雄英の入試から1週間後。実弥の自宅にとある人物が訪れた。
「やあ、不死川君。こんにちは!」
「こんにちは、根津さん。いつもお世話になってます」
「校長先生!こんにちは!」
「エリちゃんもこんにちは。元気そうで何よりなのさ」
その人物の正体は……鼠なのか熊なのか、はたまた犬なのか判別のつかない白い生き物の姿をした男、根津。雄英高校の校長だった。
彼をリビングに招き、腰を落ち着けてから話を聞くことにした実弥は、茶を出してから腰掛けて尋ねる。
「それで……ご用件は?」
「ぶっちゃけちゃうけど、雄英の入試。その合否発表にきたのさ!」
あまりにも想定外の用件だ。エリが緊張した面持ちでピンと背筋を伸ばしたのに対し、結果を発表される当の本人は唖然としていた。
「ね、根津さんが直接ですか?」
「イエス!勿論、他の子達には僕自身が結果を発表するところを録画した映像を映し出す機械と一緒に書類を郵送することになってるよ。でも、君は我が校の敷地内に住んでいるからね。それをやると逆に手間がかかってしまう。だから、僕直々に訪ねて結果発表をしようということになったのさ」
笑みを浮かべ、茶を啜る根津。彼を見ながら、校長先生直々に合否発表をなさるとは流石は雄英、レベルが違う。実弥はそう考えた。
茶を口にした後、根津が手を叩く。そして、いつものフランクな表情から、実弥を雄英に勧誘したあの時のような真剣さを感じさせる穏やかな笑みへと変化して話し始めた。
「それじゃあ……本題にいこうか、不死川君。2人とも、心の準備は出来たかな?」
根津は、実弥と彼の隣にちょこんと座るエリの顔を交互に見る。頷く2人の言われるまでもないと言わんばかりの表情を見て、ゆっくりと頷き返し、筆記試験の結果から発表し始めた。
筆記試験の結果は、全ての教科で8割越えという上々なものだった。その中でも、実弥が特に得意だった数学は9割越えという脅威的な点数。彼の日々の学習の成果が十分に発揮された確かな証拠だ。
偏差値79の超難関校の試験でこれだけの点数を取ってみせる実弥の学力に、根津は素直に感心した。相当努力をしたのだろうと思って尋ねてみれば、実弥は、そよ風園の先生に恩を返す為に少しでもいい職に就こうと常に勉強を積み重ねてきたのだと答えた。根津が彼の献身的な姿勢を知り、更に感心したのは言うまでもない。
「次は、実技試験の結果発表だね。その前に予め話をしておこうか。先の試験、我々が見ていたのは情報力、判断力、機動力、戦闘力と言った能力だけじゃない。ヒーローには、もう一つ欠かしてはならない能力がある。それが……救けることさ」
その言葉と同時に、根津の口から
そして、
「――ということで。解説も程々にして、不死川君の成績発表に移ろう!不死川実弥君。
果たして、どこから取り出しのか。根津はクラッカーを鳴らして実弥の合格を祝福した。
聞いていて心地のいい破裂音が鳴り響き、色取り取りの紙テープがひらひらと木の葉のように実弥に降りかかる。
何度も瞬きをした後、エリがドキドキしながら尋ねた。
「実弥お兄ちゃんも……雄英のお兄さんやお姉さんみたいになれるってことですか?」
「勿論。これまで以上に沢山の人を救けて、未来を守れる人になる。不死川君はその為の一歩を踏み出す資格を得たってことだよ」
「わあっ……!」
根津の言葉を聞いたエリは、自分のことのように目を輝かせながら実弥に抱きついた。
「おめでとう、お兄ちゃん!」
「ああ……兄ちゃんが頑張ってこれたのは、エリの応援があったからだ。ありがとうな」
