疾きこと風の如く   作:白華虚

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すみません。中編書いてたら、めちゃくちゃ長くなりました……なので、中編を更に上、中、下に分けることにしました。

想定以上に長くなってますが、どうかお付き合いください。

今後の更新ペースはしばらくこんな感じになりますので、よろしくお願いします。

2022/3/23
心操君の洗脳にかかる瞬間のやりとりを多少修正しました。(拳藤さんの「答えちゃダメ」を別のセリフに差し替え、心操君の問いに対する実弥さんの答えを多少省略)

2022/11/6
峰田チーム、葉隠チームが小大チームによって足止めを喰らっている描写を追加しました。


第三十八話 騎馬戦(中編・上)

『開始早々、不死川チームに次々と刺客が押し寄せていく!泡瀬チーム、葉隠チーム、常闇チーム、1人突っ込んできた爆豪に続いて襲いかかってきたのは……轟チームだ!!轟もまた推薦入学者の1人!こりゃあとんでもない勝負になりそうだぜ!!!』

 

 プレゼントマイクの実況が響き渡る元で、各チームの騎手である轟と実弥が睨み合う。互いに間合いを測り合うように、攻撃の機会を(うかが)うようにして、円を描きながら立ち回る。

 そして……遥か先を憎む意志を込めたオッドアイで実弥を睨みつけた轟が先に仕掛けた。

 轟が冷気を発しながら右手を振るうと、氷の波が地を走りながら、実弥達の元へ押し寄せる。

 

(あめ)ェ!」

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(さん)(かた)――晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 

 

 だが、その波が一同を飲み込むことはない。迫る波に呼応し、実弥の放った嘆きの一撃が存分に振るわれた。彼の騎馬の周囲に旋風の渦が逆巻き、氷の波を(ことごと)く斬り裂いて、何の効力もないただの氷の礫へと早変わりさせてしまう。

 

「ちくしょう……!厄介だな、あの竜巻!相変わらず才能マンだよ、不死川!」

 

「味方を巻き込まずして、周囲に竜巻を起こす……。並大抵で出来る芸当ではありませんわ……!」

 

 クラスで屈指の実力者であるはずの轟の猛攻を容易く凌ぐ実弥の姿に、上鳴が悪態を()き、八百万が圧倒されながら呟く。

 

(くっ……!このまま、轟君が氷結で攻撃を続けたとしても……状況が動かないのは明らかだ!だが……!)

 

 飯田も飯田で、実弥の隙のなさに歯痒さを感じていた。実を言うと、彼には障害物競走でも見せることのなかった切り札がある。だが、その切り札は諸刃の剣。

 一度切ってしまえば、彼は使い物にならなくなる。もしも、目の前の実弥達から1000万を奪えたとしても、今度はそれを求める大量の騎馬や、奪い返そうと奮起になった実弥達が立ちはだかることになり、彼らから逃げなければならないのは確実だ。その際、先頭で機動力を務める飯田が肝になるのは言うまでもない。

 故に……切ろうにも切れない。切るとしたら、騎馬戦の終盤。このままいけば、ポイントを奪われずに済むという安心が実弥達の中に湧いた時。ここが最適だ。

 

(まだだ……!焦るな!不死川君に一矢報いる為に、今は機会を窺う時だ!)

 

 このままでは何も出来ずに終わる。そんな焦りに折れることなく、飯田は冷静に機会を窺い続ける。

 

 一方、迫る轟の氷結を易々と凌ぎ続ける実弥ではあるが、別に内心まで余裕綽々である訳ではない。

 瞬きする間に展開し、迫る氷。その展開速度は、非常に厄介だ。それを平然とした顔で放ち続ける轟の凄さを肌でヒシヒシと感じ取っていた。

 ここまで技を何度も連発してはいるが、体力自体に余裕はある。しかし、備えあれば憂いなし。体力を後々に温存しておいて損はないというもの。

 

(……轟の氷を封じる手立てが何かあるはずだ)

 

 轟を封じる為の手立ては、今の状況を抜け出す為にも必要なことで。何かないかと思考をしていた実弥は……ふと思いついた。

 

「……!鉄哲、拳藤、発目。轟がいる位置の左側をキープしろォ」

 

「……左側ね。分かった!」

 

