疾きこと風の如く   作:白華虚

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2021/11/21
"個性"も判明していない状態で真剣を用いて手足を斬り落とすのは都合が良すぎる。四肢切断はやめた方がいい。とのご指摘をいただき、戦闘描写を大きく修正しました。
実弥さんの戦闘力に驚嘆する爆豪君、切島君の描写を追加しました。
爆豪君の轟君とオールマイトに対する「来るのが遅え」発言を修正しました。
脳無が恐怖を感じる描写を全てカットしました。

2024/12/9
昇上砂塵嵐の描写をアニメでの描写に合わせました。


第二十八話 脳無

「皆さん!ご無事ですか!?」

 

「八百万さん!耳郎さん!それと……上鳴、君……?」

 

「あー……気にしないで。''個性''を全力ブッパした反動でこうなってるだけだから」

 

 脳無と実弥の激闘が始まった一方。入り口の前に集まる生徒達と13号の元に、山岳ゾーンに飛ばされた八百万、耳郎、上鳴が合流。

 八百万に肩を貸された上鳴がとんでもないアホ面になってはいるものの、怪我の見られない彼らに、一同は安心した。

 

「八百万さん、ご無事で何よりです。我々は無事なのですが、先輩……いえ、相澤先生が危険な状態にあります。応急処置を施さなければなりませんので、力を貸してください」

 

 同じくクラスメイトの無事を確認してホッとしていた八百万に、13号が真剣そのものな声色で請う。

 

「お任せください!」

 

 無論、自分達を守る為に危険に飛び込んだ担任の教師をむざむざと死なせる理由はなく、八百万は彼女の頼みをすんなりと受け入れる。

 躊躇いもなく戦闘服(コスチューム)の胸元を大胆に開き、道具の創造を開始する八百万。彼女の脳裏には、中央の広場へと向かった実弥のことが(よぎ)っていた。

 

 

 

 

 

 

 そもそも、実弥がいつもの鉄刀とは違う別の刀――真剣を手にしていたのは、彼が八百万に対して真剣を創ってほしいと頼んだからだ。例え(ヴィラン)が相手だとしても、命を奪うのは御法度。そこを理解している故、基本的に帯刀していないし、戦闘服(コスチューム)の一環として要請した訳でもない。そうなれば、真剣の入手先は彼女しかいない。

 

 閑話休題。先程まで、八百万、耳郎、上鳴の3人は自由に動けない状況にあった。というのも、自身の許容Wを超える電力を使用して脳がショートし、ろくな思考も会話も出来ないアホの子状態になってしまった上鳴が、地面の下に潜んでいた(ヴィラン)によって人質に取られてしまったのだ。

 何よりも人命優先なヒーローとしては、他人の命が狙われているともなれば簡単には動けず。何とか耳郎の戦闘服(コスチューム)であるスピーカー付きのブーツから発する爆音で不意打ちを狙うも、それすらも相手に看破されて万事休すかと思われた時――もはや暴風ではないかと錯覚する勢いで実弥が颯爽と駆けつけ、上鳴を人質に取った(ヴィラン)の脇腹を鉄刀で打ち抜いた。

 その一撃で、(ヴィラン)はあっさりと気絶。解放された上鳴は腑抜けた顔のままでキョロキョロと辺りを見回し、八百万と耳郎は突然の出来事に唖然としていた。(ヴィラン)の意識が無いのを確認すると、実弥は礼を言いかけた八百万に切迫詰まった様子で詰め寄り、こう言った。

 

「八百万、頼みがある。色々言いたいことが出てくるかもしれねェが、今は呑み込んでくれ。――真剣を創ってくれねェか」

 

「っ……!?」

 

 当初こそ、不死川さんは冗談でも仰っているのかと思った八百万であったが、すぐに本気だと分かった。彼女を射抜く紫色の瞳は、遊びでも何でも無く、本気の目だった。間違いなく、真剣を扱う覚悟が宿されていた。

 

「……ごめんなさい。いくら、不死川さんの頼みでも、お応えしかねます」

 

