疾きこと風の如く   作:白華虚

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2025/8/25
ソフトボール投げで3000mの記録を叩き出してるにしては実弥さんの握力の記録の数値が控えめすぎるとのご意見があり、考え方も個人的には納得がいったので修正しました。

現実でのソフトボール投げの最高記録(女子)が120m(男子の最高記録でも恐らく200はいかないとの予想)

実弥さんの記録は常人の記録の30倍近く

人間の握力のギネス記録が192kgで30倍にして5760kg
という考え方です。

計算してまでわざわざ割り出してくださり、ありがとうございました。


第十三話 出来ることと限界を知る(後編)

「と、特別枠て……。しかも、点数は首席の爆豪の4倍近くじゃねえか!」

 

「はは……そんなに強けりゃ、入試の時に木刀振りまくって斬撃の余波で風を起こしてたのも納得いくぜ……」

 

 相澤の暴露した真実。それは、多くの生徒達に驚愕を(もたら)した。素直に感心した者もいれば、改めて畏敬の念を抱いた者もいる。中には、あんな凄い奴と肩を並べなくてはならないのかと自信をなくしかけたり、プレッシャーを感じる者もいた。

 

 だが……中には、いい刺激を受けている者もいる。

 

(雄英史上初の特別枠合格……。同い年の方だというのに、ここまで凄い方がいらっしゃるなんて。世間が狭いとはよく言われますが、まさにその通りですわ)

 

 推薦入試の枠の一つを勝ち取って入学を果たした八百万は、自身がまだまだ未熟であることを知って唇を噛み締めた。それと同時に世間の狭さを知り、自身を大きく凌ぐ実力者の実弥を強く尊敬した。

 

(吹き(すさ)ぶ風みてえなあの音……。あれは恐らく、不死川の呼吸音だ。あの一瞬にアイツが放った覇気は、親父以上のもんだった。……確実に強え。不死川が1番厚い壁だ。親父を見返す為に右の力だけでトップを目指す俺の前に立ち塞がる、厚い壁。……絶対に負けねえ……!)

 

 同じく推薦入試の枠を勝ち取った者の1人で、右側が白、左側が赤のショートヘアーとオッドアイが特徴的な少年、轟焦凍は遥か先を憎むような目で実弥をじっと見つめる。将来、必ずや超えなくてはならない壁だと確信し、心の中に宿る憎しみの炎を激しく燃え盛らせた。

 

 同時に、圧倒的な記録を叩き出した実弥に抱きついたエリが、慈母のような微笑みを浮かべた彼に可愛がられているのを何故か羨ましく思ってしまった。

 

(オールマイトが言っていた特別枠を勝ち取った少年って、不死川君だったのか……!聞いた話じゃ、一度拳を交えた機会があって、背後を取られて翻弄されたって……。あんな凄い人を、僕は超えなくちゃいけないのか……!?)

 

 緑谷は、凄まじいプレッシャーに押し潰されそうになっていた。()()()()()()()()()()()、衰えつつある平和の象徴に認められ、死に物狂いで器を作り上げて彼の特別な''個性''を受け継ぎ、やっとの思いで雄英に合格した。未来の平和の象徴としての一歩を踏み出した。

 

 まだまだ未熟な自分が、いずれはオールマイトとも渡り合った実弥を、彼の後継者として超えなくてはならない。

 

 そんなことが自分に出来るのかと漠然とした不安な気持ちが心を支配する。

 

(それでも……やるしかないんだ!僕はオールマイトに認められたんだ。夢を応援してくれる人がいるんだ!だから、がむしゃらに頑張るしかないんだ!不死川君からも色んなものを学んで……!)

 

 だが、彼は立ち上がる。夢の実現の為に。自分に期待してくれている師に応える為に。その緑色の瞳に、オールマイトのように笑顔で困っている人を救けるヒーローになるという固い決意を宿して。

 

「爆豪。俺が思うに、お前は敗北と世界の広さを知るべきだ。お前より上の奴なんざプロを含めてごまんといる。いつまでも下ばかり見て優越感に浸ってないで、たまには上を見ろ。同じようなことを何度も言うのは非合理的だ。お前のこれからに期待させてもらう」

 

 相澤は、俯いたままで歯を食いしばっている爆豪の背中を軽く叩きながら、生徒達に早く次の競技に移れと指示を出すと歩みを進めた。

 

「…………クソッ……」

 

