実弥さんが爆豪君に対して無性に苛立っている理由に少々補足を加えました。
2023/3/27
爆豪君とのやりとりの一部や彼に苛立ちを覚えている諸々に関して更にほんの少し修正を入れました。
第十一話
4月某日。花壇を見れば春の花が咲き乱れ、街路樹に目を向ければ桃色の美しい花をつけた桜が咲き誇る。まさに春に相応しい景色が広がる時期になった。そんな小春日和な今日は、門出の日。雄英高校の入学式の日だ。
朝支度を終えた実弥は、雄英の制服に袖を通した。灰色を基調にした、所々に
これを着て、鬼殺隊として悉く鬼を狩れる。玄弥の幸せな未来を守る為に戦える。そのことがどうしようもなく嬉しかったのだったか。
「……懐かしいなァ」
中学生の頃から思ってはいたが、鬼殺隊の隊服は何処となく学生服に似ている。あの組織でも由緒正しき日本の伝統が受け継がれていたという証拠だろう。
雄英の真新しい制服に身を包んだ、鏡の中の自分を見る。そして、一緒に送られてきた朱色のネクタイを首元に添えると共に、ブレザーのボタンを留めてみた。
「……」
考え込むように再び鏡の中の自分を見て……猛烈な違和感を感じると同時に失笑した。
「きっちり着こなすのは俺には合わねェわ」
ネクタイをしまってから、ブレザーのボタンを全部開ける。もう一度、鏡の中の自分を見てみた。
……それでも違和感が拭えない。数秒鏡の中の自分を見つめて、違和感の原因を察して行動に移した。
ブレザーのボタンを全て開けるに飽き足らず、ワイシャツのボタンを見えている部分の一番下を除いて全て開け、傷だらけの上半身を晒す。
「……やっぱ、これだなァ」
鬼殺隊の隊服も、自傷で自分の血を戦いに利用する為であったがこんな着こなし方をしていた。その影響か、きっちりした服は敢えて着崩すのに慣れてしまっていた。
中学生の頃は真面目に制服を着こなしていたが、窮屈で仕方がなかったのを思い出した。
「よし」
忘れ物もないのを確認して部屋の外に出ると、風車の髪飾りをつけたエリが実弥を出迎えた。
「実弥お兄ちゃん!かっこいいよ、すっごい似合ってる!」
「おう、ありがとな」
褒める言葉しか見つからないとばかりに褒めちぎってくるエリを抱き抱え、そよ風園の家族と撮った写真を収めた、風車の模様を
入試が終わってからは幾分か落ち着き、雄英入学の為にもヴィジランテとしての行為を控えていたが故に時間が出来た。その隙に自身のものを作ってもらった会社に頼んで、エリにも全く同じものを作ってもらったという訳だ。
「「いってきます」」
玄関先に立てかけた写真――ロケットペンダントに使用した写真から更に時間が経っており、エリも含めた全員が笑顔のものだ――に、いってきますの挨拶をして、玄関のドアを開ける。
――日差しが柔らかくも眩しい。実弥もエリも、思わず額に手を添えて、眩しい日差しを遮っていた。
「……眩しいね、お兄ちゃん」
「ああ。……先生達も、アイツらも今日を祝ってくれてるんだな」
「ふふ、みんなのお兄ちゃんが進学する日だもんね」
「雄英は沢山のヒーローがいる。アイツらの分も色んなヒーローに会って、学んで……色んな話をしてやらねェと。エリだけに構ってたら、彼奴ら寂しがっちまう」
「うん……そうだね」
証拠なんかどこにもない。それでも、亡くした家族が今はそばにいて、雄英へ入学するのを全力で祝ってくれている。そんな気がした。
「行こう、お兄ちゃん。遅刻したら怒られちゃう」
「そうだな、行くか」
顔を見合わせ、笑顔いっぱいにエリを抱えた実弥が歩き出す。
――いってらっしゃい。
天から2人をそっと見守る家族達。その声を代弁するかのように暖かいそよ風が吹き抜け、2人の頬を撫でた……。
★
今や慣れ親しんだ雄英の校舎に足を踏み入れた実弥は、エリを連れて自身のクラスである1年A組の教室へと向かっていた。
