「へえ……A組は、不死川が学級委員長か。そりゃそうだよね」
「どこがだァ。俺からすりゃあ荷が重いぞォ」
「そんなことないさ、不死川君。常闇君も言っていたことだが、君には人に慕われる程の魅力があるんだ。
「そうだよ。私は鉄哲から聞いてるぞ?仮想
「不死川ちゃんの言動は苛烈かもしれないわ。でも、それを聞いた他人を動かせるのはそれだけの力があるってことよ。貴方は人の上に立つのに適した人だと思うわ、私」
「不死川君のこと、殆ど知らんけど……この2日間で思ったもん。この人にならクラスを任せられるって!不死川君になら務まる!」
「うん。かっちゃんをあんな風に止めてくれるのもそうだけど、やり方がアレでも不死川君はいつも誰かのことを思った行動をしてくれるから……。だから選んだんだ」
食堂で会話を交わしながら昼食をとる実弥。今日は、拳藤、蛙吹、飯田、麗日、緑谷の5人と食事を共にしていた。
一人一人の言葉を耳にしながら、余計に責任を持ってクラスを引っ張っていこうと実弥は強く誓った。
「……ふふ」
「ん、どうした?」
実弥と緑谷の間にちょこんと座っていたエリが嬉しそうに笑う。実弥は、決意を固めた表情を崩して柔らかい表情になりながら尋ねた。
「お兄ちゃんは、やっぱり世界一のお兄ちゃんなんだなって。それに……お兄ちゃんが優しい人だって皆さんに知ってもらえるのが嬉しいの」
エリがにへらと花のような笑顔で笑う。彼女の笑顔をその場で見た誰もの心の中が温かくなっていった。
「ケロケロ……エリちゃんにとって、不死川ちゃんは自慢のお兄さんなのね」
「はいっ!……いつもいつも、私のことを想ってくれるんです。守ってくれるんです。私は、そんなお兄ちゃんのことが大好き。守られてばかりじゃいけないから……全力で支えたい」
「ぐはあっ……!?めちゃくちゃ健気やん、エリちゃん……ッ!ああ……あまりの尊さに昇天してまう……」
「う、麗日さん!?」
エリの表情はとても優しい。実弥に対する愛に満ち満ちた慈愛の笑みだった。
エリがどれだけ実弥のことを大好きなのか、誰が見ても分かる。将来ヒーローになる者として、彼女の笑顔を守りたいと誰もが思った。
「エリ……」
(……随分大人になっちまったなァ)
やはり、こういう表情を見ていると彼女が精神的に大人びたのを痛感させられる。生き残ったのは、実弥とエリのたった2人。実弥はエリの未来の為に常に奔走している。自身を擦り減らす彼を全力で支えたいというエリの想いは尊いものだが……逆に言えば、その環境のせいで精神的に大人にならざるを得なかったという話にもなってしまう。
今もなおこうして慕ってくれ、かけがえのない兄として愛してくれるのはありがたい話ではあるものの、実弥は彼女をそうさせてしまった自分の無力さを恥じた。
(エリ。お前だけは、何としても守るからな)
実弥のいいところを麗日達に笑顔で話しまくるエリを撫でつつ、実弥は改めて覚悟を決めていた。
その時、麗日が疑問を拭い切れないというような顔つきの飯田に気が付き、尋ねた。
「ところで飯田君。さっきからずっと考え込んでる様子だけど、どないしたん?」
麗日に尋ねられ、「顔に出ていたか」と苦笑しながら飯田が答える。
「いや……学級委員長を決める時、俺にも1票入っていただろう?一体誰が投票してくれたのだろうかと思ってな」
顎に手を当て、唸りながら考える飯田。彼を見た実弥は、口にしていたおはぎを胃に収めてから口を開いた。
「俺だァ」
「なっ、何っ!?君だったのか!?」
飯田が目を見開きながら食い気味に詰め寄る。思ってもみなかったといった様子の彼に圧倒されつつ、実弥は答えた。
「皆がやりたいやりたいと名乗り出て混沌としてたあの状況で、飯田は真っ先に案を出し、周りを諌めて状況を変えた。ああいう風に大人数をまとめられるのは立派なことだろ」
人数が増えれば増える程、人をまとめるのは大変になるもの。人が増えるということは、それだけ性格の違いや考え方の違いが生まれることになる。