 彼女の答えは当然だ。ヒーローとしての一歩を踏み出した友達を人殺しにさせる訳にはいかない。何より、実弥はクラスメイトの多くから信頼を勝ち取り、尊敬されている。そんな彼が道を踏み外すような事態になったら……誰もが悲しむに決まっているではないか。

 彼の瞳から、その願いの強さが(うかが)える。こんな瞳をした実弥を見るのが初めてな八百万としては、願いに応えてあげたいところだったが、願いが願い故にそうもいかず、断る他なかった。

 

「……何かあったの?」

 

 ここまで2人のやり取りを見守っていた耳郎が息を呑みながら尋ねる。クラスNo.1の実力者である実弥がここまで言うのなら、余程の事態が起きているに違いない、と密かに心の準備をしていた。

 彼女に尋ねられると、実弥は広場の方に視線を向けた。アホ化した上鳴以外の2人も、彼に釣られてそちらに視線を向ける。そうして、初めて目にした凄惨な光景。(ヴィラン)を相手に終始優位に立ち回っていたはずの相澤が一気に満身創痍に追い込まれ、地面に叩きつけられていた。脳が剥き出しの状態の不気味な化け物の手によって。

 それを目にした瞬間、どうしようもない絶望感が八百万と耳郎を襲った。自分達の対峙した相手がどれだけ格下のものだったのかを思い知らされた。もはや、言葉一つすらも発せない様子の彼女達に実弥は続ける。

 

「相澤先生の命が危ない。……援軍がいつ来るのかも定かじゃねェんだ。恐らくだが、相手は人間卒業した化け物。このままだと、遅かれ早かれ死んじまう。あの人は俺達の恩人だァ。エリに普通の暮らしをくれた。俺にヒーローって職業を目指す道を示してくれた。絶対に死なせる訳にはいかねェ」

 

 そして、八百万に向き合ってから言った。

 

「頼む、俺に相澤先生を守らせてくれ。もう目の前で誰かが死ぬのは見たくねェ。今度こそ、掴みてェんだ」

 

 拳を握りしめながら、絞り出すように告げた実弥の表情は……同じ過ちを繰り返さないという決意と自責の念に満ちていた。八百万は実弥の事情を何も知らない。だが、既に同じような経験をしたことがあるのだろうと自然と思えてしまった。こんなに強い男でも、見ている方の胸が締め付けられるような表情をするのが信じられず、衝撃を受けた。

 何も知らない。何も分からない。ただ、これだけは思えた。

 

(……そんなに自分を責めるようなお顔をしないでくださいまし。不死川さんはきっと……何も悪くありませんわ)

 

 いつものように、他人を惹きつける慈母のような優しい笑みを浮かべていてほしい。エリの為にも笑っていてほしい。報われてほしい。

 友達として止めるべきなのかもしれない。私情を優先させるべきではないかもしれない。だが、胸が締め付けられるような実弥の表情が見ていられず、そう思ってしまったから――

 

「……分かり、ましたわ……」

 

 泣く泣く折れるしかなかった。耳郎だって、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、実弥の扱う鉄刀と同じ材質の刀を創造し、「安心しろォ、念の為だァ。殺しはしねェ」と微笑みつつ付け加えた彼を見送って今に至る。

 

(不死川さん、どうか無事に戻ってください。そして……不躾かもしれませんが、貴方に何があったのかを知りたいですわ。お友達として、共にクラスをまとめる者として)

 

 今は、やれることをやるしかない。実弥の無事を祈りつつ、八百万は相澤の応急処置に全力を尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺せと命じられた者を全て嬲り殺さんとする化け物と、後ろに背負った命全てを守らんとする剣士が熾烈な激闘を繰り広げる。

 化け物――脳無が一心不乱に拳の乱打を繰り出し、剣士――実弥がそれを見切って鉄刀を振り抜く。鉄刀と拳とがぶつかり合う度に衝撃波が巻き起こり、それが互いの身体能力の高さを物語っていた。

