疾きこと風の如く   作:白華虚

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またも長くなりそうだったので、元々一話にまとめていたものを二話に分けました。

2024/1/4
少々違和感がありましたので実弥さんが轟君に対して覚えた既視感について、瞳の色や髪の色に対しても覚えていたものを、「遥か先を憎むような目」に対してだけ既視感を覚えているというように変更しました。


第十九話 踏み出す一歩

 第一試合や第二試合の勢いに触発されてか、後に続くクラスメイト達も全身全霊で訓練に挑み、各試合の反省点などを考え抜き……。各々が有意義な時間を過ごすことが出来た。

 有意義な時間というのは、そうであるからこそ早く過ぎ去る。あっという間に戦闘訓練は終わりを告げた。

 

「お疲れさん!緑谷少年と轟少年以外は、特に大きな怪我もなし!皆、初日にしちゃあ中々良かったぜ!」

 

 一部怪我をした者がいたとは言え、全体的には良い動きをしていたとの評価を下し、満面の笑みでサムズアップをするオールマイト。

 そんな彼を見つつ、蛙吹が呟く。

 

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業……。何だか、拍子抜けというか……」

 

 何とも言い表し難い、拍子抜けに近い気持ちを抱いたのは彼女だけではないらしい。彼女の言葉に、何人ものクラスメイトが頷いていた。

 彼女の声に、オールマイトは高らかに笑いながら答える。

 

「HAHAHA!真っ当な授業をするか否かも、全て教師の自由さ。という訳で、授業はここまで!初回から実戦で疲れた少年少女もいるだろうから、この後はしっかり休むんだぞ!私は緑谷少年に講評を聞かせねば!取り敢えず、君達は着替えて教室に……お戻りぃぃぃぃぃ!!!」

 

 そして、これから急用がありますと言わんばかりの勢いで土煙を巻き上げながら疾走し、教室に戻るように指示をした後で颯爽と去っていってしまった。

 

「おおっ、すっげえ!速えな、オールマイト……!」

 

「きっと多忙なんだよ」

 

「本気の不死川とどっちが速いんだろうな?」

 

 そんな会話を交わながら更衣室へと戻っていくクラスメイト達を横目に、オールマイトのあまりの急ぎ様に違和感を覚えた実弥であったが……。

 

(……エリの顔が見てェな)

 

 講評や、各生徒の"個性"の分析及び彼らの改善点を見つける為に頭を回していた影響だろうか。疲労があって、無性にエリの顔を見たくなった。

 彼女の笑顔を思い浮かべているうちに違和感について考えるのは後回しになり、気が付けば彼の中の疑問は頭の隅に置かれてしまったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、お兄ちゃん。見て見て!今日は字のお勉強したの!」

 

「お、頑張ったなァ」

 

 エリを迎えに行く為に職員室に向かった実弥を出迎えたのは、平仮名の練習帳を広げて「褒めて!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた彼女の姿だった。

 可愛らしい様子の彼女に微笑みかけ、抱きしめながら撫でてやる。実弥に撫でられるや否や、その手に人懐っこい子猫のように擦り寄るエリを何処か微笑ましそうに見守っていた相澤は、実弥に向き直って尋ねた。

 

「初日のヒーロー基礎学お疲れさん。……どうだった?問題児達は」

 

 問題児。自分以外でそういう呼称になる者はたった2人しかいないだろうと考えた実弥は、数秒思考する様子を見せてから答えた。

 

「緑谷は右腕ぶっ壊す大怪我を負って、命辛々って感じで相手の爆豪と飯田のチームに勝利しましたよ。爆豪は……癇癪起こして大爆破です」

 

 実弥の答えを聞いた相澤は、ため息混じりに髪を荒っぽく掻き乱す。

 

「成る程な……。ま、一朝一夕に変われるんなら苦労はしねえって話か……」

 

「戦闘訓練の後の様子を見るに……取り敢えず、爆豪の肥大化したプライドはへし折れました。変わるなら、ここからでしょうね」

 

