学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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(103):幕間13 シンボリルドルフの黙考

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフは一日の予定を終え、自宅へと向かうクルマの後席で思索を巡らせていた。

 

 先日の、偶然のようで必然である出会いをどう生かすべきかについてだった。

 

 エアグルーヴから、我々がトレセン学園在籍時のことを調べている史料課研究員の話は聞いていたし、その人物が書く報告書も受け取っていた。

 

 当時の自分たちの日記がトレセン学園の資料庫から発掘されたことがその発端になっていることにも驚いたが、これまで自分がのこしてきた蹄跡を現代から見るならば、確かに目に留まっても仕方がないだろう、と考えていた。

 

 決してこれまでの歩みを自画自賛するわけではないが、それにしてもあの頃思い描いていた未来、理想に近づくためにここまで着実に歩んでこれた、という自負はある。

 

 もちろん満足のいくものか、と問われればまだまだだ、と答える。

 

 しかしそれはこれまで成してきたことを否定する材料という訳ではなかった。

 

(思えば遠くに来たものだな…)

 

 シンボリルドルフは流れゆく夜の車窓を眺めながら、ひとつ溜息をついた。

 

 

 

 シンボリルドルフの自宅はトレセン学園からそれほど離れていない府中の地に、かなりの広さをもった土地とともにひっそりと構えられていた。

 

 ここに居を構えたのは、国政に進出した時に支持者をURAやトレセン学園をバックボーンとした事情も理由のひとつだったが、なによりも現在に続く彼女の基礎を創り、思い出が詰まったこの地が離れ難かったことが大きなウエイトを占めている。

 

 独立した地に土地の所有を伴ったそれなり以上の規模の居所を構えることについてはシンボリ本家から横やりが入らぬではなかったが、支持者などの周囲からの後押しと彼女の社会的立場も考慮され、最終的には折れてくれた。

 

 

 

 

 クルマを自宅の門の前で降り、運転手にも暇を告げ帰してしまうと、彼女はひとりきりの住まいには大きすぎる邸宅の門をくぐり、自宅へと入った。

 

 今の立場の相応しい邸宅を建てるに至ったのは、比較的最近のことではあったが、そこには彼女なりの計画があってのことだった。

 

 帰宅すると彼女は一人で過ごすには広すぎるリビングに向かい、一息つくようにソファに腰を降ろす。

 

 間接照明の照らし出す、ほのかな暖かみのある光の中で、車中で考えていた回想を改めて辿った。

 

 そしておもむろに立ち上がると、リビングの隅のサイドボードの前に立つ。

 

 その上には彼女が気に入った写真が数点、選び抜いたフォトフレームに収められ、飾られていた。

 

 すこし悩んで、一点を手に取る。

 

 しばし眺めて写真を目に焼き付けると、瞳を閉じてそれが撮影された時のことを思い返した。

 

 

 

 

 写真はシンボリルドルフが現役を引退し、URA職員として立ち働いていた頃の終盤時期に撮影したものだ。

 

 場所は東京レース場の出走者控室で、現役を引退しているというのにシンボリルドルフは現役当時の勝負服に身を包み、傍らには作業着姿の装蹄師の男。

 

 写真の中の男は、火のついていない煙草を銜えて座り、気の抜けた表情をしている。そこに無理やりルドルフが身体を寄せて撮影したものだった。

 

 

 

 その日は集客の一環としてトゥインクルシリーズOGを集めてエキシビジョンレースを開催する予定になっていた。もちろんその時、企画者であるシンボリルドルフは主催者側でありながらも自身も出走することになっていて、トレセン学園の感謝祭もかくやというようなハードスケジュールであった。

 

 イベントの為に前日からOGのウマ娘たちを東京レース場に集め、ブランクもあるために現地での試走などを行っていたのだが、そのただなかにトラブルが起き、蹄鉄のリセッティングを必要とするウマ娘が出てしまった。

 

 急遽、それに対応するために装蹄師の手配が必要となったのだが、装蹄所の人員は大半が通常のレース進行に駆り出されており、仮にも集客のためのエキシビジョンレースに出場するような名の売れたウマ娘たちに満足のゆくサービスを提供できる装蹄師に空きはなかった。

 

 そこで無理を承知でシンボリルドルフは装蹄師の男に連絡を取り、府中のレース場まで出向いてくれないか、と依頼を持ちかけた。

 