 そして、今。脳無が全身を利用しながら振り抜いた渾身の拳と、実弥が踏み込みながら振り払った刀がぶつかり合った。互いの身体能力の全てを乗せたその一撃は、衝突すると同時に一陣の烈風を巻き起こした。

 

「うおっ!?」

 

「チッ……」

 

 激戦地からいくらか距離を置いているはずの切島や爆豪達にも、烈風が吹き付けていた。切島は、自身が吹き飛ばされないようにしつつも死柄木を押さえ込んだままで踏ん張り、爆豪は、やっぱり実力を隠していやがったか、気に入らねェと言いたげに舌打ちをした。勿論のこと、黒霧の行動には終始警戒し続けている。

 

 戦闘が始まった当初は、切島も死柄木と交戦していたが、戦闘が続けば実弥の邪魔になると判断した爆豪が戦闘を中断して早いところ拘束するように言い放った。結果、今のように死柄木を地面に這いつくばらせ、手を動かせないようにしっかりと固めた上で拘束するに至る。

 

「くそっ……!くそっ!なんで、あんな刀一本簡単にへし折れねえんだよ!?何をやってやがるんだ、脳無!さっさと傷だらけのガキを殺せよ!」

 

 自身が身動きを取れない状況と、脳無がたかが学生を相手に互角の戦いを強いられている状況。その二つに苛立ちを覚える死柄木が叫ぶも、状況は変わらない。癇癪を起こす彼に反し、黒霧は冷静に分析していた。

 

(あの少年、刀の類の扱いに慣れている……!?学生の身だというのに!先程の突然風が巻き起こった現象といい、傷だらけの少年の風貌といい、散らす前の(ヴィラン)慣れした態度といい……。まさか、彼が……!?)

 

 黒霧の中に(よぎ)る可能性。それが事実ならば、どう考えても今の自分達に勝ち目はない。密かに、雄英に襲撃を仕掛けたことを後悔している自分がいた。

 

「凄え……!凄えぞ!?どうなってんだよ、不死川の奴!見えるかよ、爆豪!」

 

「…………」

 

(奴の動きがほとんど見えねェ……クソが……!)

 

 (ヴィラン)を拘束しつつ、戦闘を見守る他ない切島と爆豪の内心を埋め尽くすのは、驚嘆ばかり。――爆豪の場合は、怒りもあるらしいが――

 直に対峙していない彼らでも、脳無がオールマイトを殺す算段だというのは察しがついている。そんな相手とクラスNo.1の実力者が渡り合っているときた。

 

「……うん。駄目だ、全然目で追えねえや」

 

 目をカッと見開いて目の前で繰り広げられている激戦を見た後に苦笑する切島を他所に、爆豪は見えないなりに戦闘を観察しながら思考する。

 

(相手がオールマイトを殺す為の算段っつーことは、スペックもそれ並みってことだ。あの傷顔、それと顔色一つ変えずに渡り合ってやがる。攻撃一発分のパワーは流石にオールマイトが上だろうが……攻撃と移動速度はあの人に匹敵か、良くて凌駕ってことか……)

 

 要するに、本気を出しさえすれば、この実力をいつでも引き出せる。あまりの実力差に愕然とする自分もいたが、それ以上に腹立たしい。

 

「……全力でやりゃあ簡単に潰せるから、普段は加減してるってことかよ。クソッ、ナメやがってェ……!」

 

 歯を食いしばりつつ小さく吐き捨てた一言は、彼自身の耳以外に届くことはなかった。

 

 そうこうしているうちに、力と力を押し付け合う状況が変化した。

 突如、実弥が脱力し、低い姿勢で脳無の間合いの内側に潜り込んだ。すると、体重を乗せて腕を押し付けていた影響で脳無の体勢が崩れる。実弥はその隙を見逃さず――

 

 

 

シィアアアアアアアア……!!!

