2022/8/25 峰田君の投票先を自分自身に変更。実弥さんが選ばれたことに対する反応を追加しました。
初めての戦闘訓練を行った翌日のこと。
「……学校の前のくせして騒がしいなァ。何だァ?」
校舎内に足を踏み入れようとした実弥であったが、校門の辺りから騒ついた声が聞こえているのに敏感に反応し、足を止めて振り返った。
振り仰いだ視線の先。そこには、スーツ姿や私服姿と格好こそ様々ではあるが、共通してマイクやカメラ、ボイスレコーダーを構える多数の男女の姿がある。
「マスゴミかァ……。典型的じゃねェかァ」
校門前を堂々と塞ぎ、生徒の通り道を無くす迷惑極まりない行為。それを平然とやってのけるマスコミ達の度胸と常識の無さを嘲笑してやりたい気分になった。
「!お兄ちゃん、あれ……!」
「ん?」
実弥に抱き抱えられているエリが、ハッとしながら指差す。その先に……クラス内で上から数えた方が早いくらいの高身長と岩石のような頭が特徴的なクラスメイト――口田甲司と、烏のような見た目の黒い頭部と獲物を射抜くような鋭い瞳が特徴のクラスメイト――常闇踏陰の姿があった。
特に後者の方は、その小柄さ故に人の波に揉まれに揉まれまくっている状態で、今にも押し流されてしまいそうだ。
「ケッ、常識のねェ奴らだァ……!肉に群がる知能のない獣みてェにワラワラと……!」
そんな光景を見た実弥は、舌打ち混じりに群がるマスコミ達へと歩みを進めていく。
そして――
「お願い!一言だけでも良いから話を聞かせて!」
「すみません。そいつ……俺のクラスメイトなんですけど、困ってるじゃないですか」
困惑してオロオロとしている口田に鬼気迫ると言わんばかりの様子で詰め寄る女性レポーターに声をかけた。
「へ……?」
突然声をかけられた女性レポーターは、微かな怒気に対して息を呑みながら、恐る恐る振り返る。
振り返った先にあったのは……微笑みという名の仮面を被った実弥の姿だった。
「ひえっ!?不良!?」
女性レポーターがビクつきながら実弥から距離を取ったと同時に、他のマスコミ達もそこにいることにすら気が付かなかったとばかりにきゅうりを目の前にした猫のように距離を取った。
「実弥お兄ちゃんは不良じゃないです。世界一優しい人です。謝ってください!」
彼らの対応を見て頬を膨らませ、ぷんぷんと怒っている様子のエリを他所に実弥は口田と常闇に声を掛けた。
「口田も常闇も大丈夫かァ?」
「危うく、
常闇が乱れた毛を軽く整えながら言い、口田はぺこぺこと頭を下げる。一先ず、怪我のない彼らの様子に実弥は一安心した。
更に、再び微笑みの仮面を被った状態で怒りの矛先をマスコミ達へ向けて、口を開いた。
「生徒と学校の迷惑になるので、せめて
呆れしかないとばかりにズバズバと放たれる言葉の刃は、次々とマスコミ達の心に突き刺さる。肩に人1人乗せているのではないかと錯覚するような言葉の重みが彼らにのしかかった。
「どうせオールマイト目当てなんでしょうが、あの人の背中ばかり追いかける時間が無駄ですよ。彼は多忙です。そんな時間があるならば……さっさとお引き取りして、世の為や人の為になるネタを報道してください」
そこまで言うとスッキリしたとばかりに鼻を鳴らし、実弥はズカズカと歩き去っていく。その最中に幼い子供であるエリに「貴方達のこと嫌いです」と言わんばかりの表情を向けられたマスコミ達の心がボロボロになったのは、言うまでもない。
「……社会からの批判によって
(それに、自分がマスコミに絡まれるのも厭わないって感じで嫌な顔せずに僕達を救けてくれた。やっぱり優しい人だよ、不死川君。エリさんの言う通りだ)
態度的にも小さくなったマスコミ達を尻目に、実弥が優しい男であることを再認識した常闇と口田であった。
――しかし、誰一人として気付きはしない。
「……使えそうだなあ、あのマスコミ共」
人知れず、すぐ
★
「お、おはよう、不死川君。エリちゃんも」
「おう、おはよう」
「おはようございます、緑谷さん。……怪我はしてませんか?」
「だっ、大丈夫だよ!そこまでおっちょこちょいじゃないし……」
