一部セリフを修正しました。
あっという間に2週間が過ぎ、体育祭当日が訪れた。予め指定された控え室にA組一同が集まり、入場の時を待ち侘びている。
精神統一したり、軽く準備運動をしたり、会話を交わしたり……。各々なりに必要以上に緊張することがないようにと試みていた。
「全員、準備出来てるか?そろそろ入場だぞ。おまけに、俺らが1番最初だからなァ」
そう話しながら、学級委員長として開会までの流れを把握し終えた実弥が控え室へと戻ってきた。
実弥の声を耳にすると、いよいよか、と一同が息を呑んだ。周りを見渡して、大方問題はなさそうだと判断した実弥に、緑谷が話しかける。
「そういえば……不死川君。体育祭前の最後の特訓の時、途中で抜けたよね。『会わなきゃいけない人がいる』……って」
「ん?気になるか?」
「……うん。言えないなら言わなくて良いんだけど……」
彼が話すのは、体育祭前の最後の特訓……当日から2日前のこと。指先と指先を合わせながら、こちらの顔色を
「なるべく早いうちに会っておきたい人がいてなァ。本当ならもっと早く会いたかったが、ここ最近バタバタしてたろ?だから、この時期になっちまったんだよなァ……」
実弥と同じくして、体を解しながら緑谷は彼の話に耳を傾ける。
曰く、実弥は昔から諸事情であちこちの病院に関わりがあったのだそうだ。――諸事情と言うのは、ヴィジランテ時代に負った傷の治療や、''吸血鬼''の''個性''を持った妹へ血を分けて欲しいと頼み込んだことによるものが大きい――
会っておきたかった人というのは……その際に訪ねた、ある病院で出会った女性らしい。雄英への入試が決まるまでは毎日見舞いに行っていたのだが、それ以来がとても忙しく行こうにも行けなかったとか。
それでも、1ヶ月に何通かくらいの頻度で手紙を送ることは常々やっていた。実弥はそう話した。
「そっか……。もしかして、どこか体が……?」
緑谷が尋ねると、実弥は伏目になり、その女性を心の底から思い遣るかのような優しい瞳になりながら言った。
「…………いや、体っつーよりは――」
「!ごめん、配慮が足りてなかった……。もう察したから、大丈夫」
「……そうかァ」
実弥の言わんとしたことを察し、緑谷は彼の言葉を遮るようにして、咄嗟に自分の謝罪の言葉を被せた。
きっと、その女性は心を傷めたのだろう。そう察するのは難くない。
緑谷がそんな風に察したのを見抜きつつ、実弥はその心遣いにそっと感謝した。
「その人が退院出来る日が来ると良いね」
「ああ」
やり取りを交わす2人を、周りのクラスメイト達はじっと見つめていた。
「……飯田君。なんかさ、デク君の雰囲気……変わったよね」
「……確かに。心なしか、不死川君との心の距離もいくらか近いように思えるよ」
いつも一緒にいる時間が長いからか、飯田と麗日は緑谷の変化を敏感に感じ取っていたらしかった。
「なんか抜けたよな。いつものオドオドしてた感じがさ」
「分かる。一皮剥けたっつーか、自信ついたっつーか……そんな感じ?」
上鳴と瀬呂も彼の変化に驚きつつ、ヒソヒソと会話を交わす。
「何だと……!?もしや、オイラを差し置いてリア充か!?リア充になったのか!?ずりィぞ緑谷ァァァ……!!!――へぶっ!?」
「そういう感じじゃないと思うわよ、峰田ちゃん」
続けて、彼らの会話に聞き耳を立てていた峰田が血涙を流しながら言うも、蛙吹は彼の考えを否定しつつ、自分の舌で鞭の如く彼の頬を強くはたいた。
いつでもどこでもブレない峰田に呆れつつ、耳郎が言った。
「男として成長したって言うより……1人の人間というか、ヒーロー志望というか……そっちじゃない?」
「……か弱き光が、強靭な閃光へと進化を遂げつつある……と言ったところか」
