疾きこと風の如く   作:白華虚

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今回のお話は、多分今までで一番長いです。良ければお付き合いください。

予め言っておきます。今回から……次回にかけてですかね。物間君に対してのアンチと捉えられる描写が存在します。また、彼が結構過激な発言してます。この時点で無理だと思った方、申し訳ございませんが、ブラウザバックすることをお勧めします。

アンチであっても許せる方のみ、読んでいただければと思います。

2025/10/4
洗脳が解けた後の実弥さんとチームのみんなとのやりとりを少々変更しました。


第三十九話 騎馬戦(中編・中)

 心操人使。"個性"――"洗脳"。

 洗脳する意志を持ってした問いかけに返事をした者を操ることができ、簡単な動作を命令することができる。

 

 昔からそうだった。彼が"個性"を明かせば、周囲は当たり前のように口にした。

 「犯罪者向きだ」とか、「悪いことし放題で羨ましい」とか。同じクラスの女子生徒から、性犯罪者を見るかのような目で見られることさえあった。

 いつの間にか、自分の"個性"は何よりも大きなコンプレックスとして渦巻いていた。

 

 それでも、彼は憧れた。自分の"個性"を活かして人々を救けるヒーローに。

 自分の"個性"を人助けに活かしたい。そう思うようになった。誰よりも強く、その将来を想い描いてきた。その将来を口に出すだけや心に想うだけで終わらせたくない。

 

 ――だから、なりふり構わずにここまで進んできた。

 

「優勝候補の奴がぴたりと動きを止めちまった……?」

 

「あの子なら、既に相手を返り討ちにしててもおかしくないのにね……」

 

『不死川が全く動かない……!?おいおい、どうなってんだ!?まさか、心操……本当はヤバい奴なのか!?この大会のダークホースなんじゃねえか!?』

 

 騒つく会場全体とプレゼントマイク。彼の動揺が前面に現れた実況を耳にしつつ、相澤が呆れ混じりに呟く。

 

「……だから、あの入試は合理的じゃないって言ってんだ」

 

 彼の視線の先にあるのは、心操の"個性"などが記された教員用の記録簿。

 それを見つめる相澤に気が付き、プレゼントマイクも思わず記録簿を覗き込んだ。

 

「えー……心操人使……。"個性"は、"洗脳"……!?洗脳する意志を持ってした問いかけに答えた相手を自由に操るて……初見殺しじゃねえか!」

 

 目をひん剥く程に見開いて驚愕するプレゼントマイクを他所に、相澤は記録に目を通しながら思う。

 

(……あの入試は、どうしても攻撃力のある"個性"を持つ奴が有利になる。心操は、ヒーロー科の入試に落ちてるらしいが……そりゃあポイントを稼げもしねえよな)

 

 どうして、こんなヒーロー向きで立派な"個性"を持った奴が落ちなきゃいけないのか。そんな嘆きを体現するように、相澤は再びため息を()いていた。

 

 また、驚愕し、動揺を見せるのはプレゼントマイクや観衆だけではなく……。

 

「し、不死川!?相手が目の前にいるってのに……どうしちまったんだ!?おい!聞こえてるか!?おい!!!」

 

 実弥のチームのメンバー達こそが、他の誰よりも動揺していた。

 鉄哲が必死に呼びかけるも、実弥は動かない。無防備な状態のまま、虚ろな目で微動だにしない。

 

「あの挑発、やっぱり罠だったんですね……。変なタイミングで煽ってくるから、おかしいとは思いました……」

 

 発目が眉を(ひそ)めて呟く。その声には微かな焦りが乗せられていた。

 

「ど、どういうことだ……?」

 

 何もかもを把握しきれていない鉄哲が疑問符を浮かべて尋ねると、拳藤が危機感を露わにしながら答えた。

 

「……予想でしかないんだけどさ。あの問いかけに答えることが、心操の"個性"が発動するトリガーだったんだよ」

 

 拳藤の答えに鉄哲が目を見開く。拳藤は、相手の思い通りにさせてしまった悔しさに唇を噛み締めて続ける。

 

「心操は、わざと不死川を侮辱するようなことを言ったんだ……」

 

 そして……実弥が骨抜の"個性"の発動条件を初見で見抜いていたことから、自分の"個性"も見抜かれていることを警戒していた。加え、チームを組んだ鉄哲や自分がヒーローらしく直情的な性格であることを予想し、実弥がチームメンバーに訪れる危機を肩代わりするような優しい奴だということも予想していたのではないか。

 彼女は、そう付け加えた。

 

「え……」

 

 「深読みかもしれないけど」と付け加えるように呟く拳藤を他所に、鉄哲の頬には蛞蝓(なめくじ)のようにゆっくりと冷や汗が伝っている。

 

「……じゃあ、不死川は……心操の挑発に対して、何も考えずに乗っかっちまった俺を庇って……?」

 

「……うん……。それで心操の"個性"が発動して、動きを止められたんだと思う……」

 

 鉄哲が自分で見つけ出した答えに、拳藤が伏し目がちになりながら頷く。

 答えを肯定された鉄哲は愕然とし、自分の不甲斐なさに絶望した。

 

「そんなっ……!不死川は、俺のせいで……!」

 

 自分が怒りを表に出すことなく堪えきれていれば、きっと実弥が自分を庇おうと動き出すことはなかった。自分のせいで、友が敵の術中に(はま)ってしまった。

 その事実が鉄哲の心に鋭いナイフのように突きつけられ、そのままグサリと突き刺さる。

 

「……仕方ないですよ。問いかけに答えた相手の動きを止めるなんて、初見殺しですもん……。友達を馬鹿にされたら、そりゃあ誰でも怒ります……」

 

 せめてもの慰めだろうか。あんなのズルいと言いたげにムッとした発目が言う。

 

 発目が心操の挑発に対して不自然さを覚え、疑問を抱けたのは、彼女と実弥にそれほど関わりがないからというだけではない。怒りをグッと堪えることが出来た拳藤に関しても言えることだが、それが出来たのは、ヒーロー科1年のNo.1である実弥と共にいることで精神的な余裕があったからだ。

 

 精神的な余裕があったからこそ、衝動的に怒るのではなく、一息おいて考えることが出来た。基本的に雄英体育祭の模様は、この場に集結しているメディア陣を通して全国に中継されている。普通なら、他人を侮辱するような言動を理由もなく実行するはずがない。何故なら、多くの人に見られている中で自分の負の一面とも言えるような言動に注目され、悪く言われるのを恐れるから。