「そうか。……これが効いてくれりゃあいいんだけどな」

 

 そんな彼を見ながら付け加えた実弥の脳裏に浮かんだのは、呆然と床の一点を見つめてばかりだった爆豪の様子。ここから礎を築き直して、道に乗っかれるのならまだ見所があるかもしれない。だが、不貞腐れて自暴自棄になるならそこまでだろう。

 

(……自分の思う通りにいかねェ相手を暴力で捻り潰そうとする爆豪と、同じような相手を敢えて暴力で遠ざけようとした俺。単なる癇癪か、思いやる相手がいてか。動機は違っても、やってたことは同じか)

 

 前世の自分を思い浮かべつつ、実弥は思う。結局、玄弥に思いの内を話すこともなく、酷いやり方で遠ざけ続けた。理由があろうと許されることではない。そんな自分も、きっと今の爆豪と通ずるのだろうと思う。怒気に満ちた自分に恐怖を抱いていた爆豪を見た後では、彼が緑谷を気に入らない、受け入れられない存在として必死に遠ざけ続けている虚勢を張った小犬のように思えた。

 

 そういう意味では、かつての実弥と爆豪は同じような弱みを抱えているのだろう。彼が気に入らないのは、そういう点で自身が重なる同族嫌悪的なものもあったのだと改めて痛感した。

 

(俺は大馬鹿野郎だ。腹割って話す覚悟がなかった。初めっからそうしてりゃ、決してお前に会えない場所に来たとしてもずっと後悔することなんかなかったんだ。……お前もそう思わねェか、玄弥)

 

 かつていた世界にあったのかもしれないあの世で、家族と共に幸せに過ごしているであろう玄弥に思いを馳せる。

 後悔してもどうにもならない自分の大きな罪。そうであるからこそ、その弱みを受け入れて今世は同じことを繰り返さないように強く、強く生きていく。歩み続ける他ない。

 

 憂いを(たた)えた瞳で銀色のロケットペンダントを握りしめる実弥と、思考する様子を見せる相澤の間に沈黙が流れる。

 

 ペンダントを握りしめたままの実弥の制服のズボンの裾をエリが控えめに引っ張る。それによって、実弥の思考が中断された。しゃがんでエリと目線を合わせた実弥は、同じことは繰り返さないと改めて誓った後で尋ねた。

 

「どうした?」

 

「緑谷さん……また怪我しちゃったの?大丈夫……かな」

 

 ぎゅっと自分の小さな手を握りしめるエリの表情はとても不安げで。

 

(ったく、2日連続でエリにこんな顔させやがってよォ。罪な奴だァ、緑谷)

 

 (いささ)かムスッとしたような顔をしながら、実弥はそう思った。――因みに、実弥の言った「罪な奴」は、緑谷が女性に好かれる傾向が多い身でありながらも言い寄ってくる女性の告白を断って悶々とさせる男という意味ではない。ここでは、無意識の内にエリにとって残酷な行動を次々ととってしまう男という意味だ――

 

「……お兄ちゃん。緑谷さんの様子を見てあげたいの。……駄目?」

 

 あざとさを滲ませた小首を傾げる仕草を取りながら、エリが尋ねる。そのルビーのように煌びやかな瞳には力強い意志が宿っていた。

 

 ……あの事件以来、エリは時折こんな目をするようになった。そういう時は、彼女が実弥の力になりたい、実弥を支えたい……。そう強く望んだ時だ。今回はその相手が緑谷であるようだ。

 こうなったら、実弥でさえもどうしようもない。こういう時は、立場が逆転したかのように(ヴィラン)への憎しみを燃やし続けて時折疲弊した実弥をとことん労わり、精一杯撫でたり抱きしめたりしてくる。肝心の実弥はされるがままだ。

 

 それを知っているからこそ、断る理由はない。

 

「……分かった。今は保健室で休んでるところだろう。この後、兄ちゃんと一緒に行こうな」

 