今まで通りなら、エリを職員室にいる教師達に預けていたが……今日は違った。というのも、入学式の前日に相澤から連絡があったのだ。
『不死川、明日はエリちゃんも一緒に連れてA組の教室に来い。今ので分かったろうがお前のクラスはA組だ。因みに担任は俺。これからよろしくな』
連絡ついでにクラスと担任まで暴露してくるとはとんでもない男である。電話を終えた後で、そういうのは入学式当日に緊張とワクワクを抱えながらやるもんじゃねェのか、と実弥が苦笑したのは言うまでもない。
教師達が入学式に出払って様子を見る者が誰もいなくなるというのも、エリと一緒に教室に来いと指示した理由だろう。だが、実弥は相澤がどういう人物かをよく知っている。故にそれだけではない予感がしていた。
「初日から何をする気なのかねェ、相澤さんは」
そんなことを呟きつつ、廊下を歩く。普段は職員室にいて、あまり校舎内を歩き回ることはなかった故か、好奇心に満ちた目をキラキラと輝かせながら辺りを見回すエリを微笑ましく見守っていた時だった。
「A組……A組……。ど、どこだ……?広すぎる……!」
そんなことを呟きながら、戸惑いを露わに廊下を歩く少年を見つけた。
モサモサの緑髪に黄色いリュック。忘れるはずもない。入試の日、怖がりながらも声を掛けてきた少年ではないか。
(彼奴も受かったのか。良かったじゃねェか)
彼が合格していたことに安堵しつつ、実弥はズカズカと歩みを進め――
「おはようさん」
自ら声を掛けた。
「うわっ!?……あ、入試の時の!」
突然後ろから声を掛けられた故か、ビクッと肩を跳ねさせる少年――緑谷出久であったが、声の主が顔見知りであることに気がつくと、安堵で顔をふにゃりと緩ませた。
「おめでとう、受かったんだなァ」
「あはは、おかげさまで……」
自然な流れでくしゃくしゃと頭を撫でる実弥に、緑谷は照れくさそうに頬を掻いた。
そんな2人を、エリは興味津々に交互に見ている。さも、お兄ちゃんには友達がいっぱいなんだと感心しているかのように。
緑谷は、ハッとしながら尋ねた。
「そ、そうだ!ずっと聞きたかったんだ。僕は緑谷出久。君の名前は……?」
うずうずとしながら尋ねた彼の目が訴えている。「名前を教えてほしい」と。
(恋する乙女かよ、こいつは)
名前を知りたくてしょうがなかったとは、可愛らしいものだ。実弥は笑いながら答えた。
「不死川。不死川実弥だァ。んで、こっちは妹の……」
実弥に促され、エリも精一杯の笑みで名乗った。
「エリです!よろしくお願いします、緑谷さん」
「不死川君に……エリちゃん。よろしくね」
「おう、兄妹共々よろしくなァ」
よく出来ましたとばかりにエリを撫でる実弥と、猫のように擦り寄るエリを見ながら心が暖かくなっていくのを感じていた緑谷だったが……ふと、気が付いてしまった。
「そ、そうだ……僕、現在進行形で迷ってたんだ!」
あまりの微笑ましい光景に本人も忘れていたが、今、彼はA組の教室を探しつつも迷っていたのだ。
「ああ、ヤバいヤバいヤバい……!どうしよう!?」
忙しなく慌てる出久。文字通り忙しい彼を見て笑う実弥は、彼を落ち着かせるように頭をポンと撫でた。
「心配すんなァ。俺も緑谷と同じクラスだァ」
「ほ、本当!?」
「それにね、実弥お兄ちゃんは何回も雄英に来たことがあるから、学校の中は全部把握してるんだよ」
知り合いが同じクラスであることに喜びを感じ、頼もしく思っていた緑谷だったが……エリのとんでもない発言で全てが吹き飛んで、鼠に飛びつく猫のように反応した。
「な、何回も!?不死川君、君は何者なの!?」
(何処かの誰かさんと違って、面白ェやつだなァ……。いや、案外アイツも面白ェやつだったか)