相も変わらず独特な言い回しの常闇の発言が放たれるが、それを聞いた多くがその感覚に納得を覚えていた。
小心者で何一つとして取り柄のない少年が、立派なヒーロー志望になりつつある。ここ最近の緑谷に抱いたのは、そんな印象だった。
思い返せば、授業の休み時間や昼休みには、
そんなことを思いつつ、確かに成長を遂げたのであろう彼に負けられない、自分達も頑張ろう、とクラスメイト達は、より良い結果を出す為にやる気を漲らせた。
「……緑谷」
「……どうしたの?轟君」
高鳴る心臓を落ち着けるように深呼吸をしていた緑谷に声をかけたのは、轟だった。かつてなら、ビクつきながら返事をしていたところであろうが……緑谷は、平常心を保ったまま、自然と彼の方を振り仰いだ。そんな緑谷の変化に微かに目を見開きつつも、轟は言う。
「客観的に見れば、俺の方が実力は上だと思う」
「……」
「けど、お前……オールマイトに目ェかけられてるよな?別にそこを詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」
轟がしかけたのは、宣戦布告だった。寡黙な一匹狼。そんな印象だった彼が、格下であるはずの緑谷に宣戦布告を行った。意外な矛先の向き方に、一同が思わず唖然とする。実弥だけは、ここはどう返すか見せてみろォと言いたげに、緑谷をじっと見つめていた。
「おいおい、急に喧嘩腰でどうした!?直前にやめろって」
ピリつく空気の中、仲裁に入ろうとした切島であったが……轟は、肩に添えられかけた彼の手を肘で跳ね除けた。
「……仲良しごっこじゃねえんだ。何だっていいだろ」
言いたいことを言い終えた様子で緑谷に背中を向ける轟。その背中を言葉を見つけられずに一同が見つめる。沈黙を破ったのは――宣戦布告を受けた張本人。
「……轟君が何を思って僕に勝つって言ったのかは分からないけど……。いいよ、その宣戦布告……受けて立つ」
自分を見せつける。誰かの期待に応える。強い信念を宿した瞳で自分の右手を見つめ、拳を握り締めながら続けた。
「皆、本気でトップを狙ってるんだ。最高のヒーローになる為に、なりふり構わず。……遅れをとる訳にはいかない。僕は、全力で誰かの期待に応える。僕を見てくれた人達に全身全霊で報いる。その為に――」
――僕も、本気で獲りにいく
緑谷の顔付きが変化していた。強い信念を宿した緑色の凛とした瞳が、轟を真っ直ぐに射抜く。少なくとも、事ある度にビクついていた彼はもう……影も形もなかった。
「……おお」
思いもしなかった彼の変化に、轟は微かに目を見開いて圧倒された。そう一言返すのがやっとだった。
彼の顔がゆっくりと実弥の方を向く。よくぞ言った、と緑谷の宣戦布告に対して笑みを浮かべていた実弥は、すぐに笑みを消し、真剣な表情になって彼の瞳を射抜き返した。
「……お前にも必ず勝つぞ、不死川」
実弥は、それに対してたった一言だけ返した。
「俺に勝ちたきゃ、自分の全部を賭けてかかってこいィ。悔いのねェようにな」
それだけを言い終えると、「そろそろ時間だから行くぞォ」とクラスメイト達を入場の準備へと促しつつ、控え室を出て行く。
緑谷達のやり取りに影響されて、クラスメイトの多くが業火の如く心を燃やしている中……。
「……チッ!」
爆豪だけは、気に入らなそうに緑谷と轟をギロリと睨みつけていた。そして、苛立ちを隠すことなく舌打ちをすると、座っていた椅子を雑に机の下へと押しやり、入場口へ向けてズカズカと歩みを進めるのであった。
★
国立競技場並みに巨大なスタジアム。それこそが雄英体育祭の会場。
観客席をぎっしりと埋め尽くす、何万もの人。休む間もなくカメラを回す報道陣。未来のヒーロー達の入場を待ち侘びるプロヒーロー達。その人だらけの景色が、まさに開催されんとしているこのイベントの壮大さと人気さを物語っていた。