「うん!」

 

 実弥の承諾を得たエリは、花のような弾ける笑顔を浮かべていた。

 

 と、ここで思考する様子だった相澤が口を開いた。

 

「不死川。緑谷のこと、どう思う?」

 

「……いい目をしているとは思います。ですが、些か自己犠牲の精神が過剰すぎる。あのままだと、いつかは今以上の怪我を負い兼ねない。犠牲を最小限にするだけの考えは、先の個性把握テストで身につけたようですが……俺は、今の緑谷にヒーローになってほしいと、夢を叶えてほしいとはすんなりとは思えません」

 

 戦闘訓練で怪我を負い、保健室に運ばれていった緑谷の痛々しい様を思い浮かべながら実弥は迷う間も無く答える。

 そんな彼を見た相澤は――微かに笑った。

 

「大方思った通りだな。今、お前の中で緑谷は弟妹達のように決して死んでほしくない存在になりつつある。彼奴を遠ざける為に、お前は苛烈な言動を取って心をへし折ろうとする。……そう思うんだが、どうだ?」

 

 ――図星だ。

 

 人を見る目。相澤には、その本質を見抜く目が備わっている。流石は教師だと実弥は思った。

 

「……返す言葉もありません」

 

「だろうな。……分かるよ。お前が知ってる通り、俺も自己犠牲と無謀を履き違えた奴を何度も除籍して、死を与えてきたからな」

 

 「因みに通算は154回だ」と悪戯っぽく笑った後で、相澤は続けた。

 

「そんなお前に頼みがあるんだ」

 

「頼み……ですか?」

 

「ああ。不死川、お前には――」

 

 

 

 

 

 

――緑谷の教育を任せたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実弥は、一度教室に戻った後でエリを連れて保健室に向かっていた。

 

 今頃、教室では先の戦闘訓練の反省会が行われているところだろう。勿論、実弥も誘われたのだが、エリの頼みで緑谷の様子を見に行くことを告げると、芦戸や上鳴、切島辺りに満面の笑みのサムズアップで快く送り出された。

 言うまでもないだろうが、実弥が教室に戻った時には既に爆豪の姿はなかった。切島曰く、自分達の声に耳も貸すことなく出て行ってしまったらしいが……。

 

(ここからどうなるのかねェ、爆豪の奴は)

 

 少しでも変わることを2割期待しつつも、結局変わらないであろうという諦めの気持ちが8割という心理状態の実弥は、黙々と保健室への道を歩いていた。

 

「……不死川」

 

「ん?轟か」

 

 その道中、保健室から戻ってきている最中の轟と鉢合わせた。先に声をかけてきた轟に対し、ガシガシと頭を掻きながら実弥は言う。

 

「……悪かったなァ、訓練じゃ散々な目に遭わせて。加減が足りてなかった」

 

 そんな申し訳なさそうな実弥を見た轟は、氷のように冷ややかな無表情のままで言った。

 

「……いや、気にすんな。俺も無意識のうちに驕ってたのが分かった。いい経験になったよ。…………いつか必ず、お前にも勝つ」

 

「……おう」

 

 勝利宣言を終え、言いたいことは言い終わったとばかりに轟はそそくさと歩き去っていく。その時の彼の遥か先を憎むような目に、実弥は何とも言えない気持ちを覚えた。

 

(……あの遥か先を憎むような目、どうも見たことがある気がすんな。どこで見たんだっけか……?)