 仮に発目や拳藤が心操の立場にあったら、とことんリスクは避ける。何があっても、公の場でそういうことは言わない。

 

 人間とは、リスクを避けたがる生き物なのだ。

 

 つまり、そういう言動を全国中継されている勝負の場で平然と実行するのは……ちゃんと理由があるから。策があるから。そこを見抜けなかったとしても、とにかくNo.1の実力者を出し抜ける何かがあるから。そういう考えに行き着き、発目は疑問を覚えたし、拳藤は堪えることが出来た。

 

 閑話休題。そうしている間にも、心操は自分の騎馬である3人を操って実弥達に着実に近づいていく。

 

「……何が何だか分からねえけど、不死川から奪い取るなら今がチャンスじゃないか!?」

 

「……ああ。塩崎、頼む」

 

「不意を突くのは心苦しいですが……承りました」

 

 1番の脅威であった実弥が動きを止めている以上、このタイミングは大チャンスでしかない。土煙が晴れて、状況をはっきりと認識出来るようになった泡瀬チームが動き出す。

 彼らは、すかさず実弥の頭に巻き付けられた1000万Pの鉢巻に向けて、伸縮自在の鞭となる塩崎の髪を放った。

 

『おおっと!泡瀬チームの塩崎、1000万を狙って蔓の鞭を振るう!』

 

 絶対に獲る。そして、実弥が動きを止め、悔しそうにしている拳藤や鉄哲は勿論、不幸にも術中に嵌ってしまった実弥の分までも自分が勝ち抜く。そんな思いを胸に、塩崎は蔓の鞭を振るう。

 ……だが、決して1000万を譲れないのは心操も同じだ。故に、油断はしない。

 

「……蔓の髪をしたあんた」

 

「?」

 

「頼りにしたメンバーが動きを止めて動揺している相手から、頼みの綱を奪うってのか?そんな酷えこと……ヒーロー志望のやることかよ?」

 

 冷たい瞳で塩崎を睨み、一撃必殺の問いを投げかける。問われた塩崎は瞳を揺るがせ、大きく動揺した。

 

「そ、それは……っ!ですが、私は――」

 

「っ、塩崎!?」

 

 動揺しながらも、退き下がる訳にはいかないと言わんばかりに答えかけた塩崎だが……言うまでもなく、この非情な問いは罠だ。彼女はぴたりと動きを止め、虚ろな瞳で棒立ちになってしまった。

 

『し、塩崎の動きもぴたりと止まっちまった!?やっぱりやべえぞ、心操!まさかの下克上なるか!?』

 

「ついでに、自分達に髪を巻き付けて動きを封じろ」

 

「っぐ!?」

 

「ほ、骨抜!ぐうっ!?」

 

 プレゼントマイクの実況と、心操が洗脳した塩崎を利用して自分達を封じたことが泡瀬を更に焦らせた。

 

「お前……!塩崎に何をした!?」

 

「駄目だ、泡瀬……!怒りに任せて会話をふっかけるな……アイツの思う壺だ……!」

 

「何をした?……今はチーム対抗戦だろ?敵に自分の能力をバラすような真似、誰がすると思う?」

 

「くっ……!正論で何も――」

 

 結果、怒りに任せて心操の手の内を暴こうとするも、正論を返されて撃沈。塩崎と同じように、泡瀬もまた、心操の操り人形になってしまった。

 

「……念の為に貰っとくよ。競技が終わるまで、そこでじっとしててくれ」

 

『ああっ!?比較的高得点を維持していた泡瀬チーム、一気に0Pに陥落!!抵抗一つ出来ず、鉢巻を獲られた!これは悔しすぎる……!抜け目ねえ奴だぜ、心操!』

 

 そのまま、心操は泡瀬の首元に巻き付いた鉢巻を一つ残らず掻っ攫っていく。

 その光景を何も出来ずに傍観しているしかない骨抜の胸を、焼け付く程の悔しさが埋め尽くした。

 

(クソッ……!問いかけに答えた相手を自分の操り人形にしてしまうなんてな……!そりゃあ、不死川でも敵わない訳だ……。大方、あの挑発に簡単に乗っかってしまいそうな鉄哲辺りを庇って、わざと答えたんだろう……)

 

「……お前らが一番悔しいよな。鉄哲、拳藤……。いや、不死川自身も……」

 

 こんな初見殺しの"個性"を前にすれば、1年ヒーロー科最強の男ですらも簡単に制される。あまりにも残酷な事実に骨抜は悔しさを味わいつつも、鉄哲と拳藤、そして、実弥に同情した。

 

 操り人形にされ、あっさりと鉢巻を奪われる。そんな光景を目の前にすれば、鉄哲達もこれから自分達の身に起こることを容易に想像出来た。

 

「……!心操の"個性"は、相手の動きを止めるどころの話じゃない!自分の思い通りに操るんだ!」

 

「まずいですよ!こ、このままだと、不死川君が普通科の彼の思い通りに動かされて……!」

 

「くっそ……!俺が単細胞の馬鹿なせいで……!何か手はねえのかよ……!?」

 

 発目は、焦りに焦って、サポートアイテムを用いる考えも頭から抜けてしまっている。

 鉄哲は、悔しそうに歯を食いしばっている。加え、自分に対する嫌悪で幾分か精神的なダメージを負っているようだった。

 

(何かここを打開する手は……!?)

 

 拳藤は、諦めまいと頭を回しながら、ふと観客席を見渡してみた。

 

「優勝候補を抑え込むなんて、凄えな……」

 

「俺、てっきり今度もあっさり返り討ちかと思ったよ」

 

「まさに下克上ってやつよね。カッコいいわ!」

 

「ありゃ対(ヴィラン)に関しちゃ、相当有効だぜ。欲しいな」

 

「雄英も馬鹿だなー……。戦闘力最強の奴を簡単に制圧出来るような"個性"を持った奴を普通科に入れるなんて」

 

「受験人数ハンパない上に、戦闘経験の差も出ちまうしな。仕方ないっちゃ仕方ないが……」

 

 そうすると、実弥をあっさりと制圧した心操を評価するような声が多く出てきていることに気がついた。

 いつの間にか、会場が実弥の敗北を確信した状況に呑み込まれつつある。

 

(もう、何も……出来ないの……?)