「でも……何で左側なんだ?」

 

 実弥の指示に従いつつ、鉄哲が尋ねる。

 

「何かこだわりがあんのか、詳しいことは知らねェが……轟は、左側の力を使う素振りを全く見せねェ。何があってもなァ。つまり、左側にいれば、攻撃されるリスクが減るし、向こう側も攻撃しようにも出来ねェ状況になる。利用しない手はねェってもんだァ」

 

「……そういうことか、流石だね」

 

「……?どういうことだ?」

 

 実弥が轟を見据えながら言うと、拳藤が納得した様子で笑いながら呟き、発目も頷いていたが、鉄哲は全く分かっていない様子だった。

 

「チッ……」

 

(野郎……。上手く立ち回ってやがる……!)

 

 そんなことを話しながら、自分達の左側に移動している実弥達を見て、当の轟本人は舌打ち混じりで彼らを恨めしそうに睨みつける。

 轟は、自分の憎き相手を……父親を完全否定する為に、戦闘において炎の力――即ち、左側の力を扱わないことを固く誓っている。当然、彼の今の攻撃手段は右側の力しかない。

 これが1対1ならば何も問題はないのだが、今は騎馬を組んでいる状況。自分の左側に対して氷を放とうとしても出来ない。何せ、どう足掻いても、先頭を務める飯田が轟の射線状に被り、彼を巻き込んでしまうから。

 

「くそっ、攻めようがねえ……!」

 

 攻めたくとも攻められない。かと言って、いざ攻めてみれば、攻撃を全て防がれて攻め切れない。耐え難い状況が続いていることと、轟の左側に位置取るよう指示が出された理由を聞いた鉄哲が実弥の分析力に感心するという余裕そうな様子を見せていることに、轟は悔しさで歯を食いしばった。

 

(……轟の奴、攻めあぐねてやがるな。予想は大方合っていたって訳だ)

 

 悔しげに自分を睨み続ける轟を見て、実弥は自分の判断が正解だったのだと悟る。この状況を保って、鉢巻を守り切るという選択肢も勿論あり。だが、何事においても保険はかけておくべきだ。

 

(…………更に牽制して、プレッシャーかけるか)

 

 攻めあぐねる轟チームを牽制することを決めた実弥は、木刀を振り抜き、(かたわ)らにある轟の手で形成された氷塊の一部を砕くと、それを見事な剣捌きで銃弾程のサイズの礫に斬り刻んだ。

 

「……あれ?不死川、何してんだ?」

 

 実弥の行動を疑問に思った鉄哲が尋ねる。

 

「まあ、見てりゃあ分かるぜェ」

 

 尋ねた鉄哲に対し、実弥は何かを企むような不敵な笑みを浮かべて答えると――

 

「行くぜ、轟ィ!止められるもんなら止めてみやがれェ!!!」

 

 叫ぶと同時に、親指で氷の礫を弾いて撃ち放った。その身体能力故に、撃ち放たれた礫の速度はとんでもない。銃弾さながらの速度で、瞬く間に轟との距離を詰めていく。

 

「ッ!?」

 

 迫る氷の弾丸に、轟は思わず肩を強張らせた。しかし、この程度ならば、氷の壁で防げば問題ない。そう思い直して、右手から冷気を放って冷静な対処を試みる。

 そんな彼が目にしたのは……空中に跳躍する実弥の姿だった。

 

「おいおいィ……まさか、ただ氷の礫を飛ばして終わりだと思ってねェだろうなァ!?ただの礫じゃ牽制にならねェのは重々承知!だから――こうすんだよォ!!!」

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(しち)(かた)――勁風(けいふう)天狗風(てんぐかぜ)!!