 

 思考する実弥の横で、手を繋いでいるエリが首を傾げながら尋ねる。

 

「お兄ちゃん?どうしたの?」

 

「……いや、なんでもねェよ」

 

 彼女の言葉で思考を中断し、首を傾げる彼女に微笑みかける。再びモヤモヤとした感覚を覚えながらも、実弥は保健室へと足を進めていった。

 

「ん?待てよ……?轟、か。まさかなァ……?」

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「し、失礼します!」

 

 保健室を訪れ、礼儀正しく一礼してから中に足を踏み入れた実弥とエリ。彼らを出迎えたのは、雄英の養護教諭で要でもあるリカバリーガールだった。

 

「おや、いらっしゃい。不死川にエリちゃん。どうしたんだい?」

 

「エリが緑谷の様子を見たいそうで。俺はその付き添いです」

 

「怪我をしたって聞いたので……せめて、(そば)にいてあげたいなって」

 

 答えを聞いたリカバリーガールは、微笑ましそうに慈母のような笑みを浮かべつつも、保健室のベッドですやすやと眠る緑谷を見て、彼を咎めるかのような表情をした。

 

「そうかいそうかい……。2人とも良い子だねえ。全く、この子もとんだ問題児さね。雄英に入学したばかりだってのに、エリちゃんくらいの小さな子に心配をかけて」

 

 リカバリーガールの出した椅子に腰掛けて緑谷を見守りつつ、実弥が言った。

 

「全くです。本当に罪な奴ですよ」

 

「本当さね。オールマイトもオールマイトで、何ですぐに止めてやらなかったんだか……。そうだ、不死川。あんた、オールマイトを叱ってくれたんだって?ありがとうね」

 

「いえ……言うべきだと思ったから言っただけです。出過ぎた真似かもしれませんが」

 

「いいや、そんなことないさね。叱られて当然のことをやったんだ。オールマイトは、教師としてまだまだ未熟。導く立場を学んでもらわなきゃ話にならないよ。私から叱るのはまだ良いが……生徒に叱られるなんて恥ずかしいったらありゃしない」

 

「……そうですね。私情優先してるようじゃ、まだまだです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何気なく会話を交わしていたリカバリーガールと実弥であったが、実弥がエリの耳に届かないように呟いた言葉でリカバリーガールの作業をしていた手が止まった。

 

「……つくづく勘が良いんだねぇ、あんた」

 

 側に来たリカバリーガールの言葉をやんわりと否定しつつ、実弥は答える。

 

「そうでもないと思います。分かりやすいんですよ、オールマイトさんが。戦闘訓練の試合、戦闘を繰り広げていたのは緑谷と爆豪でした。あの人は善人とは言え、ヒーローらしからぬ所業を繰り返す爆豪に一眼置くとは思えません。じゃあ……選択肢は一つしかないでしょう」

 

「成る程ねぇ。ヒーローに向かって、がむしゃらに頑張る緑谷(この子)以外あり得ないってことだね」

 

「ええ」

 

 第一試合の講評でオールマイトを叱った際に、実弥が「貴方が彼奴に対してどれだけ特別な思いを抱えていようが関係ない」と言ったのは、緑谷とオールマイトの関係をこの短時間で察してしまったからこそだった。

 

 仮にその対象が爆豪であるとするなら、あのオールマイトが肥大化し過ぎた自尊心やヒーローらしからぬ言動を放置するとは思えないし、正直、彼にはあの平和の象徴たるオールマイトを突き動かす要素がゼロだ。

 一方、緑谷はとにかくがむしゃらに頑張る。自分を容易く犠牲に出来てしまうくらいにとことん。それに、個性把握テストの際に相澤や実弥を突き動かした決断力や、入試の時の0P破壊。平和の象徴たるオールマイトを突き動かす要素は十分すぎるくらいにある。

 

 これらの根拠から、実弥はオールマイトが試合中止を躊躇(ためら)う理由を察してしまったのだった。

 

 耳を貸すように促すリカバリーガールに従い、実弥は彼女の身長に合わせてしゃがむ。そして、彼女は実弥の耳元で囁いた。

 

「とにかく、オールマイトは口を滑らせやすい。嘘を()くのも、これ以上ないくらいに下手だ。これからも、あんたの耳に思いもよらぬ情報が飛び込んでくるかもしれないけれど……どうか内緒にしておいておくれ。勿論、このこともね」

 

「……分かりました」

 