『さあさあさあ!刮目しろ、オーディエンス!!群がれ、マスメディア!!いよいよ、雄英体育祭が始まるぞ!!!この1年ステージで戦いを繰り広げる選手の入場だぜ!!!』
実況担当であるプレゼントマイクの声が会場中に轟き渡ると、観衆が一気に沸き立つ。止めどなく歓声が響くその様は、まさにお祭り騒ぎだ。
『雄英体育祭……ヒーローの卵達が我こそはとしのぎを削る、年に一度の大バトル!!どうせ、てめーらが注目してんのはこいつらだろ!?入学早々、
『ヒーロー科!!!1年A組だろぉぉぉ!?』
アナウンスと同時に会場に足を踏み入れる、実弥達……1年A組。
続け様に、彼らの勇姿をきっちりと収めようと止めどなくフラッシュが焚かれる。その眩しさに、実弥は思わず光を遮るように手を添えた。
「こんなに沢山の人が……僕を、見てるのか……!」
「適度に肩の力抜いていけェ」
「成る程、大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮出来るか。これもまた、ヒーローとしての素養を身につける一環なんだな……!」
「なんか緊張すんな……!爆豪!」
「しねェよ。ただただアガるわ」
見たこともない大人数の人に緊張で息を呑む緑谷。彼の緊張を程良く解くように軽く背中を叩く実弥。クソ真面目に狙いを分析する飯田。緊張で汗をかきつつ、それを紛らわすように爆豪に話しかける切島に、どいつもこいつも俺を見てやがれといった様子で口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる爆豪。
緊張する者こそいるが、誰一人として萎縮する者はいなかった。
A組に続き、入場する他クラスの生徒達。B組にも、A組の人気に気圧されて戦意喪失しているような者は誰一人としていない。サポート科と経営科もそれぞれのやるべきこと、果たしたいことがある為か、やる気のなさそうな者は見られない。だが、普通科は殆どがやる気無しといった様子だった。「どうせ自分達は引き立て役だから」とか、「たるい」とか、そんな声が聞こえてくる。
そんな調子でよくもまあA組の教室前に群がれたものだと実弥は呆れる。やはり、彼らは自分の後ろで守られているのが相応しい。だが、そんな中でも件の宣戦布告を仕掛けてきた紫色の髪の少年――心操人使だけは……何としてもひっくり返してやる、のし上がってやる。そんな意志を宿した力強い目でA組を見つめている。
(アイツの気持ちは本物って訳だ)
実弥は、心操をチラリと見遣りつつ、早くも彼が最終種目まで勝ち残る未来を予感していた。
こうして、1年生の全員が入場を終え、会場中に集結。生徒達の入場が終わると、1人の女性が登壇し、鞭を打ち鳴らしながら競技に移る前の最初のプログラムを宣言した。
「選手宣誓!」
艶やかな長い黒髪、体のラインがはっきりと浮き出る薄手のタイツと黒いボンテージに、赤いSMマスク。その正体は、刺激の強すぎる大人な
その美貌に、観客席にいる男衆はあっという間に頬を染め、鼻の下を伸ばす始末。
「ミッドナイト先生、なんちゅう格好だ……!」
「流石18禁ヒーロー」
「18禁なのに高校にいてもいいのか……?」
「いい!」
その刺激の強さには、生徒達も反応せずにはいられず。目のやりどころに困っていたり、観客と同じように鼻の下を伸ばしていたりと反応は様々だ。
(……相変わらず、目のやりどころに困る
実弥も実弥で目のやりどころに困り、気まずそうに目を逸らす。とにかくミッドナイトを直視しないようにと努めているようだった。
「選手代表、1年A組……爆豪勝己!」
そんなことを露知らず、ミッドナイトが選手宣誓を代表として担当することになっている爆豪の名を呼んだ。
