疾きこと風の如く   作:白華虚

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2021/11/11
バスの中での会話を省いてほしくなかったとの意見がありましたので、第二十五話「敵、襲来」の前半部分を別の話として分けました。
内容に大きな変更はなく、前半部分がこちらに移動した分、二十五話の前半でバス内でのA組一同の会話を描写しました。話の流れ自体の変更はないので、最新話から読み進めていただいても大丈夫かと思います。
会話が見たいという方は、改めて第二十五話「敵、襲来」をご覧くださいませ。


第三章 悪者襲来
第二十四話 いざ救助訓練へ


 ある日の昼下がり。雄英に入学してしばらく経ち、授業にも慣れ始めた頃のこと。午前中の授業と昼休みを経て、午後のヒーロー基礎学の時間がやってくる。

 どれだけ慣れようとも授業に対する意欲が尽きることはないらしい。生徒同士で今日は一体何をするのだろうかと予想し合って、教室は和気藹々としている。

 

 そうこうしているうちに相澤がやってきた。彼の姿を見た瞬間、生徒同士の会話で和気藹々としていた教室がしんと静まり返る。彼が話をするタイミングまで騒がしくしていると、目を赤く光らせ、髪を逆立てた彼に鋭く睨まれるのを理解しているからこその行動だ。

 その様は、まさに叱られることを悟って、結果的には徹底的に躾けられている状態にある犬や猫のよう。入学してから1ヶ月足らずでこの状態とは、見事な調教っぷりだと実弥は思った。

 

 全員が話を聞ける状況にあるのを確認すると、相澤が開口一番に告げた。

 

「今日のヒーロー基礎学だが……急遽、俺とオールマイト、それに加えてもう1人の三人体制で行うことになった」

 

 その言葉通り、突然の変更だったのだろう。相澤は、こうなった原因に対して苦言を呈したいと言わんばかりの様子だった。マスコミの件で敷地内に侵入された以上、警戒を強めざるを得ないのは言わずもがな。

 彼らのような人物の侵入を警戒しているのだろうかと多くの生徒達が考えて、特に気にすることもなかった。だが、実弥は違う。彼だけが教師陣の警戒しているものを察していた。

 

 校内への侵入を警戒しているのは間違いないが、警戒している対象はマスコミなんて生温いものではない。先日の騒動で彼らを利用したであろう(ヴィラン)だ。その(ヴィラン)こそが雄英バリアーを破壊した者の正体だろうというのが教師陣の結論。無論、実弥も同じ結論を出しているが故に、急遽3人体制になった理由の全てを察することが出来ている。

 

 一つの授業にプロヒーローを3人寄越す。それが示すのは――

 

(いつ手を出してきてもおかしくねェってことか)

 

 考え無しの無謀な行動か、何らかの算段があるが故の宣戦布告か。雄英バリアーを破壊するという形で爪痕を残してきた(ヴィラン)の考えは到底検討もつかない。だが、雄英に手を出してくる度胸があることだけは確か。

 もしもの時は躊躇いなく動けるように、実弥は密かに心の準備をした。

 

 そんな彼を他所に、瀬呂が挙手をしながら尋ねる。

 

「はーい。何するんですか?」

 

「災害水難なんでもござれ。救助訓練だ」

 

 瀬呂の疑問に答えた相澤が掲げたのは、RESCUEの文字が描かれたプラカード。毎回、授業の内容を示す単語が描かれたプラカードを掲げる決まりでもあるのだろうかと少しズレたことを考えつつ、実弥は周りを見渡す。

 

「救助か……今回も大変そうだな」

 

「言ってる場合かよ!救助こそ、ヒーローの本分じゃねえか!腕が鳴るぜ!」

 

「水難に関しては私の独壇場ね、ケロケロ」

 

 誰かを救けること。これもヒーローとして欠かせない資質である故に、今回も生徒の多くが例外なく燃えているようだった。彼らが、(ヴィラン)を倒すだけがヒーローではないことを理解しているれっきとした証拠だろう。何名か例外がいる気もするが、流石は雄英に入学しただけのことはある。

 

 救助訓練を行うことに対して燃えているのは彼らだけでなく、実弥も同じだった。実弥は、戦闘力に関しては既に一流のプロヒーロー以上だと言えるが、救助に関してはまだまだ拙い面が多い。そちらの方面で出来ることは、応急処置と下手な刺激を与えることなく他人を運ぶことくらい。

