疾きこと風の如く   作:白華虚

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ストックしていたので、昨日に続いて投稿です。次のお話は滅茶苦茶時間空くと思いますので、ご了承ください。

また、前回に引き続き、今回も物間君に対するアンチ描写が存在します。受け入れられない方はブラウザバックをよろしくお願いします。


第四十話 騎馬戦(中編・下)

「単純なんだよ、A組」

 

 事の始まりは、そんな一言と共に実弥に対して一点集中の状態だった爆豪から鉢巻を奪い取ったことだった。

 障害物競走が第一種目――即ち、予選として設けられた以上、その段階で極端に選手の数を減らすとは思えない。

 故に、おおよその目安である順位を仮定して予選落ちがない程度に予選を走り、後方からA組の"個性"や性格を把握。その点を理解しているというアドバンテージを利用して有利な戦法を組み立て、彼らを一気に陥落させる。

 それが、物間らB組の作戦だった。――因みに作戦には全員が賛成した訳ではない。賛成していないのは、泡瀬チームの3人と、鉄哲、拳藤の計5人だ――

 A組全員が実弥の1000万を獲ろうとして彼のチームに集中している状況は、彼らにとって好都合。一つの物事に対して集中している人間の視野というものは意外と狭いもので、これで生じた隙を突かない手はない。

 

 その中でも、物間は……1位を宣言しておきながら、障害物競走で4位という無様な結果に終わり、怒りが頂天に達していた爆豪に目をつけた。

 早速、背後から忍び寄って鉢巻を奪い取ってみると、爆豪は溜め込んだ怒りを爆発させて、眼中にない相手に鉢巻を獲られたこと自体に更に苛立った。

 そこから、冥土の土産と言わんばかりに自分達の作戦を話し、ついでにヘドロ事件で有名になっていることと開始早々から無様な結果を出していることで爆豪を煽ってから逃走。

 

 大抵の人間は、怒りに囚われると何かしらの隙が生まれる。言動が単調になったり、考え無しに衝動的な行動をしてしまったりという風に。孫子の兵法から言葉を引用すれば、「怒らせてこれを乱せ」と「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」。

 物間は、この二つの言葉を実行に移そうとしていたのだ。彼からすれば、そういう相手を対処するのは非常に容易い。事実、彼は頭を使って、そういう風に他人を出し抜きながら……主役を喰らう脇役のようにして生きてきた。

 

 閑話休題。途中でクラスメイトの凡戸が足止めをしてくれた影響もあり、彼らから逃走することに成功した物間であったが、爆豪の執念深さを想定していなかった。結果、芦戸の酸を用いて足元と地面をくっつけたボンドを溶かして拘束を突破した爆豪らに、油断していたところを再び猛追されることになってしまった。

 そうして逃走を図っていた物間が次に狙いを定めたのは、心操チームとの戦闘を勝ち抜き、1000万の防衛に成功した実弥チーム。

 

 彼らが敵を退けて安心している隙を突き、背後から鉢巻を奪おうとするも……勘付かれて迎撃された。

 ならば、と予め用意していた様々な煽り文句で攻めた。加え、わざと相手を苛立たせるように長ったらしくベラベラと喋ってみた。

 すると、その甲斐あって、実弥は物間の挑発に乗っかってきた。そして、物間は今ならば通じるという確信を持って切り札を切った。

 本当に真実だとしたら実弥を揺さぶれるに違いない黒い部分になるであろう推測を仄めかしつつ、煽った。

 

 その結果、得たものが――実弥の激昂だった。

 

(まさか……僕の推測は、当たっているのか……!?)