"柱"も、実弥を含めた全員が個性的過ぎた集団だった。常に"柱"の先頭に立ってきた悲鳴嶼や鬼殺隊の当主であった耀哉は、そんな実弥達をまとめ、率いてきた。彼らは、まさに他人を率いる者として相応しい振る舞いをしてきたのだ。
メンツが個性的過ぎるという意味では、A組も同じこと。飯田は誰もが自分の欲を優先するであろうあの場で、混沌とした状況を収めることを優先した。そして、見事にそれを成した。状況を変える為の考えを即座に導き出せる判断力。実弥の決め手はそこだった。
「まあ、言い方はアレだが……状況によっては、自分の欲に対して妥協して、周りを優先に動かなくちゃあならねェ時があるってことだなァ。飯田にはその妥協ってもんが出来る。だから、お前を選んだ」
そこまで言うと、湯呑みに入った緑茶を喉に流し込んだ。実弥が票を入れてくれた理由を聞いた飯田は、胸の辺りを押さえながら感動を噛み締めている様子だった。
「ここまで君に評価してもらえるとは……っ!光栄だ、不死川君!入試の時の失敗を取り返せるよう、これからも励ませてもらうよ!」
正直、入試の時に指摘をした時点で緑谷に素直に謝った場面を見ていたので、実弥はそこまで気にしてはいない。一度やった失敗を刻みつけ、それを取り返す為に励み続ける飯田の真面目さを実感した実弥であった。
その後、先程の飯田の一人称が変化していたことに敏感に反応を示した麗日の発言によって、飯田がヒーローの家系の生まれであることが判明した。
曰く、彼の兄は現役のプロヒーローでターボヒーロー・インゲニウムとして活動しているらしい。インゲニウムと言えば、東京にある事務所に65人ものサイドキックを雇っている大人気のヒーロー。市民からの信頼も厚く、逆にその名を知らない人の方が珍しいくらいだ。
実弥も、彼のことは本当にヒーローたり得るヒーローとして一眼置いている。
「小さなことでも笑顔で手を差し伸べて、困っている人を救ける。そんな人は誰でもヒーローだと言える」という、そよ風園の先生達のヒーロー像に当てはまる存在。だからこそ、実弥もまたインゲニウムを尊敬している。単に強いだけではなく、彼のような男になることを目指している。
規律を重んじ、人々を導く愛すべきヒーローである兄を目指して
平穏な時間を過ごしていた実弥達であったが――突如として、その時間は引き裂かれた。
雄英の校舎内全体に、警報音が響き渡った。聞いていてあまり心地の良いものではないその音に反応し、誰もが動きを止める。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください』
「セキュリティ3……!?何それ!?」
音が鳴り響くと同時に轟き渡る警報のアナウンスに食堂中が騒然となる。平穏な時間を過ごしていた実弥達であったが、それどころではなくなった。辺りを警戒して様子を
「あ、あの!セキュリティ3とは何のことですか!?」
「校舎内に誰か侵入してきたってことさ!3年間でこんなの初めてだよ……!君達も早く避難するんだ!」
「校舎内に侵入!?」
先輩の答えに動揺する飯田達。自分達も避難をしようと動き出す中、実弥はエリを抱えたままで辺りを警戒し続けながら頭を回す。
(侵入者……。
そして、食堂の外に目をやって……その原因に気がついた。
「朝のマスゴミじゃねェかァ……!ふざけやがって……!」
視線の先に獲物を見つけた獣の如く押し寄せる大量のマスコミの姿がある。彼らが原因なのは明らかだった。表では、相澤とプレゼントマイクが彼らの対処に大忙しらしい。
「し、不死川!私達も避難しないと……!」
落ち着き払って一歩も動く素振りを見せない実弥を見て、彼の肩に手を置きながら拳藤が焦った様子で声を掛ける。
肩に置かれた彼女の手に自身の手を添えながら、実弥は口を開いた。
「落ち着けェ、拳藤。原因はあれだァ」
「あれって……?ッ、マ、マスコミ!?あの人達って、朝の……!?」