 

 

 

 獰猛に笑いながら実弥が声を発し、空中で獣の如く荒々しく体を捻って木刀を振り抜く。実弥が放った強く吹き荒れる突風は螺旋を描きながら、なんと……彼が撃ち放った氷の礫に纏われた。

 

「なっ!?」

 

「か、風が氷の礫に纏われましたわ!?」

 

「待て待て待て!どうなってんだよ!?そんな技知らねえって!!」

 

 激しく吹き荒れる旋風を纏った氷の礫が完成したその光景に、轟一同は思わず目を見開く。

 

『急に氷の礫を投げたと思ったら、自分の放った風で威力を底上げしやがった!?おい、不死川!実は風を放つのは"個性"によるものなんじゃないか!?そう疑わしくなるくらいの高等な技術をお披露目だ!!!』

 

『個人が強いだけに飽き足らず、攻撃力の増強まで可能ってか。遠距離武器を使う相手と組み合わせれば、味方のサポートも出来る。……隙がないな』

 

 これまで、実弥が露わにしてきたのは、単騎でランキング上位のプロヒーローの中に食い込める程のシンプルな実力のみ。故に、相澤とプレゼントマイクも実弥が行った味方のサポートにも応用出来そうな芸当は予想がつかなかったようで、両者共に興味津々な視線を向けていた。

 

「チッ!本当にあれが技術で出来る芸当だってのか!?」

 

 轟は風を纏って突き進む氷の弾丸を目にすると、悪態を吐きながら右腕を振り上げ、咄嗟に氷壁を形成した。それと同時に竜の息吹を彷彿とさせる勢いで冷気が発生し、氷柱が幾重にも重なった壁が突き立つ。

 刀を振るえば鎌鼬を巻き起こせる程の身体能力を()って弾き飛ばしているとは言え、所詮は氷の礫だ。何層にも重なった氷柱の壁を貫ける程の強度はない。だが……実弥の放った礫は、話が別だ。

 

「……!?」

 

 いくら遠距離での攻撃が出来るとは言え、それが届く距離には限界があるはずだと考えて、一刻も早く距離を置きたい一心で後退を試みる轟チーム。

 念の為に警戒を続けようと氷壁を見つめていると……それは起こった。

 なんと、氷壁が礫に纏われた旋風によってバラバラに切り刻まれ、崩れ落ちてしまったのだ。

 

『おっと!?不死川の撃ち放った氷の礫を防ごうと試みた轟だが、簡単に突破された!礫に纏われた風が氷壁を切り裂いた!障害物がなくなれば、そりゃもう真っ直ぐに進んじまう!気をつけろ、轟!礫はすぐそこに迫ってるぜ!!!』

 

 氷壁が崩れ落ちたのを見るや否や、プレゼントマイクが煽るように実況で畳み掛ける。嫌なくらいに自分の状況を突きつけられた轟の中には、焦りが生じた。

 それでもなお、何とか冷静であるように努め、迫り来る礫を目でよく見て――間一髪の所で、首を逸らすことでそれを避けた。

 

『おおっ、流石は推薦入学者!礫の軌道をよく見て、見事に(かわ)した!そうこなくちゃ面白くねえ!』

 

(っぶねえ……ッ!!)

 

 無事に礫を避けた轟にプレゼントマイクや観衆は興奮しているようだが、当の本人やチームのメンバーは全員肝を冷やしていた。

 特に、轟は礫に纏われた風に掠ってひらりと宙を舞った髪の1、2本を目の当たりにし、心臓を鷲掴みにされたような悪寒を覚えていたようだった。

 仮に命中していれば、リタイア待ったなしだろう。無論、加減はされているのであろうが……それでも精神を擦り減らす役目を果たすには十分過ぎた。

 そういう意味でも、撃ち放った氷の礫に勁風・天狗風で放った旋風を纏わせるという策は立派な牽制の一手となったようだ。

 

「ち、近寄れねえ……!」

 

「一度放てば、軌道は調整不可能なようですし、礫と同等以上の速度であの中を掻いくぐることが出来るのなら、接近することも可能だと思うのですが……」

 

「騎馬戦で複数人いる状況だからな……。あの中を掻い潜るような動きは出来そうもない……。それに、今の俺では一度速度を出すとあの中を掻い潜るような複雑な動きをすることは難しそうだ」

 

「マジか……。じゃあ、確実に動きを止めるか、他に意識がいってるところを攻めるしかなくね?」

 

 間合いを保つように足を動かし続ける上鳴、八百万、飯田の会話を耳にしつつ、轟も不死川には隙がなさ過ぎると改めて思った。

 

(1000万を奪いさえすりゃ、1位に躍り出ることが出来る。確実に獲るには……上鳴の放電で動きを止めて、そこから俺の放つ氷結で足元を凍らせる他にねえ……!)