 

 物間の脳裏に懸念が()ぎる。何故彼らがあそこまで怒っているのか、物間には理解が出来ない。自分はあくまで推測を言っただけ。そのはずなのにあの怒りようは、自らで物間の推測を真実だと証明しているようではないか。

 もしも、自分の推測が本当だとしたら……絶対に負ける訳にはいかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『不死川がブチギレてるゥゥゥ!?物間、お前は……一体何を言ったんだ!?はっきり言うが、お前らの状況は絶望的だぜ!?』

 

「……物間!とにかく、この状況を何とかするぞ!」

 

「あ、ああ……!」

 

 何にせよ、あれこれ考える暇はない。ヒーロー科No.1とA組屈指の実力者の両方と対峙することになる以上、隙は見せられない。隙を見せた瞬間、こちらが0Pに陥落するのは明らかだった。

 決死の表情を浮かべた回原に呼びかけられると、物間は返事を返しつつ、一旦自分の中に募った懸念を振り払った。ついでに、今の状況を絶望的だと断言するプレゼントマイクに逆転劇を見せてやろうと意気込み、必死に強がる。

 迷いなく攻めてくる実弥チームを前に、物間は頭を回した。

 

(不死川君は、木刀で突風を伴う一撃を繰り出してくる……。あれだけの身体能力を相手するには、彼の"個性"をコピーするしかない!目には目を、歯には歯をってやつだ……!)

 

 物間の"個性"は、"コピー"。触れた人間の"個性"を5分間だけ使用出来るというもの。触れてから5分が経過すると、自動的にコピーした"個性"は消えてしまう。

 しかし、コピー出来る上限は1つではなく複数コピーすることも可能で、制限時間内であれば結果的に複数の"個性"を有することになる。

 とは言え、複数ある"個性"を同時に使用することは出来ず、一つずつしか使用出来ない。つまり、それぞれの"個性"の使い所が重要になり、その時々での状況把握が大切になってくる。更に言うと、普段は無個性同然。中々扱いの難しい"個性"だ。

 

 それを用いて、物間は実弥の"個性"をコピーしようと画策する。その為には実弥を接近させ、その上で彼の猛攻を何としても凌がなければならない。策を成功させる為にまずやるべきことは――

 

「うおっ!?さっ、触られた!」

 

 鉄哲に触れ、彼の"個性"をコピーすること。

 善は急げだ。物間は、企てた策を即座に実行する。そのまま腕を振るい、掠るような形でさりげなく鉄哲の髪に触れた。

 

「気をつけて!物間は、触れた相手の"個性"をコピーするんだ!コピー出来る数に制限はないけど、同時には使えない!そんでもって、使える時間は5分だけ!」

 

「成る程なァ……!んじゃ――」

 

 拳藤の忠告を聞いて、物間の意図を即座に把握した実弥は獰猛に笑いながら木刀を振りかぶった。そして、目を見開いて修羅の如き表情で言い放つ。

 

「根性比べといこうぜェ、物間さんよォ!!!」

 

「ッ!?」

 

 凄まじい気迫が放たれると同時に、実弥が木刀を振り抜いた。対する物間は、反射的に鉄哲からコピーした"スティール"を発動。全身を金属に変化させ、腕で木刀を受け止めた。

 その直後、木刀を振るった余波で発生する風が弾け、周囲に突風が巻き起こる。

 

(お、重い……!まるで、体の芯まで痺れるような……っ!)

 

 木刀を受け止めた腕の内部まで振動が伝わり、痺れるような感覚があった。だが、十中八九偶然だったとしても、受け止められたのは大きい。

 

「――フッ!!」

 

 打撃の重さに圧倒されながらも一撃を防いだことを喜ぶ物間を他所に、実弥は弾ける火花のように鋭く息を吐きながら、木刀で乱打を繰り出した。そして、交差させた両腕でそれを決死に防ぎつつ、物間は考える。

 

 基本的に木よりも金属の方が硬さは上。つまり、木刀を用いる以上は金属の腕による防御を突破することが出来ない。この勢いで攻撃を続けていれば、早々に木刀が折れるはずだ……と。

 刀の類を扱う時の実弥には全く歯が立たない。だが、素手になればまだやりようはある。

 いつ防御を崩されるかとヒヤヒヤしながらも動揺を露わにすることなく、虎視眈々と機会を(うかが)い続けていたその時だった。

 

 

 

シィアアアアアアアア……!!!

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(いち)(かた)"(かい)"――塵旋風(じんせんぷう)穿孔(せんこう)ッ!!!

