疾きこと風の如く   作:白華虚

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2021/12/2
指摘をいただき、飯田君の発言を修正しました。

2021/12/4
すみません、アンケートを取らせてください。アンケートの内容は、後書きにある通りです。
「省いてほしい」を選んだ方は、実弥さんの過去を全員が知るタイミングはどこがベストかなど、改善案を活動報告欄に記入してください。
1週間ほどの期間を設けますので、ご協力お願いします。
〜追記〜
今後、新しい話を投稿するにあたって、アンケートの内容を微修正しました。アンケートの伸びが良くなく、十分に意見を集えないと判断した為です。ご迷惑おかけしますが、改めてご協力お願いします。期間は2週間ほどに伸ばします。

2021/12/18
実弥さんの過去を明かす場面を省き、セリフなどを変更しました。

(PM15:09時点)
アンケートを締め切りました。ご協力ありがとうございました。結果は、前述している通りです。今のままが良かったという方、申し訳ございません。また、修正前で不快な思いをなさった方にも改めてお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。


第四章 雄英体育祭
第三十話 体育祭の報せ


 USJ襲撃事件の翌日、雄英は臨時休校となった。事件によって、肉体的にも精神的にも蓄積した疲労を回復出来る機会ではあったが、誰一人として気が休まることはなかった。

 本当の(ヴィラン)の恐ろしさを知った。実弥の歩んできた過酷な人生を知ってしまった。平和の象徴が取り乱すのを目撃してしまった。何も知らない者は、それはそれで何があったのかと気になって仕方がない。

 気が気じゃない中で休日を過ごした者が殆どだった。

 

 そんな天下の雄英が(ヴィラン)の襲撃を許してしまったという前代未聞のニュースは、凡ゆる場所で、凡ゆるチャンネルで大々的に扱われた。街中の大型モニターでも、一日中報道されていた程だ。

 

『昨日、雄英高校ヒーロー科の災害救助訓練施設で生徒達が(ヴィラン)に襲撃を受けた件の続報です』

 

 アナウンサーの淡々とした声と共に、事件の続報が報道されている。街中を歩く誰もが足を止めてニュースに注目していた。

 実際の事件の現場。それと、事件を乗り越えて校舎に戻る、昨日のA組の生徒達の顔が映し出される。その中の1人……傷だらけの白髪の少年を見て、誰かが目を輝かせた。

 

「……!」

 

 その誰かとは、金髪の少女だった。その黄色い瞳に宿る輝きは、他人に一目惚れした時のそれそのもの。彼女は、顔を紅潮させながら――笑った。

 

「……見つけちゃいました。私の運命の人……!」

 

 少女の口元から、鋭く尖った犬歯が見つけた獲物を付け狙うかのように顔をのぞかせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時休校の翌日。A組の生徒達は、気が気じゃない中で登校した。教室の中は、当然ながら雰囲気が重々しく、空気が淀んでいる。和気藹々としているはずの教室が、シンと静まりかえってしまっていた。

 

 援軍を呼びに行っていた影響もあって、何も知らされていない飯田が困惑を露わに小さい声で蛙吹に尋ねる。

 

「あ、蛙吹君……。本当に何があったんだい……?皆、一昨日からこの調子のようだが……」

 

 尋ねられた蛙吹は、実弥の方をチラリと見た後で考える素振りをし……数秒してから、ようやく口を開いた。

 

「飯田ちゃんは、先生方を呼びに行っていたから何も知らないのよね……。でも……私達から言えるようなことじゃないわ……」

 

 そこに、麗日も沈み気味で付け加える。

 

「そう、だね……。少なくとも、他人の私達じゃね……。聞くなら、不死川君本人の口から聞くべき、やと思う……」

 

「……そうか……。すまない、余計なことを聞いて……」

 

「飯田ちゃんは悪くないわ。お友達なら、知りたいと思って当然だもの……」

 

 彼女達の様子を見ては、飯田もこれ以上は何も言うことが出来ず。余計に気が気じゃなくなったのを自覚しつつ、黙り込むしかなかった。

 

(……これ以上ねェくらいに気まずいぜ……)

 

 そして、こうなった原因が自分であることを察している実弥も、ため息混じりに自分は何をやっているんだ、と気まずさ全開で頭を抱える。

 皮肉な経緯で自分がクラスメイト達に強く信頼されているのを実感し、自分の甘さを実感するのであった。気まずさと不甲斐なさ全開の実弥を「大丈夫だよ」と撫でながら慰めるエリこそ、彼の大きな心の支えである。

 

 そんな状況で、ガラリと音を立てながら教室の戸が開く。

 

「おはよう」

 

 と、ぶっきらぼうな挨拶をしたのは、包帯人間のような有様となった相澤の姿だった。

 

(((((あ、相澤先生復帰早え……!)))))

