――FFIはイナズマジャパンの優勝で幕を閉じた。
万雷の拍手がスタジアムに降り注ぐ。普段はクールな彼も、熱血な彼も、喜びを噛み締め全身で感情を表現する。
……結局、亜門は一度も世界のフィールドに立つことはなかった。まあ、英雄たちの舞台に怪物が肩を並べるのも変な話だ。ベンチで見る彼らの試合もそう悪いものじゃなかった。
ああ。本当に、いろんな事があった。最初から順風満帆、とはいかなかったイナズマジャパン。大人の悪意が絡んだ策謀に野望。……円堂守がもう出会えないと思っていた、円堂大介との再会。
ここにいられて良かった。彼らと共にいて良かった。起きた事、経験したことを全部ひっくるめて心の底からそう思う。
「伊冬塚」
久遠監督に背を押される。行ってこい、そう言われているかのようだ。
俺が? いいのかな、なんて足が止まって……もう遠慮する必要はない、行っちゃえ行っちゃえ、君を誰も咎めはしない、と内なる三つの声が急かす。
芝を踏み、駆ける。イナズマジャパンもリトルギガントもフィールドに入って来た彼を歓迎する。FFI開催中は表に出ることが殆ど無かった亜門だが、紛れもなくイナズマジャパンの一員だ。世界と戦ってきた仲間だ。
彼を交えて試合をしてみたいとウズウズする互いのGKをDFが、MFが嗜める。勝手に始めちまえば文句言われないんじゃないか、むしろ最初からその予定だったのかなんて逆に納得するんじゃねえか? FWは焚き付ける。渦中の彼は真面目にそんな時間ないから、と対応する。
――彼は被害者だった。そうして有名になってしまった。ガルシルドの悪事が公表された今、世界から同情が集まっている。
余計な感情を背負わずにサッカーをしていたあの頃には戻れない。他人よりも長く生きられると分かった以上、表舞台に自分から立つことはもう無いだろう。……源田はどうするのかって? まあその時はその時で何とかなるさ。
でもまあ、十年経てば化身を使うサッカープレイヤーがわんさか出てくる。身体が悪魔な自分も世界は案外受け入れてくれるかもしれない。
観客もフィールドに入ってきたのが彼だと気付いた。幼なじみの声が彼の名前を呼ぶ。
日本を応援してくれてありがとう、俺の境遇を心配してくれてありがとう、俺は大丈夫です。そんな思いを込めて観客席へ一礼すれば、そんな謙虚さよりも亜門が皆と肩を並べる姿が見たいんだ、早く行きなさい――優しい声が心を撫でる。
誰も君を邪魔するものはいない。より一層大きくなった歓声が、今ここにいる皆を祝福していた――。
飛行機が出る時間までは余裕があった。
『行きたいところがあるんだ』
それはアモンが始まった場所。少女と出会った、懐かしい……そして悲しい思い出の場所。
FFIは終わった。イナズマジャパンの一員としてこの島に来た以上、祭りが終われば去らなければならない。次に来るのはいつなのか分からない以上、心残りは残したくなかった。
それは、アモンがあの時言えなかった別れを告げる自己満足。体を動かすのはアモンへとバトンタッチし、一人森の中を行く。
――その森には開発の手は入っていなかった。深い緑の中、木漏れ日を辿り奥へ奥へと迷う事なく歩む。
「……?」
目的の場所に、見慣れないものがあった。
長い古びた杖が刺さっている。それは墓のようでもあり、待ち合わせの目印のようでもあった。
それにしがみついている、薄ぼんやりとした光が見えた。
「…………………そんな……ああ」
忘れることのなかった、その魂の光は。年老いたとしても見間違える事がない彼女は。
「待って、いたのか」
千年。それは人間が一人で過ごすにはあまりにも長すぎる時間。普通ならばすり減ってこの世から消えてしまう。そうなっても構わない、と彼女は待った。
天寿を全うした彼女が天へ昇らず、それほどの時間を耐えてまで地上に残った理由なんて……アモン以外にないだろう。
約束してもいない、終わりの見えない待ち合わせ。
「っ、あ――」
何かを言わなければ、と思っていても何も言えない。ここに来るまでにたくさんの事があった。話を長引かせるのは彼女に苦痛を与える行為になる。分かっている。でも、あんな別れ方をしたのに……何を言えばいい?