「私のいないところで怪我しちゃうから心配なんですっ」
登校してきた緑谷を見るや、彼に駆け寄って怪我がないかを確認するエリ。どこにも怪我がないことを知ると、良く出来ましたと言わんばかりに緑谷の頭を優しく撫でた。
その振る舞いは、さながら緑谷の実の姉であるかのようなもので。小さい子に撫でられているという現状に緑谷は羞恥で頬を染めていた。
彼が上鳴や芦戸にいじられ気味の説教を受けているのを横目に、実弥はつい昨日から共有することになった大きな秘密を思い出す。
(''ワン・フォー・オール''……。巨悪を倒す為に紡がれ続けた義勇の心ってか)
''ワン・フォー・オール''。訳して、「1人は皆の為に」。そんな偉大なる名を冠する''個性''は、他から逸脱した力だった。身体能力を大幅に増強させるというシンプルな内容ではあるが、特筆すべきは……それが人から人へと受け継がれて力を増し続けてきたものだということ。平和を願う意志と共に蓄積された力が引き継がれ、その度に輝きを増してきた。
そんな''個性''をオールマイトから受け継いだ存在――それこそが緑谷だった。約6年ほど前の戦いで、呼吸器官半壊、胃袋全摘という大怪我を負ったオールマイトは長年後継者を探していたのだそうだ。そして、1年前のヘドロ事件をきっかけに緑谷に心を突き動かされ、継承を決めた。
それらを聞いたことで、実弥の疑問は全て解消した。''個性''を上手く扱えないのは、緑谷が使い慣れていないと共にそれそのものの力が強すぎるから。鍛え抜かれているはずの緑谷の体がまだまだ付け焼き刃染みた印象があるのは、入試までの10ヶ月で急遽体を鍛えたから。
(俺でもここまで鍛えられたのは年単位なんだけどな。10ヶ月鍛えただけは流石に不安が残るぜ……。殴り方、蹴り方……基礎の基礎から固めるべきか)
平和の象徴の後継者だと分かれば、余計に緑谷を鍛えることに力が入るというもの。尚更のこと、道半ばで死なせる訳にはいかない。
日本の未来は自分に懸かっていると言っても過言ではないことを自覚し、実弥は気を引き締めた。
「……おい」
「何だァ」
緑谷にどんな鍛錬を施すべきかと考えていた実弥に声を掛けたのは爆豪だった。制服のポケットに手を突っ込んで前に佇む彼に、実弥は目線だけを向ける。
「調子乗ってられるのも今のうちだぞ、傷顔。テメェは必ず俺の手でブッ殺す」
親指を立てた右手で喉元を掻っ切るかのような仕草をして宣言した爆豪。以前と変わらない傲慢な発言のように思えるが、以前の彼と違うのは……目だった。自信に満ち溢れ、他人を見下した目ではない。いつか必ず超えてみせるという闘志を燃やした目だ。
すっかり立ち直った様子の彼を見て、大したメンタルの強さだと実弥は笑った。挑発するような笑みを浮かべた実弥は立ち上がり、言い返す。
「やれるもんならやってみやがれェ、井の中の蛙がァ」
「誰が蛙だ!よォし……分かった。まずは、俺1人の名前も覚えられねえテメェの
「はは、俺がカスならテメェはクズだな。それにしても、見事なブーメランをお持ちだなァ、爆豪さんよォ。他人をあだ名かモブ呼ばわりのテメェには言われたくねェよ。俺を超えたきゃ言動から直しやがれェ。まずはクラスの奴ら全員の名前でも覚えてきたらどうだァ?」
「ッッッ……!言わせておけばテメェェェェェ……!!!今ここでブッ殺す!」
「ちょいちょいちょい!爆豪、ストップストップ!」
「不死川!なんでそこまで煽るの!?爆豪も爆豪でエリちゃんいるんだから抑えろよぉ!」
「っせぇ!モブ共!邪魔すんな!」
実弥の挑発に容易く乗せられた爆豪は、目を吊り上げて掌からバチバチと火花を散らす。結局、一触即発の現場に切島と上鳴が割り込んで、今にも殴りかかりそうな彼を2人がかりで押さえたことによってその場は事なきを得た。
言動は相変わらずだが、彼の目はいい方向へと変わっている。
(……ちったァいい目すんじゃねェか、爆豪)
(傷顔……!どれだけ地べたを這いずることになろうが、いつか必ずテメェを超えて一番になってやる!)