 

 

 

 突如、実弥が物間の金属化した腕に向けて、木刀で突きを繰り出したのだ。繰り出された超音速の突きは旋風を伴い、金属化した腕を抉り抜かんとする勢いで襲いかかった。

 

「ぐっ……!?」

 

 突きの重さは尋常でなく、物間の体がグッと後ろに押し込まれる。落馬だけは避けなければと踏ん張っていると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシッ、と何かがひび割れたかのような微かな音が聞こえた。

 

(やった……!)

 

 声に出すことこそしなかったが、物間は歓喜した。へし折れることはなかったとしても、これで満足に木刀を扱うことは出来ない。武器を潰して、動揺も誘えたはず。

 

(木刀に気を取られているうちに、不死川君に触れることさえ出来てしまえば――)

 

 確実に逆転出来る。……そう思っていたのに。

 

「も、物間!見ろ!お前の腕!」

 

「何だい?僕の腕が何か――っ!?」

 

 焦燥感に満ちた回原の声が聞こえ、彼に促されるままに自分の金属と化した腕の表面を見た物間は、度肝を抜かれた。

 あろうことか、金属であるはずの自分の腕の表面に無数のヒビが入っていたのだ。

 

「こ、これは……!?」

 

『おおっと、防御が破られた!流石の攻撃力だぜ、不死川!下手すると手札が無くなるぞ!どうする、物間!?』

 

 困惑を露わに両腕を交互に見つめる物間を見て、実弥は口角を吊り上げ、獰猛に笑った。

 

「鉄哲の"スティール"は……金属化の発動及び維持に体内の鉄分を消費するらしいなァ?つまり、鉄分の量によっちゃ、持久戦の得意不得意が大きく変化する。……んで、テメェはその時々で適した戦略を練らなくちゃあならねェ」

 

「……ッ!」

 

 実弥の言わんとすることを理解した物間が、ハッとしたように顔を上げる。

 判断を間違えたことを悟り、ドッと冷や汗が溢れ出る。そんな様子を見た実弥は、先程自分がやられたように不敵に笑い返した。

 

「何が言いてェか分かったなァ?先見の明やら凡ゆる状況を想定する為の経験値でもなけりゃ、テメェには予め鉄分を摂取する手段がねェ」

 

「!ってことは……物間の体内には、最低限の鉄分しかねえから、硬さも持続力も全部最低限の状態になる他ねえ!」

 

 木刀の(きっさき)を突きつけながら続けられた言葉に、元の"個性"の持ち主である鉄哲が閃いたと言わんばかりにギザギザした歯を見せつけ、笑みを浮かべながら言う。

 そして、実弥の一言がトドメを刺した。

 

「そういうこったァ!テメェがやるべきは、持久戦じゃなく特攻!!何せ、俺が信頼している奴の"個性"だァ!自惚れかもしれねェが……どういう"個性(ちから)"かは、クラスメイトのテメェと同じくらいには理解しているつもりだぜェ!!!」

 

「っ!?くそっ……!」

 

 実弥が獰猛に笑いながら言い放ち、ついでに鉢巻を絡め取らんとして木刀を振るう。悪態を()きつつも、物間は何とかそれを(かわ)した。

 

 物間は失敗した。鉄哲の"個性"を最大限に活かす為の準備は自分に出来っこないことを理解していながらも、相手が木刀を扱っていることに甘んじて、耐えることを選んでしまったことが大きな原因だった。

 

 鉄哲の"個性"である"スティール"は、肉体の一部や全身を金属化出来るというシンプルなもの。

 実弥の言った通り、その要は体内の鉄分だ。"個性"の発動中は常にそれを消費し続けることになり、強度・パワー・持続力のいずれもその量が影響してくる。

 

 鉄哲自身は事前に"個性"を使用することが分かりきっている為、事前に鉄分を摂ることでしっかりと準備することが出来る。自分自身の"個性"たった一つを使えばいいことが分かりきっているのだから、当然だ。

 しかし、その一方で……物間は、あらゆる状況に臨機応変に対応しなければならない。実弥の指摘にあった通りに、先見の明や凡ゆる状況を想定する為の経験値でもなければ自分が"個性"を使う準備を事前に行うことなどそうそう出来ない。

