疾きこと風の如く   作:白華虚

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第五話 不死川実弥:オリジン(後編)

「はあっ……はあっ……!」

 

(届けなきゃ……実弥お兄ちゃんの木刀……!お兄ちゃんなら、絶対何とかしてくれる……!)

 

 綺麗に手入れされたサラサラの白い長髪を(なび)かせ、エリが走る。その小さな腕に、緑色の紐が結び付けられた実弥愛用の木刀を抱えて。

 

 脳裏に浮かぶのは、自分を庇って次々と倒れていく、兄や姉として慕っていた子供達の姿。彼らが目の前で跡形もなく消えてしまう瞬間や、彼方此方に飛び散った血痕を思い出す度に恐怖で足が止まりそうになる。

 

 それでも……自分に希望を託して死んでしまった彼らの為に、足を止める訳にはいかない。実弥に希望を繋がなければならない。ここで自分が死ぬ訳にはいかない。何より――

 

(実弥お兄ちゃんを独りぼっちにさせない……!させたくない……!)

 

 自分の為に命を捨てた、自分よりも実弥のことを知る子供達に託された。

 

 実弥お兄ちゃんは優しくて繊細な人だから。自分達がいなくなったら、きっと心を痛めて悲しむから。だから、生きて。側にいてあげて、と。

 

 兄や姉との願いを果たす為、生き延びる為に止めることなく歩みを進めるエリの前に壁が立ち塞がる。

 

「嬢ちゃん。そんなに必死に逃げて……どうしたってんだ?」

 

「ひっ!?」

 

「おいおい、そんなに怖がることないだろ?」

 

 声をかけられて振り向いてみれば、そこにいたのは熊の姿をした大男。自分より一回り二回りどころでは済まない巨体を持った山のような男だった。眠る子供達の対処を''破裂''の''個性''を持つ(ヴィラン)と''クラーケン''の(ヴィラン)に任せ、あの場から逃げた自分を追いかけてきた(ヴィラン)のうちの1人。

 

 後退りするエリの顔を、珍しいものでも見るかのようにじっと見つめる熊の(ヴィラン)。何かを思い出したかのような顔付きになると、叫んだ。

 

「兄貴!兄貴!見つけましたよ、()()()()()()()()!」

 

「ほう?」

 

 熊の(ヴィラン)の叫びに答え、大した時間も経たないうちに王者のような貫禄のある渋みに満ちた声が響いた。

 

 曲がり角から姿を表したのは、金色に輝く(たてがみ)を持つ獣。逞しく発達した薄い金色の体毛に覆われた肉体を持ち、瞳には弱肉強食の世界を生き抜いてきた歴戦の獣として弱きを喰らう獰猛さを宿している。その姿こそ、紛れもないライオン――獅子だった。

 

「白い髪に、赤い瞳。それと……額の右側の角。うむ、間違いない。よくやったぞ」

 

 鋭く尖る白い牙を見せ、獅子の(ヴィラン)が不敵に笑う。獲物は見つけた、もう逃がさない。獰猛な瞳でそう語っていた。

 

 その瞳に晒されたエリは、兎の気分になった。捕食対象として認識され、肉体が硬直して視線すら逸らせない。視線を逸らせば、その間に距離を詰められて食べられてしまうのではないか。兎そっくりの赤い瞳に白い髪の毛、小柄で儚い体格の彼女をそんな恐怖が襲った。

 

 本人自身、何が原因でかいたのかもよく分からない心地悪い汗が額から垂れて頬を伝い、顎から床へと滴り落ちる。心臓をグッと鷲掴みされたような苦しい感覚があり、逃げようにも体が動かなかった。それどころか足が言うことを聞かず、その場に膝から崩れ落ちてしまう。

 

「お嬢さん、そんなに怖がることはない。俺達は君を殺さない。君に関しては、生きたまま捕らえるようにと命令されているんだ」

 

 恐怖に押しつぶされかけている様子のエリを見兼ねた獅子の(ヴィラン)が、自分の子供を諭すかのような優しい声色で言う。エリを包み込むかのような優しい手。だが、エリが安心することは決してない。彼女の中で、「この人の言うことを聞いてはいけない」という予感がしていた。