 爆豪は、悔しさを噛み締めながら一言だけ呟き、無性な苛立ちを堪えきれないまま、ズカズカと一足遅れて次の競技を行う場所へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ個性把握テストは続く。とんでもないものを目にしたが、50m走は第一種目だ。競技を行う上で純粋な身体能力を必要とする種目はこれ一つに留まらない。実弥の"個性"は身体能力を大幅に跳ね上げる類のものだと予想している生徒達は、気が遠くなった。これからまだまだあんな超人的な記録を見なければならないのかと。正直、50m走の1秒を切る記録の時点でお腹いっぱいになっていた。

 

 彼らの予想通り、実弥は続々と超人的な記録を叩き出していく。

 

 続く第二種目の握力では、数mはある大岩を一町先――現代の単位に直せば109m先となる――まで押して運べる程の怪力を発揮出来る反復動作を使用すると共に、50m走で利用した空気の集め方と爆発のさせ方を腕に応用した。そうして叩き出した記録は5760kg。

 

 腕を複製して540kgというゴリラ並みの握力を叩き出した、銀髪リーゼントに鋭い三白眼と常にマスクで覆い隠された口元が特徴的な障子目蔵。それと、自身の脂質から凡ゆる無生物を創れる"創造"で万力を創り出した八百万が叩き出した、それを上回る記録さえも容易く凌ぐ記録だった。

 

 当然、実弥は多くの生徒達に囲まれて「凄い」やら、「お前どうなってんだ」やら、「一体どんな特訓をしたらそうなるんだ」やら、「"個性"のこと教えて」やら、「お前、ゴリラどころか巨人の握力じゃねえか!」やら、様々なことを尋ねられ――一部、「イケメンのくせに強いとかずりいぞ!」やら、「スケベすぎるよ!」だとかテストとは全く関係ない声があったが――その対応に追われた。その度に、合理性を重視する相澤から「後にしろ」と注意を受けたのは言うまでもない。

 

 更に、第三種目の立ち幅跳びでは獣のような荒々しい動きを可能とする柔軟性を存分に発揮して玖ノ型、韋駄天台風の要領で跳躍し、9m78cmを叩き出した。

 

 そして、第四種目の反復横跳びでは残像を残す程の高速移動で199回を記録。実弥と同じ試験会場にいた小柄な葡萄頭の少年、峰田実はこの競技に自信があったらしく、他人や物にくっつき、自分に対してはくっつくことなくブヨブヨと跳ねる特殊な性質の髪の毛を利用し、他の生徒達を凌ぐ高速移動を見せつけたが……3桁に到達したと言えども実弥には及ばず。見事に膝から崩れ落ちた。

 

 実弥自身、ここまで満足のいく記録を叩き出すことが出来ていた。だが、彼は別の事に意識を向けていた。

 

 緑谷のことだ。何しろ、彼はここまで"個性"を使う素振りを一切見せることなく、常に青ざめた顔をしている。最初は入試の時のように緊張して力を出し切れないのかと思ったが、そうは思えない。

 

 ならば、テストの種目に"個性"が合わないのかとも考えたが、絶対に違う。仮にそうだとしても、彼の場合は明らかに()()()()()なのだ。

 実弥は、握力の計測を終えてから多くの生徒に囲まれた際、軽く自己紹介をされて、周りに集まっていた生徒達の"個性"に関しては大雑把ながらも全員分把握している。話を聞く限り、明らかにテストに()いて適さない、若しくは活かしきれない"個性"を持つ者は多くいるようだった。"帯電"の上鳴や、"硬化"の切島、"シュガードープ"の砂藤、"テープ"の瀬呂……。彼らに限った話ではなく、そういった者はまだまだいる。

 

 除籍宣告を下されて気負わない者などいないはずがない。だが、彼らとて今は吹っ切れ、不安は拭いきれなくともやる気満々な顔つきで目の前の競技に全力で取り組んでいる。そのはずなのに……緑谷ただ1人が常に青ざめた顔。そういう風に考えるには、態度が異質なのだ。

 

(緑谷……。お前、なんかあるな……?)

 

 只事ではない悩みを抱えているのは、目に見えて分かることだった。

 

 彼を気にかけ始め、転機が訪れたのは……続く第五種目、ソフトボール投げを行っていた時のことだ。

 

 

 

 

 

 

 "無重力(ゼログラビティ)"でソフトボールを浮かし、それを宇宙の彼方まで投げ飛ばしたことで∞の記録を叩き出した麗日に続き、実弥はクラスメイト達に強烈なインパクトを残した。

 

 

 

シィアアアアアアアア……!!!