 

 重傷を負いながらも、事件の2日後から出勤するとはとんでもない精神力だ。大方、無事とは言えない包帯だらけの担任の姿に驚愕しつつ、そのプロ過ぎる振る舞いに誰もが脱帽した。

 相澤が無事(?)だったことを喜ぶ蛙吹の発言に「婆さんの処理が大袈裟過ぎるんだ」と愚痴るように返した相澤は、包帯の下で目つきを鋭くしながら言葉を発する。

 

「俺の安否なんかどうでもいい。……まだ戦いは終わっていないぞ」

 

 その発言に気を引き締める一同。まさか、(ヴィラン)の残党がいたのか、と警戒心を最大限に引き上げたり、動揺したりと様々な反応を見せるが……予想は裏切られた。

 

「――雄英体育祭が迫ってる」

 

(((((クソ学校っぽいの来た……!)))))

 

 第二の学校らしい行事に、生徒達の喜びが一気に引き上げられる。本来なら、ガッツポーズを取りながら、高らかに歓喜の声を上げたいところではあっただろう。だが、実弥やオールマイトの件で心が沈んでいるせいで、そうすることは叶わず。心の中で喜ぶだけに留まった。

 

 嬉しくない訳ではないが、生徒の一部から待ったの声がかかった。(ヴィラン)に侵入されたばかりで体育祭をやって、本当に大丈夫なのか、と。

 当然だ。再び襲撃を受けたりしたら、たまったものじゃない。しかも、体育祭は規模が規模。もしものことが起こったら、民衆をも巻き込むことになってしまう。今度こそ対応しきれないだろう。

 その意見を受け、相澤はすかさず言った。

 

「確かにその通りかもな。だが、逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい。警備も例年の5倍に強化するそうだ。何より、ウチの体育祭はお前らにとって、将来を掴む為の最大のチャンス。(ヴィラン)如きで中止していい催しじゃない」

 

 雄英体育祭。今や、日本のビッグイベントの一つとなったものだ。かつては、オリンピックがスポーツの祭典として催され、全国が熱狂した。だが、''個性''の発展に従って規模も人口も縮小し、形骸化してしまった。雄英体育祭は、そのオリンピックに取って代わるほどのビッグイベントらしい。

 単なる高校の体育祭とは規模が格段に違い、全国のトップヒーローがスカウト目的で試合を観覧する。つまりは、ヒーローの卵達にとって最大の自分をアピール出来る場なのだ。

 将来性をアピールして、名のあるヒーロー事務所に入る。そうすれば、自ずと経験値と話題性が高まり、将来を切り拓くことが出来る。まさしく、一世一代の大逆転すらも狙えてしまう大イベント。

 

 雄英の先輩で知り合いがいる実弥も、そういう話は常々聞いていた。実際、そのような大逆転を狙う人もいたようだし、それを成した人もいる。

 誰もが全力で頂点を目指す。生半可な覚悟で挑めば、易々と蹴り落とされる。

 

(……沈んでばかりじゃいられねェな)

 

 実弥も鋭い瞳で万全の態勢で挑むことを決意した。

 

「とまあ……そういう訳だ。年に1回、計3回だけのチャンス。ヒーローを志すなら、絶対に外せないイベントだ。上に行きたきゃ、準備を怠るなよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 決意を露わにした表情で返事をした生徒達をぐるりと見渡す相澤。彼の仕草に、生徒達は首を傾げる。2回ほど同じことをしたところで、相澤は再び口を開いた。

 

「それよりも、お前ら。朝から葬式状態だが、どうした……?」

 

 尋ねられた生徒達は、息が詰まる感覚を覚えた。相澤も、その肌で明らかに空気が重くなったのを感じ取る。不安そうにA組の一同を見渡すエリをチラリと見つつ、早くこの雰囲気を消し去りたいところなんだが……と思いつつ、待っていると……。

 飯田が口を開いた。

 

