彼がどうやって弟子になったのか、その一端。
両親のことはよく覚えていない。物心ついた時から一人で生きていた。だが、苦労は特にしなかった。無いものは持っているやつから適当にぶん取ればいいし、居場所は最初に陣取っていたやつを蹴散らして作ればいい。変な御託を並べる奴だって、ぶん殴れば静かになって言うことを聞くようになる。
強いやつが偉い。それこそ俺が知ったこの世の真理。……それはずっと、変わらないはずだった。
いつもと変わらない日々が変わったのは、間違いなくあの瞬間からだ。
「ザナーク・アバロニクだね」
太陽の光が遮られる裏路地で男が俺の名前を呼んだ。
白と黒のフードを首にかけたまま被らずにいるためその顔ははっきりとわかる。白い髪に吊り上がった緑色の目。中学生ぐらいに見えたが、俺の勘は見た目をそのまま信用するなと警鐘を鳴らしていた。
「その歳でここまでの力があるのは凄いんだけど使い方がなってない。いやはやもったいないな……」
上から目線の言葉に苛立ちを覚える。顔と名前が知られてきた弊害か、強者だと勘違いした雑魚が喧嘩を売るようになってきた。その一人かと思い、いつものように軽く返り討ちにしようとして――地面に転がされていたのは俺の方だった。
「ざけんな!」
「よっと」
勢いよく立ち上がり殴り掛かろうと拳を振りかぶれば、それが体に当たるより前にサッカーボールをクッションのように間に挟む。拳が弾かれ体勢が崩れた俺への追撃として蹴りかかってきたが、それは直接ではなくサッカーボールを介した一撃で……しかも相当に手加減されたもの。
「な、んなんだよ、テメェ……!」
こっちは全力だというのに相手の底が見えない。訳がわからないぐらい強い。まさしく人間の姿をした『怪物』。サッカーボール一つで翻弄された挙句に、こちらへの攻撃でできるかぎり傷つけないようにと気を使われているのが嫌というほどわかった。
何をしようとダメージを与えられず、力尽きたのはこっちが先だった。大の字で地面に寝っ転がり、ぜえはあと息切れする中で謎多き男に問いかける。
「ああごめん、名乗ってなかったか。俺は伊冬塚亜門。今はライオコット島って場所で暮らしてる」
伊冬塚亜門と名乗った男は俺に視線を合わせるため、しゃがんで問いかけてきた。
「単刀直入に聞こうか。――もっと強くなりたい?」
「ハッ、できるもんならやってみやがれ」
完膚なきまでに叩きのめした相手を勧誘しているのは油断か慢心か。こちらとしては断る理由は特になかった。強がる必要も無かったのに、舐められたくないという思いからか普段通りの口調になってしまった。
しかしこの男……亜門は気にしていない。まだ倒れたままだった俺を起こし、はいコレと何かを渡される。
「目が乾くだろうからこれつけてね」
「……あん?」
手渡されたのはゴーグル。よくわからないまま装着すれば、亜門は俺の背中から腕を回し抱き抱えるようにして密着する。何がしたいのかと問おうとして。
「じゃ、行くよ」
「はっ?」
次の瞬間、俺は……いや、俺達は空を飛んでいた。背中に出現させた真っ赤な翼から炎をジェット噴射し、飛行する超次元な人間によって。
「な、あ、おああああああーーっ!?」
青い空、青い海、肌を裂くような風、混乱する俺。ぐっと力を込められた亜門の腕だけが命綱。当然暴れるなんてことはできず、流れる雲を追い越すほどの超スピードの中で目を回していた。
「ほい、到着」
どれぐらいの間飛行していたのだろうか。着地してもまだぐるぐる回る視界の中、わらわらと群がってきたのはどいつも子供と呼んで問題ない年齢をしたガキ達。
「おかえりなさいセンセー!」
「まぁーたフェーダにちょっかいかけに行ってたんですかセンパイ?」
「いや、今回は――」
「あーっ! 新入りだ!」
「マジ!? 年齢いくつ!?」
「いや、仲間入りするかの確定はしてないからね?」
「でもここに連れてきた中で拒否ったヤツいなかったじゃないスか」
「この子は誰の子孫なのー? 気になっちゃう!」
俺の存在に気付いたことで話は逸れつつも盛り上がる。意味のわからない言葉が混ざる中、はいはい皆落ち着けー、と黙らせた後に亜門は俺に向けて言った。
「いつもこんな感じで騒がしいから退屈はしないし、皆サッカーが強いから対戦相手には困らない。あのまま燻っているよりも充実した日々が過ごせる……とは、確約できないけど」
咳払いをした後、こちらに手を差し伸べる。
「――ようこそザナーク、ライオコット島へ」
身一つでの飛行から体調が復活していなかったので返事はできなかった。ようこそってよりは拉致だろコレ……と心の中で反論はしていたが。
「アー……まあ、何を考えてるのかは何となくだけどわかるから心配しないでくれ」
「誰だって最初はこうなっちゃうよねー」
「あの移動、慣れると結構楽しいっスけどね?」
取り巻きになっていた子供からの擁護が身に染みる。しかもこの移動方法がこの島に来るデフォルトの手段のようだ。正気か?