 

 拳藤自身も、何も打開策が浮かばずに諦めかけたその時だった。

 

「お兄ちゃん!!!負けないで!!!頑張れぇぇぇ!!!!!」

 

「ッ、エリちゃん……!?」

 

 実弥を必死に応援する声が届く。声の主はエリ。自分のやれる限りの……精一杯の声を上げ、実弥に声援を届けていた。

 周りの注目を浴びてもなお、いつだって自分を守ってきた兄の勝利を信じて、今の自分が出来ることを精一杯やっていた。ひたすら、実弥の勝利を信じていた。

 

 そんな健気な彼女の姿を見て、拳藤は自分を不甲斐なく思う。

 

(何をやってるんだ、私……!他でもないエリちゃんが、不死川のことを信じてるんだ!!同じチームの私達が信じてやらなきゃ……恥ずかしくて顔向け出来ない!!!)

 

 絶対に勝利を掴む。そんな執念が拳藤の凛とした瞳に宿り、彼女は叫ぶ。

 

「不死川!起きて!!エリちゃんが……!お前の大切な家族が、他でもないお前のことを信じてる!!!負けてられないでしょ!?こんなところで!!!」

 

 彼女の行動に、口を半開きにしてポカンとする鉄哲と発目。拳藤は、間髪入れずに彼らにも声をかけた。

 

「まだ終わった訳じゃない!やれるだけのこと、全部やってみようよ!!私達まで折れたら駄目だ!!!」

 

 彼女の言葉に感化され、発目も意を決する。実弥のことを何も知らない自分なりに、散々利用させてもらっている恩を返さなければ、と。利用させてもらっている以上、彼らに応えなければ、と。

 

「不死川君!拳藤さんの声、聞こえていますか!?エリちゃんという方が応援してくれています!!私には貴方と彼女との関係性が分かりませんが……きっと、大切な人なんですよね?彼女の為に逆境を乗り越えてこそのヒーローではないですか!?このまま負けるなんて私はお断りです!ベイビーのお披露目、まだまだ物足りないですから!」

 

 そして……鉄哲も、打ちのめされている場合ではないと立ち直り、叫ぶ。

 

「不死川ァ!!!お前は……こんなところで終わる男じゃねえだろ!?入試の時、0Pを簡単にぶっ飛ばした!!誰もが無理だって思ってたことを成し遂げた!それが不死川実弥だろ!?俺は……いや、俺達はお前を信じてるぜ!!!それと、失敗した分を挽回させてくれ!!!」

 

 エリからチームのメンバーに伝わった、実弥への信頼と想い。その熱さは、実況のプレゼントマイクにも伝わっていく。

 

『エ、エリちゃん……!なんて健気なんだ……!不死川!頑張れ!!こんなところで終わっちまっていいのか!?お前のsisterも、チームも……お前を信じてるぜぇ!!!ああ……頼む!奇跡よ、起こってくれぇぇぇ!!!!!』

 

『おい、公平にやれ。実況だろうが』

 

『この熱すぎる状況にお前の心は動かねえってのか、イレイザー!?』

 

 私情丸出しの実況をするプレゼントマイクに鋭くツッコミを入れる相澤ではあるが……かく言う彼も、実弥がここで終わる男ではないはずだと信じている節がある。

 

(……不死川。ここで終わりじゃないだろう?エリちゃんは、ずっと信じているぞ。お前のことを。勿論、俺もな)

 

 その思いを口に出すことこそしないが、相澤もまた実弥を信じて静かに見守っている。

 

 必死に実弥を呼ぶ声を耳にし、明確な罪悪感を覚えつつも、遂に心操が騎馬を引き連れて実弥達の目の前に立った。

 彼が呟く。

 

「……チームに信頼されて、妹さんに必死で応援されて、プロからも声援もらって。きっと恵まれてんだな、あんたは」

 

 そう呟く彼の瞳は、どこか羨ましそうだった。だが、すぐさまヒーローになることへの意地――否、執念とも言うべきものをその瞳に宿し、ターゲットである1000万Pの鉢巻を見据えた。

 

「……けどさ、こんな酷え"個性"持ってても、憧れちまったもんは仕方ねえだろ……!……周りの言いようや偏見なんざ知ったことか。どんなに酷え言われ方されようが、俺はヒーローになる。その為なら何だってしてやる。どんな偏見も、逆境も乗り越えてやる……!!」

 

 強く覚悟が燃え滾る。地獄の業火の如く激しく、情熱的に。拳藤達は、彼の夢に対する覚悟の一端を垣間見た気がした。

 

「……自分の持っている鉢巻を俺に渡せ」

 

 ――遂にその時が訪れた。心操が命令を下すと、実弥の腕が動き出す。

 

『不死川、従順に動き出してしまう!大ピンチだぁぁぁ!!!このままじゃ、0Pに陥落してしまうぞ!?』

 

「「不死川!!!」」「不死川君!!!」

 

「お兄ちゃん!!!」

 

 それでも、最後まで諦めずにやれることをやる。必死に声をかける。観衆も、固唾を呑みながら行く末を見守る。

 

 普通科のダークホース、心操人使が下克上を果たすのか。

 それとも、1年ヒーロー科最強の男で優勝候補、不死川実弥がこの逆境を乗り越えて全てをひっくり返すか。

 

 走馬灯が流れるかのように、ゆっくりと時間が過ぎ去るような錯覚が行く末を見守る彼らに押し寄せる。

 実際は、数秒程の短い時間だったろう。だが、それが何分にも、何時間にも感じられてしまった。

 

 そうこうしているうちに、とうとう実弥の手が巻き付けられた鉢巻に添えられる。心操が勝利を確信した刹那――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シィアアアアアアアア……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――凄絶な風圧がその身に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 靄がかかったような感覚を脳内が支配する中、実弥は悟った。

 

 この状況が、心操の"個性"によって引き起こされたものであることを。心操の挑発や皮肉めいた言動が、"個性"で他人を蹴落とす為に自然と作り上げられたものであることを。

 元より宣戦布告を受けたあの日に……実弥は、心操が根っからそういう人物でないことを理解していた。

 だから、彼の挑発が勝利の為に強いられた策であることを察した。鉄哲に代わり、自分が洗脳にかかった。体が勝手に動いていた。

 

(心操人使……。凄ェ"個性"と覚悟だ)

 

 頭に靄がかかっていても、聴覚はしっかりと働いている。ヒーローになることへの執念を宿して彼が語った覚悟を耳にし、実弥は思わず感心していた。

 

「――おい」

 

 刹那、声が聞こえた。

 

「ここは戦場だァ。自分の思うがままに動けなくなった瞬間に死ぬ。全部失う。そう思え。……しっかりしやがれェ、テメェは俺だろうが」

 

 声の主は、前世の実弥だった。その血走った瞳で前世の彼自身が続ける。

 