 

 

 

 現段階での最高の精度で呼吸を行い、肺にありったけの酸素を取り込む。そして、体全体を連動させながら、プロ野球選手顔負けの投球フォームを披露し――

 

「オラァッ!!!!!」

 

 不良と思われても仕方のない掛け声と共に、球威に追い風を乗せて全力で投擲。

 

 そうして叩き出した数値は――3000m。初のkmに換算出来る記録にクラスメイト達は湧き上がった。

 

 彼の記録に触発されたかのように、他のクラスメイト達もやる気満々に競技に挑み、次々と計測が進んでいく。

 

 そして、とうとう実弥が気にかけていた緑谷の番が回ってきた。

 

(……後がねェから、ここで決める気らしいな)

 

 緑谷の決意したような表情を見た実弥は考える。残る競技は上体起こし、長座体前屈、持久走。彼を見守り始めてから、実弥は彼の"個性"に関して仮説を立てた。

 

 もしも、彼の"個性"が一撃必殺のタイプ――言わば、一度使ったら何らかの要因でしばらくは使えないタイプの"個性"だとしたら、ここまでの振る舞いに物凄く納得がいく。"個性"の調整が出来ない、とてつもない反動がある……。()()()()()()というのは、いくつも考えつくが――

 

(もしそうだとしたら、"個性"の練度が低すぎるぜ)

 

 あくまで実弥の独断と偏見だが、15歳になれば、ヒーローを志望する子供達は大抵自分の思う通りに"個性"を扱えるし、デメリットも自分が最低限困らないレベルに抑え込めているものだ。

 

 その例に当てはまらないのが、"個性"を持て余した輩か、"個性"が発現したての幼児。そよ風園で子供達の世話をしていた上、(ヴィラン)との戦闘漬けの日々を送っていた故に実弥は両方の事例を見てきた。

 

 一番身近な例は、エリ。彼女が初めてそよ風園にやってきた日、彼女の祖父から"個性"を制御出来ずに誤って父親を消してしまったという話を聞いた。その日以来、相澤の協力を得ながら個性使用訓練所に通い詰め、今では上手く"個性"を扱えるようになった。

 

 事実、実弥が(ヴィラン)との戦闘漬けの日々を送る中で出来た負傷を彼女自身が治したいと望み、治してもらった経験もある。

 

 閑話休題。その仮説通りだとすると、緑谷はまさに"個性"を得たばかり及び、扱いきれていない幼児の状態にある。

 

(……仮説通りだとしてだ。何がどうなりゃ、そこまで練度が低くなる?)

 

 ソフトボールを手にし、それを強く握りながら力強い足取りで円に向かう緑谷の背中を見つつ、実弥は依然考え込んでいた。

 

「地味目の人、大丈夫かな……?」

 

「……緑谷君、このままではまずいぞ。何故、彼は"個性"を使わないんだ?」

 

 緑谷と知り合いらしい飯田と麗日の彼を心配する声に、実弥は思考を中断する。

 

 飯田の疑問に爆豪が嘲笑するように声を上げた。

 

「ハッ、たりめーだろうが。つか、使わねえんじゃなくて、使えねえんだよ。()()()の雑魚だぞ?」

 

 その言葉に、飯田、麗日、実弥の3人が同時に彼の方に顔を向けた。

 

 「こいつら揃いも揃って何なんだ」と言いたげの顔をした彼に対し、飯田がそんなことあり得ないとばかりに反論する。

 

「君、彼が何をしたのか知らないのか!?俺は間違いなく見たぞ、彼が()()()()()0()P()()()()()()()()()!」

 

「は?」

 

 ポカンと口を半開きにする爆豪。飯田の言葉の信憑性を高めんとしてか、麗日もパンチを繰り出すように右腕をぶんぶんと振りながら言う。

 

「本当だよ!私も目の前で見たもん!あれは夢なんかじゃない!」

 

「待てや……。何言ってんだ、テメェら……!?デクは無個性のはず!あり得ねえ!」

 

 麗日の言葉を聞いた爆豪が明らかに取り乱しながら、ブツブツと呟いている。

 

「……飯田ァ、詳しく聞かせろォ」

 