「……不死川君に、何があったのかを知りたいんです。それに、オールマイトもとても取り乱されたと聞いて……」

 

 彼が声を上げたのに続いて、実弥の過去を聞かされた当時にUSJの入り口付近に居なかった生徒達も同じくして声を上げていく。

 

(……成る程な)

 

 彼らの声を聞いて、相澤も納得がいった。相澤も相澤で、後からオールマイト本人や、実弥の過去をその場で聞いていた13号から話を聞かされたことで状況はある程度把握をしていた。クラス最強の男や、平和の象徴の見たこともない一面を知れば、こうなるのも無理はない。

 

「オールマイトさんのことに関しては、本人から口止めされているからな。俺からは何も言えん。それと……不死川のことに関しては、俺も知ってる。だが、俺から言うべきじゃない。聞きたきゃ本人から聞くべきだ。ただし、一つだけ言っておく」

 

 そこまで言うと、相澤は包帯の下で鋭く眼光を放った。そうして、生徒の一人一人の表情を見渡しながら続ける。

 

「不死川の過去と今回の事件で明らかになったことは、お前らにとって残酷過ぎる話だぞ。はっきり言って、卵でしかないお前らには重過ぎる。……今聞くことはおすすめしない。アイツの話を聞くのは、社会の残酷さを知ることだ。折角の体育祭にそれを知った時のダメージを残してほしくないと俺は思っている」

 

 今の調子を引きずって体育祭に悪影響が出るのも、勿論合理的じゃない。だが、この調子にダメージが重なって更に調子が悪くなるのもそれはそれで非合理的だろう。相澤としてはそう考えている。

 その言葉に俯く生徒達。彼らを眺めて心苦しさを覚えるも、これも生徒の為だと思い、彼は言った。

 

「……それぞれ思うところはあると思う。だが、今はどうか体育祭に集中してほしい。成果を残せるくらいに強くなって、不死川から直接話を聞き出す。有名な事務所から何としても指名を勝ち取る。他の誰かに自分の存在を知らしめる。理由は何でも良い。そこに向かって死ぬ気で頑張ってこい。まあ、話すも話さないも最終的に不死川次第ではあるんだが……。俺が言いたいのは以上だ」

 

(……強くなれ。どれだけ残酷な事実を突きつけられても立っていられるように)

 

 言いたいことを言い終えると、相澤は教室を去る。無情な一言にも思えるが、教室のドアを閉める寸前の彼の瞳には優しさが込められていた。

 

 沈黙する教室。言葉を発する気になれず、黙り込む生徒達。そんな気まずい沈黙を破ったのは実弥だった。

 

「無理は言わねェが……切り替えていこうぜ。皆もそれぞれなりてェ自分ってのがあるんだろ?俺なんざのことを知ろうとしてくれんのはありがてェが、俺のことで色々と引きずらせるのも不本意だからなァ」

 

「お兄ちゃん……」

 

 1人、席を立つ実弥。エリは、その背中をどこか辛そうに見つめていた。

 

「不死川……。本当に、大丈夫か……?」

 

 実弥の背中を切島が呼び止める。実弥を心の底から思いやり、心配している顔つきだった。そんな顔をさせているのが申し訳なくなりつつも、実弥は微笑んだ。

 

「俺のことは心配すんなァ。……とっくに覚悟は決めた」

 

 この空気感になる原因が自分にある影響もあって気まずいのか、それだけを言い残すと実弥は教室を出て行く。エリもオロオロとしつつも、実弥のクラスメイト達に一礼してから、その背中を追っていった。

 

 きっと、今の自分達じゃ受け止めきれない。そう解釈されたのだろう。友として、彼の思いを知りたかった。彼の口から直接聞きたかった。その決めた覚悟を一緒に背負いたかった。なのに……そうさせてくれなかった。

 

 それを察した瞬間、クラスメイトの多くが己の弱さに対する不甲斐なさや悔しさで体が焼けつくような音を聞いてしまった……。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 廊下を1人歩く実弥の背中をエリが呼び止める。その声に振り向き、実弥は必死で駆け寄ってくる彼女を抱き止めた。

 

「どうした?」

 

「……忘れないで。私は戦えない。守られてばかりで頼りない。でもね、心で一緒に戦うことなら出来るんだよ。お兄ちゃんの辛いことは一緒に背負ってあげられる。辛くなったら言ってね。私はずっと……お兄ちゃんと一緒にいるから」

