「ぐはっ!?」
一陣の烈風が吹き抜け、共に振り抜かれた鉄刀が轟の頬に命中する。そして、一足遅れて押し寄せる、怪力を発揮した拳で強く殴られたかのような衝撃によって吹き飛ばされて床を転がり、壁に背中を強かに打ち付けた。
背中を強打したことで痛みが生じると共に、一瞬呼吸が上手く出来なくなる。崩れ落ちて地面に伏せながらも何とか呼吸を整えつつ、轟は自分の認識の甘さを後悔していた。
(甘かった……。実力は分かってたはずだってのに、油断した……!)
頭で理解しているつもりの事実があったとしても、それを心から事実として受け止めるには己の目で見て、己の身で体感する他ない。そうでもしなければ事実を事実として受け止められない生き物である人間は、何と複雑で面倒な生き物なのだろうか。
試合開始直後、障子が二対の触腕の先に耳を複製して索敵を行った。尾白と葉隠が4階の広間におり、実弥が試合開始直後から自分達の方へ猛然と迫りつつあることを把握すると、轟は障子にビルの外に出るように促してから早速切り札を切る。"半冷半燃"のうちの冷やす方の力を使用し、右手でビルの壁に触れることで……なんと、ビルの外部から内部を含めて全体を凍らせたのだ。
仲間を巻き込まず、核兵器にダメージも与えることなく、更には敵を弱体化させて制圧する。防衛戦のつもりだったというのに、ビルの全体を凍結されて瞬殺。明らかにレベルの違う制圧力。相手からすればたまったものじゃないだろう。
――ただし、それは相手が普通の学生であればの話だ。
鬼殺隊としての戦闘経験が豊富な実弥には通用しなかった。ついでに言えば、葉隠と尾白にも通用していない。実弥が予め轟の手を読み、辺りの空気が冷え込み始めたのを敏感に感じとったことで、彼ら全員が轟の魔の手から逃れられたからだ。
障子が警戒の為にこちらへ迫りつつあった実弥の足音を探っていたが……轟の切り札が通用していないのでその音が止むことはない。むしろ、自分達の方にみるみると近付いてくる。それを聞いた轟は、歯痒い思いをしつつもやむなく真正面から迎撃することを決意。自分が敗北しても、障子が核を確保さえしてくれれば、勝利する為の条件を達成出来る。そのことを頭に置き、探索の術を持つ障子を核兵器の捜索に向かわせて今に至る。
「どうした、こんなもんかァ?この程度の強さじゃ、俺らの手中にある核兵器を確保するなんざ夢のまた夢だなァ」
体を起こし、不敵な笑みで歩み寄ってくる実弥を睨みつける。挑発されているのは誰から見ても明らかだった。
(くそっ……!今に一泡吹かせてやる……!)
轟は、無理矢理ではあったが、仮にもNo.2ヒーローである父親に鍛えられた身だ。
父親並みの覇気を発する実弥との実力差が解らない訳ではないが、このまま一方的にやられるのは彼のプライドが許さなかった。
右腕を振り抜き、辺りに被害が及ばないように範囲を絞りながらも現時点での最高速度で氷を展開した。轟の放った氷刃が大蛇の如く地を這いながら実弥へと一直線に迫る……!
――しかし。
「さっきから思ってたが……攻撃が
「ッ!?」
「――がっ!?」
目の前にいるはずの実弥の声が頭上から聞こえた。咄嗟に顔を上げるも……時既に遅し。晩秋から初冬にかけて山から吹き下ろす強く冷たい風を纏った鉄刀が振り下ろされ、轟の脳天を打ち付ける。
頭上から押し寄せた衝撃で、脳が激しく揺さぶられる。まともに立てず、
次の瞬間、猪の如く低い姿勢の実弥の姿が轟の視界に入ってきた。
――どうなってんだ……!?