 そんな彼が立ち直ってギャーギャーと騒ぎ出し、飯田に暴力を振るうことのないようにと、彼と飯田との間に立ちながら実弥は尋ねた。

 

 飯田から聞いた話はこうだ。

 

 入試の時、ただでさえオドオドとしていた出久は、ビルを押し潰しながら現れた0Pを見て腰を抜かした。入試の説明会の時に彼に恥をかかせたこともあって失敗を取り返さなければと必死になった飯田は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う。

 彼を連れて逃走を試みた飯田であったが、突如痛みを訴える少女の声が耳に入った。その声の方に視線を向ければ、ビルが崩れて落下した瓦礫に足を挟まれ、動けない状態の麗日の姿があったのだとか。

 

 飯田は、再び迷った。彼女と出久の両方を救ける為にはどうすべきか。こんな時に兄ならどうするか、と。

 

 その時――出久は、恐怖を拭い去って迷いなく飛び出した。0Pの襲来する方向へと一直線に走り、3階建てのビルを遥かに凌ぐ大きさの0Pの頭部に位置する高さまで()()()

 

 そして、その右腕を振り抜き、凄まじい風圧を放ちながら0Pを粉砕したとのことだった。

 

「――彼の"個性"のことは、詳しくは知らない。ただ、0Pを破壊した後の彼の右腕は赤く腫れ上がって明らかに折れていた」

 

「着地も出来ひん様子だったから、多分両足も折れとったんとちゃうかな……?」

 

 そう話を締め括った2人。それを経て、実弥の結論が決まった。

 

「一回使えば体がボロボロ……。だから、使いたくても使えねェってことだなァ」

 

 呟く実弥に飯田は同意する。

 

「ああ。恐らく、彼の"個性"も身体能力を大幅に増強させるもの。その特性と残った競技から考えて……ここでやらなければ、緑谷君に後はない……!」

 

「そ、そんな……」

 

 麗日が酷くショックを受けた顔をしている。彼女には申し訳ないが、実弥も全く同じ意見だった。自身の仮説通りとなると、相澤をよく知る実弥は除籍候補を絞ることが出来てしまう。

 

(緑谷、1番の除籍候補はお前だぞ。どうする……?)

 

 入試前にあれだけビクついていながら、ピンチの人を見るや否や、自身の体を顧みずに飛び出す胆力のある緑谷がここで終わるとは思えない。手にしたソフトボールをじっと見つめ、覚悟を決めた顔つきになった緑谷を見守っていると……自身に対して手招きをする相澤の姿が目に入った。

 

 相澤の意図を察し、実弥は駆け足で彼の元に向かう。

 

「不死川、エリちゃんを頼む」

 

「分かりました」

 

 相澤に代わり、エリを抱えながらチラッと緑谷を見ると……腕を振りかぶっていた。腕に血管のような赤い光の筋が迸り、熱を持ったように淡い光を帯びる。その瞬間、辺りの空気感が変わった気がした。あれは、彼の肉体に見合わない凄絶すぎる力だ。

 

 そりゃあ腕も壊れるな、と実弥は納得した。相澤の側で顔の青ざめた緑谷を見ていた故か、エリも彼をとても心配そうに見つめている。

 

 そして、彼が腕を振り抜きかけた瞬間――相澤の髪が逆立った。

 

「え……」

 

 "個性"を発動したはずなのに、並の記録しか出なかった。そのことに緑谷は絶句している。

 

「……つくづく、あの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴まで入学出来てしまう」

 

 忌々しげに呟いた相澤は、首に巻きつけた捕縛布を手にして緑谷を自身の近くに引き寄せ、「また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったのか」と問う。「そんなつもりはなかった」と弁明する緑谷だが、「周りはそうせざるを得なくなる」と相澤はそれを一蹴した。

 

 緑谷にズバズバと厳しい言葉を投げかける相澤を見る実弥も、彼と同じようなことを思っていた。

 

 自己を犠牲に他の誰かを救ける。聞こえは良いが、そうするには自身が無事でなくてはならないという前提がある。自分の身も守らなくてはならないのだ。

 

 誰かを守る者は、常に誰かに安心を与える存在でなくてはならないというもの。ヒーローに限った話ではない。子を守ろうとする親も同じだ。

 

