疾きこと風の如く   作:白華虚

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2021/11/21
脳無の能力も看破しないままで真剣を用い、手足を斬り落とすのは都合が良すぎるとの指摘を頂き、後半の戦闘描写を修正しました。修正前と違い、実弥さんは鉄刀を用いてます。

2022/11/3
タイトルを変更しました。


第二十七話 戦闘開始

「はあっ……!はあっ……!ふざけんな!ふざけんな!何が簡単な仕事だよ!」

 

 冷や汗をダラダラと滝のように流しながら、荒い息で(ヴィラン)の1人が叫ぶ。もうやり切れないというやるせなさに満ちた、恨みの一声だった。

 大して戦闘経験もない学生達。黒霧の策略によって戦力をバラされた彼らを、一方的に蹂躙する。今回はそう言った算段だったはず。それなのに……いざ蓋を開けてみればどうだ。全員、強すぎるではないか。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)――爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 龍の鋭い爪のような四つの鎌鼬を纏った殴打が目にも止まらぬ速さで放たれ、迫り来る(ヴィラン)を斬りつける。また1人、痛々しい傷をつけられて血を流した仲間が倒れてしまう。

 

(よし、後ろを取ったっ!)

 

 仲間の犠牲を無駄にはしない、と意気込んでその技を放った少年の後ろを取った(ヴィラン)が釘バットを振り下ろすも――

 

「ガラ空きなんだよ、クソ(ヴィラン)ッ!」

 

「ぎゃあっ!?」

 

 爆破を放ちながら、別の少年が榴弾の如く突撃してくる。そして、その顔面に右の大振りから繰り出される渾身の爆破が叩き込まれた。

 爆破を叩き込まれた(ヴィラン)は白目を剥きながら呆気なく気絶。文字通りに瞬殺された。

 

「後ろ取られてんじゃねェよ、クソが。手間かけさせんなや」

 

「テメェが来んのが分かってっから放ったらかしにしてんだよォ。後ろさえ取れりゃあ勝てると勘違いしてやがる馬鹿をぶっ潰す手間が省けていいぜェ」

 

「……ケッ、俺の出番を作る為のお情けなんていらねェんだよ。死ね」

 

「死なねェよ、馬鹿がァ」

 

「誰が馬鹿だ、ブッ殺すぞ」

 

 気絶する(ヴィラン)を一瞥しつつ、喧嘩腰で会話を交わす少年達。隙だらけのようで、どこにも隙がない。主に彼らのせいで、(ヴィラン)達は蹂躙されてしまっていた。かと言って、残った1人が弱い訳でもない。

 

「オラァッ!!!」

 

 また1人の(ヴィラン)が自慢の武器であるナイフを、逆立てたスパイキーな赤髪が特徴の少年に向けて振るう。しかし。

 

「効かねえぜ、そんなもん!」

 

「なっ!?」

 

 肌を鋼鉄のように硬化させた彼には通じない。振われたナイフは、今の(ヴィラン)達の心の如く、儚く折れてしまう。

 

「ちくしょう!」

 

 自棄になった(ヴィラン)が素人丸出しの腕だけに頼ったパンチを繰り出すも――

 

「だァから……効かねえっつってんだろ!」

 

「ぎゃあああ!?」

 

 硬化した拳で迎え撃たれ、返り討ちに遭ってしまう。血に塗れた拳に息を吹きかけ、痛みに悶えているうちに少年の硬化した腕で繰り出される鋭利な手刀で呆気なく倒される。

 ……結論から言ってしまおう。全員強かった。

 

 スパイキーな赤髪の少年――切島鋭児郎は単純に硬すぎるのと''硬化''によって、彼自身が攻防一体の人間兵器になれるのが厄介過ぎる。

 (ヴィラン)同然の獰猛な笑みを浮かべる金髪の少年――爆豪勝己はシンプルに強すぎる。どれだけ数で潰そうとしても軽く捻り潰され、(ヴィラン)側の攻撃は一切当たらずに見切られっぱなしときた。その天賦の才能によって発揮される抜群の戦闘センスは、終始彼らを圧倒している。

 そして、血走った目をした傷だらけの白髪の少年――不死川実弥。彼に至っては、規格外すぎる。彼の強さは、この場にいる(ヴィラン)達にとって恐怖でしかない強さに到達していた。絶対に勝てない、と嫌でも悟らされてしまう。