 

「大人しく俺達に着いてきてくれるのなら、傷つけはしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 世話役のお兄さんという単語を聞いたエリの中に、昔の光景がフラッシュバックする。

 

 ――赤みの混じった黒髪。黒い布製のマスク。他人から触れられることを嫌うかのような、神経質な黄色い瞳。そんな身体的特徴を持つ男が、「組の為だ」とか「オヤジの為だ」と言って、体を切りつける。

 

 傷跡も完全に消えてしまったというのに、かつて切り付けられた部位がズキズキと痛み始める。体を切りつけられる恐怖が湧き上がって、心臓がより速く鼓動を刻み始める。果てには、上手く呼吸が出来ずに息が上がり始めた。

 

「はあっ……!はあっ……!」

 

 誘いに乗って一度でもあの男の元に戻ってしまえば、もう二度とそよ風園には戻ってこれないだろう。二度と実弥の温かく、慈愛に満ちた手に触れられないだろう。撫でてもらえないだろう。母親のような優しい笑顔も見られないだろう。

 

 本当の父親のように、または兄のように。更には、母親のように自分を愛してくれる実弥と暮らす。それが、エリにとっての一番の幸せだった。だから――

 

「っ、いやっ!」

 

 勇気を振り絞り、涙ながらにこちらに差し伸べられる手をはたいた。

 

 唖然とする目の前の(ヴィラン)達に向けて、エリはまくし立てる。

 

「あの人が私を心配するなんて……絶対あり得ない!組の為にとか、私のおじいちゃんの為にとか……そんなことばかり言って、あの人は私の体を切りつける!痛かった……苦しかった……。考えてるのは、自分のことばかり……!そんな人のところに戻るなんて、絶対に嫌だ!」

 

 これまでのエリなら、嫌だという意思をはっきりと示すことはなかった。世話役の男の言うことに言われるがままに従い、我慢をしてきた。

 だが、実弥やここの子供達が教えてくれた。嫌なことは嫌だと言ってもいいんだと。

 

 実弥との幸せな暮らしを捨てたくない。また苦しむのは嫌だ。初めて、エリはその意思をはっきりと示した。

 

「ガキが……!大人の言うことはきちんと聞くもんだぞ!反抗する意思すら持てないように、まずはその木刀を取り上げてやる!」

 

 子供は従順なものだと思い込んでいたのか、熊の(ヴィラン)が牙を剥き、怒りを露わにして一歩ずつエリに歩み寄っていく。

 

「いやっ……!来ないで……!」

 

 震える手で木刀を握りしめ、構える。だが、剣の心得がないことが分かる初心者のそれに(ヴィラン)は怯まない。歩みを進め続け、無駄だと笑う。

 

 エリの目前に到達した熊の(ヴィラン)は、彼女を脅すかのようにギシッと勢いよく孤児院の床を踏み鳴らす。力士の四股(しこ)踏みのように、力強く。

 

「……殺すなよ。命令された通りに生きた状態で捕らえなければ、()()()()()()()

 

「おっと、そうだった。危ねえ危ねえ……。了解しました、兄貴」

 

 手下であろう熊の(ヴィラン)を鋭く一睨みする獅子の(ヴィラン)。それによって冷静さを取り戻した彼は、やらかしかけた自分を咎めるかのようにポリポリと頭を掻きむしってから再びエリを見て口角を吊り上げ、笑った。

 

「ともかく、嬢ちゃんが逃げられる方法はねえよ。観念しな。ま、安心しろよ。悪くはしねえ。反抗すりゃあ……ちっと痛い目に遭うもしれないがな!一先ず、その木刀を寄越しやがれ!!!」

 

 左手を右肩に添え、ぐるぐると回してほぐした後、エリの抵抗手段を奪い去って絶望を与えようと、熊の茶色い体毛に覆われた剛腕が振るわれる。

 

「っ!」

 

 実弥に繋ぐ為の希望を奪われる訳にはいかないと、エリは背中を丸めて庇うように木刀を強く抱きしめた。

 

「そうかよ、寄越す気はないってことか!それなら痛い目に遭ってもらうとしようかァ!」

 

 自分の産んだ卵を守ろうとする親鳥のような様子のエリを見た熊は、剛腕ではなくその爪を振るう。

 

 これから死ぬかもしれない。そう思うと、エリの中でゆっくりと時間が流れていくような感覚がした。

 

 流れゆく思い出。そよ風園に来るまで、自分を大切に育ててくれた祖父。そよ風園の先生や子供達に、実弥との楽しかった日々。彼らの温かい笑顔。それを思うと、まだ幸せな日々を失いたくない。生きていたいという思いが湧き出てくる。

 

(実弥お兄ちゃん……!実弥お兄ちゃん……っ!救けて……!救けて……!)