「甘ったれてんじゃねェ。他人に自分の肉体の主導権を握らせんなァ。自分から茨の道に足ィ突っ込んでんだろうが。だったら――周りの奴ら心配させてんじゃねェ」

 

 その言葉を耳にすると同時に、鉄哲、拳藤、発目。それに、エリの声が聞こえてきた。

 

「いいかァ。大切なもん守りたきゃ、止まるんじゃねェ。醜い(ヴィラン)共を殲滅して守るんだろ。エリの未来を」

 

「ああ……テメェに言われなくても分かってらァ」

 

 前世の自分の問いに答えた瞬間――頭の中を覆う靄が晴れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!?」

 

 叩きつけられた風圧を受けて必死に踏ん張り、ギリギリ落馬せずに済んだ心操。困惑を露わに体勢を整えて顔を上げると……。

 

「……残念だったなァ、心操。だが、テメェの覚悟……気に入ったぜ」

 

 拳を突きつけ、獰猛に笑う実弥の姿があった。

 

『し、不死川ぁぁぁぁぁ!!!踏み留まったぁぁぁ!!!よくぞ帰ってきてくれたなあ、おい!!』

 

「「「「「うぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

 

 会場中が湧き上がる。逆境を乗り越えた熱すぎる展開。観衆のテンションは、最高潮までぶち上がった。

 

「し、不死川ぁっ……!」

 

「……!戻ってきてくれたんだ!」

 

「安心しましたぁ……」

 

 感動で涙を溢れさせる鉄哲。微笑む拳藤。心底ホッとした様子の発目。チームのメンバー達は、思い思いのやり方で喜びを表現していた。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 エリは、顔をパアアアッと明るくさせながら緊張が緩んだようにその場に座り込んでしまう。だが、その表情は紛れもない優しい笑みだった。

 

「何でだ……!?間違いなく、俺の"個性"にかかったはず……!」

 

 対し、心操は動揺する他ない。"個性"を途中で破られた経験すらもないのだろうから、当然の反応ではある。

 

「……ねえ、不死川。どうやって"洗脳"を跳ね除けたの?」

 

 拳藤に尋ねられると、実弥はいたずらっぽく笑いながら答える。

 

「さあなァ。拳藤の声が俺を連れ戻してくれたんじゃねェかァ?」

 

「え、えっと……流石にそれはないんじゃない……?」

 

「……冗談だァ。ぶっちゃけるが、俺にもよく分かんねェよ」

 

「ふふ、何それ」

 

 ピンチがすぐそばまで迫っていたにも(かかわ)らず、思わず笑い合う2人。そのやりとりを見ていると、鉄哲と発目からも自然と笑みが溢れた。

 

「何が何だか分からねえけど……神様が起こしてくれた奇跡かもな!」

 

「私達の気持ちが通じたのかもしれません……!このチャンス、物にしましょう!!」

 

「……そうだなァ。3人やエリの声はちゃんと聞こえていたぜ。ありがとよ」

 

 鉄哲と発目の言葉に、笑みを浮かべつつ実弥も頷く。

 

(感謝するぜ、前世の俺)

 

 正直、実弥自身も何が起こったのかを把握しきれていない。ただ、自分の意識に語りかけてきた前世の自分自身のおかげなのだろうと予想し、密かに礼を言った。

 

『まさに起こった奇跡……!こんな神がかった展開、これまでの体育祭では見られねえぜ!!オーディエンス共、一時たりとも見逃すなよ!!!』

 

 こんな奇跡は二度と見られない。そんな感情を表すように、プレゼントマイクのテンションも最高潮へと引き上げられていく。

 

(くそっ……!こいつは……神様にすらも恵まれてるのかよ……!?あっていいのか、こんな奇跡……!)

 

 勝てたかもしれない。それなのに、その可能性があっという間に霧散した。そのことが悔しく、心操は歯を食いしばって拳を握りしめていた。

 

 実は、心操の"洗脳"を解く方法は二つある。

 

 一つは、心操の意思で解除すること。もう一つは、操られた本人にある程度の衝撃を与えること。今回は、そのどちらの条件も満たしていない。

 故に、"個性"が解除される訳がないのだ。一見すれば、鉄哲達の呼びかけに応え、洗脳が解除された……ようにしか見えない。だからこそ、目の前で起きていることは何もかもがあり得ない。奇跡と言う他ない。

 

 解説席で試合の行く末を見守っている相澤も実弥が逆境を乗り越えたことに感心しつつ、同じような疑問を抱いていた。

 

(心操自身も分かっていない"個性"の解除条件があったということか……?そういうケースもゼロではないが、考えにくい……。ならば――)

 

「不死川自身が、心操の洗脳を跳ね除けた……?」

 

 考察を続ける中で辿り着いた答えを、信じられないと言わんばかりに呟く。

 

 結論から言ってしまえば、相澤の辿り着いた答えこそが正解だ。決して、鉄哲、拳藤、発目、エリの叫びに応えて実弥が目覚めた訳ではない。一見すると熱い奇跡が起きたように思えるが……否。実弥が心操に抗った原因は別のところにあるのだ。

 

 前世、今世で共通して実弥が抱くものがある。それは、激しい憎しみと誰かが幸せに生きる未来を掴み取りたいという強い執念。

 前世は鬼への憎しみで、今世は(ヴィラン)への憎しみ。そして、前世は玄弥の未来を想い、今世はエリの未来を想ってきた。

 

 時に、感情というものは、人に理解不能で超常的な現象を引き起こすことがある。それが実弥の身にも起こった。実弥が己の内に抱く憎しみと執念は、本人に意識がなくともその肉体を突き動かす。

 

 ――戦闘の最中に寝るな。力尽きるな。大切な家族の未来の為に。憎き存在を殲滅するまでは、動きを止めることなど許されない。

 彼の心が彼自身にそう訴え続ける。今回は、その訴えが前世の自分の形となって具現化し、実弥の意識に訴えかけてきた。他人の操り人形にされて自分の肉体の主導権を勝手に握られ、意識が眠ることを彼の心が許さなかった。確かに洗脳にかかりはしたが、すぐにそれを跳ね除けた。

 無意識下で体が勝手に動いた。拳を振り抜き、心操に風圧を炸裂させた。実弥の洗脳が解けたのはそれと同時だった。

 

 実弥は前世でも似たような経験をしている。十二鬼月最強の鬼、上弦の壱――黒死牟。

 彼との戦いの最中、実弥は気絶してしまった。だが……それでもなお鬼に対する憎しみが、玄弥の未来を掴み取らんとする執念が、無意識下でその肉体を突き動かし、戦い続けた。共に肩を並べて戦った、当代鬼殺隊最強の男であり、"岩柱"の悲鳴嶼行冥も戦いが終わってからようやくそのことに気がついた。彼からしても「信じ難し」と思う程の現象だった。