 目にも止まらぬ速さの移動と攻撃。何が起こったのか理解も出来ぬまま、巻き起こった風に蹂躙される。心霊現象に恐怖を抱いてしまうのと同じように、理解出来ぬ現象に恐怖を覚えるのは自明の理だった。

 

「何だよ、何なんだよ、こいつら!?」

 

 次々と仲間が倒れていく光景を目にし、男は恐怖で錯乱しながら頭を掻きむしる。

 相手は所詮子供のはず。(ヴィラン)と対峙した経験のない子供なら、恐怖に打ち負けて錯乱し、泣き喚くなり自棄になるなりする方が普通なのに。こんな肝が据わりすぎている子供がいることを信じたくなかった。

 

(風が巻き起こった瞬間、一方的に倒されているなんて理不尽な現象っ――)

 

 目の前の現実から逃避していた男の思考が停止する。風というワードを頭に浮かべた瞬間、脳内に電流が走ったような感覚を覚えた。

 

(か、風……?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!?)

 

 男の中で、一つの可能性が思い浮かぶ。その可能性が本当だとすれば、今の理不尽な状況にも自然と納得がいってしまう。

 

「あ、あの傷だらけのガキが……?はは、は……だとしたら――」

 

――勝てなくて当然だよな

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(いち)(かた)――塵旋風(じんせんぷう)()

 

 

 

 男が絶望したように呟いた瞬間、凄絶な旋風がビルの床を抉りながら彼の肉体を呑み込む。超音速の一撃が、彼の容貌をあっという間にズタボロの布切れのようにしてしまった。

 

「カフッ……」

 

 絶望に叩き落とされた男は、小さく声を漏らしてから地面に倒れ込んだ。何とも呆気ない終わり方だった。

 

「……呆気なく終わっちまったな」

 

「やっぱ、こいつらは所詮チンピラでしかなかったってことか。弱えな」

 

 一息つきながら、切島と爆豪が呟く。鉄刀を収める実弥と、汗を拭う爆豪を見ながら、切島は密かに思った。

 

(……いつも、これくらいの仲なら良いんだけどなあ)

 

 戦闘中の実弥と爆豪は、喧嘩腰に会話を交わすことこそあれども衝突はしなかった。それに、驚異的なコンビネーションを見せていた。常に互いが互いの隙を埋め合い、それを作らないように立ち回る。戦闘中でありながらも、切島は感動して、「凄え……」と感嘆の声を漏らしてしまった程だ。

 あんなコンビネーションを見せるなんて、単純にいがみ合う輩同士では絶対に出来ない。何やかんや言いつつ、互いのことをよく見ているんだなあと実感した切島であった。

 そんな彼の目的は、既に次の方向へと向いている。

 

「取り敢えず、早くここを出よう!みんなを救けねえと!俺にも責任あるし……」

 

 拳を握りながら言う彼に対し、爆豪は興味ないとばかりに吐き捨てた。

 

「勝手に行ってろ。俺はあの靄をブッ殺す」

 

 冷酷だとしか思えない彼の発言を聞いた切島は、愕然としながら反対する。

 

「ちょっ、待て待て!あっちの方は相澤先生に任せるべきだって!それよか、俺達は戦える''個性''を持ってんだから、みんなを救けた方がいいだろ!?もしかしたら、戦闘に向いてねえ''個性''持ってる同士が集まってるかもしれないだろ?」

 

「まあ待てェ、切島。あの爆発ウニ頭は、こう見えて頭がキレる。何か考えがあってのことだろうよォ」

 

 ダチを見捨てるなんて、 俺の漢気が許さないと言わんばかりの様子の彼を、実弥が(なだ)めた。「不死川がそう言うんなら」と爆豪の意見を聞く気になった彼を見ると、さりげなく姿を消した状態で(そば)に忍び寄っていたカメレオン姿の(ヴィラン)の脳天を鉄刀で殴りつけながら、当の本人に目線で切島も納得出来るように話せ、と訴える。

 視線を受け、爆豪はぶっきらぼうに答えた。

 

「あのクソ靄は、(ヴィラン)共の出口だ。ここから逃げられねえよう、今のうちに叩き潰すんだよ。第一……()り合った限り、こんな浅はかな考えしてやがるチンピラばっかだ。この程度なら手を貸さなくても平気だろ」

 

「……だとよォ」

 