本当に忙しない緑谷を見て、実弥は笑うしかない。とても愉快でコロコロと表情を変える彼を見ながら、元犬猿の仲の天然ドジっ子で末っ子属性のあった同僚を思い浮かべた。
「ただの学生だァ」
基本無表情ではあったが、戦いが終わった後の彼奴も緑谷くらいにコロコロ表情変えてたかなどと思いながらも、実弥は彼の問いに答え、微笑んだ。
「一緒に来るか?」
「……!うん、心強いよ!ありがとう、不死川君」
長男としての優しさが溢れるその笑みを見た緑谷が、彼の提案を断る理由はどこにもなかった。
狭き門をくぐり抜けた生徒達、及びクラスメイトはどんな顔ぶれなのか。そのことに密かなワクワクを覚えながら、実弥と緑谷はA組の教室に歩みを進める。エリもまた、どんなお兄さんやお姉さんに出会えるのかとワクワクしているらしかった。
教室に向かうまでに色々なことを話した。受験までのことや、"個性"のことや、ヒーローのことなど。親交を深める中で判明したのだが、緑谷はヒーロー知識の豊富なオタクの中のオタクらしい。試しに既に亡くなった弟妹達が憧れていたヒーローのことを尋ねてみると、その豊富な知識を発揮して悉く答えてくれた。
この話を聞かせてやればアイツらも喜ぶだろうと思うと同時に、実弥は緑谷と友達になれたことを喜んだ。その一方でもっと早く友達になりたかったとも思った。だが、覆水盆に返らず。過ぎ去った過去はもう二度と戻ってくることはないのだ。
閑話休題。そうして、2人はA組の教室に辿り着いた。息を呑みながら、緊張で体をガチガチにしている緑谷に「そう緊張すんなァ。俺がいるからよォ」と視線だけで訴え、彼に代わって扉を開け――2人同時に絶句した。
「君!机の上に足を掛けるのはやめないか!歴代の諸先輩方や机の制作者の方々に申し訳ないとは思わないのか!?」
「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」
2人の少年が言い争いをしている。
「ぼっ……俺は、私立聡明中学出身の飯田天哉だ!」
飯田と名乗った、入試の時にも質問をしていた眼鏡の少年はまだ良い。問題はもう1人の方。
「聡明ィ〜?クソエリートじゃねえか。ぶっ殺し甲斐がありそうだな!」
その言動を目にし、その声を聞き……実弥は反射的に青筋を浮かべ、目を血走らせた。
「し、不死川、君……?」
先程までの優しい彼とは一変して、恐ろしい程の怒気を発している実弥を見て、出久は恐る恐る彼の名を呼んだ。
「……緑谷ァ。エリのこと、頼んだぜェ」
「え、あっ、わ、分かったよ……」
戸惑いながらも、実弥に代わってエリを抱えながら、緑谷は思う。
(修羅だ……)
修羅。即ち、阿修羅のこと。破壊神や鬼神とされる一方で、守護神や正義を司る神である面も持ち合わせる。
悪を殲滅せんとする怒気。だが、それは緑谷の幼馴染である、あのプラチナブロンドのトゲトゲヘアーの少年の治安を乱さんとする行為故に発せられたもの。その瞬間、彼は理解したのであった。実弥がどういう人物なのか。その本質を。
★
爆豪勝己。"爆破"の"個性"を持ち、その天才性と抜群のセンスで常に周りからチヤホヤされ続けた、ある意味哀れな少年。周りはモブ同然で誰一人反抗しない。自分が恐れるものは何もない。そう思っていた。
――だが、たった今。
凄まじい何かを感じ、その方向を見ようとするも……首が動かない。何かを発する正体を見るのを、体全体が拒否していた。
「おい、クソガキィ」
その声一つで、何百tもの重りを思わせる威圧感がのしかかってきた。
冷や汗を垂らしながらも、恐怖を抱く自分に鞭打って顔を上げる。
無造作な白髪。傷だらけの顔。血走った目に、傷だらけで筋骨隆々な肉体。まさに修羅だった。
(俺が……こんな奴に、ビビってるってのか……?ンなはずねえ!!)