「今日は顔合わせだけで、練習への参加は早くても明日からな。わかったらボールしまって解散解散!」
「ちぇー」
「新人とのサッカーお預けかよ」
「ハイハイぶつくさ言わないの」
亜門によってお楽しみを取り上げられたせいか子供達は文句の声を漏らしていた。それでもなんとかサッカーしたいと渋っていた奴らは亜門によって強制的に移動させられていった。
「……んで、誰なんだよお前ら」
亜門がいなくなった空間。俺が当然の疑問を口にすれば、あちこちから飛んでくる自己紹介の嵐。そんな一気に言われても覚えられねえよと愚痴るが止まる気配はなかった。
仕方なく情報収集としてガキ共と話すなか、俺をここに連れてきたアイツについて信じられない真実を明かされた。
200年前にあったフットボールフロンティアインターナショナル――通称FFIにて日本代表の特別サポーターだった男。そしてガルシルドという悪人によって改造を施されてしまった、悲劇のサッカープレイヤー。
そっくりさんや子孫ではなく、本人そのもの。
さらに、あの場にいた子供の殆どが亜門によってこの島に集められたセカンドステージ・チルドレンだ、とも。
恐るべき力を持つ子供のみで構成された組織が社会を乱すテロ行為を繰り返しているため、セカンドステージ・チルドレンが世界の敵だと認識されているのはなんとなく流れてくるニュースから知っていたからだ。
……だが、全員が全員そんな思想に染まっている訳じゃない。だから争いたくないと願う子供とその家族たちをこの島で匿っているのだという。フェーダにもエルドラドにも干渉されない中立の居場所をこの島に作ったのが伊冬塚亜門……らしい。
元々の島の住民やその子供もいるため、セカンドステージ・チルドレンしかいないという訳ではないが……俺を出迎えた奴らは全員セカンドステージ・チルドレン、らしい。
「アイツ、いつからそんな事をしているんだ?」
「確か……普通の人間と違う存在を受け入れられる地盤作りで100年ぐらいって言ってたな」
「ひゃっ……」
子供の一人がさらりと言ってのけた年月はあまりにも馬鹿げていた。ただ、あんな化け物みたいに強い奴ならそのぐらいできるかもしれない、とどこか納得もした。
「それはそれとして、メシとか寝るとこはどうするんだ。俺カネ持ってねえぞ」
「お金がなくても大丈夫っス。ご飯は畑とか狩りとか材料から手分けして皆で作ってるからぜーんぶタダなんス。しかもシャチさんがいるから上手い魚には困らないっスよ!」
「寝床というか、部屋は選手寮だったとこの空いてる部屋をみんな自由に使ってるから、そう身構えなくても大丈夫だ」
「いや誰だよシャチ……。ま、心配いらないならそれにこしたことねえけど」
亜門の提案を承諾してすぐにライオコット島にやって来たせいで碌な手持ちがない状態だった。……まあ、特に持ち出さねばならないものもなかったが。
「それじゃあこのまま新人さんの観光案内といきますか! ……んじゃ、源ちゃんよろ!」
「言い出しっぺが逃げるのか?」
「いーじゃないの、チームアウターヘブン鉄壁のキャプテン様〜」
源と呼ばれた男はうりうり肘で突かれた後にしょうがないな、と請け負っていた。恐らく苦労人だ。
「この島、結構広いから慣れないと迷うんだ。地図はずっと持っておけよ。トイレ行きたくなったら早めに言ってくれ、場所によっては十何分もかかる。あとこれハンカチとティッシュ――」
「……お、おう」
前言撤回。源はかなり世話焼きな男だった。
手を引かれて案内されたのは世界大会が開催された名残か世界各地の建築様式が混ざった居住区、天使だの悪魔だのが住んでいるらしい火山、あちこちに作られたサッカーコート。
そして、一番最後に案内された花や塗料で飾り付けられた巨石。詳しく説明はされなかったが、源がその前で祈りを捧げていたこと、たくさんの名前が彫られていることから察するに……これはきっと墓なのだろう。
……セカンドステージ・チルドレンはどうやっても20年以上生きられないらしい。さっき俺に絡んできたガキも、ここにいる源も皆、この下に……ただの小市民として歴史に埋もれてしまうのか?