 因みに、実弥自身に自分が気絶しながらも戦い続けていたという自覚はない。意識を失っていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。

 

 だから、実弥に洗脳を跳ね除けた原因が自分にあることを知る由などない。拳藤に問われた実弥が「分からない」と言った理由はそこにあった。

 

「……?俺達、どうしてたんだっけ……?」

 

「いつの間にか騎馬戦が始まっているようだけれど……」

 

「今までの記憶がない……?」

 

 実弥の叩きつけた風圧によって洗脳が解けたらしい尾白、庄田、青山の3人は、状況を理解出来ない様子で呆然と周りを見渡していた。

 

「そっか……。心操の"洗脳"も無敵じゃない。ある程度の衝撃を受けたら、解けるんだ」

 

 3人も洗脳されていて、たった今それが解けたのだとなんとなく悟った拳藤が呟く。その呟きを聞きながら、実弥は心操に向けて言った。

 

「……なァ、心操。お前の覚悟は……口だけじゃねェんだろ?」

 

「……ッ、当たり前だ……!俺は、絶対に勝ち残ってやる……!!」

 

 一度かけた洗脳を破られてしまった上、実弥のチーム全体に手の内を知られている。彼を出し抜くチャンスは水の泡となってしまった。だが、悔いている暇はない。まだ競技は終わっていないのだから。

 何としても生き残る為に、困惑する騎馬の3人を動かして心操チームは後退していった。

 

(……大丈夫さ、心操。必ず勝ち残れる。お前の覚悟は本物だからな)

 

 遠ざかる心操の背中を見送り、彼の健闘を祈りながら実弥は微笑んだ。

 そして、すぐに思考を切り替えてチームのメンバーに向けて謝罪した。

 

「……悪かったなァ、不安にさせちまって」

 

「本当にどうなるかと思いましたよ。でも、最終的に乗り越えられましたから。終わり良ければ全て良しです!」

 

「一時はもう駄目だって思ったけどね。でも、エリちゃんが最後までお前のことを信じてたから。目が覚めたよ」

 

「……元はと言えば、俺が真っ先に答えようとしたのが悪かったんだ……!俺の方こそ済まねえ!」

 

 彼の謝罪に対し、3人は気にしていないといった様子で笑った。鉄哲に至っては、自分の方が悪かったと謝罪を返してきた。彼らの寛容さに思わず唖然としてしまう実弥。

 

 自分を信じてついてきてくれた彼らに、ただでさえ不安な顔をさせてしまったというのに。爆豪を退けた時と、たった今。よりによって、二度もだ。誰かを安心させてこそのヒーローだというのに。

 

 自分にも反省点はあるが、謝りあったところで仕方ない。命の奪い合いがないとはいえ、ここは戦場。戦況は刻一刻と変わりゆく。反省も大事だが、次に向かうべく切り替えが大事だ。

 

(ここはその寛容さに甘えさせてもらうぜ)

 

「んじゃ、お互い様ってことで。仕切り直しだァ」

 

「……おう!」

 

 そんな風に獰猛な笑みを浮かべながら言い放つ実弥に、挽回を望んでいた鉄哲がやる気満々の笑みを浮かべて答える。いざ、次に向けて動き出そうとした刹那。

 

 実弥は感じとった。敵意丸出しの気配を自分達の背後から。

 

「敵意が隠せてねェんだよ」

 

 背後で、逆手持ちにした木刀を振り抜く。

 

「っ……!?」

 

 振り抜かれた木刀は、何者かの腕を強打。実弥の頭の鉢巻に伸びかけていたはずの腕の軌道を見事に逸らした。

 

「痛いなあ……。君の方こそ……敵意丸出しじゃないか、不死川君」

 

「……やっぱりお前か。来ると思ったよ、物間」

 

 背後から密かに迫っていた新たな刺客は、物間寧人。

 吊り目気味な黒寄りの茶色い短髪の少年、回原旋。楕円形の目をした茶色い短髪の少年、円場硬成。真っ黒い肌と銀髪が特徴の少年、黒色支配。

 同じくB組のクラスメイト3人を引き連れていた。

 

「気をつけろ、不死川!なんつーか、こいつ……A組に対しての対抗心が強すぎるんだ!だから、何を言ってくるか分かんねえ!」

 

 同じクラスメイトであるが故に、彼の性格を知り尽くしている鉄哲が言う。彼曰く、この体育祭でA組を出し抜く為の作戦を企て、B組全体を扇動した張本人らしい。

 何にせよ、常にヘラヘラと笑う彼を見た瞬間、実弥は彼を大嫌いなタイプの人間だと確信した。

 

 加えて、そこに――

 

「コソコソ逃げ回りやがって、コピー野郎が……!もう逃がさねェ!!ここで潰す!!!」

 

「落ち着けって、爆豪!ここは不死川と組んで取り返した方がいいと思うぞ……!」

 

「傷顔の手ェなんざ借りねェ……!俺1人で十分だ!!」

 

「どうしてここまで聞き分けないのかねぇ……。俺ら大ピンチだぞ……」

 

「爆豪!不死川の1000万()りたくないの!?ここは不死川の力借りてでも取り返さないと!プライド捨てよう!」

 

「……チィッ!!!」

 

 (ヴィラン)も真っ青な憤怒の表情を浮かべた爆豪率いるチームもやってきた。掌から火花を散らして、物間チームに向けて猪突猛進な姿勢の彼を切島が必死に抑え、瀬呂が若干呆れている。とは言え、芦戸の言う通り実弥の1000万を獲りたいのも事実らしく、盛大に舌打ちをすると、嫌気が刺すと言わんばかりの様子でいながらも特に何も言わなくなった。

 

「……彼、本当にヒーロー志望なんですか?」

 

「……まあなァ」

 

「……アイツが同じ場所を目指してる奴とか、信じたくねえ……」

 

 実弥一行も爆豪の怒りっぷりにドン引きしている。何はともあれ、彼らが鉢巻を何一つ持っていないことから、目の前にいる物間チームに獲られたのだろうと予想するのは難くなかった。

 

『爆豪チームから鉢巻を奪い取った物間チーム、今度は不死川チームに仕掛けにいった!さっき、心操の洗脳を跳ね除ける奇跡を見せたってのに……敵が絶えねえ!これも追われる奴の宿命(さだめ)か!?』