実弥の合格を無邪気に喜ぶエリを見ていると、雄英に受かったのだという自覚が沸々と湧き上がってくる。憎しみのままに、未来を生きる子供達が自分達と同じような目に遭わないようにと人知れず
「因みに、不死川君。成績上では首席ということになるけれど……君は
抱きしめ合って喜ぶエリと実弥を微笑ましく見守っていた根津が思い出したかのように言った。
「特別枠での合格……?俺が、ですか?」
「イエス!」
それに抜擢される心当たりがないとばかりに尋ねた実弥を見て、根津はフランクに笑いながら答える。
「理由は主に二つ。一つは、君の経歴の特殊さ故さ。君は人目に付かないように、密かに
「二つ目は、君の実力。実はね、不死川君。君は雄英の実技試験の中で初の偉業を成し遂げている。不死川君1人で、試験会場の仮想
「俺1人で……!?」
「勿論、君と同じ会場の受験生達は後日、再試験を行ったから安心したまえ。軽く見積もっても、君の実力は既にNo.2であるエンデヴァー以上。やる気になれば、全盛期のオールマイトとまではいかなくとも、今の彼相手なら優位に立ち回ることも夢じゃない。簡単に言ってしまうと、プロヒーローが雄英の試験を受けているのと同じことなのさ」
「そりゃあ……特別枠にもなりますね」
根津の答えを聞いた実弥は苦笑した。ヒーローの卵を育てるはずの養成校に、プロヒーロー同然の一羽の鳥が挑む。当然、実力差は大きくなるし、何も出来ない卵が成長しきった立派な鳥に敵う道理などない。
本来、ヴィジランテとして戦闘を繰り広げていた実弥が雄英に入学すること自体が異色なこと。無論、本来の役目を果たす為にも彼が入学した影響で不合格になる優秀な卵を出す訳にもいかない。しかし、実弥は確実にこれからのヒーロー社会に必要になる人材。ならば、特別に枠を増やしてしまおう。圧倒的実力者且つ異色な経歴を持つ者である実弥を特別枠にしてしまおう……という結論が出た。
言ってしまえば、ここまで特別に扱われるのは、雄英側からそれだけ期待されているということになる。
期待とは、不思議なものだ。自分の背中を押して道を進む為の推進力となることもあれば、時には歩みを止めてしまう程の重い足枷となることもある。人間1人が出来ることには限界があると知っている実弥からすれば、自分1人に期待しすぎではないのかとも思わなくはない。
だが、期待している分、雄英側は実弥を期待通りの人材にする為に様々な手を施すのだろう。ならば、その手を存分に利用させてもらおうではないか。
使えるものは何でも使う。それが実弥の前世からのやり方だ。
実弥の膝の上に抱えられて話を聞いていたエリが、何度も瞬きをして、ルビーのような赤く煌びやかな目を好奇心で満たしながら実弥を見上げて尋ねる。
「特別枠ってなあに?」
「そうだな……。ここで言えば、1番よりずっと凄ェってことだ」
「1番より……!やっぱり、実弥お兄ちゃんは凄いよ!世界一だよ!」
「そうか?買い被りすぎだぞ」
「そんなことないよ。私にとっては、ずっと世界一のお兄ちゃんだもん」
「……そうか、ありがとうな。これからもエリの世界一の兄ちゃんでいられるように頑張るからな」
「うん!」
互いが互いを大事に思っているのが分かる、愛情溢れた微笑ましいやり取り。それを微笑みながら見守り、根津は心の底からの賛辞を贈るのだった。
(本当におめでとう、不死川君)
「塚内さん、無事に合格しましたよ」
『おめでとう、不死川君。正直、根津校長やイレイザーヘッドから直接誘いを受けてる時点で、君の合格は揺らがないと思っていたけれどね。しかも、特別枠での入学だって?