恐怖を抱いても尚、元から爆豪の中に存在する冷静さが無くなることは無かった。
「……ハッ、突然なんだ?テメェも、そこのモブと同じように机に足を乗せるなだのくだらねえことを命令してくんのかよ?」
いつも通りに振る舞い、目の前の少年――実弥を威圧するかのように返す。だが、所詮は子供同士のいざこざを無理矢理収める為に発してきたもの。本物の殺意を知っている実弥からすれば、くだらないものだ。
「あァ?」
「ッ!?」
逆に自身の威圧を塗り替える威圧感を発した、怒りに満ちた声が耳に届く。幼い子供の頃から喧嘩は経験しているが、それもまた所詮は子供同士のもの。実弥が発する威圧感は本物。何十年も人生を生きた大人のそれだった。
「何がくだらねェだ。ふざけてんのか?テメェには常識ってもんがねェのかァ?なァ、クソガキ。小せェ頃に親御さんから習わなかったか?
机の表面を指でトントンと叩きながら、実弥は続ける。
「ヒーロー志望どうこう以前に、社会に出る人間としての常識だぜェ。それすらも出来ねェなんてなァ……。テメェ、ろくなヒーローにならねェな。幼稚園の教育からやり直してこいやァ」
「……ンだと……ッ!?」
口の端を吊り上げ、不敵に笑いながらの発言で明らかに煽られていることに気がつく。だが、大して煽られた経験もなく、プライドが高すぎる故に耐えられる訳も無かった。
――爆豪は、沸点が非常に低かった。初日からプライドを傷つけられ、彼の気分は最悪だ。その証拠に、先程までズボンのポケットに突っ込んでいた手を外に晒し、小さな火花を両掌から散らしている。
先程まで爆豪に注意をしていた飯田も、そのすぐ側で実弥と彼が一触即発の状態にあることに気が付いた。彼らを止めなければならない、と自身に言い聞かせるも……体が動かない。もはや、殺気に近いと言っても過言ではない怒気に晒され、体が言うことを聞いてくれない。声一つも出ず、ただ無事に事態が終息するのを願う他ない。
それは、この教室にいるヒーローの卵達全員に言えることだった。
「ハッ、そら見ろォ。そうやってすぐに暴力での解決に走ろうとしやがる。そんなんでよくヒーロー志望だなんて名乗れたなァ、クソガキ」
不敵な笑みで爆豪を煽る実弥だったが、ふと笑みを消し去ってどこか真剣な面持ちになる。
「……折角だから良いことを教えてやるぜェ。暴力で自分の思い通りにならねェことを捩じ伏せても、何の解決にもならねェんだよ。そうした分は全部
「あ……?」
先程、爆豪の気分が最悪だと言ったが、実弥の気分はそれ以上に最悪だった。原因は全てこの爆豪勝己という少年。何しろ、不幸なことにも……彼の声が前世の弟の玄弥に似ているのだ。
柱合会議で自身に頭突きをかましてきた玄弥の同期の少年曰く、玄弥にも兄である自分に会うために荒れていた時期があったらしく、話に聞いたその状態の彼が、目の前の爆豪勝己という少年に重なってしまうのだ。
(チッ……このクソガキを見てると妙に腹が立つぜ……)
実弥の怒りの原因。それは、爆豪の治安を乱す言動に限った話ではない。1番の原因は彼の声。早い話、実弥は彼の存在を拒否したい。抹消してしまいたいとさえ思っていた。
兄であるが故に、玄弥には性格上粗野で側から見れば乱暴者と思えてしまう一面があったのも、時々癇癪を起こすことがあったのも実弥はよく理解している。
彼が主君であった人物の令嬢に失礼を働いたことも、自分に頭突きをかました少年に暴言を吐きまくったのも当然ながら知っている。それでも、本質は人が好く、決してそういった乱暴者ではなかった。
だからこそ、目の前の赤の他人である少年にかつての弟の負の一面が重なってしまうことに腹が立っていた。
それに加え、暴力によって……正確には、酷すぎるやり方で物事を解決しようとする爆豪が、玄弥に対して酷い振る舞いを貫き、彼を遠ざけ続けた自分にも重なっていた。ある種の同族嫌悪でもあった。