 この世には適材適所という言葉があるし、凡ゆる仕事にはそれ専門の知識や技術を持った者達が就いて役割を全うするのだから、ヒーローもそれと同じように救助は救助に長けた者に任せればいいという話も一理あるかもしれない。

 

 だが、それで満足してはいけない。そこで驕って成長を止めれば、偉大なヒーローになどなれやしない。

 ヒーローの卵として目指すべき理想は、より多くの人を救けられ、手の届く範囲にいる人を見捨てることなく必ず救け出すヒーロー。その実現の為には、妥協なく成長を続け、出来ることを今以上に増やす必要がある。

 出来ることが増えれば、それだけ手の届く範囲が広くなる。より多くの人の手を取り、救けることが出来るようになる。

 

 実弥は驕らない。あの日の悲劇を繰り返さない為に。着実に前進し続ける為に。今回の授業を経て自分がまだまだ成長出来ることを考えると、自然と笑みが溢れた。

 

 その後、再びざわつき始めた教室を相澤が睨みをきかせて静めた。そして、戦闘服(コスチューム)の着用は各々の判断に任せることと移動用のバスの前に集合することが伝えられ、A組の生徒達はやる気に満ちた表情で一斉に移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救助訓練は少し離れた場所にある施設に移動して行うとのことで、移動用のバスに集合したA組一同。

 戦闘服(コスチューム)の着用は自由であったが、結局、クラスのほぼ全員がそれを着用した状態で授業を受けることにしたようだった。

 ――ただし、爆豪は完全な形で戦闘服(コスチューム)を着用出来ていない。試験的に使うこともなく、ぶっつけ本番で全力の爆破を放った影響か、片方の籠手がイカれたらしく、籠手を装着しているのは片腕のみだった――

 

 例外は3人。

 

「あれ?デク君、体育服なんだ。戦闘服(コスチューム)はどうしたん?」

 

「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから、サポート会社の修繕待ちなんだよ」

 

「確かに君の受けたダメージは大き過ぎたからな……」

 

 まずは、飯田に麗日と会話を交わす緑谷。戦闘訓練で受けたダメージによって、オールマイトを模した緑色のジャンプスーツはまともに着られない状態になってしまっていた。今の彼は、せめてこれだけは、と言わんばかりに戦闘服(コスチューム)の一部である手袋とオールマイトの笑顔を模したマスクを着用している。

 因みにだが、あの服は現在着用している手袋やマスクも含めて、全て母親の手作りらしい。それを聞いた飯田は彼の母親の愛情に感動しつつも、爆豪をちょっとだけ恨んだし、麗日は爆豪に対してドン引きしていた。

 

「葉隠も体育服なんだ」

 

「不死川君にアイデア貰ったし。サポート会社の方に改めて作ってもらってる最中だよ!」

 

「うん、それが良いよ」

 

 2人目は、葉隠。実弥の指摘を受けた後、必死に脳内のアイデアを絞り出して新しい戦闘服(コスチューム)のデザインを考え、数日前に制作を申請したばかりだった。

 少なくとも、これで彼女が全裸で訓練に挑むことは無くなるだろう。戦闘服(コスチューム)の完成を待ち侘びてルンルンと鼻歌を歌っている葉隠を見た芦戸と耳郎は顔を見合わせ、ホッとしたように笑っていた。

 

「……」

 

 そして、3人目は轟。戦闘服(コスチューム)の着用が出来ない理由は、緑谷のものと同じ。

 実弥の放つ鎌鼬によってボロボロになってしまったそれは、もはや使い物にならないと言っても過言ではないレベルだった。それに、元の生地の色が白いせいで、実弥の鎌鼬を喰らって流れた血の跡がどうしても目立ってしまう。

 だから、背に腹は変えられないとサポート会社の方に修繕を頼んだ。

 

 左側の力は絶対に使わないという固い決意を前面に出した戦闘服(コスチューム)。自分にしては中々良いデザインのものが出来たと思ったが、入学早々に着られなくなってしまった。

 腰を下ろして右手をじっと見つめる轟の背中が、実弥にはそのことでほんの少し落ち込んでいるように見えて、何だか申し訳ない気持ちになった。

 