 確かに、存外頭がキレるらしい。そのことを実感した切島は、爆豪に対して、いつもこれくらい冷静でいてくれたらいいのに、と思いつつも笑った。

 

「成る程な……ダチを信じるってことか!漢らしいな……!いいぜ、爆豪!俺もその作戦、ノった!」

 

 硬化した拳と拳をガチンと打ち付けながら言う彼をじっと見つめ、爆豪は好きにしろ、と態度で示して何も言わなかった。

 特に何も言わない彼を見て、同行が許諾されたと判断しつつ、切島は実弥に尋ねる。

 

「不死川はどうする?」

 

 実弥は、懐から閃光弾と音響弾を取り出しながら答えた。

 

「最初は、他の奴らを救けようとも思ってたが……この様子だと、バラされた先にいるのは全員チンピラらしいしなァ。それなら俺は、そいつらよりもクラスの奴らの命を奪える可能性が高い奴を叩くとするぜェ」

 

 いざというときに使えるだろォ、と取り出した音響弾や閃光弾を手渡してくる実弥を見て、切島は何となく悟る。実弥が叩く相手は、あの脳が剥き出しの大男なのだろうと。

 別に相手の実力が測れなくとも分かる。アレだけは絶対にヤバい。(ヴィラン)の集団を一目見た瞬間に脳内で警鐘が鳴り響いていた。

 

 そんな相手とクラスメイトがこれからぶつかり合うことに不安を覚え、何とか手助けしてあげられないかとも思うが、すぐに思い直した。

 恐らく、あの大男こそがオールマイトを殺す為の算段。自分達が手助けしたところで力にもなれないし、邪魔になる。それなら、未だに強さの底が見えない実弥が相手をした方がマシなはず。

 

「……気をつけろよ、不死川」

 

「覚えとけ、傷顔。テメェをブッ殺すのは俺だからな」

 

 自分達は自分達のやるべきことをやろうと心に決め、実弥の無事を祈る。実弥は、「こんなところで死んでたまるかよォ」と呟きつつ笑うと、窓から飛び降りて、風を巻き起こしながら消えるように走り去っていった。

 

(頼んだぜ、委員長)

 

 その背中を頼もしく見送りつつ、思考を切り替え、切島と爆豪もまた(ヴィラン)の出口を塞ぐ為に動き出す。

 

「おっしゃ!俺らも行こうぜ、爆豪!」

 

「仕切んなや!こっからは俺が仕切んだよ!黙って俺についてきやがれ、クソ髪!」

 

「だから、切島だって!覚えろ!」

 

 

 

 

 

 

「……相澤、先、生……?」

 

 倒壊ゾーンを出た瞬間、その凄惨な光景はすぐさま目に入ってきた。実弥が叩くと決めていた、脳が剥き出しの大男が相澤を組み伏せ、その血だらけの顔面を地面に叩きつけている。そして、彼の腕は曲がってはいけない方向に曲がってしまっていた。

 理不尽な暴力に叩き潰された彼の命が尽きる。その瞬間が刻一刻と近づきつつある。

 死の予感が、実弥を一矢の矢の如く貫く。その瞬間、あの日の悲劇がフラッシュバックしていた。

 

 ――自分に子供達のことを託して死んだ、そよ風園の先生達。血だらけの寝室。跡形も無く弾け飛んだ弟妹達。エリを守り抜き、自分の目の前で死んだ2人。

 三度目の悲劇を繰り返す。……それだけは、絶対に避けなければならない。

 

(――死なせねェ!誰一人!)

 

 自然と鼓動が速くなる。それに従って血の巡りも加速し、身体能力が普段以上に増加する。自分に寄る障害を全て吹き飛ばすかのような勢いで風圧を巻き起こし、実弥は地を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、無理だ……。逃げよう、緑谷……!」

 

 恐怖に震える峰田の声が緑谷の耳に届く。唖然とし、体中からドッと冷や汗が溢れてくる中で、緑谷は自身の認識の甘さを痛感していた。

 黒霧の策略によって水難ゾーンに飛ばされた緑谷、蛙吹、峰田。彼らにとって、人生初の(ヴィラン)との対峙ではあったものの、3人の"個性"を駆使して、見事に(ヴィラン)の包囲網を突破。蛙吹も峰田も怪我は無かったし、緑谷も緑谷で指一本を犠牲にしたものの、結果的には犠牲を最小限に出来た。