「そういうことだァ。どうやったのかは知らねェが、ずっと校門前で待機してやがったんだろうよ。んで、今になって何かの拍子に侵入してきやがったァ」
続けて、食堂の出入り口の方に目を向ける。そこには津波の如く大量の人が押し寄せ、おしくらまんじゅう状態になっていた。全員が我先にと避難を試みていて、パニック状態に陥っている。このままでは、怪我人が出兼ねない。
「不死川ちゃんも気がついたのね、マスコミに。……いずれにせよ、皆を落ち着かせないといけないわ。お茶子ちゃん、飯田ちゃん、緑谷ちゃんもあの波の中に呑み込まれてはぐれてしまったの」
おしくらまんじゅう状態になっているのを見兼ねて戻ってきた蛙吹が顔に出てはいないが不安げな声色で言う。
この現状をどうするべきかと必死に考える拳藤と蛙吹の頭にポンと手を置くと、実弥は白い歯を見せつけるようにしてニカッと笑った。
「心配すんなァ。俺に任せとけ」
蛙吹にエリを任せ、実弥は肺いっぱいに酸素を取り込みながら歩み出る。
そして、いついかなる時も溌溂としていた元"炎柱"の青年をイメージしながら声を発した。
「落ち着いて周りを見ろォ!!!!!」
実弥の声が食堂内の空気を震えさせる。空気の震撼を肌で感じ取りながら、パニック状態に陥っていた生徒達が一斉に彼の方を振り向いた。
「……ガキの頃に習わなかったかァ、おかしもちってよォ。俺らは高校生なんだからよ、落ち着いて行動出来る年なんじゃねェかァ?我先に避難しようとすんな、まずは落ち着いて周りを見やがれェ。誰か怪我させたらどうするつもりだァ」
そこまで言った後、実弥は親指を立てて食堂の外を指差す。
「見ろォ、侵入してきたのは金になるネタに食いついてきたマスコミ共だァ。慌てる必要はねェ」
言われるがままにパニック状態から引き戻された生徒達が窓の外を見る。侵入者がマスコミであることを確認すると、肩の力を抜いてホッと胸を撫で下ろしながら各自解散していった。
人が解散したことによって圧迫感から解放された緑谷達は、息を吐きながらその場に腰を下ろす。
「大丈夫かァ?」
「あ、ありがとう不死川君……。助かったよ」
「パニックを一瞬で収めるなんて、流石不死川君や!」
実弥が手を差し伸べると、彼らはその手を取りつつ、疲れが拭い切れないながらも笑顔で答えた。
その後、同じくして波に巻き込まれていた切島と上鳴も合流。彼らから改めて太鼓判を押された実弥は、ここまで信頼されては退けないなと心の底から思った。
★
その日の放課後。雄英の校舎を出た実弥が目にしたのは……巨大な風穴が開いた雄英のセキュリティゲートだった。
「……こんなデケェ風穴が……。道理でマスゴミ共が侵入出来た訳だァ」
この要塞の扉を彷彿とさせるセキュリティゲートは通称"雄英バリアー"とも呼ばれ、国内有数の厳重なそれとして人々の間でも有名だ。学生証や通行許可IDを持たない者が門をくぐれば、校内の至る所にあるセンサーがそれを感知してセキュリティが働くようになっている。
ゲート自体が単に殴ったり蹴ったり、物をぶつけたりするだけでは破壊出来ない程の強固な作りだ。
正直、ただのマスコミにそんなことが可能だとは思えない。彼らも彼らで仕事として雄英を訪ねてきたのだから、多少なりとも社会からの評判や信頼を気にするはず。そういう度胸がマスコミにあるとも思えない。
ならば――
「……
手の平に収まる程の小さな瓦礫と化した雄英バリアーの一部を拾い上げつつ、実弥は呟いた。
彼の個人的な見解だが、社会から爪弾きにされるような人の域を遥かに超えた"個性"の持ち主は
雄英バリアーを破壊したのも、そういう"個性"の持ち主だろう。
「並の"個性"じゃ破壊出来ないレベルの硬さのはずなんだけどなァ……。それをこんな石ころに変えちまうとは、只者じゃねェのは確かだ」
実弥の中に湧き上がる、悪意がすぐ側に迫りつつあるという予感。それを抱きつつ瓦礫を握りしめ、グッと危機感を高めたのだった。