 謝りたくて仕方なくなるが、謝っても「気にすんな、俺が弱えだけだ」と流されるのは目に見えていたので、二度目の謝罪は心の中だけに留めておこうと思考を切り替え、一足先に施設にまで移動するバスの中に足を踏み入れた。

 

(……好きに座って良さそうだな、このタイプの座席は)

 

 ぐるりと周りを見渡してみれば、横向きと前向きのシートが混合した座席配置になっているのが分かった。前向きなのは、最前列の2席と後方のいくつかのみ。他は全て横向きだ。

 最初こそ、順番に並ばせて座らせた方が効率が良いとも思った。だが、この配置ならば、その意味も無くなりそうだと実弥は思い直した。

 そもそも、高校生にもなれば、自分の判断で好きな席に座りそうなもの。それを鑑みて順番に並ばせて座らせる必要はないと結論を出す。

 

 実弥は、バスの作りも大正時代の頃から変わったものだと思いつつ、改めてその中に目を通してから、一旦バスの外に出る。このタイミングで丁度相澤がやって来て、周囲を見渡した。

 生徒が全員揃っているのを確認すると、相澤はスマホで時間を確認し、実弥に声をかけた。

 

「不死川。そろそろ移動開始するから、全員集めてくれないか」

 

「分かりました」

 

 相澤の指示に従い、実弥は談笑するクラスメイト達に声をかけ、彼らをバスに乗せていく。

 そして、自分以外の全員が乗ったのを確認して自分もバスに足を踏み入れたその時だった。

 

「お兄ちゃーん!!!」

 

 実弥の耳にエリの声が届く。どうしてエリの声がするのかと思い、振り返ってみれば……駆け寄ってくるミッドナイトの腕の中で笑顔で手を振るエリの姿があった。

 エリが来たこととミッドナイトの相変わらずな色気溢れるセクシーな戦闘服(コスチューム)姿の二つにギョッとして、実弥は思わず目を見開く。

 

「良かった、間に合ったみたいで」

 

「ミッドナイト先生。エリもどうしてここに?」

 

 ふうっ、と一息つきながらエリを下ろすミッドナイトに、駆け寄って抱きついてきたエリを撫でてやりながら、実弥が尋ねる。

 尋ねられたミッドナイトは、エリの肩に手を添えながら答えた。

 

「エリちゃんがね、不死川君やA組の皆を見送りしたいって」

 

 ミッドナイトがそう言うと、エリは照れくさそうに笑う。そんな彼女が可愛らしくて自然と笑みが溢れた。

 

「お兄ちゃん、今日の授業も頑張ってね」

 

「ありがとうな。兄ちゃん頑張ってくるからなァ」

 

「うん!」

 

 2人が笑顔でハイタッチを交わす。良い子でいるんだぞ、とばかりにエリを撫でると、実弥は立ち上がった。

 

「それでは……エリのこと、よろしくお願いします」

 

「ええ。不死川君は、授業に専念してらっしゃい。エリちゃんのことは私達が見てるから」

 

 頭を下げる実弥に対し、ミッドナイトは笑顔で言ってのける。その笑顔に頼もしさを感じ、この頼もしさもプロヒーローならではのものか、と実弥は思う。

 こうして、笑顔で手を振るエリとミッドナイトに見送られ、救助訓練を行う施設への移動を開始したA組一同であった。

 

 バスの後ろ姿が見えなくなるまでA組を見送っていたエリだったが、それが視界から外れると同時に首から下げた銀色のロケットペンダントをそっと握りしめた。

 

「エリちゃん、どうしたの?」

 

 影が覆い被さるルビーを彷彿とさせる憂いを湛えた瞳をした彼女に、ミッドナイトが首を傾げながら尋ねる。

 

「……ううん、何でもないです」

 

 微笑みを浮かべ、かぶりを振ったエリだったが……胸の中の漠然とした暗い予感は、収まることがない。

 あの日と……そよ風園で悲劇が起きた日と同じだった。言い表しようのない不安が彼女の胸の中を支配している。

 頬を撫でる風も、騒ついている気がした。

 

(……お願い、皆。実弥お兄ちゃんを、A組の皆さんを守ってあげて……)

 

 不安も拭いきれぬまま、エリは握りしめるペンダントに願いを込めるのだった……。

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