 

 

 

 ――二振りの斬撃を放つ。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)――昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)

 

 

 

 前方を薙ぎ払うように鉄刀を振り上げ、続け様に頭上に構えた鉄刀を振り下ろす。文字通り、たった二振り。それだけで天高く竜巻が巻き起こった。それは斬撃を伴いながら、砂塵を激しく巻き上げる嵐の如く脳無に吹きつけ、その身体を連続で斬りつける。

 

「っっ!!?た、竜巻!?」

 

「どうなってんだよ……!たったの二撃で竜巻を巻き起こしやがった!!?涼しい顔でオールマイトみたいなことしやがって!!!」

 

 拳一つ振るって風圧を叩きつけたり、地面を殴りつけて上昇気流を巻き起こすオールマイト。彼を彷彿とさせる芸当を顔色変えずにやってのける実弥を前に、黒霧も死柄木も渾身の一撃で激しく脳を揺らされたかのような、かつてない衝撃を受けていた。

 

 一方、斬撃を伴う砂嵐を浴びせられた脳無の身体には、大量の傷が刻まれていた。

 

 ダメージを負ったことに気がつくと、脳無は再生を試みる。しかし、そんな時間など微塵も与えない。

 瞬く間に傷が塞がっていく光景を目にした実弥が間髪入れずに鉄刀を構え、技を放った。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)――爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)

 

 

 

 同時に打ち下ろされた、4つの斬撃。それが龍の鋭利な爪を思わせる鎌鼬となって、脳無の両眼を潰し、両肩を斬り裂く。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(いち)(かた)――塵旋風(じんせんぷう)()ぎ!!!!!

 

 

 

 締めに、地面をも抉り抜く凄絶な旋風が吹き抜け、脳無の腹部を抉り斬った。

 視界が突然不明瞭になったに加え、腕の感覚が無くなり、あったはずの腹部の感覚がない。

 ――訳が分からない。

 多大なダメージが瞬く間に叩き込まれたことによって、脳無自身が情報を処理し切れずに再生の発動が遅れてしまっていた。

 

 それでも、このままでは自分がやられる、と生物としての本能が感じ取ったのだろう。再び脳無が再生を試みて、その傷を負った肩口から筋繊維が生えてくる。風穴の開いた腹部に肉が形成されていく。傷ついた両目を怪力で無理矢理引きちぎり、新しい目を再生で作り出そうとする。

 とにかく連撃を叩き込んだことで、再生速度は確実に遅れたはずだが――

 

(キリがねェな)

 

 脳無の再生を抑え込むには火力が足りない。やはり、相手を傷つけることなく制圧することを考えた武器では、目の前の人間を卒業した化け物を抑え込めない。このまま再生を続けられていてはこちらが負けると悟った実弥は、肉薄してくる脳無の乱打を相殺しつつ、懸念を振り払う為にわざと声を張り上げた。

 

「うぜェ再生力だなァ、おいィ!流石はオールマイトを殺してやると宣言するだけはあるぜェ!そんなご自慢の人形がどんなスペックをしてやがんのか……教えてくれよ、手だらけ男さんよォォォ!!!」

 

 既に死柄木の人格をある程度理解してしまった実弥が、死柄木を挑発するように叫ぶ。彼の叫びを聞いた死柄木は、顔を覆う手の下でニヤリと笑い、冥土の土産に教えてやると言わんばかりに愉快そうに語り始めた。

 

「良く聞いてくれたな。そいつは改人"脳無"。オールマイト殺しの為に造られた俺達の切り札だ!オールマイトのパワーから繰り出される一撃をも吸収出来る"ショック吸収"。そして、凡ゆる攻撃で受けたダメージを無かったことにしてしまう"超再生"を併せ持つ!学生のお前なんぞの攻撃が通じる訳ねえだろ!」

 

 高笑いする彼を他所に、実弥は脳無を蹴り飛ばしながらほくそ笑んだ。

 

(馬鹿が!所詮は精神年齢がガキの子供大人って訳だなァ!!!)