それは――嫌だ。
自由に使っても良いと鍵を渡された部屋、やわらかなベッドの中で、なんとなくそう思った。
サッカーの特訓には次の日から参加した。
が、俺はとびきりのクソガキだった。
用意された基礎的な練習メニューを無視してその場にいる一番強いやつ――だいたい亜門――に一騎打ちを挑み、その度にすっ転がされて反省点をこんこんと説明され続ける。
「元気があるのは良いことだ。……その元気が練習に向かったら言うことないんだけどなあ」
「プレイは荒々しいが潜在能力はピカイチだな。うちのFWにしたいぐらいだ」
「うるせえよ源田! 俺は俺がキャプテンのチームを作るから入らねえよ!」
「ああ、その時を楽しみにしてる。俺がいなくなるまでにチームを作れたら良いな」
ここにいる子供のうち自分がセカンドステージ・チルドレンであると知っている奴らは、いつか来る終わりを受け入れているのが殆どで。
「……やめろよ、そういう言い方……」
ぼそりと反論しても、届きはしなかった。
ライオコット島には亜門が連れてきたことで多くの子供がいるからか、サッカーチームは一つだけではなく複数あった。しかし誰でも作れるわけではなく、亜門や自称天使からキャプテンになれるだけの力量があると認められた者を中心にしてチームを作ることが許されていた。
「ぜってぇに、認めさせてやる」
俺が、俺自身のチームを作りたいと固執するのには理由があった。
亜門は一度、俺たちの前で秘密を漏らしたことがある。
自分はセカンドステージ・チルドレンが世界へと牙を向く未来を知っていた、と。知っていてなお、歴史を変えられなかった。友人達の子孫がテロ行為をするのを止められなかった弱い人間だと。
悪魔の力でもどうしようもできなかった過去への愚痴。すまない忘れてくれ、なんて言ってたが……誰も忘れられるはずがない。
――じゃあぶっ壊そう。
こんなくだらない歴史なんていらない。あの人を苦しめて閉じ込めるだけの未来なんて必要ない。未来がわかるというのなら、その未来をぶっ壊す。そんな思いを胸にサッカーの練習を続けて数年、秘めた願いを現実にする機会がやってきた。
ザナーク・ドメイン。化身と化身アームドを扱えるようになって、俺がキャプテンになってもいいと認められ作ったチームの名前だ。
前々から俺の意思に賛同する友人を集めていたからチームメイトには困らなかった。あの人に迷惑がかからぬよう、関係性を匂わせるものは出来る限り取り払って決行はゲリラ的に。
まずはエルドラドを標的にしようと決めて、誰にも知られぬようライオコット島から去る……はずだった。
「――ザナーク!」
だだっ広い海岸線。俺を引き留めようと亜門が叫んだ。
「悪いが俺は今からあんたの弟子をやめる! じゃあな師匠! 次会う時、俺はただの小市民だ!」
返事はなかった。その気になれば飛んで追いかけられただろうに、師匠は……亜門は来なかった。
いつかこうなると分かっていたような顔のまま、俺を静かに見送った。
「――ってワケで、俺は師匠の下から離れたんだ」
「はあー、そんな過去があったんじゃなあ」
超次元ドリームマッチ――各時代から強者を集め結成されたチーム同士のサッカーバトル。公式戦と呼べるかは微妙だったからかあの人は出てこなかった。
試合が終わった後のパーティーでばったり出会い、久しいなと盛り上がる中でそういう話の流れになり……これまでの話を聞いていたのは錦龍馬。セカンドステージ・チルドレンとして覚醒し暴走していた俺を止めてくれた、恩人と呼べるだろう一人。
「しっかし俺の行動も込みで決まってた未来だったのは予想外だったぜ……そういや師匠、獲ってきたんだがコレって食えるのか?」
スフィアデバイスを操作して転送したのはミキシマックスができる相手を探す仲で出会った未確認生物のうちの一体。ドリームマッチの手土産にできるかもしれないと運んできた大蛸はすでに締められており、でろんと力なく触手が垂れている。
「うんザナーク。事後報告はやめようね? あとここで出すとせっかくのご飯が生臭さに負けるからしまっておこうね」
――幼馴染が超次元になるなら弟子も超次元になるってことなのかなあ。……ダイオウイカと違ってアンモニア臭はしないからちゃんと処理すれば食べられそうではあるけども……。
『捌くの面倒くさいから丸焼きにするか。亜門、ボールを持ってきてくれ』
「アモンは必殺技を調理に使おうとするのやめような?」
主人公
未来にてセカンドステージ・チルドレンを匿いつつエルドラドとフェーダどっちにも「ウチに手を出したら……分かってるよな?」とちょっかい()をかけてライオコット島を守っていた。
仲間の子孫がテロリストになってしまう未来は変えられなかった。かなしいね。
超次元ドリームマッチでは観客の中にいた模様。みんながんばえー!
時空最強の小市民
亜門が未来のこと(原作知識)を知っていると分かったが故にその未来を壊そうとやりたい放題していた弟子。
なお、もし亜門が未来(原作)を教えていた場合「ならその未来をぶっ壊すか!」とクロノストーン初期にザナーク雷門入りルートが開拓されていた模様。
たすかった……(エルドラドとフェーダの心の声)