 自分の子を守る為に自分を犠牲にし、子に弱みを見せまいと強く振る舞う。しかし、その実は疲弊してとても辛い。無理をして笑う親を見た子は、理解出来ないなりに漠然とした不安を覚えるものだ。ろくでなしの父親に暴力を振るわれながらも自分達を守ってくれていた母親を持った実弥だからこそ、痛感している。そんな母が見てられなくて、少しでも支えたいと思った。だから、幼いながらも実弥は母と共に弟達を守ろうと強く在った。

 

 多を救けるヒーローが、誰か1人の為に全てを犠牲にするのでは話にならない。ヒーローとは、常に()()()()()()でなければならないのだから。

 

(やめとけ、緑谷。お前には無理だ。……見てらんねェよ、自分の体をぶっ壊して誰かを救けて、泣かせちまうヒーローなんてよ。親御さんも泣くぞ)

 

 「お前の力じゃヒーローになれないよ」と相澤が宣言したと同時に、ほぼ同じことを思った。

 

 ――重なってしまった。鬼を喰べてでも自分に会う為に戦おうとした玄弥と、体を壊してでも憧れに追いつこうとする緑谷。命を失ってでも兄である自分を守りたかったと言って若い命を散らした玄弥と、誰か1人を救けて命を散らしかねない緑谷。

 

 共にA組の教室に向かう途中、「オールマイトみたいに沢山の困っている人を笑顔で救けられるヒーローになりたいんだ」と言った出久の眩しくもあどけない笑顔が思い浮かぶ。

 

 あの時は「頑張れよォ」と優しく頭を撫でてやったが、赤の他人のはずの緑谷が玄弥と重なり過ぎてしまった今は、その夢を素直に応援してやれそうもない。

 

(ごめんな、緑谷)

 

 そんな自分があまりにも情けなく、悲しげな笑顔を浮かべながら実弥は内心で謝罪の言葉を溢した。

 

「お兄ちゃん……」

 

 そんな心情を察しているのか、はたまた悲しそうな実弥を見たくないのか、エリは心苦しそうに実弥を見つめていた。

 

 相澤の手から解放された緑谷が、2回目のボール投げに入る。その表情を見て、実弥が思わず呟いた。

 

「……()()()()……!」

 

 漠然とした予感。玉砕してでも夢を追い続ける覚悟ではなく、木偶の坊の自分なりに最小限且つ最大限に今出来ることをやり抜く覚悟。それに満ちた表情だった。

 

 そして緑谷は――

 

「SMAAAAASHッ!!!!!」

 

 オールマイトを彷彿とさせる猛き叫びと共に、力を一点集中させた人差し指でボールを押し出した。

 

 凄まじい風圧の余波が辺り一帯に押し寄せる。彼は、この一投で705.3mという初のヒーローらしい記録を叩き出すことが出来た。

 

「相澤先生っ……!まだ、やれます……!」

 

 腫れ上がった人差し指の痛みを堪えるように唇を噛み締めながらも……緑谷は笑った。

 

 その姿が、どんなピンチの時でも笑顔を絶やさないオールマイトと必然的に重なった。

 

「この土壇場で犠牲を最小限にしやがったァ……!しかも……なんて野郎だ、こんな時に笑ってやがるぜェ……!やるじゃねェか、緑谷ァ!」

 

 土壇場で自身の予想を覆した緑谷に感心し、思わず笑みが溢れる。

 

 その判断を見込んだのは相澤も同じらしく、実弥と相澤が笑みを浮かべたのはほぼ同時のことだった。

 

「……ふふっ」

 

 そんな2人を交互に見ながら、その息ぴったりさにエリがクスッと笑ったのも同時だった。

 

 だが、直後に緑谷の腫れ上がった人差し指を見て、エリは心を痛めた。

 

(緑谷さんを救ける為に私の"個性"を使いたい)

 

 そして、強くそう思った。

 

「お兄ちゃん」

 

「……行ってこい」

 

 「お兄ちゃん」とたった一言呼んだだけで、意図を察して降ろしてくれた実弥に感謝し、「いたたっ……」と呟きながら庇うように人差し指を覆う緑谷に駆け寄った。

 

「エ、エリちゃん?」

 

 流石に小さい子を心配させる訳にもいかないと思ってか、彼は無理をして笑顔を浮かべるが……そうやって無理をして抱え込む兄を持つエリには通用しない。全てお見通しだった。

 

「無理しないで。手、見せてください」

 

「う、うん」

 