 

 涙を堪えながら、エリは実弥を……危機を覆してくれるであろうヒーローを求めた。

 

「救けて……!」

 

 エリが、救けを求めるか細い声を発したその瞬間――

 

「薄汚ェ手で俺の妹に触んなァ、人殺し」

 

 (ヴィラン)達にどうしようも無い絶望を(もたら)す修羅の声がした。

 

 その声がしたのは、熊の(ヴィラン)の真上。彼はハッとしながら顔を上げ、腰を抜かした。

 

 見開かれ、血走った目。歯を食いしばり、憤怒で歪んだ口元。その顔付きは、まさしく修羅そのもの。声の主は――憤怒で堪忍袋の緒を切れさせた修羅と化した実弥だった。

 

 何か行動を起こそうにも、体が動かない。避けるか防ぐかしなければいけないと分かっていながら、何も出来ない。予想外の出来事が起こった瞬間、思考を停止し、動きを止めてしまう人間の体。なんと単純なつくりなのだろう。そんなことを思うのも束の間。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)()(かた)―― 木枯(こが)らし(おろし)ッ!!!!!

 

 

 

「ゴフッ!?」

 

 晩秋から初冬にかけて山から吹き下ろす、強く冷たい風を纏った実弥の踵落としが、熊の(ヴィラン)の脳天を打ち抜いた。

 

 垂直方向に力がのしかかり、その体が床に沈み込む。彼の足元に見事なクレーターが完成してしまった。

 

 激しく脳を揺さぶられた(ヴィラン)は、呆気なく脳震盪を起こして気を失い、白目になりながら前のめりに倒れ、地面に伏せた。

 

 熊の(ヴィラン)が床に衝突した鈍い音がして、数秒の沈黙が流れる。自分の体に痛みも何も無いことに気が付き、エリは恐る恐る丸めた背中を起こした。

 

「エリ」

 

 先程までの憤怒に満ちた声とは真反対の、慈愛に満ちた仏のような優しい声がエリに降りかかる。

 

 その声に顔を上げ、自分を救けてくれたヒーローの名を呼ぶ前に――彼女は抱きしめられた。

 

「遅くなった。ごめんな」

 

「実弥お兄ちゃん……!」

 

 エリの白い髪を撫で、木刀を受け取りつつ言う実弥を、彼女も抱きしめ返した。

 

 エリの目尻に溜まった真珠のように透き通った涙を親指で優しく拭ってやりながら、実弥は白い歯を見せてニカッと朗らかに笑ってみせる。

 

「こいつ、届けようとしてくれてたんだよな。ありがとなァ。……後は兄ちゃんに任せとけ」

 

 実弥の言葉に、にへらと笑ってから頷くエリに離れておくように促した後。実弥は立ち上がり、再び修羅と化す。2人のうち、残った片方である獅子の(ヴィラン)を憎しみで濁りきった紫色の瞳で睨みつけた。

 

「小僧。お前も……ここの孤児院に住んでいるのか?」

 

 獅子の姿に変化していることで増している獣の本能が、一刻も早くここから逃げろと忠告している。だが、目の前の少年が素直に逃がしてくれるとも思えず、今は何とかして時間を稼いで隙を見つけたかった。

 

 実弥は、血走った目のまま、口の端を吊り上げて不敵に笑いつつ、木刀の(きっさき)(ヴィラン)に向けて答えた。

 

「そうだぜェ。よくも……よくも俺の家族をズタズタにしやがったなァ……!何が目的だァ!?テメェらは、どうして残酷なことを平気な顔で淡々とやりやがる!?答えやがれェ!!!」