 どうやら、自分はトップシークレットなことを知ってしまったらしい。

 

(何てことしてくれてるんですか、オールマイトさん)

 

 実弥が内心で悪態を吐きながら立ち上がった時だった。

 

「!緑谷さん……!起きたんだ、良かった……」

 

「エ、エリ……ちゃん……?不死川君まで……。どうして……?」

 

 エリが微笑みながら、安心したように呟く。それに促されて緑谷の方に視線をやれば、目覚めた彼が困惑気味に実弥とエリの顔を交互に見つめていた。

 

 困惑気味の彼を見つつ、リカバリーガールが眉を吊り上げ、怒った様子で畳み掛ける。

 

「2人とも、あんたの様子を見に来てくれたんだよ。全く、最初の戦闘訓練からこんな小さい子に心配をかけて……。個性把握テストの時は、エリちゃんの"個性"で治してもらったそうだね。ヒーローになるんだったら、小さい子供達を笑顔にしてあげなきゃ駄目じゃないか」

 

「す、すみません……。本当に返す言葉もないです……。エリちゃんもごめんね……昨日の今日で……」

 

「めっ、ですよ。約束破ったら」

 

「うん……。本っ当にごめんね……」

 

 何もかもリカバリーガールの言う通りで、返す言葉もない。緑谷はリカバリーガールとハムスターのようにぷくっと頰を膨らませたエリに向けて、何度も頭を下げた。

 

「不死川君も……。ごめん、心配かけて……」

 

「ったく……危なっかしくて見てられねェんだよォ。目ェ覚ましたばかりで(わり)ィが、こればかりは口出しさせてもらうぜェ」

 

 肩を竦め、縮こまった様子で申し訳なさそうにする緑谷を見つつ、実弥は再びベッドのすぐ側の椅子にドカッと腰掛けて切り込んだ。

 

「はっきり言う。今のやり方続けてると……いつか必ず死ぬぞォ。自分の何かと引き換えに人を救けた。聞こえはいいが、何かを犠牲にした奴を見せられた方の心のダメージは尋常じゃねェ」

 

「…………」

 

「玉砕覚悟で何かをやり遂げるってのは、褒められるやり方じゃねェんだ。……分かるな?」

 

「…………うん」

 

 実弥の言葉を聞き、意気消沈気味に緑谷が頷く。

 

 実弥の場合、心のダメージを負う方を経験した側だ。下弦の壱を討伐し、"柱"に昇格する資格を得ると同時に親友を失った。無惨の襲撃を聞きつけて主君の元に駆けつけるも、彼は自分の目の前で、彼自身の家族諸共散ってしまった。そして、上弦の壱を討伐したのと引き換えに玄弥を失った。

 

 いつもそうだ。自分よりも生きるべき善人が次々散っていく。そして、自分は彼らの重く尊い願いを背負って生きる。死なば諸共と散って、ただただ託して背負わせる。そんなのはもううんざりだ。

 願いを叶えるのなら、託さず自身で生きて叶えてほしい。だから、実弥は厳しく咎める。

 

「いいかァ、緑谷。後からオールマイトさんから聞かされる講評でも同じこと言われると思うが……俺達ヒーローってのはな、他人の命を背負わなきゃならねェ。背負った命を守る義務がある。……誰かを笑顔に出来るはずの俺達が、誰かから笑顔を奪うのは話にならねェだろォ」

 

 遠くを見るように実弥は語る。

 

 ヒーローというものは、多くの人に慕われる。多くの人の憧れの的になる。だからこそ、彼らの心を傷つけない為にも死ぬ訳にはいかない。生きなくてはならない。

 

 憂いを湛えた瞳でそう付け加えた実弥が、緑谷にはとても大人びて見えた。数多の命の喪失を目の前で目にしてきた歴戦の戦士のように思えた。これ程までに達観している彼を前にしている状態だからこそ、自分がどれだけ出遅れているのかを痛感し、自分の未熟さが情けなくなった。

 