 

 プレゼントマイクの実況を耳にしながら対峙する実弥と爆豪の二チーム。物間は相変わらずニヒルな笑みを浮かべながら、肩をすくめて言葉を発する。

 

「君のところの爆豪君さあ、恥ずかしいよねぇ。自分が1位になるって宣言したくせに、君や緑谷君、轟君に上をいかれ、騎馬戦でも格下であるはずの僕に鉢巻を獲られる。無様ったらありゃしないね」

 

「ンだとゴラァッ!?」

 

「いちいち怒んなって、爆豪!相手はわざと煽りに来てんだから!!堪えろ!!!」

 

 嘲笑混じりの言葉で自分の醜態を掘り返されたことに怒る爆豪。冷静さを欠けば本当に後が無くなることを察してか、切島は必死に彼を抑え込む。

 そんな小学生の子供同然な振る舞いに呆れ返りつつも、キレ散らかす爆豪を無視して物間は続けた。

 

「それにしても、彼……しつこいよね。ここまでずっと鉢巻を取り返そうとして僕を追いかけてくるんだもの。他の人から奪った方が効率的だろうに。こんなに1人に執着するなんて、これがヒーローのやることかなあ?学級委員長ならさ、クラスメイトの教育くらいちゃんとしておいてよ」

 

「……そいつァ悪かったなァ」

 

 今度は煽る対象が自身に向いたことを察しながら、随分と口の回る奴だと実弥は思う。ところ構わず自分が敵対心を持つA組を煽るその姿に、鉄哲と拳藤も思わず呆れ返る。物間の騎馬を務める3人も、こいつと同じクラスの奴だと思われたくないと言いたげな顔をしているようだった。

 態度が特に変化していない実弥を見ると、物間は次に用意していた煽り文句を繰り出した。

 

「……不死川君。よくも、うちの拳藤と鉄哲を唆してくれたね。2人は僕らB組を引っ張っていくリーダーなのに!あまりにも酷すぎる所業だよねぇ!?クラスメイトに信頼されないからって、八つ当たりはやめてくれないかな!」

 

 ヒステリックな笑みを浮かべた物間のよく回る口から放たれた言葉が聞き捨てならず、鉄哲と拳藤本人が反論する。心操と同様で物間に何か策があったとしても、ここまで侮辱されると黙っていられなかった。

 

「唆す……?ふざけんじゃねえぞ!!俺達の気持ちを分かったつもりになって決めつけんな!そういうの良くねえぞ!!!」

 

「そうだ!不死川は、私達を信頼して誘ってくれたんだ!そこに入るって決めたのも自分の意思!不死川は何も悪くない!いい加減にしな!」

 

 しかし、2人の言葉を聞いてもどこ吹く風な様子の物間。それを見た回原や切島達も続け様に言い放った。

 

「おい、物間……!爆豪を煽った次は不死川か!?もうやめとけ!ただでさえ、アイツらがずっと追ってきてるってのに!爆豪を出し抜けたからって調子に乗りすぎだぞ!」

 

「そうだぞ!鉄哲や拳藤から、不死川がどういう奴かは聞かされてるだろ!他人を唆すような奴じゃない!冷静になれ!」

 

「これ以上は禁断の地に足を踏み入れかねない。流石に見過ごせないぞ、物間」

 

「おい!聞き捨てならねえぞ!俺らは、不死川を心の底から信頼してんだ!」

 

「そうだ!信頼してるからこそ挑んでるの!!自分の印象を押し付けないでよ!」

 

「黙っていれば、好き勝手言いやがって……!他人の粗探しするような真似ばっかして、ヒーロー志望として恥ずかしくねえのか!?」

 

 繰り広げられるのは、鉢巻の奪い合いではなく物間に対する言葉の投擲。

 

『……何あれ。物間がめっちゃ責められてる……。アイツ、何したん?』

 

『……大方、余計なこと言ったんだろ。はあ……何やってんだ、アイツら……』

 

『と、取り敢えず、何が起こってるか把握しきれてねえが……不死川チームも爆豪チームもCool down!』

 

 騎馬戦でやる必要のない戦いが繰り広げられていることに、流石のプレゼントマイクと相澤も困惑しているようだ。

 好き勝手言われたことに抗議している一同だったが、プレゼントマイクの呼びかけで一旦冷静さを取り戻し、色々あった言いたいことをグッと堪えた。

 

「……まあまあ、待ちなよ、回原。ここからが良いところなんだ。僕には切り札がある。これで不死川君に火をつけられれば、僕らの勝ちさ」

 

「き、切り札……?」

 

 これだけ周りからあれこれと言われてもなお、物間の様子は変化しない。それどころか、勝ちを確信したかのような不敵な笑みを浮かべている。そのことに回原は嫌な予感を覚えた。

 回原が「その切り札を切るの、絶対やめた方がいいぞ」と止めるよりも前に、物間は不敵な笑みを浮かべたまま続けてしまった。

 

「……ところで、不死川君。君は、どう見ても爆豪君より実力が上だけれど……どうして選手宣誓を引き受けなかったのかなあ?」

 

「……ケッ、煩ェ奴だァ。人には人の事情があるんだよ」

 

 物間の煽りを半ば無視しているような形で軽く流していた実弥が、とうとう話題に乗ってきた。実弥が上手く話に乗っかってくれたことに、物間は内心でほくそ笑みながら続ける。

 

「はは、ごもっともだね。何にせよ、今の発言で選手宣誓をお願いされたのは間違いなさそうだ」

 

「……何が言いてェ?」

 

 物間の発言の意図が読めない。本題を焦らすようにベラベラと喋り続けているその姿に、実弥は微かな苛立ちを覚えた。眉間に皺を寄せながら、事件解決の糸口に辿り着いた探偵気取りな様子の彼にさっさと結論を話せ、と暗に催促する。

 眉間に皺を寄せた実弥を見て、物間は彼の感情を思い通りにコントロール出来ていることに高揚感を覚えつつあった。

 

「……ほらほら、慌てない慌てない。せっかちなのは嫌われるよ?」

 

「……」

 

 片手を(かざ)し、実弥を制する様子を見せる彼に思わず呆れを覚える一同。一体こいつは何が言いたいのか……。そんな疑問が浮かぶ。

 そして、物間は続けた。

 

「……僕が言いたいのは、()()()()()()()()は君なんじゃないかってことだよ。不死川君」

 