自身を押さえる切島と上鳴を振り払わんとして暴れつつも、爆豪は実弥を超えるべき壁だと己に言い聞かせ、頂点への執念を燃やした赤い瞳で彼を睨みつけていたのだった。
……因みに、喧嘩になりかけた実弥と爆豪は「爆豪さんも実弥お兄ちゃんも仲良くしないと駄目!」とエリに怒られた。
「おはよう、諸君」
そうこうしているうちに相澤が教室にやってきて、朝のHRが始まった。
開口一番に相澤が言及したのは、やはり昨日の戦闘訓練のことだった。言うまでもないが、緑谷と爆豪は訓練での行動を咎められた。
「爆豪……またか、お前は。何度言わせりゃ気が済むんだ。初日から言っているだろう?これから多くの人がお前の振る舞いを見ることになるって。いい加減、子供染みた癇癪をやめろ。今回ばかりは、下手したら緑谷も死んでいたかもしれないんだぞ」
「…………分かってる」
「んで、緑谷は腕破壊して一件落着か。"個性"の制御、いつまでも出来ないじゃ話にならないぞ。逆に、それさえ達成出来れば出来ることは多い。焦れよ」
「っ、はい!」
伏し目になり、その目に同じ失敗は繰り返さないという決意を宿しながら呟く爆豪と、曇っていた表情をほんの少し晴らして返事をした緑谷。
咎められてもなお、不貞腐れる様子を見せない2人を見つつ、「こいつらは必ず強くなる」と実弥は思った。
「んじゃ、戦闘訓練の話は置いておいてだな……。急で悪いが、今日は君らに――」
「急で悪いが」の一言に生徒の多くが息を呑み、身構えた。相澤の真剣な眼差しを見て、初日のように突然テストでもやらされるのかと心の準備をしていた。
だが、予想はいい意味で裏切られる。
「――学級委員長を決めてもらう」
「「「「「学校っぽいの来たぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
初日から入学式を剥奪されたことで、A組の生徒達の多くが学校らしい行事に飢えていた。だから、今から行うことを聞かされるや、アイドルを目の前にした観客達のように握り拳を作りながら一斉に湧き上がってしまうのは無理もない話だった。
トップヒーローになる為の素地を鍛えられる貴重なポジション。誰もがより上に立つヒーローになることに貪欲で、我こそはと挙手していく。他をまとめて導く。これもトップヒーローになるにあたって必須と言っても過言ではないスキルだ。
誰もが挙手をしている中、実弥はただ1人挙手もすることなく、学級委員長に立候補するクラスメイト達を見守っている。
実弥が何故に挙手をしないのか……。その理由は単純。彼は自分が他人の上に立って導くに値する人間でないと思っているからだ。実弥にとって、他人を導くに値する存在は当代鬼殺隊最強の男であった悲鳴嶼や、当代当主の耀哉、元"炎柱"の煉獄のような者達。
実弥自身、自分が彼らのような存在になれていないと自覚している。それに、実弥は今の時点で自分の大切なものをいくつも取り零してしまった。弟妹や親代わりの恩人達すら守れない自分が、どうしてクラスメイト達の命を背負って導けようか。そんな風に考えていた。
――この考えを口にした瞬間、犬猿の仲であった元"水柱"の冨岡義勇がいたのなら、常に自分を低く見て他人を上に見る自己評価の低さを発揮して散々に実弥を褒めちぎり、学級委員長に推薦しただろう――
誰もが妥協の姿勢を見せず、我こそはと手を挙げ続けている。このままではキリがないのは明らかだった。
「静粛にしたまえ!」
