山賊。
この大海賊時代と言われる時代では既に廃れた貧乏稼業であり、碌な金にもならないしょうもない連中である。世の中のやる気と野心に溢れた向こうみず達がこぞって海に出るのも陸では名を挙げるのも苦労するからだ。海に出て町の一つや二つでも襲えば名は広まるだろう。その後は知らんが。海兵に捕まるなりより強大な海賊に襲われるなりすればいい。
翻って山賊は意外なことに競争相手が限られている。まあこのご時世に陸で悪事を働く変わり者がそうそう居ない事も相まって自身の縄張り以外では活動することは滅多にない。それぞれの持つ縄張りからショバ代をもらうなり追い剥ぎするなりして日銭を稼ぎながら日々を生きている。
だが、いわば日陰者の集まりである山賊界隈でも一種のタブーがある。
曰く、「東の海」では仕事をするな。
曰く、その海では酒を切らしてはいけない。
曰く、そいつの前で海賊を名乗るな。
「ほほう…これが海賊って輩かい…」
その男が店に入ってから、文字通り空気が変わった。何故か体が動かず、男がカウンターに近づいてくるのをただただ眺めるしか出来なかった。あのシャンクスですら唐突に自身を襲った夥しい程に重厚な覇気に反応することが出来なかった。久しく見えていなかった強者の気配に思わず酒を飲む手が止まる。無意識なのか自身の顔から笑みが消えていることに気づき、同時に休ませていた身体に戦意がみなぎってくるのを自覚する。
「初めて見たぜ」
「間抜けな顔してやがる」
ああ。今の自分は笑えているだろうか。先程、本能的にみなぎってきた戦意を理性で押し留める。これ程までに練り上げられた覇気を持った人間との戦いが
穏やかな訳がない。ましてや今はルフィやマキノがいる。コイツらを守りながら戦って勝てる確証がないのも事実。ここは穏便に行くしかねぇ、か。
「俺たちは山賊だ…が、別に店を荒らしに来たわけじゃねェ。酒を売ってくれ。樽で十個ほど」
「これは悪いことをしたなァ。俺たちが店の酒を飲み尽くしちまったみたいで、すまん」
「これで良かったらやるよ、まだ栓も開けてない」
緊張が走る。この交渉がどうなるのか、その結果如何ではこの島一帯が更地と化すだろう。男がチラリとシャンクスを一瞥すると。
「おい貴様」
瞬間、
「このおれを誰だと思ってる」
誰の目にも見えない速度で
「ナメたマネするんじゃねェ…」
酒瓶がシャンクスへ叩きつけられた。
見破られた?先の逡巡をあの一瞬で見破ったというのか?自分がこの村を贔屓にしており、大事にならないように立ち回ろうとしたのを把握していたとでもいうのか?
「あーあ、床がビショビショだ」
自身の動揺を悟られないように、決して相手を荒立たないように言う。懐に手を入れたベン・ベックマンに手を出さないように目線をやりながら相手の出方を伺う。
「これを見ろ」
男が何かを突きつける。手配書だ。ゴア王国が独自に発行しているものであり、海軍のものとは違い地域への被害状況や王族の判断により金額が変わるそれは客観性には欠けるためあくまで目安であるのだが。
「800万ベリーがおれの首にはかかってる」
それとは別に彼らの総意として金額を決める一つの決まりがある。それは正当性のある殺人には情状酌量の余地があるというものだ。実際は権力者を守るための建前でしかないはずのその決まりは、実はただ一人のためだけに決められた絶対遵守でありながら致し方ない処置なのだと言う。
「第一級のおたずね者ってわけだ」
なぜならそうしなければ彼の懸賞金が800万で留まることがないからだ。自身の縄張りを荒らす同業者や海賊崩れのチンピラ、時には腐敗した海兵すらも皆殺しにした彼は、如何な事情があっても大量殺人鬼でしかないからだ。
彼の名はヒグマ。
「56人殺したのさ てめェのように生意気な奴をな」
人は彼を陸の大将、「緋熊」と呼ぶ。