 

 水難ゾーンでの戦いを経て、彼らは自分達の力が(ヴィラン)に通用するのだと思ってしまった。無理をして戦闘に向かった相澤の力に少しでもなれるのなら、と様子を(うかが)い、あわよくば手助けが出来れば……とそう思っていた。

 だが、甘かった。水難ゾーンにいたのは、たかが前座。(ヴィラン)と呼ぶのすら生温いチンピラ達だったのだ。ヒーローの卵になりたての自分達の力は、本当の(ヴィラン)には通用しない。それこそが真実。彼らはとんだ勘違いをしてしまった。

 

 当初こそ、相澤と戦闘を繰り広げていたのは、緑谷達が対峙したようなチンピラ達ばかりだった。だから、何の問題もなく終始優位に立ち回っていたし、緑谷達もこれなら大丈夫だと思い直して、大人しく他のクラスメイトと合流しようとしていた。

 ――しかし、人生というものは何が起こるか分からない。その状況が突然変化した。

 

 それは、相澤の戦闘を観察していた、体中に手を取り付けた男の元に黒霧が現れた時だった。気怠げに生徒を始末出来たのかと尋ねる男に対し、黒霧は何人かの生徒を散らし損ねたことと13号を始末する余裕すらもないことを伝え……既に生徒の一人が援軍を呼びに行っていたことを付け加えた。

 

 それを聞いた瞬間、男は怒りに滲んだ声を上げ、苛立ちに任せて首を出血する程に何度も何度も掻きむしった。そして――その病的な肉体からは想定出来ない程の身体能力と速度を発揮して相澤に肉薄。そのまま、自身の突進に合わせて繰り出された相澤の肘打ちを防ぎ、彼の肘を風化した瓦礫のように崩壊させてしまう。

 

 すると、一矢報いたことで満足したのか、男は即座に後退し……「脳無!」と何かの名を呼んで、脳が剥き出しの大男を相澤に向けてけしかけたのだ。

 

 "抹消"を発動した相澤だったが、その大男――脳無のスピードが落ちることはなく、丸太のような筋骨隆々の剛腕で頭部を殴られ、呆気なく敗北してしまった……。

 緑谷達は、プロヒーローが敗北する瞬間を目の前で目撃してしまったのだ。当然、戦意は削がれるし、恐怖も感じる。何十、何百mもある高さの谷から突き落とされたかのような、果てしない絶望が彼らを襲っていた。

 

「――ぐあああっ!?」

 

 何かがへし折れるかのような嫌な音がし、相澤の苦痛に満ちた叫びが響く。

 

「相澤先生……!」

 

 蛙吹が耐えられない様子で相澤の名を呼ぶ。だが、やれるのはそれまでだ。足手纏いになるのが分かっている。自分達が出て行っても、相澤に更なる負担がかかるだけ。余計に彼を追い詰めてしまう。だから……動けない。

 それは、緑谷も同じ。

 

(僕が行っても……何も、出来ない……!)

 

 ただでさえ"個性"を制御出来ない自分が行ったとしてもだ。彼自身がこの中で1番足手纏いになることをよく理解している。"ワン・フォー・オール"を最大出力で発動して相澤を救けたところで、その時点で大怪我を負って何も出来ない自分は木偶の坊になるしかない。結局……相澤の命を奪うことになる。

 自分の無力さがひたすらに憎かった。

 

「どうだ、イレイザーヘッド。痛いか?苦しいか?こいつが俺らの切り札、脳無だ」

 

 体中に手を取り付けた男は、顔面に取り付けられた手の下で愉悦に浸る笑みを浮かべている。先程まで自分の連れてきた手下達を一蹴していたプロヒーローが、逆に容易く一蹴された。その事実が愉快でたまらなかった。

 

「死柄木弔。ここは脳無1体で十分です。我々は一刻も早く撤退しましょう。援軍が来ます」

 

 黒霧に促され、手だらけ男――死柄木は、首を掻きむしって、ため息を()きつつ言った。

 

「そうだな……。はあ……ふざけてやがるぜ。最初に負けイベがあるクソゲーをやらされるなんてよ。でもさあ、せめて……負けイベを経験する雑魚なりに足掻けるってことを証明していこうぜ?平和の象徴としての矜持をへし折ってから帰るんだ」

 

 言葉を発しつつ、死柄木は口の端を吊り上げて不敵に笑う。その赤い瞳が――緑谷達を捉えた。

 

(目が合った!?)