そんな様子を鑑みてか、真っ先に声を上げたのは飯田だった。
「多を牽引する仕事だぞ!やりたいからやれる仕事でもあるまい!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務だと俺は思う……!民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるのなら……これは投票で決めるべき議案ではないだろうか!?」
確かにその通りだとほとんどが納得する。ただ――
(そう言いながら挙手しちまってる辺り、台無しだな……)
そう発言した飯田自身が誰よりもピンと挙手をして、自分がやりたいという意志を全力で示しているのだ。あまりにも格好がつかない彼の様子に、実弥は苦笑してしまった。
「まだまだ日も浅いのよ、飯田ちゃん。信頼も何もないんじゃないかしら?」
「だからこそ、ここで複数票を獲得した者こそが真に相応しい人物となるのではないか!?どうでしょうか、先生!」
「時間内に決まれば何でもいいよ」
人差し指を口元に添え、首を傾げながら蛙吹が尋ねる。同じようなことを思うものもいたが、飯田の反論や相澤に適当なゴーサインを出されたことでこれ以上時間を無駄にする訳にもいかないかと妥協して、投票制で学級委員長を決めることになった。
(……アイツ一択だろ)
ここまでのやり取りを見ている中で即座に候補を絞った実弥は、用意された紙に迷いなくその人物の名前を記入した。
★
「おいおいィ、嘘だろ……?」
数分後、投票の結果が出たのだが……実弥は唖然としていた。
「……という訳で委員長は不死川、副委員長は八百万に決定な」
何しろ、票の殆どが実弥に集中しているのだから。唖然とするのも無理はない。
実弥の獲得票数は
「き、傷顔に18票……!?何でだぁぁぁ!!!」
「ふざけやがって……!イケメンの特権かよ、許せねえ……!!!」
現に爆豪は納得のいかない投票結果を見て、机をポカポカと叩きながら荒れに荒れまくっている。先程、副委員長を決めるじゃんけんで負けたことも彼の苛立ちに拍車をかけていた。
因みに、峰田も峰田で血眼の状態で下唇を噛み締めて悔しそうにしていた。さながら、嫉妬の化身となってしまったかのように。
「おめえに投票するよか、1億倍くらいマシだろ」
「言いたいことははっきり言ってくれるし、爆豪や峰田に対するセーブ役だし」
「不死川には、その背中に追従したいと思うだけの魅力がある。不死川ならば俺達を高みへと導いてくれる……。俺はそう確信した。彼こそ、我々を導く
「常闇の言ってることは難しくてよく分かんねえけど、皆の兄貴って感じだよな!」
上から、爆豪を
実弥自身の意思とは関係なく、彼はこの時点で多くのクラスメイトからの信頼を勝ち取っていたのだ。
「くっ、流石に不死川君には勝てなかったか……!俺に投票してくれた人、済まないっ!」
爆豪と同じようにじゃんけんに敗北した飯田も拳を握りしめながら悔しがっていた。そんな飯田を「ドンマイ!」と慰める麗日と蛙吹。
クラスメイトのほぼ全員から向けられている大きな期待と、隣に立つ八百万から向けられる尊敬の眼差し。優しき男、実弥はそれらを無碍にすることなど出来なかった。
「そこまで期待されちゃあ……断る訳にもいかねェよなァ」
実弥は腹を括り、己に与えられた役割を全うすることを決めたのであった。
……後に知ったことだが、投票にはエリも参加していたらしい。投票した相手は、言うまでもなく実弥である。