 

 しかも、大抵の場合は初見で"個性"を扱わなければならない為、簡単に力の全てを発揮することは出来ない。これが爆豪やオールマイトのような天才ならばまだしも、物間は凡人。そんな芸当……到底出来る訳がなかった。

 準備さえすればいつでもフルパワーを発揮出来る鉄哲に対し、物間は条件が揃うことがない限り、最低限の力しか発揮出来ない。

 

 今回は、条件が揃わなかった。故に、肉体を覆った金属の強度も、その状態を維持する持続力も、最低限のレベルになってしまった。そこを頭に置いた上で実弥と対峙するのなら、選択肢を耐えることではなく、早々に決着をつけることに絞るべきだった。

 

 繰り返すようだが、物間は基本的に鉄哲の"個性"を最低限しか扱えない。作戦会議のタイミングで鉄哲が"個性"を維持出来るおおよその時間を把握していたからこそ、実弥は物間が防御に徹するように絶え間なく攻撃を叩き込み続けた。ここは耐えなければと思わせた。結果、物間は"個性"を維持出来る時間の限界まで耐え凌ぎ、実弥の策が彼の策を打ち破った。

 周囲からすれば、金属を木刀では打ち破れないからと自棄になったように見えたかもしれない。

 だが、彼の行動には意味があった。

 

(防御が破られたなら……攻めるしかない!)

 

 攻撃は最大の防御とも言う。こうなれば、やられる前にやる戦法をとる他ない。唇を噛み締めながら回原の頭に触れた物間は……右腕を振り抜いた。

 すると、振り抜いた右腕があろうことかドリルのように回転し、実弥の皮膚を抉り抜かんとする勢いで迫ってきたではないか。

 その様には、実弥も思わず目を見開いた。

 

 回原旋。彼の"個性"は、"旋回"。体のあらゆる部位をドリルのように高速回転出来るというもの。回転によって相手の防御を弾くことも可能で、単純な接近戦でなら一方的に有利に戦うことも出来るようになる。

 また、回転の勢いを利用して変則的な移動を行う、相手に捕まって拘束されても全身を高速回転させて抵抗するといった芸当も可能だ。

 

「!回原の!?気をつけて!対接近戦に関して言えば、回原の"個性"は侮れないよ!」

 

 拳藤がドリルの如く回転する物間の腕を見て、咄嗟に声を上げる。腕を回転させるだけで攻撃力は大幅に上昇しているはず。そんな状態でパンチを繰り出されれば、相手は当然怯むだろう。

 だが……それは、相手がごく普通ならばという話だ。実弥は、やはりごく普通には当てはまらない。

 

「なっ!?」

 

 なんと――実弥は、ドリルのように回転しながら迫る物間の腕を鷲掴みにした。

 

「「「つ、掴み取った!?」」」

 

 高速で回転している最中のドリルを鷲掴みにする発想など、普通ならば浮かばない。

 そういう発想が当然のように出てくることに、物間は実弥の得体の知れなさを垣間見たし、鉄哲達も口をあんぐりと開けて愕然とした様子を見せた。

 

「っっ、くそっ……!離せ!」

 

「離せと言われて離す馬鹿はいねェよ!!!」

 

 鷲掴みにされている腕を回転させ、必死に抵抗を試みる物間だが、人間離れした怪力を持つ実弥はその腕を何があろうと離さなかった。

 このままでは、撤退することもままならない。何か、何か方法はないのか。B組の為にも、自分の為にも負ける訳にはいかないのに。

 物間は、体内の鉄分を大きく消費した影響で軽くめまいがしている中でも、必死に頭を回した。

 

 そして――

 

「おい!待てって!勝手すな!爆豪ぉぉぉ!!!」

 

 思考に没頭していた物間の意識は、切島の叫びと耳に轟く爆発音によって急激に現実へと引き戻された。

 

『爆豪、再び単騎で突っ込んだ!物間チームの敵は、不死川チームのみならず!!A組屈指の実力者の爆豪率いるチームもいるぜ!!』

 