 

 実弥が声を荒げる。聞く者全ての耳を(つんざ)く龍の雄叫びのようだった。

 

 たらりと冷や汗が額を伝っていくのを感じつつ、(ヴィラン)は答える。

 

「……金の為だ。そこにいるお嬢さんを依頼主に引き渡すことさえ出来れば、大量の金が手に入る。更にだ。ここの孤児院で過ごしているガキ共の死体を引き渡すのと引き換えに、より多くの大金が手に入る!……分かってくれ、小僧。俺には金が必要なんだ。そこのお嬢さんを引き渡してくれれば、お前も救かる。その子1人を差し出しさえすれば、沢山の人が救かるかもしれないんだぞ!?」

 

 男は語り始めた。

 

 曰く、自分には家族がいる。

 

 曰く、家族を養う為に仕事に精を出していた時期もあった。しかし、自身のミスで仕事をクビになってから重なった災難で、金が尽き始めていた。それでも、愛する家族の為に金が必要だった。だから、裏社会に足を踏み入れてしまったのだと。

 

 要するに、家族の為にこうするしかなかったという訳である。余程のお人好しなら同情して提案に乗ってくれる。鋒を突き付けたまま唖然とする実弥を見た男は、そんな淡い希望を抱いていたのかもしれない。

 

 だが――他人の幸せの為に家族が危機に瀕することを良しとする人間など、いる訳がないのだ。

 

「知ったこっちゃねェよ」

 

「ッ!?」

 

 実弥から溢れる怒気が更に増す。語尾に怒りの感情がのしかかる。

 

 瞬間、(ヴィラン)は察した。自分は龍の逆鱗に触れてしまったのだと。

 

「黙って聞いてりゃ、自分の家族の為にお前の家族を差し出せってかァ?なァ、クソ(ヴィラン)さんよォ――頭イカれてんのか、テメェ」

 

 烈風で木の葉が揺れ、砂が激しく巻き上げられるような音を発しながら、実弥は激昂する。

 

「善人ぶってんじゃねェぞ、(クズ)野郎!身内の為だとか綺麗ごと並べようがなァ……!普通に幸せな暮らしを送ってた俺達の幸せを粉々にぶち壊した!その事実は変わらねェ!直接殺してなかろうが何も関係ねェ。この計画に加担した時点で――テメェはァ、()()()()()()()()()()()()()ォォォ!!!!!」

 

 (ヴィラン)の体中から冷や汗が噴き出し、彼は実弥の言葉に愕然とした。体中から力が抜け、呼吸が乱れる中で呆然と床を見つめて、「そんなつもりは……」と何度も呟いていた。

 

 その間にも、床を蹴った実弥は疾走する。着実に(ヴィラン)との距離を詰めていく。そして、家族を奪われた怒りと悲しみ。その全てを木刀を握りしめる手に込め……それを振るった。

 

「ガハッ……!?」

 

 すれ違いざまに叩き込まれたのは、相手を取り囲むような渦の斬撃。空高い場所を、風を切りながら飛行する隼の翼、そこの先端にある風切羽のような鋭い斬撃だった。

 

 

 

(かぜ)呼吸(こきゅう)(はち)(かた)――初烈風斬(しょれつかざき)

 

 

 

 怒りを押し殺すように型の名を紡いだと同時に、(ヴィラン)が血を流して倒れる。

 

 ――戦いは終わった。数十分も経たないうちに決着がついた。

 

「終わった……。終わったんだなァ……」

 

 木刀を握りしめていた手から力が抜け、実弥がそれを手放す。良質な木と木同士がぶつかり合った音が孤児院の廊下を反響する。

 

「っ……あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!」

 

 その瞬間、実弥の胸中を家族を失った痛みが埋め尽くした。膝から崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙を零す彼の慟哭が孤児院中に響き渡る。

 

「実弥お兄ちゃん……」

 

 自分のせいだと誰にともなく謝る彼を、静かに見つめるエリ。勿論、彼女だって家族のように慕っていた孤児院の皆を失ったことはとても辛い。でも、実弥の方が自分よりも辛いのだと思った。

 

 だから――

 