 

 目が合ったことに気が付いた緑谷は、嫌な予感を覚える。

 

「2人共!早くここから――」

 

 二人を連れて逃走を試みようと、彼らの方に首を向けた瞬間――

 

「え……?」

 

 死柄木の着ている黒い長袖のTシャツの袖と、病的に痩せ細っていることで骨の形が浮かび上がった手が蛙吹の顔面に迫るのを目にした。

 

 慌てて伸びた腕の持ち主を確認するように目を向ければ、いつの間にか距離を詰めてきていた死柄木の姿があるではないか。

 少なくとも、数mくらいは距離が空いていたはず。なのに、その距離を移動するのを目で捉えられなかった。信じられない身体能力だ。完全に不意を突かれてしまった。

 

 蛙吹の顔面に死柄木の手が触れるまで、残り数cm。

 

 ――もう間に合わない。

 

「あ――」

 

 突然のことで、蛙吹自身も声が出なかった。救けを求めることすら叶わない。彼女の中で走馬灯が流れる。彼女自身が、無意識のうちにこの窮地から脱する為の手段を探しているが……何も見つからない。この窮地から脱する手段はどこにもなかった。

 

「「や……やめろぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 緑谷も峰田も必死で声を上げる。だが、動かなければ全く意味がない。状況は変わらない。なのに――

 

(体が、動かない……!)

 

 不意を突かれてもなお、即座に対応出来るだけの力量が緑谷や峰田にはなかった。

 己の無力が悔しくて仕方がない緑谷は、考えても無駄なのに、と理解しつつも考えてしまう。

 かっちゃんなら、轟君なら、不死川君なら、きっとこの窮地を脱することが出来るのだろう、と。

 

 そうしている間に、無情にも時間が流れる。とうとう、蛙吹の顔面に死柄木の指の1本が触れた。2本、3本、4本――そして、5本。死柄木の五指全てが彼女の顔面に触れてしまった。

 緑谷の脳裏に(よぎ)る、彼女が塵と化して完全に崩れ去るビジョン。だが、それが現実になることはなかった。

 

「……ほんっとうにかっこいいぜ、イレイザーヘッド」

 

 死柄木が蛙吹の顔面から手を離しつつ、ボロボロになりながらも生徒を庇う相澤の勇姿を嘲笑うように笑みを浮かべて振り返る。

 彼の視線の先に……脳無に頭部を押さえつけられて血だらけになりながらも、鋭い眼光を発して"抹消"を発動している相澤の姿があった。

 

「まあいいや。どうせ、その状況だし……"個性"も長く維持出来ないだろ。イレイザーヘッドの"個性"が切れた瞬間、お前はもう死んじまうよ。蛙の嬢ちゃん」

 

 死柄木が愉悦の笑みを、他人を殺せる快楽に満ちた笑みを浮かべながら言う。二度も同じことをさせるか、と緑谷が飛び出そうとした瞬間、死柄木の側に人影が現れた。

 その刹那――

 

「がはあっ!?」

 

「し、死柄木弔!?な、何が起こったと言うのです……!?」

 

 死柄木が旋風に呑み込まれながら、ボールのように軽々と吹き飛んでいった。側から見ていた黒霧も突然風が巻き起こったようにしか見えず。困惑しながら、ボロボロの姿で地面に伏せる死柄木の元に駆けつける。

 一方、呆然としていた緑谷達の視界を、「颯」の一文字が刻まれた白い羽織を纏った、頼もしすぎる背中が埋め尽くしていた。

 

「し、不死川君っ……!」

 

 クラス史上最強の男が現れたことで緊張の糸が緩んだ緑谷は、涙ながらにその名を呼んだ。

 

「不死川ちゃん……!」

 

 普段感情を表に出さない蛙吹ですら、安堵で声を振るわせていた。

 そして、峰田が涙ながらに拳を突き上げて叫ぶ。

 

「不死川ァ!お願いだ、相澤先生を救けてくれぇ!あのままじゃ死んじまう!」

 

 その声に実弥は振り返り――

 

「任せろォ」

 

 と、酷く優しい声で呟いた。次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()を腰に携えた実弥の姿が彼らの視界から消える。

 まさに疾風の如く地面を蹴った実弥は、相澤を地面に押さえつける脳無に猛然と肉薄。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(はち)(かた)――初烈風斬(しょれつかざき)りッ!!!