 物間から放たれた一言に、実弥チームの3人は目を見開いた。勿論、入試で彼の実力を実際に目にした拳藤と鉄哲に関しては、全く予想が出来ていなかった訳ではない。だが、そこに何らかの理由があるのかもしれないと思い、2人共敢えて追求をしてこなかった。

 自分達ですらも確信にまでは至らないというのに。何故、物間がその域まで辿り着いているのだろうか?自信満々に言い切った物間の様子に彼女達は素直に驚いていた。

 

 いずれにせよ、沈黙して煩わしそうに物間を睨む実弥の様子が、彼の推測が当たっていることを示している。

 その様子に、物間は嬉しそうにしながら続きを言葉にし始めた。

 

「沈黙は肯定と受け取るよ。何にせよ、どうして君の存在は隠されていたのか……。気になりはするさ。けれど、そこはどうでもいい。今のところね」

 

 拳藤と鉄哲にとっても疑問だった点だ。そこを話題に出した物間をきっかけに、2人も思わず考え込む。誰よりも優秀な彼が、どうして成績も明かされずに存在を隠されるのか……。

 当然、その理由が思い当たることはなかった。

 仮の首席呼ばわりされたことが原因で掌から激しく火花を散らしながら激怒している爆豪のことを完全にスルーし、物間は続ける。

 

「とにかく、僕は聞かせてほしいんだよ。真の首席合格者の君は、自分が首席だと勘違いして踏ん反り返っていた爆豪君(馬鹿)を見てどんな気持ちだったのかなあって」

 

「誰を馬鹿つったァ!?ブチ殺すぞ、コピー野郎!!!」

 

「落ち着けって、爆豪!!!」

 

 間接的に煽られて、般若のような表情で掌から爆破を起こして怒号を轟かせる爆豪。切島がその怒号に負けじと声を張り上げて彼を(なだ)める。

 彼らを視界の端に入れつつも、実弥は物間を睨みつけたままで尋ねた。

 

「……それを知ってどうする気だァ?」

 

「そうだよ。お前が不死川の思っていたことを知って、何になるっての?」

 

「……立派な"個性"を――」

 

 実弥に同調し、拳藤も警戒心を露わに尋ねる。笑みを浮かべたまま、物間が自分の意図を口にしようとした瞬間。

 

「要約も出来ねェ馬鹿か、テメェはよ!!!」

 

 再び轟いた爆豪の怒号が彼の言葉を遮った。良いところで邪魔をしないでほしいと言いたげにジト目で振り向いた物間を見ると、爆豪は煽り返すように嘲笑する。

 

「さっきからベラベラとうぜェ……!自分の言いてェことすら要約出来ねェから、テメェの話は長ェんだろうが!さっさと結論を言いやがれ……。さもないと、その口塞いでブッ殺す!!!」

 

 物間は顔を引き()らせながら、大層呆れ返った。

 

「やれやれ……脅迫そのものだね。分かったよ、そこまで言うなら結論を言ってあげようじゃないか!」

 

 そして、再びニヒルな笑みを浮かべて、とどめの一言を放つ。

 

「君の人生が()()()()()()と思ってね、不死川君」

 

「……は?」

 

 彼のとどめの一言を聞いた瞬間、実弥は呆けた声を発した。何となく彼がそう思った理由が理解出来るB組の面々は、何とも言えない表情で沈黙する。

 実弥の木刀を握る手に自然と力が入っていく。その様子に気が付かず、物間は自分の思うがままに言葉をつらつら並べていった。

 

「だって……そうだろう?刀を一振り振るえば、風を巻き起こせる身体能力。移動速度は超音速で衝撃波を巻き起こす程。オールマイト並みの凄まじい身体能力だ。君なら、沢山の人に持て囃されるスーパーヒーローになれるじゃないか!」

 

「――間!」

 

「それに、推測の域を出ないし、詳しいことは言わないけどさ……もしも本当だったら、君は夢のような生き方をしていることになる!まるで物語の主役だ!悲劇を乗り越えて、誤った道から正しい道へと導かれる!そして、過去の悲劇を繰り返すことのないように強くなる……!脇役を食い尽くせるストーリーだよ!!!」

 

 更に言葉を続けようとした刹那――

 

「待てって、物間!!!」

 

 回原が声を張り上げた。

 突然話を遮られたことに、物間は不満そうな顔をする。

 

「……回原、どうしたんだい?これからが良いところだったのに……」

 

「分かった!もう十分だ!自分語りはそこまでにしてくれ!頼むから!」

 

 回原の声が震えている。ふと、視線を下ろすと……円場と黒色も震えていた。状況が把握出来ずに硬直すること数秒。

 

「――えっ?」

 

 物間は気が付いた。全身が震え始めている。あちこちから、ドッと冷や汗が溢れ出る。全身が目の前の相手と対峙することを全力で拒否している。

 それらを引き起こす感情は――恐怖。修羅と化した銀髪の少年を前にしたことによる恐怖だった。

 

(よ、予定と違う!)

 

 震えに震え、歯をガチガチと鳴らしながら、物間は焦る。

 

「し、不死川……?」

 

 ただならぬ様子の変化に、拳藤は体の震えが収まるようにと自分に言い聞かせながら、恐る恐る実弥の名前を呼んだ。

 

「ははッ……!そうかいィ……テメェにゃ、俺の人生が羨ましいかァ……!俺からすりゃあ……テメェの方が羨ましいぜェ、お坊ちゃんよォ!!!」

 

 すると……伏せていた顔が上げられ、血走った目とこめかみに浮かび上がった青筋が露わになった。目を見開きながら笑うその姿は、もはやカタギの人間のものではない。

 

 木刀の(きっさき)を物間に突きつけ、実弥は言い放つ。

 

「俺の人生が羨ましいだァ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんのも大概にしやがれェ!!!!!」

 

 実弥の怒号によって、風が激しく吹き荒れる。腹の底から絞り出されたその声に周囲の大気が震撼した。実弥の怒号に観客達も何かあったのかと注目してしまう。

 

 憎悪、嫉妬……。様々なものが燃料となった炎をその目に宿し、実弥は物間を鋭く睨みつける。

 

「人の事情を勝手に推測して……そいつに確信がねェ?ンなもん、何の保険にもなりゃしねェ。確信がねェからって何でもかんでも言っていいなんて都合の良い話はねェ!!……テメェの腐った性根、叩き直してやらァ!!!」

 

「ッ……」

 

 怒りを露わにする実弥。その姿が、拳藤には心の中の彼が泣いているかのように見えた。気のせいかもしれない。それでも、どこか悲しくなった。

 情けなくなり、唇を噛み締める拳藤。鉄哲も物間がやらかしたことを何となく悟り、奥歯をグッと噛み締める。発目は、じっと実弥の背中を見つめる。

 すると、実弥が声をかけてきた。

 