「実弥お兄ちゃん、頑張ったね。皆は死んじゃったけれど……お兄ちゃんのせいじゃないよ。私がいるよ。だから、大丈夫……大丈夫……」

 

 自分の悲しみや苦しみの全てを振り切り、彼女は微笑んで実弥をそっと、そっとその小さな体で抱きしめた。

 

 戦いが終わった時。外では、既に地面や葉に大量の雫が強く打ち付けられ、常闇のようにドス黒い雲の中で稲光が走り、雷鳴が轟いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らくは、近所に住む人が通報したのであろう。全てが終わった後にヒーローが駆けつけてきた。だが、何もかもが遅かった。彼らが見たのは……大雨に濡れながら、虚ろな瞳で孤児院の先生達の亡骸を埋葬する実弥の姿だけだった。

 

 枯れる程に涙を流した後、実弥は血だらけの地獄のような部屋と化してしまった寝室に足を踏み入れた。

 今思えば、そこにあったはずの子供達の亡骸が"破裂"によって血溜まりと化したものを除いて()()()()()()()()()()()()のが気がかりだ。だが、心が擦り切れ、荒んでしまった当時の彼には、そんなことを考える余裕もなく、先生達を静かに眠らせてあげようと思うのが精一杯だった。

 

 思いついたことを雨に濡れながらも行動に移している時に、ようやくヒーローが駆けつけてきたというのがそこまでの経緯となる。

 

 まさにボロボロの布切れだというに相応しいくらいの傷を負っていた(ヴィラン)を見つけたヒーロー達は絶句した。過剰防衛にもなりかねない具合の傷だったが、様々な事件に関わってきたヒーロー達は、実弥のように家族を失ったのをきっかけに暴走して(ヴィラン)を死にかける程の状態にまで追い詰めてしまった子供達を見てきていた。

 

 勿論、そうなる理由は感情の制御が上手く出来ないが故。感情の爆発をきっかけに"個性"の爆発力も増加してそんな事態に至るのは、この超常社会では良くある話だった。ある程度の歳になっている子供であっても、精神的に脆かったり、元から繊細な性格だったりする場合はそういう事例に陥るという話もゼロじゃない。

 

 だから、ヒーロー達は実弥を哀れみ、彼に罪を課さなかった。

 

 事件を経て、実弥の中に残ったのは……凡ゆる(ヴィラン)に対する激しい憎しみと、ヒーローというのは()()()()()()なのであって、彼らはあくまで同じ人間でしかないという事実だけだった。

 

 救けを求める声あらば、すぐさま駆けつけて誰一人として不幸に陥れない。そんな本当のヒーローは、物語の中だけの存在なのだと知った。

 

 これから、いつ自分達に火の粉が降りかかるのかも分からない。ならば、それは自分の手で払うまで。

 

 事件をきっかけに、実弥は暇さえあれば(ヴィラン)と戦い、撃破する生活を続けることとなる。学校に通いながらも、放課後や早く授業が終わった時には目的地を定めることなくさすらい、少しでも人々の普通で平穏な人生を脅かす可能性のある彼らを着実に屠っていった。

 

 実弥が(ヴィラン)と戦いを繰り広げた場所では、彼らの犯罪率が永久的に著しく減少していったが……それと反対に、実弥の体には傷が増えていった。それらは、自分の身を擦り減らして戦うという彼の運命を定めるかのように、皮肉にも前世で負った傷と全く同じ位置につけられていった。

 

 実弥は、並みの人間が視認出来ない速度で戦闘を繰り広げる。故に、何も知らない市民達からは風が吹き荒れ、(ヴィラン)を傷だらけにして薙ぎ倒しているようにしか見えない。そして、その風が吹き荒れるタイミングは言うまでもなく(ヴィラン)を撃破する瞬間だ。

 

 (ヴィラン)との戦闘漬けの生活をすること、はや1年と数ヶ月。その風の噂は、人々の間に瞬く間に広がり、悪を屠る超常現象として崇め讃えられるようになった。いつしか、その超常現象は……時を遡ること鎌倉時代。太古の日本に訪れた脅威を偶然にも退けた暴風に(あやか)って、こう呼ばれるようになった。

 

 ――神風と……。

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