 

 鬼並みの再生力を持つ理由が明らかになった。"個性"の複数持ちという有り得ない状態であることが分かった。

 これで確信した。相手が人間を卒業した化け物であることを。

 実弥は、不敵な笑みを浮かべ、目を血走らせながら遂にその腰に携えていた真剣を鞘から引き抜いた。

 

「ありがとな、手だらけ男さんよォ。テメェがどうしようもねェ馬鹿だってのは良く分かったァ!自分の切り札の全貌を自慢するようにバラすなんざ、馬鹿の所業だぜェ!!!こっからは……()()()()()

 

 再び挑発するように実弥の言い放った言葉に、死柄木が苛立ちで身を震わせる。

 

「やれるもんならやってみろよ、ガキが!脳無、お前の恐ろしさを思い知らせてやれ!」

 

 苛立ちに身を任せ、叫ぶ。言われなくてもやってやるよォと言わんばかりに、実弥が真剣を振り抜いた。真剣を用いてこそ、実弥の真価が発揮される。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(さん)(かた)――晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 

 

 刹那、実弥の周囲に旋風の渦が逆巻き、脳無を連続で斬りつけた。実弥の嘆きを乗せた一撃は、ようやく再生を終えた脳無の肉体……その全体をボロボロの状態で上書きしてしまった。

 

 またも再生しなければ。しかし、何処から再生すればいい?と悩んでいるかのように、脳無がボロボロになった自分の肉体のあちこちを見回している。思考のない人形とは言えど、この短時間で押し寄せた情報量が多すぎて、それ自身の情報処理能力が傷の位置と自身のダメージという情報を捌き切れていなかった。

 だから、再生が止まる。それ自体の動きも止まる。

 

 ――生じた大きな隙。そこに実弥は容赦なく怒涛の連続攻撃を叩き込んでいく。

 

「オラァ''ァ''ア''ア''ッ!!!!!」

 

 憤怒に満ちた叫びと共に、大荒れの天気の中で延々と吹きつける強風の如く、鎌鼬状の風が脳無に押し寄せる。鎌鼬が何十、何百体もの猛獣の爪の如く、命を粗末に扱う化け物に襲いかかり、切り裂く。

 

 切り裂いても切り裂いても物足りない。粉微塵になるまで刻んでやろうと言わんばかりに、何度も何度もその皮膚を、再生しかけていた部位を切り裂きまくる。

 ……脳無の再生速度が徐々に衰えていく。正確に言えば、再生したところに更なる傷が刻みつけられ、再生をなかったことにされている。真剣を用いた実弥の攻撃速度が、その再生速度を凌駕してしまっていた。そして、もう一つの''ショック吸収''も通用しない。

 何故なら……この脳無がオールマイト対策の兵器で、超パワーの打撃による攻撃を想定していた個体だから。斬撃を用いる、彼並みの相手がいることなど微塵も予想していなかったのだ。全てが水の泡だった。

 

「な、何かよく分かんねえけど……チャンスじゃねえか!?」

 

 動きを止め、ただただ実弥の斬撃を受ける脳無を見るなり、顔を明るくさせて、爆豪を見る切島。彼に顔を向けることなく、爆豪は叫ぶ。

 

「傷顔!とっとと脳味噌野郎をブッ殺せ!!!」

 

 彼が叫んだ瞬間、実弥は行動で答えた。「テメェに言われなくても分かってらァ」と言わんばかりに旋風を纏いながら、鎌鼬を防ぐ為に動きを止めている脳無に猛然と迫る。

 

 先程の連撃は、闇雲に繰り出された訳じゃない。再生を阻害することと、弱点の看破。その二つの役目を果たした。弱点を斬りつけた瞬間、再生力が大きく衰え、脳無が大きく体勢を崩しかけていた。実弥の目は、そこを見逃してなどいなかった。

 

 脳無の弱点。それは――

 

(その無防備にも剥き出しになってやがる脳味噌だッ!!!)