「――帰ろう」
それは、最後の会話の続き。あの時と同じように手を差し出す。……震えている。手を差し出している側はアモンだ。けれど救いを求め懇願する気持ちで彼の心はいっぱいになっている。
悪魔の中には恐れがあった。また拒まれたのならどうしよう。そうされた時、どうしたらいいかを彼は知らない。そうなった時、彼女は教えてはくれない。いつ切られてもおかしくない絆のか細い糸に縋り付く様は、他の悪魔が見れば馬鹿にされるだろう悪魔らしくない行い。
アモンは人間関係を破壊する能力を持つ悪魔。……でも、自分を変えてくれた目の前にいる君にだけは、嫌われたくなかった。
そっと、手を握られる。年老いて枯れた手。
あの時、手を取れなくてごめんなさい。貴方が来て安心して泣いちゃった、恥ずかしい顔を見られたくなかったの。
「ほんとう、か?」
ちょっとビックリしちゃった、それだけなの。ホントよ? あんな顔、初めて見たんだもの。
「……俺の早とちり、だった?」
彼女に拒まれた、そう認識してすぐにアモンは遠くへと去った。飛び立たず待っていれば、変わっていた未来があったかもしれない。一緒に帰れた、そんな未来。
いや、もしかしたらアモンを気遣っての嘘かもしれない。本当はどう思っているのかは彼女にしか分からない。けれど、どっちだとしても彼女はアモンのことを特別に思っていることは確かだ。
一歩、近寄ろうとして――彼女は首を横に振る。
まだ、あなたはこっちに来ちゃダメ。することがあるんでしょう?
手を解かれる。
「亜門は巻き込まない、俺の魂だけでいい! だから」
もう君をひとりぼっちにはさせたくない。孤独でいる事がどれほど辛いのかは知っている。黄泉への旅路でまで一人にさせるのは嫌だった。
向こうでも待てます。もう千年も待ったのですもの、もう百年も千年も変わりようがないでしょう?
心配を見透かされているようだった。……君には昔から敵わない。アモンには理解できないことで振り回して、それでいて幸せそうにしているのだ。笑顔を見るたびにまあいいか、なんて許した思い出は数え切れない。
アモンが踏みとどまったのを確認して、彼女はぽつぽつと話す。
私ね……不思議な夢を見たの。貴方にそっくりな人がいて、私は神様だった。何だこれは、って言う姿が本当に昔の貴方そのままで……貴方との思い出は全部覚えている。数えられる。それがきっと、貴方に与えられた外付けの力になってしまった。こっちに来ても大丈夫になったその人に、貴方を助けてくれますようにって、願ったの。
……ああ、やっぱりそうだったのか。思い出したあの記憶は、俺の新しい生の始まりを告げた神様は。
勝手に押し付けたような約束を守ってくれてありがとう――亜門。
俺がこの世界に転生したのはアモンが死にかけていた時。
そう、転生だ。アモンが死にかけた時に俺は死んだ。タイミングがあまりにも出来すぎている。……まず考えてみれば俺とアモンは他人なのに顔が色以外全くおんなじってところからおかしい。
何かしらの繋がりがあったもう一つの世界、もう一つの国。この世界ではアモンと彼女が、俺の世界では俺と女神が対応する存在になっていたんだ。アモンが死にかけたから俺も死んだ。それをキッカケにして人外と人の起こした奇跡は、ここで最後の約束を守るために紡がれた。
――この島は天界と魔界が繋がってる。もう一つ世界が繋がってるぐらい誤差よ誤差。……それに、こういう展開は嫌いじゃないしな。
神は笑う。それは豊漁をもたらす神であり、人の幸せを願う者。
言い方を悪くすれば、彼女は地縛霊だ。だが――千年。その思いを踏み躙るほど神は狭量ではない。多少のお目溢しぐらい許される。……だってまあ、死者関係は専門外ですし?
……ああ、お話ししたら疲れちゃったなあ――。
時間が来る。光は薄れ、彼女の輪郭が崩れていく。無常にもお別れの時がやってくる。
「まだたくさんあるんだ、話したいこと」
そっかぁ。じゃあ、楽しみに待ってるね。
最後に彼女は花咲くようににこりと微笑んで、初めて出会ったときの幼い姿になって。
私、あなたのことが――――。
最後の言葉は聞き取れなかった。口の動きもわからなかった。けれど、何と言ったのかは確かに理解できた。では、何と言ったのか……それは聞くだけ野暮というものだ。
役目を終えた杖が朽ちていく。光の粒が上へ上へと昇っていく。時を見計ったかのように風が舞い、花びらが散り、天空を彩る。空の花束を見上げて一人アモンは呟く。
「……天国へ、行けただろうか」
「行ったとも。私が保証する」
独り言に返答したのはセイン。しかも、亜門の中にいる分身ではなく、ヘブンズガーデンから来た本物だ。予想しなかった乱入者をアモンは全力で睨みつける。
「……貴様、いつから見ていた」
「いつからも何も忘れているのか? そのネックレスは――」
「あ……ああああああ!!!! あああーーっ!! 何でこんなものを首にかけているんだ!!!」
いやだって約束したから……。
「亜門!!!!!!」
このネックレスは天界から下界を覗くための窓。そして俺はセインより貰ったあの日からずっとネックレスを身につけている。それはしっかり最初からバレていた、ということで。顔を真っ赤にしてアモンが引っ込む。
かっかする頬に両手を当ててあっつー、なんてアモンがどれだけ恥ずかしかったのかを確認してみたりなんかして。
――あらまあ真っ赤っかのあっちっち。見られたのがそんな恥ずかしかったのってあじゃじゃー!?