 思わずプレゼントマイクの実況に促されて爆発音の聞こえた方を仰ぎ見ると、掌から起こした爆破で空中を駆ける爆豪の姿があった。

 何もしないままでは懐に潜り込まれることを悟り、物間は実弥に対して必死に抵抗を続けつつも声を上げる。

 

「円場……っ!ガードッ!!」

 

「ま、任せろ!」

 

 物間に指示を飛ばされると、円場は即座に肺に空気を取り込み、空中に対して息を吹き出した。

 

 円場の"個性"は、"空気凝固"。吹き出した空気を固めて透明の壁を作り出すことが出来るというもの。肺活量に応じて大きさが決まるが、強い力を加えると簡単に割れてしまい、耐久度は低めだ。しかし、足場を作り出したりすることにも活用出来る。

 

「チッ!」

 

「見えねー壁だぜ!ざまあみろ!」

 

 閑話休題。そのまま爆破を起こして一気に懐に飛び込もうとした爆豪であったが、円場の息で生成された見えない壁によって半ば叩きつけられるような形で行手を阻まれる。

 地面に落下する訳にはいくまいと片足と片手を壁に押し付け、もう片方の空いた手で見えない壁の端を掴んだ。だが、空いた片足の置き場がなく、踏ん張りがきかない不安定な体勢になってしまう。

 

 どちらにせよ、長い時間は保たない。物間達は、爆豪がこのまま地面に落ち、チームごと失格になることを願ったが……。

 

「その程度でA組(ウチ)の爆発頭は止められねェぜ」

 

「……オラッ!!!」

 

 実弥が獰猛に笑いながら呟いたと同時に爆豪が拳を振り抜き、透明な壁が呆気なく砕け散った。

 そして、爆豪の腕は壁を突き抜け……物間の頭に巻かれた鉢巻に到達。爆豪は、その手で鉢巻を鷲掴みにすると、もう片方の手から爆破を起こして落下を避けた。体勢が不安定な状態から立て直すとは、とてつもない体幹だ。

 

「跳ぶ時は言えって!」

 

「でも、物間達が最初から持ってた鉢巻は()った!後は、俺らの分だけだ!!」

 

 そんな体勢が不安定な爆豪を瀬呂がテープを伸ばし、巻き取ることですかさず拾い上げる。

 物間チームから鉢巻を奪い取ったことで、たった今、爆豪チームの持ち点が0Pから295Pまで一気に増加した。

 

「上位を維持しているとは言えど、持ち点は爆豪から奪取したもののみ……。背水の陣……か。ケ、ケヒヒ……笑えないな……」

 

「どうする!?物間!早いところ撤退しないとヤバいぞ!」

 

 現状に冷や汗を流しながら乾いた笑いを見せる黒色が呟き、円場が焦りを露わに声を発する。

 ピンチには変わりないはずなのに、物間は……冷や汗を流しつつも、不敵に笑っていた。

 

「……大丈夫さ。僕に考えがある。爆豪君が突っ込んできてくれたおかげで、考える時間が出来たよ」

 

 現実逃避でもしているのか、と言いたげな様子で回原達は訝しげに物間を見る。

 取っ組み合いになって自分が動けないことは確かだ。しかし、発想を転換させると一筋の光明が差し込んできた。

 

「……この状況で動けないのは君も同じだ、不死川君」

 

 そう。このまま取っ組み合いに持ち込んで物間を押さえつけるのなら、下手に動けないのは実弥も同じことなのだ。

 つまり、今の状況は……物間が実弥の体に触れる大きなチャンスということになる。

 無理矢理に口角を上げ、不敵に笑いながら呟くと物間は自分の腕を鷲掴みにしている実弥の手に触れた。

 

 その行動が何を意味するか。それを悟った拳藤は、ギョッとして目を見開きながら叫んだ。

 

「鉄哲!発目!後退するよ!とんでもないのがくる!!!」

 

『物間、遂に不死川に触れたぁぁぁ!!!これは……流石の不死川チームも後退するべきじゃないか!?』

 

 只事ではない様子の彼女やプレゼントマイクの実況を耳にし、発目が慌てて訪ねる。

 