 

 父を完全否定するという野望。その実現の為には、右側の氷だけの力で頂点に這い上がる他にない。

 1000万を奪い取り、形勢逆転。一気に1位に躍り出る。それが出来れば、自分こそがこの場にいる誰よりも優秀だと、No.1により近い場所にいるのだと証明出来るはず。

 競技の時間は15分。時間は限られている。轟としては、一刻も早く策を実行したいところだ。善は急げと八百万に声を掛けて準備に取り掛かろうとしたその時だった。

 

「ハイ、しゅーりょー」

 

「!?」

 

 轟の右後方から声が聞こえた。咄嗟に、冷気を纏った右腕を振り払いながら振り返る。

 

(何だ……!?口……?)

 

 振り返った先にあったのは、ギザギザと尖った歯が特徴的な何者かの口だった。ケタケタと笑いながら轟の右腕を避けるそれに、何者かの''個性''であるのは間違いないとして、轟は周囲を警戒する。

 

「ッ!轟さん!伏せてください!!口の方は囮ですわ!」

 

 突如として響く、八百万の危機感に満ちた声。事態を察し、轟が反射的に身を低くして伏せる。それと同時に、空中に浮かんだ手が先程まで轟の頭――正確に言えば、そこに巻いていた鉢巻のある位置を通り過ぎた。

 まさに間一髪。八百万が声をかけてくれなければ、間違いなく獲られていた。

 

「……すまねえ……!」

 

「いえ……お構いなく。救け合うのは当然のことですから」

 

 彼女が声をかけるまで近づいていた敵の存在に気が付かなかった己の不甲斐なさを感じながら謝罪を溢しつつ、ふわふわと空中を漂いながら何処かへと戻っていく手と口を目で追った。

 

「流石は推薦入学者。轟はまだしも、八百万は視野が広いね。ま、そんな上手くはいかないかー……」

 

「んだとっ……!?」

 

 まるで自分は視野が狭いと言われているような言い方に、若干の苛立ちを覚える轟。安い挑発に乗せられかけているその姿を見た、ギザギザとした歯が特徴的な口と空中にふわふわと漂う手の持ち主――取蔭切奈は、奇術師のようにケタケタと笑った。

 

「まあまあ、そう怒んないでよ。でも……不死川の1000万に執着してたのは事実じゃん?」

 

「ッ……」

 

「轟君、相手は君の心を揺さぶりにきている!挑発に乗ってはいけない!落ち着くんだ!」

 

 取蔭の言ったことは紛れもない事実で、何も言い返せなくなって歯を食いしばる轟と、彼の精神状態を保たんとして声をかける飯田を見て、愉快そうに笑みを深めながら取蔭は続ける。

 

「A組憎しって訳じゃないけどさ、私達B組だって同じヒーロー志望な訳。……それなのに、A組ばっかり注目されてるのってちょっと気分良くないんだよね。まあ、ぶっちゃけてしまえば嫉妬だね。あんたらだけが注目されることに対しての」

 

「……A組(俺達)を引きずり下ろし、組全体で下剋上を果たそうという訳か!」

 

「そゆこと。あんたらの敵はクラスメイトや不死川だけじゃない。B組ほぼ全員だって敵なんだよ」

 

 鋭く尖った八重歯を見せつけるようにして不敵に笑った取蔭。轟が辺りを見回してみれば……いつの間にか、周囲を無数のB組の騎馬が囲んでいるではないか。

 

『轟チーム……っつーか、不死川チーム以外のA組の騎馬、B組に足止めされてんぞ!?……んん!?しかも、爆豪チーム、いつの間にか0Pに転げ落ちてんじゃねえか!』

 

『組ぐるみで上位を掻っ攫おうって魂胆か。B組の奴ら、障害物競走でやたらと下の順位に固まっているなとは思っていたが……。そのタイミングで、A組の''個性''や性格を分析していたんだろうな』

 

 プレゼントマイクの実況と相澤の解説でようやく状況を認識した轟は、一旦冷静になって視野を広くすることを意識し、辺りを見回した。……そこで初めて、自分の目で状況を確認出来た。

 