 姉であるかのように毅然とした態度のエリを見た緑谷は、観念したようにしゃがんで腫れ上がった人差し指を見せた。

 

「……じっとしててくださいね」

 

 エリがそっと腫れ上がった部分に触れると、角が淡く黄色い光を纏って発光すると共に、同じような光が優しく緑谷の腫れ上がった指を包み込む。

 

(……!優しくて、暖かい……)

 

 慈愛の女神の御光のような暖かさと優しさを感じると同時に、緑谷の指の状態が通常の状態へと巻き戻っていく。それを確認すると、エリは"巻き戻し"を解除してから、彼の手を優しく、優しく撫でた。

 

「け、怪我が治った!?」

 

「私の"個性"。"巻き戻し"って言うんです」

 

 怪我一つない指を見て驚く緑谷。そんな彼を見て安心したように微笑みつつも、エリはもう一度彼の手に自身の小さな手を添えた。

 

「……もう怪我しちゃ嫌ですよ?緑谷さん。お兄ちゃんも心配しますから」

 

「……!うん……ごめんね、エリちゃん。それと、ありがとう。これから怪我をすることがないように頑張るよ」

 

「約束です」

 

 笑顔で指切りを交わす2人を見て、辺りはが暖かい雰囲気になる。実弥も頬を緩ませていたが……。

 

「どういうことだコラァ!訳を言えェ、デク!テメェ、俺を騙してやがったのか!?」

 

「か、かっちゃんっ!?」

 

 爆豪の怒号が暖かい雰囲気を引き裂いた。掌から爆発を起こして断続的な爆発音を響かせながら、目を吊り上げて般若のような顔で緑谷に迫る。

 

 緑谷がびくつきながらも咄嗟にエリを庇うように立ち、相澤が捕縛布に手をかけたが、彼らよりも疾く実弥が立ち塞がった。

 

「いい加減にしろォ、クソガキィ」

 

「ッ!?」

 

 爆豪の手を掴んで、手の甲を体の方へと向けさせる。そして、親指を下にした状態のままそれを外側に捻った。すると――

 

「っ、があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!?」

 

 爆豪が、聞いている方も痛々しくなる程の苦痛に満ちた叫びを上げた。そのまま手首を押さえ、膝から地面に崩れ落ちる。

 

「テ、テメェッ……!何しやがったっ……!?」

 

 捻られた手から腕全体に伝わる猛烈な痛みと痺れに悶えながら、爆豪は実弥を鋭く睨みつけた。彼の前にしゃがみ込みながら、実弥は語る。

 

「逮捕術って知ってるかァ?被疑者や現行犯を制圧、逮捕、及び拘束する為のれっきとした技術だァ。俺がテメェにかけたのはそのうちの一つ、二カ条って技だぜェ」

 

 人間は、体の可動域に限界がある生き物。手や腕を外側に捻るとしてもそれが出来る限界があり、それ以上は体を壊してしまう。それを防ぐ為に、人間の体は痛みを訴えて警告するように出来ている。大して力が入っていなくとも、体の構造上故に痛みで立てなくなる。

 

 その痛みを利用して相手を制する。実弥がかけたのはそういう技だ。

 

「人が懸命に出した結果にグチグチ言ってんじゃねェ。いちいち(うるせ)ェんだよォ。はっきり言っておくぜェ。俺ァ、テメェの腕や手の骨を簡単に折れる。腕や手ェ諸共、自慢の"個性"が使い物にならなくなるのが嫌なら……大人しくしとけェ。相澤先生に迷惑かけんな」

 

 実弥はそのままエリを抱えると、緑谷と彼の身を案じて駆け寄ってきた麗日を連れて次の競技へと向かっていく。

 

 相澤がどうしてお前は懲りないんだとばかりにため息を()いていたが、爆豪の耳には入らなかった。

 再び実弥に一蹴されたことよりも、何とも言えない焦燥感と緑谷への怒りが彼を支配していたのだった。

 

「クソっ……!何なんだよ、クソデク……!テメェは、テメェは……!俺の後ろをついてくるだけの路端に転がる石っころだったろうが……!」

 

 常に格下だと見下していた相手に記録で敗北した事実は、爆豪の肥大化したプライドを更にズタズタにしてしまう。

 

 どうしようもなく悔しくて、地面に(うずくま)って拳を叩きつけながら、涙が溢れかけるのを堪えて歯を食いしばる。今の彼に出来るのはそれだけだ。

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