「恐れ入ります」
電話越しで塚内が自分の勘は間違っていなかったとばかりに笑う。雄英に合格したことを根津から発表された後、実弥は塚内とも連絡を取っていた。
電話の向こうにいる彼に対して感謝の気持ちでいっぱいの実弥は、礼を言った。
「塚内さん、俺の頼みを聞き入れてくださってありがとうございました」
『いいってことさ。君は、ヴィジランテでありながらもランキング5位以内のプロヒーロー並みの抑止力があるに加え、彼ら並みに
雄英の入試対策に打ち込まなければならない実弥であったが、彼は自分が活動を中断している間に、未来を生きる子供達が自分達と同じ目に遭わないかを常に憂いでいた。だが、雄英を受ける以上はヴィジランテとしての行為を繰り返す訳にもいかない。
故に、実弥は公的に社会を守る善いヒーロー達に託すことにした。
日本のあちこちをさすらうことで割り出した各地の犯罪の傾向及び分析をまとめたレポートを塚内に手渡し、彼からトップヒーロー達に向けて配られた。塚内曰く、実弥がまとめたレポートは驚くほど正確だったとのこと。プロヒーロー達が驚愕したのは言うまでもない。そのおかげもあって、彼らは普段以上の奮闘を見せ、実弥が活動した範囲の犯罪率は彼が活動していた頃と全く変化しないどころか、更に低下した。
実弥の決断は、間違いなく功を奏したのだ。自身がレポートによって貸せた力は僅か。その分析を元に犯罪を抑え込んだのは、オールマイトを始めとしたプロヒーローや塚内らの実力によるものが大きい。やはり、第一に彼らに感謝し、尊敬せねばなるまい。
(世話になった方々には、せめてもの礼でおはぎを送るか)
そんなことを考えつつ、微笑む実弥。その時、電話の向こうの塚内が問いかけた。
『ところで、不死川君。合格を発表されると同時に根津校長から
「はい」
塚内の問いに肯定を示した実弥の手には、緊急時''個性''使用及び戦闘許可証と記された免許証のようなものが握られている。
『緊急時''個性''使用及び戦闘許可証。中学生でこれが発行されるのは聞いたこともないな。いや、そもそも……これが発行される事例すら全くと言っていい程にない。君、公安の方からも既に注目されているみたいだよ』
「ええ。……随分とご大層なところに注目されたものですよ。お偉いさん方は俺を見極めたいということですかね」
公安委員会の意図を図りながら、手元の許可証に視線を下ろす。それを握る手で感じられる重さは、不思議と本来のそれよりも遥かに重い気がした。
『ああ、私もそう思う。何せ、ヴィジランテとして日々活動を続けていた者がヒーロー養成校の雄英に入学するという特異的な事例が起こってるからね。我々は君の本質を知っているが、公安側はそうじゃない。厳しいことを言うと、彼らからすれば、今はまだ異色なヴィジランテの枠を出ない』
「成る程。ヒーローに相応しい人材かどうか、監視下に置かれるようなものってことですね」
『変わらず察しがいいね、不死川君』
やり取りを交わしながら、実弥は察した。先程感じた、不思議な言い表しようもない重さは……許可証を与えられたことでこれから自身について回る責任からくるものだと。
自分は明らかに試されている。どうやら、ごく普通且つ淡々とヒーローになる訳にはいかないらしい。
(……上等だ)
茨の道を歩くのは慣れている。前世も同じように茨の道を歩いてきたのだ。今更それが立ちはだかろうと、どうということはない。
ふと、緊急時''個性''使用及び戦闘許可証を握る手に自然と力が篭るのを感じた。
『ともかくだ。君は無事に公に認められながら人々を救け、彼らの未来を守る第一歩を踏み出した。ここから頑張っていこう。将来、立派なヒーローになった君と共に社会の平和に貢献出来るのを楽しみにしているよ』
「ご期待に応えられるように頑張ります。俺も皆さんと肩を並べられる日が楽しみですよ」
『ははは、そんな日が来ないのが一番良いんだろうけどね』
「違いないです」
笑いながら塚内と話を交わす実弥。その紫色の瞳に満ちていたのは、ヒーローへの第一歩を踏み出せた大きな達成感とまだまだ強くなるという強い意志だった。