 常闇チームが辮髪(べんぱつ)のような髪型が特徴的な鱗飛竜のチームに足止めされている。

 爆豪チームに至っては、ニヒルな微笑みを浮かべた優男風な顔付きが特徴的な金髪の少年、物間寧人率いるチームに鉢巻を強奪されたようだった。その証拠に、逃走を図る彼らに対して、爆豪が(ヴィラン)も真っ青な表情で怒号を上げ、焦りを見せる切島達と共にその背中を猛追している。

 更に、峰田チームと葉隠チームも、黒髪ボブヘアーの整った顔立ちをした美少女――小大唯率いるチームの足止めを喰らっていた。彼らの足元には何やら白い液体が撒き散らされている。

 

 確かに自分は実弥の持つ1000万に相当に執着し、視野狭窄に陥っていたようだ。辺りを見回したことで、嫌でもそのことを認識させられた。

 

「……ね?あんたが……というか、A組全体が如何に不死川しか見てなかったか、解ったでしょ?不死川の1000万を獲るのは私達B組。あんた達A組じゃない。悪いけど、視野狭窄なあんたにもここでリタイアしてもらうよ、轟!」

 

「……!」

 

 自分の体のパーツを分解させながら、取蔭がケタケタと笑う。他の面々も下克上を果たす気満々な様子だ。

 その一方――

 

「……緑谷の方も、轟の方もB組(ウチ)の騎馬に囲まれてんな。爆豪も物間に奪われてそっちの方に集中してるし……。逃げるチャンスじゃねえか?」

 

「そうだな、争いの渦中に留まる必要性はねェ。轟達から距離置くぞォ」

 

「了解!」

 

「分かりました!立ち止まっていては、私のベイビーも目立ちませんからね!」

 

 実弥達は、轟チームがB組を相手にしなければならない状況に陥ったのを好機と見て、彼らから距離を置くようにどんどん突き進んでいってしまう。

 勿論、これを容易く逃がす轟ではない。

 

「っ、待てっ――」

 

 逃走を図る彼らの足元を凍らせて動きを止めようと、右腕を振り抜いて氷結を放たんとするが……。

 

「だーかーらぁ……!私達B組も、ちゃんと敵として認識しろって言ってんの!!」

 

「っぐっ!?」

 

 轟の動きを遮るようにして、20近くもの数に細かく分解された取蔭の肉体が、彼を急襲する。

 威力は小さいものの、的が小さい。轟ですらも、虫のように素早く且つ、しつこく動き回る取蔭の肉体を捉えきれない。

 彼女の"個性"、"トカゲのしっぽ切り"が今まさに猛威を振るった。

 

「……どうしても1000万を()りたいなら、私達を制圧してからにしなよ。簡単には突破させないけどさ」

 

「くそっ……!」

 

 ここで敗退する訳にはいかない。何としても耐え凌ぐ。この難関を切り抜ける。

 父親への憎しみの炎を強く燃やして勝利への執念へと変え、挑発で揺らぎつつある心を強く保ちながら、轟は右手を構えてジリジリと迫るB組の騎馬を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論として、轟が取蔭チームの妨害で道を阻まれた影響で、実弥達は無事にその場を離れることに成功した。

 だが、轟一行から逃れて、後は逃げに徹すればいい……などという上手い話がある訳もない。逃げたそばから、別の騎馬によって追撃を受けていた。

 

「僭越ながら、再び挑ませていただきます。風の使者よ!」

 

 塩崎が神に祈るような姿勢を取ると同時に、大質量の蔓が津波のような勢いで迫り来る。

 

「――ふっ!」

 

 迫る蔓の髪の毛に対し、空気を爆ぜさせるように鋭く息を吐き出しつつ、実弥は自身の周囲を囲うようにして真空波を巻き起こした。

 そして、それは天高く立ち昇りながら、塩崎の蔓の髪を斬り裂いた。宙に、バラバラに斬り刻まれてしまった蔓が舞い散る。

 

 直後、刀の刃に飛び散った血を払うかのような洗練された動作をし、実弥が言い放つ。

 

「切り離した大量の髪をこっちに押し付けると同時に、その裏で別の髪を用意して鉢巻を獲ろうと画策するたァ……やるじゃねェかァ!」

 

「っ!」

 

「背中に目でも付いてんのか……!?」

 