余計なこと言ったりしてシャチも巻き添えを喰らっている。
「あー……俺もいるぞ」
「おっふ」
どこで合流したのかセインの後ろには源田も……いや源田は対俺専門のセンサー持ちだからここまで来れてもおかしくないか。
「いや、俺は最後しか見てないからな? 安心してくれ」
『見られた………………天使に……ウァア』
「セインにバレたってのが一番効いてる。駄目だこりゃ」
恥ずかしさのあまりアモンが精神世界でバーニングしている。というかセインの分身が俺の精神世界にいる限りバーニングが止まらない気がする。
「というわけで引き取ってもらえると助かるんですが」
「そうか……」
非常に残念そうな顔をしたセインが俺の中に分けた分身を回収する。……うん、アモンがちょっと落ち着いた。
「セインはこれからどうするつもりなんだ?」
千年祭は終わり、魔王はまた地の底へと封じられた。魔界軍団Zはデモンズゲートの奥底で次の千年祭に向けて特訓を始めているだろう。
彼らが地上に滞在する理由は無い、はずだ。
「あの一件で天空の使徒だけで集まり練習するのは思想が固まってよくないと思い知らされた。……熱い魂を持つ者たちは世界中にいる。この島もずいぶんと賑やかになった。次の世界大会はいつどこで始まるのかは分からないが――まあ、その時は予選に参加するのも悪くない」
「世界はそう甘くないぞ?」
「だからこそ、挑む価値がある。それにだ、あれほどの試合を見せられては身体がサッカーをしたいと疼いて仕方がない。おのれ悪魔め」
「いやそこ悪魔関係ないよね!? というか俺あの試合には出てないんだけど!?」
初めて会った時と比べればセインも随分変わった。邪魔者は全て倒す、そんな尖った心の持ち主はサッカーを通じ、先祖がなぜサッカーで争うようになったのかの真の意味を知った。
「確かに、悪魔は関係ないな……っふふ」
口に手を当て、少し上品に笑う。
「ところで時間は大丈夫なのか?」
「あー、ギリギリか?」
腕時計の文字盤と移動の時間を足して考えると、歩きでは危険かもしれない。空港のチェックインに遅れました、なんて笑い事じゃ済まない。
「ちょっと不味いかもな……走るぞ!」
「ん? っああ!」
幼なじみの手を握り、走る。……手を繋ぐのはいつぶりだろうか。昔の小さな柔らかい手ではない。何度もボールを受け止め、ごつごつした手。
対する俺は悪魔の身体。ザナークの言葉で200年先でも俺は生きていると確定している。……同じように時間を過ごしても、俺は皆を置いていく側になってしまった。でもそれはまだ先の話。俺に出来ることは今を全力で生きて多くの思い出を作る、それだけ。
全力疾走ではないけれど、しっかりと源田は亜門の後について来ている。だんだん走るペースが上がって、手は自然と離れた。
源田が横に並ぶ。その言葉は、なんでか言わなきゃいけない、そんな気がした。
「日本に帰ったらまたサッカーしような」
「勿論だ」
サッカーによって人は繋がっていく。これまでも、これからも。遠い200年先の世界でもサッカーは続いていく。
超次元と言われても、変わらないものがここにある。
これにて、『超次元な世界では勘違いも超次元なのか?』は本当に完結となります。
長い長いおまけ……いや世界編9話も書いてるけどこれおまけと言っていいのでしょうか?作者としてはエイリア編で綺麗に終わったと思っているので世界編はおまけで……まあいいか!
皆様本当に応援ありがとうございました!活動報告にて超次元勘違いのざっとした設定や裏話、後語りを纏めてみたのでそちらもよろしければ是非。
GO?アレス?……そこに無ければないですね。