 

 想像以上に心の強くなっていたエリの優しさが、実弥の心に染み渡る。昔からそうだが、兄の思う以上に弟や妹は心が強いらしい。竈門炭治郎と竈門禰豆子。あの兄妹もこんな風に互いが互いを守り、支え合っていたのだろう。

 

「……ありがとなァ」

 

 そんな彼女の心の強さも、本来あり得ないものであるはずなのだ。あの日の事件が、彼女をここまで強くした。もう二度と同じ思いはさせない。せめて、彼女が異形と化した家族と出会うことのないように、自分が全て終わらせよう。実弥は、固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼休み。募ったマイナスな感情を何とか振り切って、今は必死で体育祭に向けて頑張り、少しでも良い結果を残そうと誓った生徒達だったが……。

 

「不死川君、飯田君、デク君……!頑張ろうね、体育祭……!!!」

 

 その中でも、特に分かりやすくやる気を漲らせていたのは、麗日であった。眉を吊り上げ、緊張気味ではあるが爆豪さながらの不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……!?お、おう……」

 

「麗日君!?一体どうしたというんだ……!?」

 

「顔がアレだよ、麗日さん!?」

 

「どしたの?いつもと違って全然うららかじゃないよ、麗日」

 

 戦闘民族のような見たこともない表情の彼女に圧倒される一同。実弥も同じくして圧倒されていたが、それと同時に紫色の禍々しい闘気のようなものを発する彼女から、体育祭に対する人並みならぬ決意を感じ取っていた。

 そこに興味を持ったのは緑谷と飯田も同じだったらしく、尋ねてみると……。

 

「お、お金!?お金が欲しくてヒーローに?」

 

「うん、究極的に言えば……」

 

 お金を稼ぎたくてヒーローを目指しているという意外な答えが返ってきた。

 実弥のこともあって、余計に動機の不純さを恥じている彼女に詳しいことを聞いてみると、実家の事情が関わっているらしい。

 曰く、麗日の実家は建設会社を営んでいるとのこと。しかし、肝心の仕事が中々舞い込まず、歯に衣を着せぬ言い方をしてしまえば、貧乏なのだそうだ。

 

 麗日の"無重力(ゼログラビティ)"ならば、上限こそあれど、許可さえ取ればどんな資材でも浮かすことが出来る。つまり、重機が要らなくなってコストが削減し、家族に貢献出来る。

 幼い彼女自身もそのことに気が付き、実家に就職して手伝いたいと進言したのだが……彼女の両親は、それを断った。親としては、娘が夢を叶えてくれた方が何倍も嬉しい。そう言って、気持ちだけを受け取った。

 

 そんな風に言ってくれた両親に報いたい。家族に苦しんでいてほしくない。だから――

 

「――私は絶対ヒーローになって、父ちゃん、母ちゃんに楽させたげるんだ!!!」

 

 凛とした表情で麗日は言い切った。

 

「ブラーボー!麗日君、ブラーボー!」

 

 堪らず、飯田が賞賛を贈る。実弥と緑谷も感心したように彼女を見守った。

 

 お金の為にヒーローになりたい。でも、そのお金は私欲の為ではなく家族の為に。立派なことだ。この時点で、ただ単に富や名声を求める飽和社会のヒーロー達とは訳が違う。

 麗日は、必ずやいいヒーローになる。実弥はそう思った。

 

 加え、実弥は彼女を幼き頃の前世の自分に重ねた。彼とて、前世はろくでなしの父親に代わって母を支え、弟妹達を守ってきた。自分のことはそっちのけにして、家の為に働いた。家族の幸せを優先した。

 同じように、家族の幸せを願って歩む麗日だからこそ。

 

(……生きて、夢を叶えてほしいもんだ)

 

 そう願った時だった。

 

「HAHAHAHA!緑谷少年と不死川少年が……いた!」

 

 声のした方を振り返れば、笑みを浮かべて緑谷と実弥を指差すオールマイトの姿があった。突然、影から姿を現した彼に驚く緑谷、麗日、飯田。――実弥は、既にオールマイトの気配を感じ取っていた為、驚きはしなかった――

 

「どうしたんですか?オールマイト」

 

「……ご飯、一緒に食べよ」

 

「乙女や!」「乙女ですか」

 

