学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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仕事イソガシイネ








10:特別講義

 

 今日も男は工房で槌を振るう。

 

 だいたい一日のサイクルは決まっているが、今日はその予定をいささか前倒して進めている。

 

 朝イチにきた工房係を珍しく入口で出迎え、今日の依頼物をその場で中に引き入れ、整理し、すぐに作業に入り、数を稼いでいる。

 いつもなら入れる途中の休憩も今日は省略し、とにかく午後に時間をあけられるように意識した。

 

 昨夜、たづなさんからの連絡があった。

 

「急で申し訳ないのですが、明日の午後、編入生への特別講義をお願いしたいのですが…」

 

 聞けば時季外れだが、編入生が入ってくるらしい。

 男の講義は入学式の直後にまとめて行うから、その編入生はなにもしなければ今後も受ける機会はない。

 なのでその補講をしてほしい、という依頼だった。

 

 もちろん男はここの職員であり、一も二もなく承諾する。

 

 ただ業務の都合上、教室ではなくこの工房で行うことにした。

 

 今日の粗方の仕事に目途を付けた午後2時過ぎ。

 工房の入り口がガララ、とゆっくり開かれる音がした。

 

「失礼しまーす」

 

 声の主はボブカットと白い前髪が特長的なウマ娘だった。

 

「こんにちは。君が編入生?」

 

 男は無表情に応えると、彼女は元気いっぱいに答えた。

 

「は…はい!スペシャルウィークっていいます!よろしくお願いします!」

 

 緊張しているようで、入り口でつまづいて転びそうになったところをなんとかこらえる。

 

 男は作業台の横に彼女の席を設け、着席を促した。

 

「それじゃああまり時間もないし、始めようか」

 

「はい!」

 

 いつもは3コマほどを使って展開していく講義だが、今回は一対一ということもあり、圧縮して今日だけで仕上げる予定になっている。

 

 スペシャルウィークと名乗った彼女は、はきはきと話し、最初は緊張していたようだが、真剣な表情で男の話をよく聞き、時にコロコロと表情を変えた。

 

 最初は装具の重要性、特にシューズや蹄鉄について、基本的なことから確認していく。

 作業台に教材用のシューズや蹄鉄を出し、ひとつひとつ解説していく。

 編入するにあたり彼女は事前にある程度予習していたらしく、理解は早い。

 

 シューズや蹄鉄のレギュレーションを主だったところをなぞりながら、何故そうなったかの理由付けや、ルールを定める発端となった過去の事例を交えて解説する。

 時に、それは過去の暗い事例にも触れていくことになる。

 その時の彼女の表情はわかりやすく硬く、青くなり、それを教訓とするルールの成立でほっとした表情を見せる彼女。

 感情が見て取れる素直な表情は、男を密かに楽しませた。

 

「さて…大筋はこんなところで、ここからは割と実践的な話をするよ」

 

 男は蹄鉄の装着されたシューズの裏側を示しながら、彼女に問うた。

 

「この蹄鉄の接地面で、君たちは砂や芝を踏み、蹴って、推進力を得る」

 

 蹄鉄を指先でなぞりながら言葉を続ける。

 

「 た っ た これだけの面積でその力を受け止める。この意味、わかるかな?」

 

 彼女は緊張の面持ちで、ごくりと唾を飲み込む。

 

「…蹄鉄が、走る力を地面に伝える、唯一の部分ってことですか…?」

 

「…そうだ。これだけの面積、こんなちっちゃな鉄の欠片で、君たちは駆ける」

 

「…すごく、大事な部分ってことはわかります…!」

 

 良い瞳をしている。

 男はそう思った。

 彼女は真剣に話を聞いている。

 

「君たちの行うトレーニングには大まかに分けて2つの軸があると思う。

 ひとつは走る能力を上げるためのトレーニング。

 もうひとつはそれを正しく出力するためのトレーニング、だ」

 

 言葉を切る。

 ここからが本当に男が伝えたいことだ。

 

「だが、俺はもうひとつの軸を持ってほしいと思ってる。それはなんだか、わかる?」

 

 彼女は考え、可愛らしい唸り声を上げる。

 男は問いかけはしたが、彼女に正答を求めてはいなかった。

 

「それはね、自分の身体の変化をよくわかるようになるトレーニング、という軸だ」

 

 彼女は目を見開いた。

 

「君たちは誰よりも速く走って、勝つためにここに来た。だからトレーニングも、速くなることを第一に考えて行っていくだろう。

 それは、理解しているし、第一の目標だ。

 でもね、それによって体からの出力を上げていけばいくほど、身体に負担を与えていくことになる。その行きつく先は…」

 

「…怪我、ですか…」

 