それを目にした瞬間、彼は即座にそう思った。今の自分は、
刹那、風が激しく吹き上げた。砂塵を空高く巻き上げ、山中に靄をかける程の勢いと激しさを持つそれを伴う疾さで振り上げられた鉄刀が轟の下顎を打ち抜く。
「ぐうっ!?」
持ち前の怪力も影響してか、轟の肉体が空中へと打ち上げられる。誰からどう見ても無防備な状態だ。
即座に受け身を取り、氷を形成して次の攻撃を防がなければ、と頭の中で次の行動を思い描くも、頭で考えたことを体で実行するにはやはり時間を要する。轟の脳が考えたことを彼自身の体が実行するよりも、実弥の方が遥かに速かった。
一呼吸分置いてから、続け様に実弥の洗練された技が放たれる。低い姿勢の彼から放たれた二太刀の連撃が受け身もろくに取ることが出来ないままの無防備な轟に炸裂した。振り上げと振り下ろし。たった二振りの斬撃で発生した砂塵を激しく巻き上げる竜巻が、轟の肌を何度も斬りつける。
「ぐああああっ!!!」
血色のいい彼の肌を頬や腕から垂れた鮮血が覆い尽くし、徐々に血の気が引いていく。彼の
「くっ……」
肌を斬りつけられた痛みと背中を打ちつけた痛み。二つの痛みに悶えながらも、轟は立ち上がる。
(鉄刀の一撃は尋常じゃないくらいに疾く、重い……。風は同じように疾く、鋭い……。これが不死川の強さ……なのか)
顎、脳天、頬に未だに残るビリビリとした感覚と、視界がぐわんぐわんと揺れ続けている感覚を感じ取りながら、目の前の相手との実力差を改めて実感する。
轟は、先程の連撃は見事なものだった、と内心で実弥を称賛した。
脳天を打ちつけて脳震盪を引き起こさせ、動きを封じる。更に、その状態の相手の懐に潜り込み、斬り上げを叩き込んで相手を空中に浮かす。そうすることで無防備な状態にさせる。最後に、空中へと追撃を放つことで畳み掛ける。
まさに、敵である自分に一切動く暇を与えないと言わんばかりの速攻。言い換えれば、一方的な蹂躙。
同年代を相手にしている中でここまで一方的に打ちのめされるのは初めての経験で、どうしようも無い悔しさが轟の内心を支配した。しかも、こうして痛烈な一撃を連続して喰らってはいるが、致命傷にならないようにしっかりと加減されている。
(加減してるってのにこれかよ……。くそっ、遠いな)
歯を食いしばり、とにかく頭を回す。
この試合、実弥を撃破する必要性は何処にもない。とにかく、彼を捕獲するか核を確保して勝利すれば良いのだ。タイムアップは向こうの勝利になってしまう為、上手く時間を稼ぐ他ない。
正面から通じないなら、小細工を施す他ないだろう。
(やるしかねえ……!)
覚悟を決め、轟は前方を薙ぎ払うように右腕を振り払う。文字通り薙ぎ払うように発生した氷を、実弥は獣の如く荒々しいバク転で回避した。
彼が着地する瞬間を狙って、続け様に猛牛の如く一直線に突き進んでいく氷を放つも――
「一辺倒に攻めてても……俺を倒すことなんざ出来ねェぞ!」
旋風を纏った超音速の一撃が迫り来る氷を
自身の目前を塞ぐ氷が無くなった瞬間。実弥は再び、塵旋風・削ぎを使用して床を蹴り、轟との距離を瞬時に詰めた。標的を目前にすると、旋風を引き裂きながら姿を現し、鉄刀を振りかぶる。
(相変わらず速すぎんだろ……!)
そして、轟は……内心で悪態を吐きつつも必死に目を凝らし、一か八かと実弥の振るう音速を超えた鉄刀の一撃を交差させた両腕で防いだ。
「ぐっ……!?」
「へェ……?」
興味深そうに実弥が不敵な笑みを浮かべる一方、轟の表情は苦痛に満ちていた。腕全体に走る猛烈な痛みと痺れに悶えながらも、実弥の攻撃を偶然に決まっているだろうが防げたことに感謝する。
そのまま交差させた両腕を振り払い、この好機を逃すまいと右手を伸ばした。
ここまで単純な広範囲攻撃ばかり繰り出してきた轟であったが、忘れてはいけない。そもそも、右手で触れてしまえば対象を瞬時に凍らせることが可能であることを。広範囲攻撃を実弥の目に擦り込み、それしか出来ないと勘違いさせた上で、どうにかして機会を作り出して彼の肉体に直接触れる。これが、轟なりに必死で考えた小細工だった。
(ここで触れさえすれば……!)
