学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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(108):幕間18 企画書

 

 

 

 

「…というわけで、ここらでひとつ、企んでみようかと思ったわけで」

 

 後輩の男は簡単に簡易に製本された企画書を手に、トレセン学園の理事長室でエアグルーヴに対峙していた。

 

「…それは構わないが…できるのか?」

 

 出された茶を年寄りのように啜った後輩の男は、エアグルーヴ理事長ににやりと笑う。

 

「今まで俺が言い出して、できなかったことなんてありゃあしませんぜ」

 

 なんとも傲岸不遜ないいっぷりだが、事実、そうであることは否定できない。

 

 眼前に居る装蹄師の男の大学の後輩という男は、もともとは装蹄師の男とウマ娘という閉じたサークルの中に突然現れた異物といえる存在だ。

 

 しかし彼の構想力と行動力、そしてそれを支える資金力には疑いようもない。

 そして今のURAは彼が陰に日向にその力をいかんなく発揮してきたことで、ウマ娘社会を支える存在として社会の公器の役割を果たしてきた。

 

 そして、彼女は現役のころからその恩恵に浴し、その人生の過半を公私ともに世話になり続けている彼からの申し出ともなれば。

 

 そういった意味でも、現在中央トレセン学園の理事長職を拝するエアグルーヴに、彼の持ち込んだ企画に否を唱える理由は見当たらなかった。

 

「しかし…これではまるで…」

 

 後輩の男が差し出してきた企画書は、ある意味では筋が通っていたが、その一方で、誰もが抗えないが直視することは難しい現実を先取りするかのようなものでもあった。

 

「お察しの通り、っスね」

 

 後輩の男は年齢相応の穏やかな、それでいてどこかすっきりとした笑みを湛えていた。

 

「まぁ幸いにして、こういうことを考え付くのも、冷静な目でこれまでの足跡を調べ、まとめているあの研究員の彼がいるからであってね」

 

 煙草に火をつけながら、相変わらず旨そうに一服含み、煙を吐き出しながら続ける。

 

「そんな彼に報いる意味でも、ここらでひとつ、パーっと生前葬でもやっちまおう、とまぁ、そんなところで」

 

 エアグルーヴの身体がびくり、と震える。

 

 手にしていた企画書の内容は、装蹄師の男が手掛けたものを一堂に会した企画展の提案書だった。

 

 

 

 

 

「うぅ~ん…」

 

 休日の早朝、下っ端研究員の男は資料の山に埋もれ、そこからもうもうと煙草の煙をくゆらせながら呻吟していた。

 

 装蹄師の男の影を追って集めた資料から年表を作り、さまざまな媒体資料から関係していそうな事柄を枝分かれさせ、その傍証となりそうな関係者コメントを拾い集めると、彼の足跡はかなり明確なものとなって一覧表に現れる。

 

 その足跡は日本の中央ウマ娘レース界だけに留まらず、今や恒例行事として定着した鳥ニンゲン改め鳥ウマ娘カーニバルや、自動車レースに参加したウマ娘たちの挑戦の中にも見え隠れしていた。

 

 装蹄師の男の研究は、装蹄師の男のビジネスパートナーだという老紳士との邂逅によって一気に進展した。

 

 老紳士がオーナーとして君臨する商社の歴史を辿れば、もともと戦前から続く老舗商社として一般人の目には直接触れない分野で、ある時代は政商としての顔も持ちながらも堅実に成長してきた姿が見て取れる。

 

 それが「ある時期」に突然、URAのパートナーとして躍進を遂げるのだ。

 

 その「ある時期」が、ちょうど装蹄師の男が学園から姿を消した時期と重なる。

 

 この時期、ウマ娘の蹄鉄に関する管理体制が大幅に変わり、これまでの個人での管理からURA管轄の装蹄所を通じて各メーカーからウマ娘たちのサポートを実施するなど、現在の体制の基礎がつくられていた。

 

 そこに食い込んだ老紳士の会社が、URAとの協力体制を築いて一気に世間の目を浴びる場所で躍進していく。

 

 調べていくと、あの老紳士が会社の代表としてインタビューを受けている雑誌記事も多数見つかった。もともとの祖業である分野の業界紙に始まり、年を経るごとにビジネス誌などでも取り上げられるようになっていき、今に至る。

 

「つまりはコレ、あの会長さんが日向に、陰に装蹄師のセンセイが、ってことだよなぁ…」 

 