「な、何が起こったんです!?」

 

「……し、不死川が触られた!」

 

「鉄哲君の言い方がアレですけど、とにかくやばいってことですね!?」

 

 妙な言い方になってしまった辺り、鉄哲も動揺しているらしい。取り敢えず状況を共有した一同は、動揺も見せることなく寡黙に物間を睨む実弥を疑問に思いつつも、物間から距離を置いた。

 ある程度の距離を置くと、続け様に拳藤が指示を飛ばす。

 

「鉄哲!"スティール"を発動して、とにかく踏ん張って!!!」

 

「ま、任された!」

 

「発目もしっかり踏ん張る!」

 

「は、はいっ!」

 

「それと……ごめん、不死川!ちょっと掴む!」

 

「つ、掴むゥ?うおっ!?」

 

 2人に指示を飛ばした後で、拳藤も自分の手を人1人が掴めてしまう程のサイズに巨大化させ、実弥の胴体を鷲掴みにする。何にせよ、これで風圧を喰らった実弥が体勢を崩してしまうのを避けられるはずだ。

 そんな慌てた様子の一同を見て、物間はほくそ笑んだ。

 

「ははっ……!そうだよね。不死川君の"個性"の恐ろしさは、君達がよく知っているだろう!納得の慌てっぷりだよ。それじゃあ……散々冷や汗をかかせてくれたお返しだ!」

 

 物間が腕を振りかぶる。回原達は、これが逆転の一手になるかもしれない、と微かな希望を見出して彼を見守る。

 鉄哲は"個性"を発動して身構え、拳藤と発目は息を呑む。拳藤に胴体を鷲掴みにされるという気の抜ける様になっている実弥ただ1人だけが顔色を変えることなく、無言で物間を見つめていた。

 

 ――その次の瞬間、ついに物間が拳を振り抜いた。実弥が繰り出したものと同じく、凄絶な風圧が押し寄せてくるはずだと身構え、思わず腰を落とした鉄哲、拳藤、発目だったが……。

 

「…………あれ?」

 

『……物間、不死川の"個性"をコピーしたが……不発?ってことでいいのか?』

 

『……成る程。不死川の"個性"が本来あるべきでない形で目立っているから、勘違いに陥ったな』

 

 威力が等しくなかったとしても、多少は風が巻き起こることを覚悟していたのだが、いつになっても風が押し寄せる様子がない。プレゼントマイクも、物間の攻撃が不発に終わったことにポカンとする。相澤は自分の隣でポカンとしている同僚に呆れながら、淡々と言葉を述べる。

 そう。物間の拳は虚しくも空を切り、彼の策は無駄に終わってしまったのだ。

 

「……ど、どうなっているんだ……?確かに不死川君の"個性"をコピーしたはずだ!……まさか、スカなのか!?」

 

 混乱した様子で、物間が自分の掌を見下ろす。自分の思惑が全て崩れ去り、大きく動揺している彼を見て……実弥は憐れむように笑った。

 

「そのスカってのがハズレだと仮定したとして……だ。障害物競走の時、相澤先生が解説なさったはずだがなァ……。『本質的には、常人より遥かに丈夫な肺を持ってるってだけだ』ってよォ」

 

「は……?」

 

 困惑をいっぱいに物間が声を漏らす。鷲掴みにされていた状態から解放してもらいつつ、実弥は続けた。

 

「俺の"個性"は、常人より遥かに肺が丈夫ってだけだ。どっかの誰かさんが言いそうな単語を用いれば、俗に言う没個性って奴さァ。だが……俺は血反吐も吐くくらいに年単位で鍛えた。今の俺があるのは、その結果だ」

 

 そして、常人はやらないレベルまで肺を鍛えた結果、酸素を取り込むことで身体を強化することが出来るようになった。つまり、自分自身はいつでもごく普通の呼吸をしているだけだと付け加えた。

 