――十分勝てる可能性はあるだろう。だが、実弥の野生の勘が鋭敏に働いた。右手で触れ、体を直接凍らせる気なのだと轟の考えを看破した彼は、背中に背負っている十手を取り出して轟の右腕を即座に絡め取った。
「しまっ――」
真下から突き上げるようにして腕を絡め取った影響で轟の腕が持ち上がり、胴体の部分が無防備になる。胴体のうち、人体の急所である鳩尾。実弥は、そこに狙いを定めて膝蹴りを放った。
「がっ……!?」
横隔膜の動きが止まり、呼吸が困難になる。視界の中で、パチパチと白い火花が弾ける。その瞬間、轟は自分の体が限界を迎えたことを察した。
(強え……強すぎる……。手も足も出なかった……。もっと、強く、ならねえと……)
瞼が重くなり、逆らうことなく自然と閉じる。そして、体中から力が抜け、がくんと膝から崩れ落ちて完全に意識を閉ざしてしまった。そんな轟の体を支えてやりつつ、実弥は彼の腕に捕獲用のテープを巻き付けた。
「っし……これで、轟は確保ってことで良いんだよなァ?」
そんなことを呟きつつも、加減したとは言えど血を流させすぎたなァ、と反省し、軽い応急処置を施す。
その間にも轟の髪の色と瞳の色に対して感じた既視感は何だったのだろうかと考える実弥だったが……結局、その理由は最後まで判明することはなかった。
★
一方、ビルの3階にて、尾白と障子が真正面からぶつかり、殴り合いを繰り広げていた。
「おおおおっ!!!」
全ての触腕から腕を複製し、乱打を繰り出す障子だが、尾白はその軌道一つ一つを見切り、
こうなるのは、やはり経験の差。手数こそ腕を複製した障子の方が遥かに上だが、彼の体術は所詮我流のものでしかない。対する尾白は幼い頃から武術を習ってきた。つまり、確かな技術を兼ね備えている。対人で試合を繰り広げた経験もあるが故に相手の攻撃速度に対して本人の目も慣れていた。結果として、的確に攻撃を凌ぐ尾白と押し切れない障子という膠着状態の構図が出来上がったという訳だ。
障子は、''個性''の''複製腕''によって耳を複製出来る。しかも、自身のそれより感覚が強化されたものを。索敵する術がある以上、今すぐにでも葉隠の足音を耳で聞き取って位置を把握し、彼女を捕獲。そこから自慢の体格と力の強さで尾白を押さえ込んで捕獲という策を取った方が効率的だと思われるが……そうはいかない理由があった。
乱打を放ち、尾白の重く鋭い拳や蹴りを防ぎながら障子は考える。
(俺が探索を進めていた際に不意打ちで放ってきた
戦いの最中でさえも障子が警戒しているのは、尾白が遭遇してすぐに放ってきた音響弾。まるで黒板を爪で引っ掻いた時のような聞き心地の悪い音を放つそれは、未だに耳鳴りという形で障子自身にもダメージを残している。
更に感覚の強化された複製した耳に至っては、その弾の音一つで鼓膜を破られた。その弾の予備があるのか否か。それがはっきりしない為、障子は索敵に打って出ることを渋らざるを得ない状況下にある。
加え、こうして格闘戦を仕掛けてくる尾白の気迫。それが障子の本能に「気を逸らした瞬間に負ける」と訴えかけていた。
「障子。轟の相手は不死川が引き受けている。はっきり言って、あの実力差じゃ長くは
「っ、承知の上だ……!」
膠着状態が続く中で放たれた尾白の一言が、障子の不安と焦りを煽る。ここにきて、やはり障子の選択肢は二つに一つとなった。尾白と対峙し、捕獲する、
複製した腕と自身の腕を全て展開し、阿修羅のような姿と化した障子が肉弾戦車の如く尾白に突進する。全ての腕で尾白を固め、捉えようとしたのだろうが……尾白は、強靭な尻尾で地面を押し込んで跳躍。障子の頭上を跳び越えて着地すると、バク転で距離を取った。
――その時、尾白のインカムに通信が入った。
「……分かった」
障子を警戒しつつも通信を聞き取り、その内容を障子に向けてそっくりそのまま伝える。
「轟は既に捕らえて、俺達の手中にある。今は核のある部屋で不死川の監視下に置かれている所だ。下手なことをすれば……核を起動させて、お前の仲間の命ごとここら一帯を爆発させることになるぞ」
「っ……!」
遠回しな言い方だが、要するに降伏しろとのことだ。今の障子は、轟を人質に取られている状況。実戦を想定している以上、自身の下手な行動で多くの命を犠牲にする訳にはいかない。
「……分かった、俺達の負けだ……」
「よーし!言質取ったぞ、障子君!確保だーっ!!」
降伏の証に障子が両手を挙げる。それと同時にここまでずっと息を潜ませていた葉隠が元気に声を上げながら障子に捕獲用のテープを巻き付けた。
『障子少年と轟少年、両者共に確保!よって……
――かくして、第二試合は実弥率いるIチームの圧勝で終わりを告げたのだった。