 緑谷に尋ねられて答えたオールマイトの手には、水玉模様の布に包まれた、こじんまりとした弁当箱が握られていて、吹き出す麗日と苦笑気味の実弥は同時にツッコミを入れてしまった。

 

「そういう訳だから……ごめんね」

 

「ええよ、気にせんで行ってきて!」

 

「エリちゃんの方にも俺達から伝えておこう」

 

「おう、助かる」

 

 例の仮眠室で落ち合うことを決め、一旦、麗日、飯田と別れる。

 そして、別れ際――

 

「……麗日」

 

「なあに?」

 

「ご両親のこと、大事にしてやるんだぞォ」

 

「……!し、不死川く――」

 

 実弥は、見ている方が泣きたくなる程に優しい笑みを浮かべて、麗日をそっと一撫ですると、彼女が何かを言い出す前に立ち去っていってしまった。

 

「あ……」

 

 オールマイトと緑谷を追って歩みを進める実弥の背中が、麗日と飯田にはとても哀しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……ご用件は?」

 

 昼食をとり終えた実弥が、オールマイトに提供された緑茶を口にしてから尋ねる。

 尋ねられると、オールマイトは、数秒考えるように机の一点を見つめてから答えた。

 

「……今回呼んだのは体育祭に臨むに当たって、話したいことがあったからさ。でも、その前に……」

 

 そう呟いた次の瞬間。オールマイトが、実弥に対して躊躇うことなく頭を下げた。

 

「不死川少年……本当にすまなかった……!私が間に合ってさえいれば、君の家族が亡くなることはなかったはずなのに……!」

 

 後悔に満ち溢れた声。何とかして間に合っていれば救けられたはずの命を取りこぼした。そんな自分が不甲斐ない。普段よりも小さく見えるように思えてしまう彼から感じた感情は、ひたすらの後悔と自責だった。平和の象徴が本気で頭を下げている。そのことで、事件のことを間接的にしか聞いていない緑谷は、あの話が全て事実なのだと改めて実感してしまった。

 本当は信じたくなかった。そんな悲惨なこと、あってたまるか。そう言わんばかりに、俯いて拳を握りしめた。

 彼の行動に微かに目を見開くも、実弥は微かに笑って緑茶の注がれた湯呑みを机に置いてから言った。

 

「……もうやめませんか。お互い、自責の念に駆られて頭下げるのは」

 

「しかし……!」

 

 そうでもしなければ、己を許せない。そんな様子で、オールマイトは言い淀む。実弥は続けた。

 

「取りこぼした命のことを考えて苦しそうな顔してる平和の象徴なんて、誰が見たいと思うんです?この世に、たらればなんて存在しない。勿論、取りこぼした命のことは忘れちゃいけない。ならば、せめて……誰かの前では笑いましょう」

 

 そして、「命を落とした人の分まで」と付け加えつつ、実弥は笑った。

 

(……そうだ。何故、私は如何なる時も笑っちまって臨んでいるというんだ)

 

 笑った彼をみて、オールマイトは己の笑う理由を思い出した。平和の象徴としての重圧から、内に湧く恐怖から己を欺く為。ならば、何故そうするに至ったのか。

 答えは簡単。国を支える柱として、人々を不安にさせない為だ。自分が笑顔を失えば、人々の心は不安に包まれる。彼は、それを再認識した。

 

「……そうだな。時間は止まってくれない。私に寄り添って悲しんではくれない。私が歩みを止めている間に一体何人が脅威に(さら)されるか、分かったもんじゃない。笑ってでも進み続けなくちゃね」

 

 オールマイトが微笑む。立ち直った彼を見て、実弥と顔を俯かせていた緑谷も顔を見合わせて笑顔を交わし合った。

 気持ちを切り替えたオールマイトは組んでいた腕を組み替えてから話を切り出した。

 

「それじゃあ、本題だ。2人とも、体育祭のシステムは知っているね?」

 

「勿論です!」

 

 オールマイトの問いに緑谷が真っ先に答え、話し始める。

 サポート科、経営科、普通科、ヒーロー科。雄英の全学科がごった煮になって学年ごとに予選を行い、勝ち残った生徒のみが本選で競う形になる、学年別の総当たり戦。

 実弥も弟妹達とテレビを通して観戦した経験があるが、特に最終種目は会場の熱量が半端じゃなかった覚えがあった。

 