人混みを掻き分けながら、ズカズカと歩み出る爆豪を「こいつなの?嘘だろ?」と言いたげにクラスメイト達はギョッとしながら見つめている。
「か、かっちゃんが担当なんだ……」
「まあ、公表された入試の成績上なら首席ってことになってるしな……」
未だに現実を受け入れきれないような様子で呟く緑谷と、苦情気味に呟く瀬呂。
そこに芦戸が続けた。
「意外!てっきり、本当の首席だった不死川がやると思ってた」
芦戸の声に一同が頷く。どうして、実弥ではないのだろうかという不思議そうな視線をいくつも感じつつ、実弥は答えた。
「俺は、体育祭の順位には頓着しねェ。ただひたすらに強く在り続けるだけだ。俺が戦うのは、守りたいものを守る為。そして、未来を生きる子供達に笑顔溢れる人生を届ける為。順位に無頓着な奴が本気でトップを狙いにいく奴らの代表ってのは、相応しくねェだろ。だから……俺は辞退したんだァ」
固い信念を宿した瞳で、彼ははっきりと言い切った。
そんな彼を見て、周りのクラスメイト達は何も言えなくなる。
富や名声だけを重視するヒーローが多い中で、自分よりも幼い子供達の未来を心の底から考えられる。報酬や見返りを求めず、大事な何かの為だけに強く在り続ける。並の覚悟で出来ることではない。
そんな信念を持ち続けるのは、それだけ確固たる理想が、気持ちがあるということ。きっと、本気でトップを狙う者達に負けないくらい……若しくは、それ以上の強い気持ちが。
それだけで、選手宣誓をするに相応しいはずなのに。もっと多くの人に彼の志を知ってほしいのに。
自分を卑下しないでほしい。壇上をじっと見つめる彼を見て、クラスメイト達はそう思った。
そうこうしているうちに、爆豪が登壇。壇上に用意されたスタンドマイクの前に佇んだ。
果たして、どういう宣誓をやってのけるつもりなのか……。A組の多くがソワソワとしながら、彼の背中を見守る。
頼むから、敵意を煽るようなことはしないでくれ。そう願いながら。
次の瞬間……息を吸い、爆豪が気怠げに言葉を発した。
「せんせー。俺が1位になる」
(((((絶対やると思った!!!!!)))))
(言うと思ったぜ)
結果的に、彼らの懸念は命中してしまった。予想を裏切らない彼の行動に、実弥は呆れを通り越して嘲笑した。
自信過剰とも取れるその一言に、他のクラスの生徒達から一斉に野次が飛び交う。
「調子乗んなよ、A組オラァ!!!」
「ふざけんな!!!」
「このヘドロ野郎!!!」
「せめて、跳ねの良い踏み台になってくれ」
そんな阿鼻叫喚な様子の中、淡々と首を掻っ切る仕草をすると、飛び交う野次や「何故品位を貶めるようなことをするんだ!」という飯田の声を無視して、爆豪は降壇。列の中に戻っていく。
その最中、実弥と爆豪の視線がかち合った。
(テメェは俺の手でブッ殺す)
(やれるもんならやってみやがれ)
実弥の勝利を微塵も疑わず、自身も勿論勝ち上がってみせる。そんな闘志に満ち溢れた瞳。それを見て獰猛に笑いつつ、実弥も闘志に満ちた目で返した。
自分の視線を闘志に満ちた視線で返されると、爆豪は満足そうに鼻を鳴らしながら、自分の元いた場所へと歩き去っていった。
「ふーん……随分と自信過剰だね、A組。そんな調子でいられるのも今のうちだ。僕らB組が君達を叩き潰して、のしあがってあげようじゃないか」
ふと、緑谷の耳にそんな嫌味に満ちた声が届く。自信過剰という言葉を、彼は即座に内心で否定した。
(自信過剰……?違う。以前のかっちゃんなら――)
「ああいうのは笑って言ってる。そうだろ?」
「えっ?」
内心で続けようとした言葉を実弥が引き継いだことに、緑谷は、思わず呆けた声を発した。
実弥は、手のかかる子供の成長を実感している親のような表情になりながら言う。
「昔っからの仲らしいお前程じゃねェが……彼奴のことは散々見てるからなァ。なんとなく分かるぜ」