 

 

 

 そして、隼の翼、そこの先端にある風切羽のような鋭い斬撃を放つ。烈風の如き速さで鋭利な一太刀を振るい、相澤を押さえつける脳無の腕の肉の一部を抉り抜くように鎌鼬を纏った鉄刀を叩きつけた。

 すると、腕の一部を抉られて上手く体を支えられなくなった脳無が体勢を崩した。その隙を見逃さず、実弥は反復動作によって瞬間的な怪力を発揮し、自分を遥かに凌ぐ巨体を持つはずの脳無をアッパーカットで上空に打ち上げる。

 脳無は、何が起こったのか分からないといった様子だ。死んだ魚のような目のままで肉を抉られた腕をじっと見つめていた。そうしつつも、ちゃっかり受け身を取って、地面を揺らしながら着地する。

 

 それが行動を止めている隙に、実弥は相澤を抱えて緑谷達の元まで後退した。

 

「……相澤先生を頼む」

 

「う、うん!」

 

 実弥に相澤のことを託され、陸上に上がった緑谷が項垂れる彼に肩を貸し、峰田が足を抱える。

 その最中、蛙吹は相澤の脈を確認していた。

 

「……良かった……。生きてるわ……」

 

 彼女の一言に、2人もホッとする。こんなにもボロボロになってまで生徒の命を守ってくれた立派なヒーローである彼には、感謝しかない。

 そんな3人に実弥は優しく声を掛ける。

 

「緑谷、よく犠牲を最小限にしたな。上出来だ。蛙吹も峰田も怖かっただろうによく頑張った。……後は、俺に任せとけェ」

 

 何が何でも絶対に守り抜く。そんな背中に、彼らの不安がだんだん拭われていった。

 

「……気を付けてね、不死川君。エリちゃんも君の帰りを待ってるから」

 

「おうよォ」

 

 微笑んで告げる緑谷に、実弥も微笑みながら返す。

 彼らの会話を聞いた、ボロボロになった状態で地面に寝そべる死柄木は、血の混じった唾を地面に吐き捨てながら叫んだ。

 

「逃がす訳ないだろ!そばかすのガキ共を()れ、脳無!!!」

 

 死柄木の命令を聞いた脳無は、ピクリと肩を跳ねさせながら反応すると、力を込めた。

 すると、抉られた部分を埋め尽くすように筋繊維が生え、糸と糸を縫い合わせるように絡み合っていくではないか。……なんということだろう。瞬く間に脳無の傷が再生してしまった。

 準備万端だ、とばかりに肩を回すと、脳無は四つん這いになった状態から体重をかけて地面を蹴り、凄まじい速度で緑谷達に迫る。その巨大な手を広げ、一番最後尾にいる峰田の顔面を鷲掴みにせんとする。

 しかし――旋風が吹き抜け、その両手の手首から先を抉り斬った。

 

「させる訳ねェだろうが、脳味噌剥き出しの化け物がァ……!」

 

 旋風の正体は実弥。そこから、続け様に二振りの斬撃を放って、人体で言えばアキレス腱があるであろう位置を斬り裂いた。更に――

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)――木枯(こが)らし(おろし)!!!!!

 

 

 

 跳躍で足が上手く機能せずにフラついている脳無の上を取ると、上段に構えた刀を振り下ろし、晩秋から初冬にかけて山から吹き下ろす、強く冷たい風を纏った斬撃を解き放った。それによって、残った脳無の胴体に深い傷を刻むと共にそれを地面に叩きつける。

 次の瞬間、地面が陥没すると同時に亀裂が入った。

 

 実弥の放った怒涛の連続攻撃は、緑谷達に襲いかかろうとしていたはずの脳無を簡単に押さえつけたのだ。

 

「振り返るなァ!行けェ!!!」

 

 実弥が叫ぶ。近付いてくる脳無の気配に反射的に振り返り、動きを止めていた緑谷達であったが、強く頷き、実弥の無事を祈りつつも再び歩き出す。

 

「ふ、ふざけんなよ……!学生程度に、脳無が簡単に押さえつけられただと!?信じられるか、こんなこと!」

 