「……要するに、テメェは俺の"個性"をコピーすることは出来た。だがなァ、どう足掻いても俺みてェな芸当は出来ねェんだよ。A組(俺達)を出し抜くことで頭がいっぱいで解説を聞き逃したかァ?それとも……聞いてはいたが、俺を相手にした瞬間に都合悪く頭から抜け落ちたかァ?どっちかが欠けてなけりゃあ、俺の"個性"をコピーしようなんて考えには至らなかったはずだぜェ」

 

「……っ」

 

 物間は実弥の"個性"の真実を聞くと、身体中から力が抜けたかのように項垂れてしまった。――"個性"の真実も何も、実のことを言えば、彼は無個性なのだが――

 しかし、それもたった数秒のことで。再び拳を握り締めると、絶望を必死で覆い隠すかのように(いびつ)な笑みを浮かべて叫んだ。

 

「使えない"個性"を使える"個性"に昇華させたってことかい!?ほんっとうに……君が羨ましいよ、不死川君!!!どれだけ鍛えたとしても、普段の無個性同然の状態からは絶対に抜け出せない僕とは違ってさぁっ!!!!!」

 

 物間の叫びに対し、実弥は冷ややかな視線を向けるのみ。

 対する物間は、悔しそうに下唇を噛み締め、必死な様子で指示を飛ばしていく。

 

「回原!円場!黒色!行け!絶対に不死川君から鉢巻を奪うんだ!!!」

 

「ちょっ、待て!落ち着け、物間!衝動的に突っ込んだって返り討ちに遭うだけだぞ!」

 

「ここまで他人を散々煽ってきた報復を受けたな……。煽り返されて逆上とは……」

 

 実弥一直線な物間の様子に、回原は必死で彼を(なだ)め、黒色は呆れたように呟く。

 人生の中で何度も他人の粗を探して煽り、出し抜くという所業を繰り返してきた物間。平気な顔で他人を傷つけかねないような行動をしてきた結果が……全て自分に返ってきた。

 もはや、彼は周りが全く見えていないと言っても過言ではない様子だった。

 

「ヤバいって、物間!俺達の相手は――」

 

 不死川だけじゃない。円場がそう叫びかけた瞬間――

 

「今だァ!掻っ(さら)えェ!!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべた実弥の叫びがそれを遮った。

 

「テメェに言われなくても……分かってらァ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 直後に轟いた爆発音と闘志に満ち溢れた叫びに物間は冷静さを取り戻すと、慌てて振り向く。

 視線の先にあったのは……この時を待っていたと言わんばかりにやる気の満ちた笑みを浮かべて突き進む爆豪チームの姿。

 距離を詰めながら、爆豪が言い放つ。

 

「俺単騎じゃ踏ん張りきかねェ!全員で突っ込むぞ!」

 

 先程、鉢巻を奪い返す為に単騎で特攻したタイミングで爆豪は学んだ。そして、自分1人では落馬のリスクが大きいことを悟った。獲るなら、確実に獲る。

 その為なら、実弥のように使えるものは全て使う。そんな意気が爆豪の中に沸き起こった。

 

「醤油顔!テープ!!」

 

「瀬呂、なっ!」

 

 爆豪が指示を飛ばし、瀬呂があだ名呼びを訂正しつつ、肘からテープを射出する。射出したテープは、物間チームを捕らえる為に彼らに直接貼り付く……のではなく。彼らのいる位置から少し前の地面に貼り付いた。

 

 何となく狙いを察し、逆に自分が揺さぶられたことが信じられずに呆然とする物間を他所に、逃走を図る回原達。

 しかし、爆豪は彼らを逃がさない。間髪入れず、次の指示を飛ばす。

 

「黒目!進行方向に弱めの溶解液!」

 

「あ・し・ど・み・な!!」

 

 続けて、芦戸が自分の名前を一言一句はっきりと言い聞かせながら、満面の笑みで進行方向に向けて人に影響のない強さの酸を撒き散らす。

 撒き散らされた酸は、物間達に向けて一直線に道を作った。

 

「一気に突っ込む……!ブレんじゃねェぞ、切島ァ!!!」

 

「言われるまでもねえ!」

 

『爆豪チーム、隙だらけの物間チームに向かって突き進んでいく!物間チームの防御は間に合うか!?』

 