 

 刀を引き絞るように構え、更に速度を上げる。実弥の纏う旋風が勢いを増し、激しく地面を抉る。全身全霊を()って繰り出す壱ノ型。その威力を、刀の(きっさき)一点に集中させた。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(いち)(かた)''(かい)''――塵旋風(じんせんぷう)穿孔(せんこう)ッ!!!!!

 

 

 

 激しい旋風を纏った超音速の突きが、狙いを定めた対象を抉り抜くような動きと共に繰り出される。その一突きは、見事に脳無の剥き出しにされた脳味噌を捉え――その右半分を抉り抜いた。

 

 旋風が晴れ、全てが露わになる。死柄木達の目に映ったのは、白目を向いて脳味噌の右側を抉り抜かれた脳無の姿と、刀の刃に飛び散った体液を払う実弥の姿だった。

 静寂が流れ、身体中に傷を残した脳無が地面に倒れ込む。黒霧は、絶望に声を震わせながら呟いた。

 

「死柄木、弔……。脳無が機能を停止しました……。脳無は、どれだけ強力な個体であろうと、共通して剥き出しの脳が弱点なのです……。その弱点を半分も抉り抜くような攻撃を喰らえば、もうどうしようもありません……」

 

 事実、実弥の繰り出した一撃によって、脳の大部分に物理的損傷を負った脳無は、脳細胞が壊死して活動を停止してしまっている。

 学生1人に脳無が、自分達の切り札があっという間に潰されてしまった。信じたくない現実に死柄木は子供のように錯乱する。

 

「は……!?折角、虎視眈々と計画を練ってここまでやって来たってのに!先生が造ってくれた最終兵器なのに!俺達の切り札が、学生1人に簡単に潰されるなんて……信じてたまるか!」

 

 精神年齢の低い大人の振る舞いを見せる死柄木を、こんな奴が(ヴィラン)のボスなのかと言いたげに呆れた瞳で見つめる実弥、爆豪、切島の3人。そんな彼らの耳に、大きな破壊音が聞こえてきた。まるで、何かを殴り飛ばしたかのような強烈な音。それが聞こえた次の瞬間、土煙が巻き起こって地面が揺れた。

 そして――生徒達の多くが待ち侘びた、希望の声が届く。

 

「みんな、もう大丈夫。何故って?私が来た!!!」

 

 自身を覆う土煙をその剛腕で振り払い、戦士が姿を現した。アメリカンな濃い画風の顔付き。Vサインを彷彿とさせる前髪が特徴の、オールバックにした金髪。鍛え抜かれた筋骨隆々な巨躯。その顔に浮かんでいるのはいつもの笑みではなく、怒りだという違いこそあれど、間違いなく、我らが平和の象徴……オールマイトだった。

 

「オールマイト殺しの算段は聞いたし、殺させまいとここに来たが……もう全部終わっちまってたみたいだな」

 

 それと同時に、白い吐息を吐きながら轟も広場に駆けつける。そんな2人の姿を目にした爆豪は、キレ気味に吐き捨てた。

 

「ケッ、もう全部終わっちまってんだよ!半分野郎とオールマイトの出番はねえ!」

 

「まあまあ、そう言うなって!ヒーローは遅れて駆けつけるとも言うし、飯田が間に合ったって証拠だし、来てくれただけでありがたい話じゃねえか!」

 

 2人に怒り心頭な爆豪を切島が(なだ)める。元気ありげな彼らを見てホッとしつつ、オールマイトは実弥の隣に立った。

 

「不死川少年、ここまでよく頑張ってくれた。本当にありがとう」

 

 礼を言われた実弥は、軽く会釈しながら言葉を返す。

 

「恐縮です。……ですが、完全には守りきれなかった。相澤先生に重傷を負わせてしまった」

 

 守りきれなかったという彼の言葉を、オールマイトは笑みを浮かべて否定する。

 

「そんなことないさ。君のおかげで相澤君の命があるし、私もここに駆けつけられた。経緯は飯田少年から聞いてるよ。もうじき、援軍も到着する。……誇りなさい。元々ここにいた23人の命を、君は守り抜いたんだからね」