 脳無が一蹴される光景を目にした死柄木は、首をガリガリと掻きむしりながら苛立つ。血が出てもなおそれをやめない彼を、黒霧は必死に宥めつつ、脳無の能力をバラすまいとしてその耳元に囁く。

 

「落ち着いてください、死柄木弔。あの脳無は"ショック吸収"と"超再生"を併せ持つ、オールマイト対策のサンドバッグ。あの程度ではやられません」

 

 黒霧の言葉を聞くと、死柄木は深呼吸をして苛立ちを抑えてから立ち上がると同時に叫んだ。

 

「脳無!いつまで寝ていやがる!?さっさと再生しろ!」

 

 瞬間、脳無の傷口全部から筋繊維が生え、先程の抉った腕の一部のように綺麗さっぱり再生してしまった。

 傷一つなく再生した脳無の肉体を見た実弥は、舌打ちしつつ吐き捨てる。

 

「……チッ、テメェの再生力を見ていると虫唾が走るぜェ」

 

 間違いなく鬼並みの再生力。前世で憎みに憎んだ存在を思い出し、彼の怒りに拍車がかかる。

 死んだ魚のようなぎょろりとした目。獣のような面長な顔。知能が見られないその素振り。剥き出しの脳。何度見ても、鬼達と変わらないくらいの醜さだ。

 

 体に無駄な力を込めることなく、隙のない構えを取る実弥を睨みつけつつ、黒霧は提案する。

 

「死柄木弔、相手は所詮学生です。ここは、意地を張らずに3人で片付けましょう。想像以上に強い相手ですから、それを達成したら撤退しますよ」

 

「……そうだな、慌てる必要はない。まずはこいつを倒して、セーブポイントに到達だ」

 

 黒霧の提案に大人しく納得し、飛び出さんと前傾姿勢を取る死柄木と、彼を援護する為のゲートに変化する準備を整える黒霧。相手が増えようが、実弥は動揺を見せない。それどころか、やれるもんならやってみろ、とばかりに彼らを挑発するように笑う。

 

「調子に乗るなよ、ガキが……!本物の(ヴィラン)をナメるとどうなるかを思い知らせてやる!」

 

 絶対にこのガキを殺してやると意気込み、死柄木が地面を蹴りかけたその時。

 

「テメェは大人しく地面に這いつくばってろ、クソ靄ァ!!!」

 

「グハァッ!?」

 

 断続的な爆発音が彼らの耳に届くと同時に、黒霧の首元を覆う金属製のガードの部分に爆破が炸裂する。爆破を放った主、爆豪はそれを放った掌を黒霧の首元に強く押しつけ、その肉体を地面に全力で叩きつけた。

 

 更に――

 

「黒霧!?」

 

「うらぁっ!」

 

「っ!ぐあっ……!」

 

 黒霧が不意打ちを喰らったことに驚愕して振り返った死柄木にも、同じように不意打ちが炸裂。硬化した切島の拳が、その顔面を殴りつけた。

 黒霧を逃がすまいと押さえつけつつ、爆豪はしてやったりと不敵に笑う。

 

「捕まえたぜ……!そうだよな、実体がないってんなら……傷顔の攻撃に対して『危ねェ』なんて言葉が出てくる訳がねェよなァッ!?」

 

 抵抗しようとする黒霧に対し、動いたらすぐに爆破してやる、と脅しをかける爆豪を見て、ヒーローらしくない所業だと苦笑しつつ、切島も構えながら言い放つ。

 

「不死川!こいつらは引きつけておくから、お前はその脳味噌剥き出しの大男に集中してくれ!背中は任せる!」

 

「ああ、任せろォ!」

 

 切島の叫びに、実弥は頼もしいことだと微かな笑みを浮かべて答える。そして、屠るべき敵の方を振り返り……目だけで相手を射殺さんとする勢いで脳無を睨みつけ、その声に溶岩の如くグツグツと煮えたぎる怒りを乗せて叫んだ。

 

「テメェ……よくも、先生をボロボロにしてくれやがったなァ!先生が味わった痛みは、100万倍にして返してやらァ!知能のねェ馬鹿なりに、その身で、その本能でじっくりと痛みを味わいやがれェ!!!テメェ……いや、テメェらは俺が削ぐッ!!!」

 

 激昂した実弥は、瞬く間に悪を屠る修羅と化した。

 幸せの種を刈り取る残酷な脅威。それを退ける奇跡の暴風が今――命の輝きを守る為に吹き荒れる。

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