そんな実弥を見て、普段は全く馬の合わない2人ではあるけれど、"単に馬が合わない"というだけでは終わらないのが、実弥と爆豪の関係性なんだと緑谷は実感した。
USJでの事件の後に切島からチラッと聞かされた話ではあるのだが、同じゾーンに飛ばされた2人は喧嘩腰で会話を交わしつつも、抜群のコンビネーションを披露したらしい。
(かっちゃんもだし、不死川君も……。仲が悪いようで、実は一番お互いのこと見てるんだなあ)
初めて敗北したあの日以来、爆豪は己の口で公言こそしてはいないが、少しずつ実弥を格上として、超えるべき壁として見るようになった。長年の関係性であるからこそ、緑谷は既に悟っている。
「かっちゃんは、自分のことを追い込んでる。……まあ、さりげなく僕らを巻き込んでるけど……」
「そこが、あの爆発頭らしいってところかァ」
共通して爆豪の変化を感じ取っていた2人は、顔を見合わせて苦笑した。
★
「第一種目は、
選手宣誓での一騒ぎはさておき。とうとう、今年の体育祭で行う第一種目の内容が発表された。
障害物競走。この会場に集った、計11クラスの生徒達が全員参加して、2回戦への切符の争奪戦を行う。コースは、会場であるスタジアムの外周約4km。だが……普通の障害物競走とは訳が違う。その肝は、雄英の売り文句にあった。
「――我が校は自由が売り文句!……コースを守れば、
振り向きざまに、ミッドナイトが妖艶に笑う。その表情に、生徒達は思わず息を呑んだ。
競技中にいくつもの試練が、波乱の展開が待ち受けているに違いない。そう予感せざるを得なかった。
「最初の位置どりから競技は始まっていると言っても過言ではないわよ!さあさあ、位置につきまくりなさい!!」
その後、鞭を振り払うミッドナイトに促され、自分こそが一番になるんだと一斉に場所取りに向かう。我先にとスタート地点に少しでも近い場所に人の波が押し寄せ、そこはあっという間に通勤ラッシュの時間帯の電車同然の混沌とした状況になってしまった。
その光景を目にした実弥は、スタート直後の混乱を予測し、敢えて後ろの方に陣取ることを決めた。――他は、大概が颯爽と先頭を位置取っていたらしいが――
そんな実弥だが……ふと振り返ると、ミッドナイトが手招きをしているのが目に入った。
競技前だと言うのに、何か用事があるのだろうか。疑問に思いつつも、促されるままに彼女の側へと歩み寄った。
「競技前にごめんなさいね、不死川君。急で悪いんだけど……お願いしたいことがあるの」
「お願い……ですか」
実弥が
すると……ミッドナイトは、金属製の腕輪のようなものを取り出した。
疑問符を浮かべながら、実弥が再び呟く。
「……?腕輪……?」
「詳しいことは、今からちゃんと説明するわ」
思ってもみない様子で硬直した実弥に、こうなっても仕方ないかと苦笑しつつ、ミッドナイトは付け加えた。
曰く、体育祭前の職員会議の中で、実弥に関しての議論があったらしい。雄英体育祭は、生徒達が結果を出す為の舞台であるだけでなく、多くの観衆を楽しませるエンターテイメント的な一面もある。故に、他の生徒と比べて逸脱した実力を持つ実弥の無双で終わらせてしまうと、観衆を冷めさせかねない。
きっと、彼らが望むのは白熱した戦い。多くの人の目に付く以上、そこのエンタメ的な一面を考慮するのも仕方がないと言えば仕方がない話だ。
結果……最終種目を除き、実弥にはハンデを設けることになったとのこと。――ハンデを貸す理由は、勝負の面白さだけではなく、ハンデによって課せられる理不尽を覆す実力を目撃したことによる熱さを利用する点もあるのだろう――
「――それで、これを付けてほしいって訳なの。サポート科の子に作ってもらった超圧縮重り。不死川君の体重のだいたい4分の1の重量分をね」