 

 「後はプロの私に任せておきなさい!」とサムズアップしながら歩み出るオールマイトの背中に、実弥は頼もしさを覚えていた。

 悔やみ、反省することは確かに大切だ。だが、もっと前を向いたって良いのかもしれない。自分の後ろに背負った人々を安心させられるように、前向きになるべきなのかもしれない。そう思えた。

 

「さあ……(ヴィラン)よ。大人しくしたまえ!君達はここで捕らえる!もう逃げられんぞ!!!」

 

 オールマイトが平和の象徴としての覇気を発しながら、切島達に拘束されている死柄木達に向けて告げる。

 絶望的な状況でラスボスが降臨した。死柄木にとっては、まさしくクソゲーだ。最初の最初なのに、負けイベントで屈辱を味わうことになるクソゲー。彼は、それを遊ばされたことに激昂する。

 

「ふざけやがって……!お前ら全員嫌いだ。初手からクソゲー遊ばせやがって……!理不尽にも程があるだろ!本っ当にふざけてやがる!嫌いだ、嫌いだ!ヒーローが溢れ返ってやがる今の社会も!お前らも!死ね……!死ね!死んじまえぇぇぇ!!!」

 

 憎しみに満ちた叫びが轟く。懲りない奴だと呆れ果てた実弥の鼻が――腐ったような臭気を捉えた。

 それに違和感を覚え、(にお)いのしてきた方向を向く。爆豪と切島の背後から突然噴き出る、黒い液体。臭気の原因となっているそこから、青白い肌の腕が二つ伸びてきた。

 

(させるか!!!)

 

 その腕の狙いが、黒霧と死柄木をそれぞれ拘束する爆豪と切島だと察すると、実弥は誰よりも速く飛び出した。

 その青白い腕が振り下ろされるよりも前に、切島と爆豪を担いで後退する。

 

「……は?」

 

「え、不死川?」

 

 突然の出来事に爆豪と切島も困惑している。2人の反応を他所に実弥は、乱暴に彼らを轟の方へと放り投げた。そして、困惑し続ける切島と轟、それに「何しやがんだ!」と激怒する爆豪を他所に、刀を構えながら言い放つ。

 

「オールマイト先生!来ます!」

 

「ああ、分かっている!」

 

 オールマイトも、実弥と同時に黒い液体から伸びていた腕を睨みつける。その腕が空を切ると、何もいないことを察したのだろう。その腕の持ち主が、黒い液体から歩み出て、姿を現した。

 その姿は、間違いなく脳無のそれだ。だが、実弥が倒したものとは大きく見た目が違う。

 

 肌は病的な程に青白く、瞳が血のように紅い。髪一つも生えていなかった先程の個体と違って、今度は群青色のサラサラとした髪を生やしている。その口元からは獣のそれと同じくらいに鋭い牙が顔を覗かせる。爪は血に染まったように紅い上に鋭く、巨大な翼が生えていて、その肉体の周囲を薄く黒い膜が覆っている。何よりも特徴的なのは、その脳無は女体である上に、首元にスピーカーを下げていることだった。

 

 その脳無が死柄木と黒霧を守るように立ち塞がると同時に、スピーカーから声がした。

 

『弔、黒霧。無事かな?これはあくまで事前に録った音声だから、無事だと仮定した上で話をさせてもらうよ。そうでなかったら、その時はその時だね。取り敢えず、君もそこにいると思って、挨拶といこうじゃないか。――随分と久しぶりだね、オールマイト。今の君の姿を見られないことがとても残念だよ』

 

「ッ……!?その声……!何故生きているんだ、オールフォーワンッ!!!!!」

 

 刹那――誰一人として聞いたことのない、オールマイトの怒りに満ちた叫びがUSJ 中に轟いた……。




最後の最後に2体目の脳無登場という衝撃の展開をブチ込みましたが、USJのお話は次回で終わりになります。(予定)
次回、衝撃の事実が明らかに……?楽しんでいただければ幸いです。
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