 気弱な声で応える彼女。

 

「そうだ。

 筋力はトレーニングによって強化できるが、骨はなかなかそうはいかない。もちろん強くなってはいくが、もともと持っている体質に影響される要素も大きい」

 

 先ほどの事例紹介でも、不適切なシューズのフィッティングや、不適切な蹄鉄の装着や使用による怪我の事例をあげていた。

 彼女はそれを思い出したようで、再び表情が硬くなる。

 

「だからこれだけは忘れないでほしい。

 君の身体は君が一番よくわかるはずだ。

 だから自身の状態を常に客観的に監視し、異常があれば無理はしない。

 おかしな部分があればトレーナーに相談すること。

 シューズや蹄鉄に原因がありそうならば、俺でもいい」

 

「…はいっ!」

 

 真っ直ぐな、意志の強い瞳でスペシャルウィークははっきりとした返事をかえす。

 それを見た男は、しっかりと思いが伝わった、と安堵した。

 

「さぁ、講義はざっとこんなところだ。ぶっ続けで疲れただろう。居眠りせずに最後まで聞けた良い子にはご褒美だ」

 

 冷凍庫からとっておきの人参アイスを取り出し、彼女に差し出す。

 

「わぁ…!ありがとうございます!」

 

「他の娘たちには内緒だぞ」

 

 いささか子ども扱いな気がしないでもないが、喜んでくれたので良しとする。

 

 男はそんな彼女をみて思わず眩しく感じ、目を細めてしまう。

 

 

 

「ところで、もうチームは決まったのか?」

 

「…それがまだ、これからで…」

 

 アイスを口で溶かしながら、彼女はもごもごと言った。

 男は蹄鉄を直す作業を再始動させ、槌をこつこつと叩きだす。

 

「そうか。君はどんな夢を持って、学園に来たんだ?」

 

「…お母ちゃんと、約束したんです。日本一のウマ娘になる、って…でも、学園に来てみたら、私なんかより速そうな娘がいっぱいいて…」

 

 話すうちに、耳が力なく折れ曲がり、スプーンを咥えたまま、やや気落ちした表情を浮かべる。

 

「…こんなところで私、やっていけるんでしょうか…」

 

 聞けば彼女は幼いころ母親を亡くし、母親の親友である女性を第二の母親とし、北海道の片田舎で育ったらしい。

 この学園に来るまで、ウマ娘の友達もいない環境で育ってきたという。

 テレビでウマ娘たちのレースを興奮して観ていた彼女を見て、育ての母親が彼女に特訓を施し、編入願書を提出、この学園に来た。

 

「…この学園に来る娘たちの夢は、皆同じようで…皆少しずつ違う、と思う」

 

 男は槌を振るいながら、最近関わった娘たちを思い出す。

 

 誰よりも速く走りたい、と願うサイレンススズカ。

 

 レースを通じて、ウマ娘全体の幸福を願い、叶えようとするシンボリルドルフ。

 

 ウマ娘の可能性、その先を追い求めるアグネスタキオン。

 

 ゴールドシップは…きっと刺激的な日々を求めて走り、楽しんでいる…のかな?よくわからないけど。

 

「ひとつの共通点が、レースだ。皆それぞれのアプローチで、レースを競い合っていく。もちろん勝つことは重要だ。だけど、それだけじゃない」

 

 彼女はしょんぼりと折れ曲がっていた耳をぴょこん、と立てる。

 

「何が君とお母さんの日本一かはわからない。

 だけど君の夢の過程にあるレースを走る仲間が、ライバルが、ここにはたくさんいる。

 その中で君の夢は、磨かれていくんだろうね」

 

 彼女は、ほわっとした不思議な表情を浮かべている。

 

「夢が…磨かれる…」

 

 彼女の手元のアイスカップの雫が、ぽたりと落ちる。

 

「無事是名バ、ということわざもある。君のお母さんは、君が元気でいてくれたら満点だろう。

 そのうえで、お母さんは君が君の夢を叶えてくれたら、という夢と希望を君に、託したんだと思うよ。

 それをどう磨いて、輝かせるかは君次第だ」

 

 彼女は耳を立てて聞き、最後に表情を引き締めた。

 

「…私、頑張ります!」

 

 ガタっと椅子から立ち上がり、良い顔をして勢いよく宣言した。

 

 

 

 

「…アイス、溶けちまうぞ」

 

 

「あぁっ…はわわわわわわ」

 

 

 

 

 溶けかけたアイスをあわててかきこむ彼女は、やはり年相応の元気な少女、といった趣きで、男に穏やかな笑みをもたらした。

 

 

 

 

 

 

 





アイスが美味しい季節になりましたね。
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