金属製の腕輪のようなものの正体は、重りだったようだ。「……お願いしてもいい……?」と、改めて控えめに尋ねるミッドナイトをチラリと見遣った後、実弥は重りをじっと見つめた。
(プロにより近い場所にいるやつには、更なる試練をってことか)
思ってもみない形で課された、更なる試練。しかし、上等。乗り越えてみせようではないか。
前世で次々と降りかかってきた鬼の脅威に比べれば……遥かにマシだ。ハンデを課せられても尚、己が強さは揺るがない。それを証明出来れば、未来を生きる者達を安心させてやることにもきっと繋がる。
そんなことを考え、実弥は重りを手に取った。
「分かりました。先生方の頼みですし……引き受けますよ」
「本っ当にごめんなさいね、不死川君……」
両手を合わせ、どこか申し訳なさそうな様子のミッドナイト。彼女に視線を送り、重りを両腕に取り付けながら、実弥は答える。
「お気になさらず。元より順位には頓着しておりませんので。まあ……エリや子供達も見てますし、無様な姿を晒すつもりはないですが」
答えつつ、身体にのしかかる負担を確かめ、それでいながら、殆ど衰えを見せない獣のような荒々しい動きで、軽くアクロバットを披露してみせた。
その様子を、ミッドナイトは思わずポカンとして見つめていた。
そして、「お兄ちゃん頑張れー!!!」というエリの応援に微笑みを浮かべ、軽く手を上げながら答えると……ご心配なさらずに見ていてください、と言わんばかりにミッドナイトに対して笑みを浮かべながら、自分のスタート位置へと戻っていく。
(……期待してるわ。頑張りなさい、不死川君!)
そんな実弥の背中に頼もしさを覚え、笑みを返して頷きながら、ミッドナイトはスタート地点のゲートを見上げた。
どうやら、実弥に対してハンデの説明をしているうちに、競技開始の準備が整っていたようだ。
そこに備え付けられたライトに一つずつ、光が灯っていく。一つ……二つ……。まるで、生徒達を焦らしてフライングでもさせようかとしているように。
何はともあれ、まずは主審としての役目を果たそうではないか。その後でじっくりと活躍を見守らせてもらおう。
ミッドナイトは、そう思いつつ、三つ目のライトが点灯すると同時に――
「スタートッ!!!」
各々の望みを胸に、駆け出さんとする生徒達。刹那、彼らの元に冷気が立ち込める。
(来やがるな、轟ィ!!!)
その冷気を発した正体に勘付いた実弥は地面を蹴った。高く、それでいつつ、目の前でモタモタとしている人の波を乗り越えられるように前へと跳躍した。
そして、人の波の最前線へと風圧を発しながら降り立つ。
突然、目の前に人が現れたことで完全に動きを止めた生徒達。彼らが動きを止めている間に、地を這う蛇の如く凄まじい速度で地面が凍りついていく。
立ち込めた冷気が、不満を爆発させたかのようにゲートから溢れ、龍の息吹の如く吹き抜けた。それと同時に冷気を引き裂きながら――旋風が誰よりも疾く飛び出す。
「……そりゃあ、通じねえよな」
それが瞬く間に己を突き放したのを目撃し、分かっていたようでいながらもどこか悔しそうに吐き捨てる、今まさに自分の背中を追おうとしていた生徒達の足元をまとめて凍らせることで
複雑な気分の彼と反対に、実況を請け負うプレゼントマイクのテンションは最高潮に達していた。
『スタート地点の地面を凍らせ、大多数の妨害に成功したA組の轟!先頭で独走かと思いきや!!そう上手くはいかなかった!!!颯爽と抜かされた!!!妨害を潜り抜け、誰よりも疾く先頭に立ったのは……やはりこの男!!!!!』
『A組ヒーロー科……不死川実弥だぁぁぁぁぁ!!!!!』
誰もが予想した展開が早速ひっくり返され、会場中に歓声が巻き起こる。まさに今、雄英体育祭の幕が――切って落とされた。