「鉄哲、拳藤、発目。頼む、俺の我儘に付き合ってくれねェか。これ以上は看過出来ねェ」

 

 3人の答えは……決まっていた。

 

「……良いよ。付き合う」

 

 真っ先に返答を返したのは、拳藤だ。

 

「物間の発言がお前を傷つけたのは、学級委員長の私にも責任がある。だから……その責任を取らせてよ」

 

「そうだ!」

 

 鉄哲も彼女に続く。

 

「すまねえ、B組(うち)の馬鹿のせいで苦労をかけて……。俺も俺で、正真正銘の馬鹿だ!でもな……物間の言葉が不死川を傷つけた!それだけは分かる!!アイツのダチとして、ぶん殴ってやらなきゃならねえ!俺も付き合うぜ!!」

 

 そして、発目も……覚悟を決めた表情で告げた。

 

「……言い方はアレですが、私は不死川君の1位という立場を好き勝手に利用させてもらってます。ですから、お互い様ですよ!とことんまで付き合います!人として、あの言動は見過ごせませんから!!」

 

「……みんな、ありがとなァ」

 

 全員が自分の望む答えを出してくれたことに、実弥は笑みを浮かべて礼を言う。実弥チーム全体の中で闘志が燃え上がり始めた瞬間だった。

 

 勿論、それは実弥チームだけの話ではない。

 

「……芦戸、瀬呂」

 

 物間を睨みつけ、切島が最初に声を発した。怒りを堪えるように強く歯を食いしばりながら。

 

「俺は……これ以上、心無い言動で不死川が傷つけられるのを見たくねえ!!頼む、力を貸してくれ!!!」

 

 切島の熱い叫びに芦戸と瀬呂は顔を合わせて頷き合う。そして、切島がここまで実弥の為に怒れるのは……間接的に彼の事情を知った自分達と違って、事件の後に改めて本人から直接聞いたからだろうと察した。

 彼らは、不快感など一切ない笑みを浮かべて答えた。

 

「いいよ、切島!私達も付き合う!」

 

「友達の傷を抉るような言動見過ごしちゃ、ヒーロー失格だろ。それに、ああいうのをしっかり間違いだって教えてやるのもヒーローのやることだろうしな!」

 

「瀬呂……!芦戸……!すまねえ、ありがとう!!!」

 

 自分の我儘に快く付き合ってくれる彼らに、切島は心の底からの感謝の言葉を送った。

 

「……爆豪。お前も物間から鉢巻奪い返すんだろ?なら、アイツらを相手にしない理由はねえよな……!アイツらを倒して()ろうぜ、1000万!!!」

 

 切島の言葉に、真剣な面持ちだった爆豪も白い歯を見せつけるようにして不敵に笑い、掌から激しく火花を散らした。

 

「ハッ、そうこなくちゃ面白くねェ。だがな、切島……奪い返すんじゃねえ!コピー野郎が元から持ってた分まで、根こそぎ奪い取る!!!」

 

「……!おう、そうだな……!全部奪い取ってやろうぜ!!!」

 

 爆豪チームの中でも目標が一致。やる気全開で、鉢巻の奪取に向けて動き出した。

 

 二つのチームが同じ目標に向かって突き進むその姿に、物間は思わず気圧される。対峙するチームの両方から、彼は凄まじい気迫を感じ取った。

 物間は悟る。自分が実弥の中に眠っていた龍を目覚めさせてしまったのだと。やり方を間違えたのかもしれない。そう思い、後悔していると……黒色が何もかもを諦めたように呟いた。

 

「……物間、もう何もかも遅い。俺達は触れてしまったんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――龍の逆鱗にな




はい、ご覧の通りです。後書きにて、改めて自分なりの説明をさせてください。

まず、心操君の洗脳解除に関して。
実弥さんに対する完全な独自解釈となっています。私は、元から立派な考察が出来るような人間ではないので「こんなもんご都合やろ」と思われるような点があるかもしれませんし、きっと穴もありますが、ご容赦ください。
それと、心操君の"洗脳"を実弥さんが精神力で跳ね除ける描写を期待していた方、もし思ったものに添えていなかった場合は申し訳ございません。

次に、物間君に関して。
少なくとも私は、物間君という人物は……飯田君を目の前にしてのヒーロー殺しの件の煽りや、(策の為且つ、心の底から悩んでいたことを知らないとは言えど)合同訓練で出久君に対して放った、爆豪君=平和の象徴を終わらせた張本人発言があることから、「B組の為ならば、手段を選ばずに倫理観のない発言をしかねない人物」及び、「普段は言わなくとも、煽りがエスカレートして調子に乗るようなことになると、平然と今回のお話のような煽りもやってしまう人物」だと捉えています。
原作の体育祭でも、本人にとって黒歴史程度の扱いに留まってはいますが、仮にもヘドロ事件の被害者である爆豪君本人をその事件のことで煽ってますし……。
ここの展開は正直悩みました。何度か書き直したりしてます。最終的に、推測の域を出ないとして明言はしていませんが、結果的に実弥さんの地雷を踏み抜いてしまうという形に収まりました。
それでも、不快な思いをさせてしまった方々がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございません。
批判的な感想が来たら、それはそれとして、私の中で受け入れます。(ただし、活動報告欄にある通り、メンタル的にダメージを受けて冷静な返しが出来ないと思うので返信は致しません。ご了承ください)
それと、批判的な意見が多いなら大人しく書き直します。
もし、物間君の発言に対して、こうしたら良かったんやないの?という意見がおありでしたら、メッセージなり何なりでお伝えいただきますと幸いです。修正いたします。

ここまでの長ったらしい長文、失礼しました。改めまして、こういった要素を受け入れられるという方は、これからも拙作「疾きこと風の如く」をよろしくお願いします。
今回のお話をきっかけにお気に入り登録解除するとか、二度と読まないという方の為にも言っておきます。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。また、期待に応えられず申し訳ございません。どこかで別の機会がありましたら、よろしくお願いします。

そして、もう一つ。アンケートとかそういう訳ではないのですが、活動報告欄にて、視野を広げたり、今後の参考にする為にも「視野を広げる為に・その1」として、とある事柄について皆様のご意見を募っています。
詳細はそちらの方をご覧ください。また、気が向いた方だけで構いませんので、皆様なりのお考えを伝えていただけますと幸いです。

以上です。また次回をお楽しみに。
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