 その言葉に、塩崎は思わず肩を跳ねさせ、泡瀬が顔を引き()らせながら驚く。

 大量の蔓を髪から切り離して解き放つことで壁を作り、姿を視認出来ないようにする。加えて、その間に自身はまた別の伸縮自在の蔓の髪を伸ばし、背後から鉢巻を掠め取ることを狙っていたのだが……。どうやら、見抜かれていたらしい。前方と背後、その両方からの攻撃を防ぐ為の真空波だったという訳だ。

 

「オラァッ!!!」

 

「そして……こうしてる間にも、俺の動きを制限するという抜け目のなさ……!突く隙すらもないぞ!」

 

『不死川、風圧を連発!!暴風同然なその勢いに、泡瀬チームは動けない!なす術なしか!?』

 

 塩崎の行動を見抜かれて思わず固まる一同。その間にも実弥は肺に取り込んだ空気を少しずつ吐き出すイメージで虚空に拳を叩きつけ、連続で風圧を放っていく。

 この容赦ない風圧乱射のせいで、骨抜達は体勢を崩されないように踏ん張ることがやっとだ。こんな逆風の中を突っ切れる訳もなく、ましてや骨抜が"個性"発動の準備に取り掛かることも出来ないという始末。プレゼントマイクのなす術なしという言葉も間違っていない。

 

 状況をひっくり返さんと次々とA組の騎馬の上位陣に攻撃を仕掛けているクラスメイトの為にも、自分達が最終種目に出場し、B組の存在を知らしめたい。その願いの強さは誰にも負けないはず。

 なのに、願いの強さでさえも目の前の男には届かないのか。

 そんなことを思いつつ、何も出来ない無力さに悔しさを覚え、泡瀬達は下唇を噛み締めた。

 

「よしっ、不死川の風圧で塩崎達は足止め出来てるな……!」

 

「この風圧、連発まで出来ちゃうんですね!?ふふふふふ……!新しい発想が生まれそうです!」

 

「油断しないでよ、鉄哲。いつどこから誰が来るか分からないんだから。B組(ウチ)がA組に対して一気に仕掛け始めた以上、アイツもそろそろ来そうだし。発目も、今は競技に集中!」

 

「確かにな……!抜け目のねえ奴だし、気は緩めらんねえ!」

 

「すいません、開発者の性ってやつでして……。これで一番下まで転げ落ちては、私のベイビーも目立ちませんもんね!警戒はお任せください!"個性"の影響で、視力もズバ抜けて良いので!」

 

 実弥が泡瀬達の動きを止めている間も、鉄哲、拳藤、発目は周囲の警戒を続ける。ほんの一瞬の隙が、1位から最下位へと引き()り落とされる原因になりかねない。如何なる時であろうと油断は禁物だ。

 そうしているうちに、発目の目――彼女の"個性"は"ズーム"と言い、5km先であっても鮮明に見ることが出来、自身が高速で移動している最中でも対象に正確に標準を合わせられる程の凄まじい視力がある――が、新たに襲来する刺客を捉えた。

 

「……むむ、また一騎来てますよ!普通科の人のチームです!」

 

「普通科……。よりによって、不鮮明なところがきたね……!」

 

「不死川!普通科の奴が率いてるチーム来てるらしいぞ!!」

 

「了解ィ!」

 

 新たなる刺客――その正体は、青山と尾白に加え、小柄でぽっちゃりとした体格をしたB組の少年、庄田二連撃を連れた心操のチームだった。

 実弥はチラリと目線をやって、こちらに向かってくる心操チームを捉えると、木刀を振り上げる。

 

 

 

シィアアアアアアアア……!!!