「生きる為にも、まずは"個性"の制御が出来るようにならねェとなァ。……緑谷、()()()()()()()

 

「……え?」

 

 俯き、唇を噛み締めながら掛け布団を握りしめていた緑谷だったが、実弥の言葉で即座に顔を上げた。言われたことの意味が把握出来ないとばかりに瞬きを繰り返す彼の頭を荒っぽく撫でてやりつつ、実弥は続ける。

 

「つまりだァ、俺が鍛えてやるって言ってんだよォ。相澤先生の頼みだしなァ」

 

 同じヒーローを志す者の命を守らんとし、言うべきことははっきりと言える実弥だからこそ、相澤は彼を緑谷の教育者に認定した。

 勿論、実弥は何の異論もなくそれを引き受けることを決めた。

 未だにポカンとしている緑谷を見て、実弥はいたずらっぽい笑みを浮かべながら冗談混じりに言う。

 

「それとも……俺じゃ不満かァ?」

 

 実弥の冗談を聞きつけた緑谷は、残像が残りそうなくらいにブンブンと首を横に振って否定の意思を全力で示すと、口を開いた。

 

「不満だなんて、そんなことある訳ないじゃないか……!クラス1番の実力者の不死川君に強くしてもらえるだなんて!……全部、君やリカバリーガールの言う通りだよ。小さな女の子1人にいつまでも心配かけさせてるようじゃ、オールマイトみたいなヒーローになんてなれやしない。僕はもっと強くならなきゃいけない……!だから、よろしくお願いします!」

 

「ん、決まりだなァ。……道半ばで死ぬんじゃねェぞォ。そんなことは許さねェし、俺がさせねェ。約束だァ」

 

「うん……!」

 

 2人で固く握手を交わす。その瞬間、実弥の傷だらけで男らしい手に安心感を感じた緑谷であった。

 

「……この後はしっかり休みなよ。私の"個性"は治癒力を活性化させるだけ。治癒には体力が要るからね。大きな怪我が続くと体力消耗しすぎて逆に死んでしまうから気をつけな。今のうちから、今日みたいにボロボロにならなくてもいい戦い方を模索しんさい」

 

「き、肝に銘じておきます……」

 

 この後、体力を少しでも回復させる用のペッツをリカバリーガールから一粒受け取った緑谷は彼女に釘を刺されたことや実弥の説教を心に深く刻みつけ、エリと実弥に連れられて保健室を出た。

 

 彼らが立ち去り、しんと静まり返った保健室でリカバリーガールが声を上げる。

 

「……もう行ったよ」

 

「申し訳ありません、リカバリーガール……。助かりました……」

 

 すると、冷や汗を流しつつ、ホッと息を吐きながら、骸骨のような酷く痩せ細った姿のオールマイトがカーテンの向こうから姿を現したではないか。

 緑谷に講評を聞かせる為に彼が目覚めるまで待機をしていたのだが、保健室に近づいてくる気配を感じて咄嗟に隠れて、リカバリーガールに匿ってもらっていたという状況だ。

 

「本っ当にどうしようもない子だね、あんたは。不死川の話を聞いてたかい?あんたと緑谷の関係を見事に察されていたよ」

 

 自身の心にグサリと棘のように突き刺さるリカバリーガールの一言を受け、チクリとした胸の痛みを覚えつつ、オールマイトは参ったとばかりに頭を掻いた。

 

「不甲斐ない限りです……。私、そこまで分かりやすいんでしょうか……」

 

「昔から嘘を吐くのも下手だからね。不死川のように、色々と達観して察しの良い子からしたら分かりやすいんだろう。……あの様子だと、八木俊典とオールマイトが同一人物だってことも察してるんじゃないのかい?担任から緑谷の教育者認定もされてるようだし、私はいっそのこと全部話しちゃった方がいいんじゃないかと思うけどね」

 

「…………そう、ですね……」

 

 10代の勘って恐ろしい……と心の底から痛感したオールマイトであった。

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