 当時の装蹄師の男はURAとの一連のトラブルから時間も経過し、既にURAやトレセン学園と断絶している必要はなくなっていたが、それでも業界のあちこちに残る当時の関係者やメディアなどに姿を捉えられることで要らぬ火種となることを懸念し、URA配下の施設に姿を現すことを避け続けていた。

 

 しかし事態が事態であり、ほかならぬシンボリルドルフからの依頼とあって、装蹄師の男は府中レース場に姿を現した。

 

 

(あれは…ちょっとした騒ぎになってしまったな)

 

 

 当時の記憶をたどり、シンボリルドルフはひとり、くすりと笑う。

 

 期せずしてレース場に来ることになった装蹄師の男は用件だけを済ませてすぐに引き上げようとしたのだが、彼の存在を文字通り嗅ぎ付けた彼と縁の深い出走者たちに捕まり、これ幸いとあれやこれやと蹄鉄に関するオーダーを出されてしまったのだ。

 

 結局、エキシビジョンレースぎりぎりまで作業が立て込んでしまい、当初のトラブルとは別の意味で参加者全員の出走が危ぶまれるという別の問題が発生してしまうという余談が生まれることになった。

 

 勿論、装蹄師の男の御前のレースとなったエキシビジョンは、シンボリルドルフも含めた一部のウマ娘たちの気合が現役時代もかくやというようなレベルに達し、それはそれは東京レース場を盛り上げることとなった。

 

 レース後、プログラムにはないエキシビジョンレース出走者のウイニングライブも急遽開催され、ある意味での観客へのアンコールにも応えたのちの控室。

 

 いくつかの蹄鉄をほんのちょっと修正するだけで帰るつもりだった装蹄師の男が、精魂尽き果てるまで使い倒されてしまった後に撮られたその写真は、シンボリルドルフの宝物であった。

 

 

 

 そしてその男の存在を、事情を知らぬ第三者に語るべき時が近づいている。

 

 シンボリルドルフは一日の疲労感も忘れ、彼についてどのように語るべきか思案を巡らせた。

 

 それはインタビュアーによって引き出されるものであることは彼女も承知していたけれども、その前の自分自身にとって彼がどのような存在であるかは整理しておく必要がある、と思ったのだ。

 

 個人的な関係においては、シンボリルドルフ自身は彼を独占してしまいたいと幾度も願ったが、ついぞそれは今まで、叶っていない。

 

 しかし手の届かないところにいってしまう、ということもまた、なかった。

 

 いつも彼女が手の届く場所に存在し、彼女自身の行く道をそれとなく支え、時に手を差し伸べてくれる存在であり続けた。

 

 すべてのウマ娘たちが幸福でいられる社会の実現という理想を掲げた彼女が、真正面から正攻法でその道筋を歩む傍らで、装蹄師の男自身が出来る形での伴走をしてくれていた。

 

 もっともそれは彼自身の趣味も大いに関係している事柄が多数であった。いつだったか、俺はお前たちを出汁に大いに楽しませてもらってる側の人間だ、と笑いながら話していたことがある。

 

 そしてそれに関わったウマ娘たちが、「ウマ娘史上初」という冠を手にして社会に溶け込んでいくきっかけを多数、創り出してきたという歴史があった。

 

 その功績を考えるならば、個人的な関係においても社会的な貢献においても到底、ただの装蹄師として語るような人物でないことは明らかであった。

 

 

 

 

 何事にも怠るということのないシンボリルドルフは、そこまで考えたところで思考を止めた。

 

 おそらくこれを題材に語り出せば、これまでの思い出も含めてとめどなく、何時間でも、何夜でも語ることができるだろう。

 

 そしてそれを行うには、一人ではあまりにも味気ない気がしたのだ。

 

 シンボリルドルフはジャケットの内側からスマホを取り出すと、現役時代からの盟友と呼ぶべき存在にメッセージを送った。

 

 

 

 





ご無沙汰しております。
間隔あいておりまして大変申し訳ございません。
ちょっと横道にそれたりしておりました。
こちらも時間はあきますが続けてまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

   
■横道に逸れた件
本作の設定をまるっと流用して、山奥に蟄居した装蹄師&現役を引退したウマ娘の話を別作品として書いています。時間軸としては本作の本編完結以降から幕間までのぽっかり空いてるところを使ってる感じです。もしご興味あれば、こちらもよろしくお願いいたします。

「空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話」
https://syosetu.org/novel/286483/
 
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