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)――木枯(こが)らし(おろし)

 

 

 

 速度を乗せて木刀を振り下ろすと、冷風が鉄槌の如く地面に叩きつけられた。その勢いは凄まじく、グラウンドの砂を巻き上げて土煙を発生させる。

 

「うわっ!?土煙が!?」

 

「今度は視界を封じてきたのですね……!」

 

 巻き上がった土煙は、瞬く間に泡瀬達の視界を塞いでしまう。そして、実弥達の姿を覆い隠し、捉えられなくしてしまった。こうなると下手な行動は取り難いもの。視界が不明瞭な状態で不意打ちを喰らうことを警戒し、泡瀬達は動きを止めてしまう。

 視界を塞ぐことは悪手にもなり得る。だが、泡瀬達が動きを止めてくれたことで、今回は良策となったようだ。これで、実弥達は心操チームの相手に専念することが出来る。

 

「……」

 

「……相手は、何をしてくるか分からねェからな」

 

「うん、分かってる。……鉄哲と発目も油断しないでよ」

 

「ったりめえだ!こんなところで負ける訳にはいかねえもんな!」

 

「私もベイビーの為に負けられませんので!油断はしません!」

 

 心操のチームと睨み合う実弥に代わって、発目と鉄哲に警戒を呼びかける拳藤。自信満々に自分達に油断はないと答える2人を見て頼もしく思いつつも、どことなく心配になるが……。

 そんなことは置いておこう、と思考を切り替えて目の前に集中する。そして、彼女は違和感を覚えた。

 

 何しろ、心操の騎馬である3人の目に生気が宿っていないのだ。目が虚ろだ……とでも言うべきなのだろうか。

 普通科であっても第一種目を勝ち抜いてきた心操には、勝利に対する強い思いがあるはず。そんな彼と組んだ3人も同じように強い思いを持っているはずだが、彼らの目からはその思いが感じられなかった。

 

 まるで、意思もなく糸で操られている人形のようだ。彼らを見た拳藤はそう思った。

 

 互いを探り合うように睨み合いを続ける中、ふと心操が口を開いた。

 

「なあ。1位のあんた……不死川って言ったっけ?」

 

 言葉を発することなく、実弥は眉を(ひそ)める形で答え、チームのメンバーも訝しむように彼を見た。

 心操は、彼らの様子の変化に動揺も見せることなく続ける。

 

「……チームのメンバー、クラスメイトが1人もいない訳だけどさ。他のクラスの標的になるはずのあんたに協力してくれないなんて、クラスメイトは冷たい奴らばかりなんだな。いや、あんたと一緒に狙われる覚悟のない腰抜けなのか。それとも――」

 

――あんたに、よっぽど信用がないのかな?

 

 A組のメンツのみならず、実弥をも侮辱する発言に、鉄哲と拳藤の中に小さな炎が宿る。突然挑発を投げかける不自然な言動に、流石の発目も疑問を抱いて首を傾げた。

 拳藤の方は、なんとなく嫌な予感がしてその炎を鎮めようとして堪えている。だが、自他ともに認める馬鹿で直情的な熱い男、鉄哲はその発言を流せない。彼の中の炎に薪が焚べられ、轟々と燃え盛っていく。

 歯を食いしばり、今の発言を訂正しろと叫びかけたその時だった。

 

「――ッ!?」

 

 傷だらけの実弥の右腕が視界に現れ、彼を制した。何が何だか分からないながらも、鉄哲は必死に内に燃え盛る炎を抑え込もうとする。

 耐えるような様子を見せる彼を見遣って、良くやったと内心で褒めてやりつつ、実弥は心操を睨みつけた。

 

「不死川……?何を――」

 

 何をする気なのかと尋ねようとする彼女を半ば無視するように、実弥は答えてしまう。

 

「俺の信用に関しちゃ、好き勝手に言ってろォ。だが――」

 

 刹那――実弥の意識に靄がかかった。

 

「……不死川?どうしたの?ねえ、不死川!?」

 

 実弥の声が突然途絶えたことに気が付いた拳藤が声をかけるも、返事がない。

 その光景を見た心操は……不敵な笑みを浮かべながら、ただ一人呟いた。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 同時に、彼の行動の結果を晒し上げるようにして偶然にも風が吹き抜け、土煙を晴らしていく。

 

『おおっ、やっと土煙が晴れたぜ……!不死川が風圧を地面に叩きつけて土煙を巻き上げ、泡瀬チームの視界を塞いだ状態で心操チームと対峙したみたいだが、その結果は……!?』

 

 土煙が晴れて実弥達の姿が露わになると、プレゼントマイクが待ち遠しかったと言わんばかりに実況を入れた。そして、彼は思いもしなかった結果に唖然とすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あれっ?不死川が……動きを、止めてる……?』

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