時が流れて色々と落ち着いた今だからこそ、かつての自分は愚かで弱かったと思える。昔の自分も変わらないようなことをしていたと思うと苛立ちが募るのも当然の話だ。
それでも尚、「ぶっ殺す」という感情が口に出ず、暴力を振るわない辺り、彼の理性の強さとヒーローになることに当たっての強い覚悟が垣間見える。激怒するだけで済んでいる辺り、前世で彼が無意識のうちに恋をしていた女性やその妹、無惨を滅ぼした代の鬼殺隊最強の男がここにいたのなら、耐えていることを褒めるに違いない。
もはや、彼らが犬猿の仲になることは確実だった。それも入学初日から。
震え、冷や汗を流す生徒達から「初日から勘弁してくれ」という心の声が一斉に聞こえてくるかのようだ。
「少なくとも、今のテメェにヒーローになる資格はねェ。とっとと帰れェ。テメェのようなクソガキがヒーローを志すから、ろくでもないヒーローばかりが増えやがる。テメェもそんな奴らと同じになるぞォ」
「テメェッ……!さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって……!ぶっ殺してやるよ、クソカスが!!!」
散々煽られ、罵られ続けて爆豪のプライドは既に悲鳴を上げていた。脆すぎて、彼の逆鱗に触れるまでは時間を要さなかった。
「死ねェェェ!!!」
爆豪の右掌が激しく火花を散らし、自慢の右腕と共に振るわれる。これまで自分に反抗してきた輩を、無個性で道端の石ころのクソ雑魚である幼馴染を一蹴してきた必殺の一撃。
実弥も軽く拳を握り、迎撃体制を取ったところで――
「そこまでだ」
毅然とした声が刃となって教室の中の葬式のような雰囲気を切り裂くと同時に、爆豪に向けて包帯のような何かが迫り……その肉体に巻きついた。
「あがっ!?んだっ、この布……!硬ェ……!爆破も出せねェッ……!?どうなってんだっ……!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ、特別性の『捕縛武器』だ」
声の主は……相澤消太。実弥の担任――即ち、1年A組の担任となる男だった。紅い眼光を目から発し、髪を逆立てている。"個性"である"抹消"を発動している証拠だ。
髪を逆立て、鋭い眼光を発したまま、相澤は騒動の発端となった少年達に歩み寄る。
「まずは落ち着け、不死川。エリちゃんもいるんだから」
「ご迷惑おかけしました」
実弥はすぐさま怒気を収め、謝罪の念を込めて頭を下げる。実弥が規律や礼儀に厳しい男なのは、相澤にとって既知の事実。彼がこうして特に言い訳をすることもなく、すぐに謝罪をするのは分かっていたので、特に問題はなかった。
そして、相澤はもう1人の問題児を毅然とした態度で咎める。
「取り敢えず……状況は麗日から、こうなった経緯は緑谷とエリちゃんから聞いた。あのな、爆豪。最低限の礼儀くらい弁えろ。こればかりは激怒した不死川が正しい。もう自分の好き勝手に振る舞っていいガキの年齢じゃないだろうが」
彼は続ける。ヒーローとは人々の憧れであり、必然的に注目を浴びる。つまりは、己の振る舞いがこれからは多くの人に見られることになる。それを常に頭に置いておかなければならないのだと。
「――予め言っておくが、俺は校長先生に許可を頂いた上で生徒を除籍する権限を持っている。あまりに問題行動が続くようなら……
流石に教師に警告されては、爆豪であろうと何も言えない。
「…………スンマセンした」
唇を噛み締めながらも、渋々と言った様子で頭を下げた。
「ったく……コイツの中学の担任は何をやってたんだか」
頭を下げた爆豪を見て、相澤は呆れながらため息を吐きつつ、頭を掻きむしりながら"個性"を解除する。因みに、ヒーローオタクである緑谷が相澤の正体を知って感激しながら目を輝かせ、麗日が彼を見ながら不思議そうに首を傾げ、エリが「相澤先生カッコいい……」と呟いているのはまた別の話。
「……さてと、取り敢えず自己紹介ね。俺は相澤消太、君らの担任だ。よろしく」
(((((ギャップが凄い!てか、担任なの!?)))))
