あ、これ脱がないと」
うるかが嬉しそうにしながら横になろうとするが、はたと気づいたようにその動きを止め、そのままメイド服を脱ごうとエプロンに手をかけた。
「いや、着たままで」
思わず声が出た。うるかは驚きと困惑が入り混じったような顔をしている。声に出したあとで失言だったと気づいたが、ここまで言ってしまったら恥ずかしがるほうが恥ずかしいと開き直るしかない。
「んーでもシワになっちゃ」
「メイドなんだからご主人様の言うことに逆らっちゃダメだろ?」
服のことを考えて渋るうるかに言葉を被せる。うるかは頬を染めて恥じらいの表情を浮かべて、上目遣いで軽く睨むように俺を見つめた。
「……ご主人様のドS。ていうかやっぱメイド服好きなんじゃん」
「……まあ、大好きってほどじゃないのは本当だから。あとアイロンはちゃんとかけるよ」
自分で言っていて耐えきれなくなり、頬が熱くなってきているのがわかる。それでも恥ずかしがるのはダメだと目をそらさずにうるかの視線を受け止めた。
そんな様子を見て受け入れたのか諦めたのか、「うー」という声をあげながらうるかはベッドに寝そべった。メイド服を着たうるかが自分の下にいるというのはひどく蠱惑的だ。何度もこういうことをしてしまっては自制心が持ちそうにないけれど、メイドの日くらいはいいかなと思いながらマッサージを始めた。
「ご主人様は何が大好きなんですか?」
「何がって?」
「メイド服は大好きじゃないんでしょ? どんな服装が好きなん?」
「……」
「成幸?」
マッサージを始めて少し経ってから、うるかがからかうように質問してきた。うるかとしては何気ない質問だったのだろうが、こちらとしては答えづらくて固まってしまう。答えは決まっているけれど口にするのが恥ずかしかった。言おうかどうか無言のまま迷ったが、メイド服を着たままでなんて言った時点で十分恥をかいている。初志貫徹で最後まで恥ずかしがらずに言ってしまおうと腹をくくって口を開いた。
「大好きなのはその……うるかが水着着てるところとかうるかがメイド服着てるところとか」
「……ご主人様の愛が重い」
「うっ」
呆れつつも少し動揺したような声色でうるかが返事をする。そういう反応をされて当然だとはわかっているけれど、それはそれとして少しはショックだった。
動揺していることを気付かれないようにマッサージを続けていると、うるかが寝転がったまま振り向いてきて。
「でもご主人様のそーゆーところ、大好きです」
優しげな笑顔を浮かべながらそう言ってきた。微笑むうるかが眩しくて、思わずマッサージの手を止めてしまった。狙っているのか天然でやっているのか、どちらなのかわからないけれど、どちらにせよ敵わないなと思う。
「だから今度はご主人様が執事服着てゴホーシしてね」
「生意気なメイドだな」
そんなことを思い耽ったままうるかをじっと見つめていると、今度は優しげな笑顔からいたずらっぽい笑顔に表情を変え、冗談めかしてそう言った。急に雰囲気が変わって吹き出してしまった。声の調子を合わせて返事をしつつ、うるかにはよく敵わないなと思わされるけれど、こういうことを言われるとやられたままなのは悔しいなと思う。だからそっとうるかの耳元に口を寄せて。
「承知いたしました。お嬢様」
「はぅっ!? ……ヤバい。ほんとにされたらあたし死んじゃうかも」
執事っぽい声を作って囁くと、うるかは電流が走ったかのように体を震わせた。落ち着かないのか足をパタパタとさせている。軽いいたずらのつもりだったのだが思いのほか喜んでくれているようだ。
「じゃあ今度執事服買ってくるからな」
「そんな格好でさっきみたいなことされたらほんとに死んじゃうってばー!」
うるかが喜び交じりの悲鳴を上げる。想像より激しい反応で少し驚いたが、ここまでいい反応をしてくれるなら恋人として冥利に尽きる。「今度はドSの執事だ」なんてうるかが叫んでいるのを聞きながら、うるかの体をほぐすようにマッサージを続けた。