★
「いきなりぶっちゃけちゃうけど、第二試合のMVPは不死川少年だ!まあ、授業の一環として捉えれば、やり過ぎな節はあったけれどね。という訳で、第二試合の講評を行っていく訳だけど……その前に!不死川少年、今回の作戦を教えてくれるかな?」
「分かりました」
第二試合のダメージで気を失った轟と、未だに保健室で療養中の緑谷を除いた面々の集まっているモニタールームにて、オールマイトがすっかり調子を取り戻した笑顔で実弥に対して促す。促されるままに、実弥は説明を開始した。
「最初に言っておくと、轟の攻撃による氷漬けを回避出来たのは……俺が彼奴の''個性''を持っていたら絶対にそうすると予想していたからだ。必要以上に
最初に氷漬けを回避した理由を疑問に思う者達のために予め説明した後、実弥は作戦の概要の説明を始めた。――因みに、実弥は自力でビルの床を踏み込んで跳躍することで回避し、尾白は尻尾を利用した跳躍で氷漬けを回避。葉隠は予め靴を履いたままで轟の攻撃を受け、直後に実弥の怪力で靴の周りの氷を砕いてもらった後で靴を脱ぎ捨て、結果的に氷漬けを回避した――
まず、実弥達は試合開始時に4階の広間に待機していた。これは、
試合開始直後の氷漬けを回避した後、尾白と葉隠と別れ、移動速度が最も速い上に戦闘力も1番上である実弥が1階へと急行。轟と障子を叩きに行く。試合の勝利条件は、相手全員を捕獲するか、核兵器を確保することのいずれか。ともかく核を確保出来れば条件は達成出来るのだから、探索に最適な障子をそちらに向かわせて、実力にある程度の自信がある轟は実弥と対峙せざるを得なくなる。こうして、轟の行動の選択肢を一つに絞り、自由行動を封じた。
そして、次は尾白と障子を対峙させる。葉隠には
結果、障子は葉隠の位置を特定出来なくなる。その為、彼女に捕獲される可能性があって下手に動けない。加え、死ぬ気で挑む尾白をぶつけることで彼と対峙せざるを得ない、
轟を撃破すれば、後は簡単なこと。ヒーローなら人質の命を優先して当然。誰かを救ける為により多くの犠牲を出す訳にはいかないと言った心理を利用して障子の動きを止め、捕縛してしまえばいい。
「――以上が俺らの作戦だァ」
「事細かにサンキュー、不死川少年!それじゃあ、彼の作戦を踏まえて……不死川少年がMVPである理由が分かる人!」
「はい」
「むむ!八百万少女、どうぞ!」
第一試合に続き、挙手したのはやはり八百万。オールマイトに促された彼女は、自身の考えを述べ始めた。
「不死川さんがMVPに選ばれたのは……まずは、作戦が
相手の心理を把握するのは何事に
「次に、轟さんを一方的に押さえ込む圧倒的戦闘力。チームアップしているヒーローも
最後に、轟に施した応急処置のレベルの高さも踏まえ、1番活躍した点が多かったからこそMVPに選ばれたのだと付け加えて、八百万の話は終わった。
周りから、八百万と実弥に向けて一斉に拍手が巻き起こる。誰もが実弥の強さと八百万のキレキレの分析力に感嘆し、彼らを畏敬した。
因みに、オールマイトは相変わらず、「全て言われてしまった……」と言いたげな顔をしている。
そこから、彼はかぶりを振って笑顔をしっかりと作り直し、話を切り出した。
「くぅ〜……!八百万少女、引き続き素晴らしい分析力だ!流石だね!それはそうと……少年少女の中には、不死川少年のやり方を見て、やり過ぎだと思った子もいるんじゃないかな?授業の一環として考えればその通りだが、覚えておくんだ」
そして、真剣な顔つきになって続ける。
「いいかい?世の中にはやり過ぎが丁度いいくらいの手強い
「綺麗事が通用しない場に遭遇しない為にも、我々大人が頑張るから安心していいぞ!」と高らかに笑うオールマイトを見て、誰もがNo.1ヒーローにこうして教えを請えることを誇りに思っていた。
――だが、ただ1人……気分の穏やかでない者がいる。
(敵わねえ……。氷の奴にも、傷顔にも……。――ッ、クソッ、俺は何を考えてんだ……!)
爆豪勝己。彼だけは実弥との力の差に絶望した。ただ歯を食いしばって俯き、拳を握りしめていた。それに加え、彼と轟に対して「敵わない」と認識してしまった自分が一気に情けなくなってきた。
雄英に入学でき、オールマイトをも超えるNo.1ヒーローになる為の一直線の道が開けたと思った。自分こそがNo.1だと思っていた。だが、実際はどうだ。序盤から自分の思い通りにいかず、道から転げ落ちてばかりではないか。
「ちくしょう……!ちくしょう……ッ!」
誰にも気づかれることなく呟く彼の心の中を情けなさが支配し尽くしていて。その足元には、何滴かの透明な雫が滴り落ちていた……。