毅然とした態度から一変、気怠げに自己紹介をした相澤を見て、彼を初めて見たクラスメイト達の心の声が一致した。初日から見事に息ぴったりである。
「早速で悪いんだが、君らには――
相澤のギャップと突然の発言に困惑する生徒達。だが、合理性を重視する担任は待ってくれない。困惑する彼らを置いて、これから行う何かの準備の為にそそくさと教室を出て行ってしまった。
(……
雄英に通う先輩達とも関わりのある実弥は、常々入学式を放棄して何かを行う相澤の噂を聞いていた故に特に動揺していない。ただ、先輩達の話からしてとんでもないことが起こるのは間違いない。今年2年生になる先輩からは、一クラスまるまる除籍されたという話を聞いた。そこから、勝己に対する警告が単なる脅しではないことが察せる。
一先ず、衝動に任せて激怒してしまった以上はやらねばならないことがある。
「……済まねェ、みんな。迷惑かけた」
やるべきことはただ一つ。自身の怒気に曝され、恐怖を抱いたクラスメート達への謝罪だ。頭を下げる実弥を見て、エリも緑谷に下ろしてもらい、実弥の隣に並ぶと――
「実弥お兄ちゃんがご迷惑おかけしました」
実弥の真似をして、ぺこりと頭を下げた。
「エ、エリ……!?お、お前が謝ることないんだぞ?悪いのは兄ちゃんだから……」
実弥は、ヒヤリとした感覚を覚えてエリを咄嗟に取りなした。顔を上げたエリは、シュンとしていて悲しげな顔だった。その表情は、一人ぼっちの子犬を彷彿とさせるものだ。
「私が止めるべきだったのに、お兄ちゃんのこと止められなかったから……。皆と初めましてなのに、お兄ちゃんが怖がられちゃう」
「エリ……」
とても優しい妹に恵まれた。実弥は、改めてそう思った。しゅんとしたエリのサラサラとした雪のように真っ白な髪を優しく撫でてやりながら、微笑んだ。
「怖がられるのは慣れてる。兄ちゃんのことは気にすんな。けど、心配してくれてありがとうな。エリは本当に優しい子だ。そんないい子には、ご褒美の林檎をあげないとな」
林檎という単語を聞いたエリは、これ以上ない程にキラキラと目を輝かせる。林檎は、彼女が大好きな物なのだ。さながら、ルビーそのものが目であるのではないかと思う程にキラキラと輝くそれは、ヒーローの卵である少年少女達の目を惹きつけた。
「ほ、本当?」
「おう。学校終わったら、買ってきてやる」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
抱きついたエリを受け止めるその顔は、先程までの修羅の如き形相が想像もつかないほどに優しく、慈母のようだ。あまりのギャップに多くの生徒達が困惑し、自身の脳内に壮大な宇宙空間を創り出してしまう。
「行こ、お兄ちゃん。遅れたら相澤先生が怒っちゃう」
「そうだな、兄ちゃん着替えてくるからちょっと待ってろ」
「うん!」
そんな最大限困惑しているクラスメート達を他所に、実弥は1人そそくさと教室から出て行ってしまった。
そんな彼を目にして動けたのは、元から彼の本質を知っていた緑谷と、入試で同じ会場になったことでその本質を見抜いた蛙顔の少女。それと、元から他人に興味のない赤と白が半分に分かれたショートヘアーの少年に、初日からプライドをズタズタにされて精神状態の最悪な爆豪のみ。
他のクラスメイト達が宇宙空間の中に放り込まれた状態から立ち直るのに時間がかかり、見事に相澤の指定した10分後に遅刻してしまうのは言うまでもなかった。