 全ての準備が完了すると、爆豪は戦闘狂のように白い歯を見せつけながら不敵に笑う。そして……進行方向と逆に両手を構え、爆破を巻き起こした。

 彼の起こした爆破が遠心力を与え、弱めの酸によって地面を滑るように突き進む。その結果、爆豪チームは回原達が想定していないスピードで猛然と肉薄した。

 

「畜生……最後の足掻きだ!」

 

 せめてもの抵抗で円場が空中に空気を吹き出し、透明な壁を形成する。しかし……。

 

「っらぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

『ああっと、防御は間に合ったが、呆気なく破られる!そして今……物間チームは全部のポイントを奪い取られたぁぁぁ!!!』

 

 スピードに乗せて、爆豪が十八番(おはこ)の右の大振りを繰り出すと、壁は呆気なく砕け散る。そして、避ける素振りも防ぐ素振りも見せない物間の首に巻き付いた鉢巻を掴み取り……とうとう、爆豪チームは鉢巻の奪還を果たしたのだった。

 

「おまけのプレゼントだぜェ」

 

「うおっ!?」

 

 更に実弥が発目特製の捕縛銃を構え、物間チームに向けて捕縛網を発射。狙いを外すことなく放たれた網は彼らに覆い被さる。

 網からの脱出を試みて必死にもがくが……脱出出来る様子は見られない。

 

「ふふふ……!その網は特製のものですから、滅茶苦茶丈夫に仕上げているんです!異形型や増強系の方のパワーにも確実に耐えられます!切ったりちぎったりはそうそう出来ないようにしてますので、貴方達はもう行動不能です!」

 

「つまり、テメェらはここで実質リタイアだァ」

 

「……マジかよ……」

 

 自信満々に性能を自慢する発目と、不敵な笑みで物間達のリタイアを宣言する実弥。

 すると、物間チームは絶望的な宣告に呆然として動きを止めてしまった。

 

『容赦ねえな、不死川チーム……。あー……動けねえなら、実質リタイアだな……。まあ、なんだ。相手が悪かったってことで!ドンマイ!物間チーム!』

 

「「「「「ド、ドンマーイ!!!」」」」」

 

『……物間、競技終了後にじっくり話を聞かせてもらうぞ』

 

 プレゼントマイクのみならず、観衆からもドンマイコールが響き渡る。どこか冷たくも思われる声色の相澤から告げられた言葉も、絶望的な宣告という他ない。あまりに屈辱的な終わり方に、物間は顔を伏せ、唇を噛み締める他なかった。

 回原達も拳を握りしめ、悔しさを堪えるように顔を伏せる。

 

「よっしゃあ、取り返した!」

 

「次はテメェだ……!」

 

「……敵が絶えないって感じだね」

 

「ああ。だが、こうでなくちゃあなァ……!」

 

 網に囚われた物間達の背中を憐れむように見つめていた実弥に獰猛な視線が向けられる。その視線の先にあったのは、獰猛な笑みで掌から火花を散らす爆豪の姿と、やる気満々でこの時を待ち侘びていたと言わんばかりの様子の切島、瀬呂、芦戸。

 

「いくぞ、傷顔ォォォ!!!」

 

「いつでも来いや、爆発頭ァ!!!」

 

 叫ぶと同時に、爆豪は掌から爆破を起こして空中へ跳ぶ。そして、恐れをなさずに距離を詰め、実弥の額に巻き付けられた1000万の鉢巻に腕を伸ばした。

 

 残り時間5分。騎馬戦は遂に――佳境へ突入する。




物間君、実弥さんに完全敗北する上に爆豪君らに鉢巻を全て奪取され、発目さん開発の捕縛銃で行動不能になり、実質リタイアという形で終わりました。思ったよりもボコられてないなあと思った方がいらっしゃるかもしれませんが……結果的に自分の策が思い通りにいかなかったりと、精神的にボコボコにしちゃってるのでまあ良いかなあ……と。
競技後に話し合いの場も設けますので、お許しを。

次回の後編でやっと騎馬戦が終わります。もう少しお付き合いください。
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