「体育祭は、全国に注目される場。全力で自己アピールする貴重なチャンスだ。緑谷少年、是非ともここで……未来の平和の象徴である君が来た、ということを知らしめてほしい!」

 

「僕が……!」

 

 オールマイトの言葉に、緑谷は息を呑む。同時に、彼の中に凄まじいプレッシャーが押し寄せてきた。誰もが全力で頂点を狙う場。そこに体力テストでもダメダメな結果を残してしまった自分が爪痕を残せるのか。そう考えると、不安で仕方がなくなってしまう。

 そんな彼の気持ちを察してか、オールマイトは続けた。

 

「気持ちは分かるさ。USJの件も相まって、いまいち気乗りはしないだろうし、自分の無力さが余計に響いてくるだろう。でも……やるなら、とことん頂点目指して頑張ってほしい。常にトップを狙う者とそうでない者の気持ちの差ってのは、社会に出てから大きく響くからね」

 

「「トップを狙う……」」

 

 緑谷と実弥が同時に呟く。より上を目指す向上心を持ち続ける。そうでもしなければ、競争の激しいヒーロー社会の中では勝ち残っていけない。オールマイトは、そう言いたいのだろう。

 伏し目気味な緑谷をチラリと見た後、オールマイトは言った。

 

「私がそう願うに当たってだ。不死川少年、改めてお願いする。緑谷少年を見て、彼を鍛え上げてはくれないか」

 

 思考を巡らせていた実弥は、視線を上げて口を開く。

 

「……お言葉ですが、いいんですか?師匠直々に鍛えてやらなくて」

 

 実弥の言葉に、オールマイトは頭を掻きながら苦笑して答える。

 

「恥ずかしい話なんだが……私は、教え導くことに関してはてんで駄目なんだよね。君に鍛えてもらい始めてからというものの、緑谷少年は確実に成長している。そこを見込んで、君に頼んでいるのさ。我々の秘密を知る君にしか頼めない」

 

 力強い輝きを放つ、オールマイトの青い瞳が実弥を射抜く。

 実弥には、今更断る理由などなかった。夢半ばで死なせないと決めた。やはり、友が夢を叶えるのを見てみたいと思った。一人前になるまで、とことん付き合ってやると決めた。

 

「……喜んでお引き受けします」

 

「……本当にありがとう、不死川少年」

 

 反論一つなく、頭を下げて話を承った実弥を見て、オールマイトは感謝してもしきれないと思いつつ、微笑んだ。

 

 その後、仮眠室から退室しかけた時。緑谷が思い出したかのように言った。

 

「……オールマイト。USJで貴方が取り乱した理由って……不死川君のことだけじゃない、ですよね?」

 

「……!」

 

 彼の問いに、オールマイトは時が止まったかような感覚に陥りつつ、目を見開いた。2人がやり取りを終えるまで、実弥もじっと待つ。

 未来の平和の象徴である以上、いずれは、彼も巨悪と対峙することになる。話さない訳にはいかない。それでも、今は憂いなく自分を知らしめることだけ考えていてほしい。そう思い、困ったような笑みを浮かべながら言った。

 

「……すまない。その件は、体育祭が終わった後に必ず話すよ。体育祭前の君に重い使命を抱えさせたくはない。足枷にしたくないんだ。今は、本番に向けて必死に頑張ってくれ」

 

 その言葉に一瞬残念そうな顔をしつつも、その直後、緑谷は微笑みながら言った。

 

「……分かりました、約束です。僕、やれるだけやってみます。貴方の期待に応える為にも!」

 

「ああ、期待しているよ」

 

 笑みを返し、2人を見送る。仮眠室の中には、ぽつんとオールマイト1人だけが残った。

 

「本当にすまない、緑谷少年……。まだ孵化し切れてもいない君に、私が果たすべきだった使命を背負わせることになるかもしれない……」

 

――私は、無力だ……

 

 宿敵の生存を知り、拭い切れぬ不甲斐なさに打ちのめされている彼の呟きは、静寂の中に虚しく溶けていった。




以前、感想でUSJ襲撃事件後の職員会議の模様が気になるとのご意見をいただきました。別のお話を投稿すると同時に閑話として投稿しようかなと思っておりますので、そちらが気になるという方は、今しばらくお待ちください。

三十話の実弥さんが過去を明かす部分は……

  • 省いてほしい
  • そのままでいい
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