 それを理解する補助線となるのが、突如として商社の子会社として名を連ねることになった蹄鉄メーカーの存在と、その直後から出願されだした特許や実用新案といった知的財産の数々だ。

 

 もともと休眠会社であったらしい蹄鉄メーカーが、会長の商社にグループ入りするやいなや活発に活動しだしたのは、あきらかの不自然ではある。

 

 決算公告だけではよくわからないが、過去に会長が経済誌のインタビューに答えたところによれば、相当のライセンス収入があるような記載もあった。

 

「光の差す場所…その影にいる一人の装蹄師…」

 

 研究員の男はそう呟いて、煙草をひとくち、吸い込む。

 

「…いや違う…その光の源こそが、装蹄師の先生じゃないか…」

 

 資料に埋もれつつ椅子にもたれ掛かかり、部屋に差し込む朝陽に目を細めながら、研究員の男は自らの言葉に恐懼した。

 

 

 

 

 

 

「お、まだあの建物残ってんだな」

 

 装蹄師の男は後輩の男と連れ立ってトレセン学園の裏エリアを歩んでいた。視界には装蹄師の男が学園の装蹄師時代に住んでいた職員専用のマンションがある。

 

「造りが頑丈なもんで、内装直し直し使われてるんだそうで」

 

「てことは、元、俺の部屋にも誰か住んでんのか」

 

「えぇ。あそこは代々喫煙者専用みたいスよ。先輩が完全に燻製にしちまったせいスね」

 

「否定できんな。まぁそれが同じ嗜好の持ち主に引き継がれてるんならそれは僥倖って奴だ」

 

 

 

 

 後輩の男は装蹄師の男の機嫌が悪くないことに安堵していた。

 

 彼なりに、例の若い研究者と装蹄師の男を繋げてみようと考えた時に、まず最初に思い浮かんだ障害がある。

 

 徹底的に公の場やレース場、トレセン学園そのものを避け続けた装蹄師の男の姿勢だった。

 

 そこで今回、仕事の打ち合わせを敢えてトレセン学園近傍のホテルに設定してみた。

 

 問題なく装蹄師の男は現れ、淡々と打ち合わせを熟し、その様子を見ても特に機嫌を害しているとか、何かを気にしている様子はなかった。

 

 打ち合わせ後、ちょっと散歩でもしましょうと誘いだし、トレセン学園の敷地に踏み入れた時もそれは変わらなかったことに安堵した。

 

 

 

「しかしお前さん、トレセン学園に顔パスで入れるなんて随分と顔が利くようになったじゃないか」

 

 後輩の男はそう言われて、たしかに最初は装蹄師の男の手引きでここへ来たことを思い出した。

 

「えぇ、おかげさんで。先輩をここから拉致したあとの後処理やらなんやらで、それ以来すっかりここの関係者扱いなもんで。何でですかねぇ、今や警備にもスルーされる有様っス」

 

 その返答を聞いた装蹄師の男はどこか懐かしそうにくつくつと笑った。

 

「まぁそれなり以上に貢献してるってことだろうよ。あまり世間に関わらない俺にも聞こえてくるくらいだからな」

 

 過去のあれこれを思い出しているのか、装蹄師の男は苦笑いのような表情を浮かべていた。

 

「…すべては先輩をテコにしてやったことです。それに関してはまぁ、いろいろ罪の意識もないわけではないんですがね」

 

「なんで罪の意識なんか持つんだよ。お前さんは俺を生かしてくれただろ、それだけで俺にとっちゃあ十分なんだよ。それをどういうふうにテコにして活用しようが、それはお前の才覚ってやつだよ」

 

 いつでもこの人はこうだ、と後輩は思った。

 周りにとんでもないメリットや利益を振りまきながら、それに恩を着せるどころか、そんなことがあったことすらおくびにも出さない。

 

 そもそも欲がないからなのだろうが、それで感情を動かされた方はたまったものではない。

 

 恩を感じたものはそれを返したがるが、本人には欲もなにもないのだから、返す方策すら思いつかないのだ。

 

 これも人徳というやつなのだろうか。ただひたすらに罪作りな人間ではないだろうか…。

 

 後輩の男が懊悩していると、装蹄師の男はそしらぬ顔をして話を振り出した。   

 

「…なんか理由があるんだろう?俺をここに連れ出したのは」

 

 その言葉に後輩の男は、背筋にひやりとしたものを感じる。

 

 一呼吸置いた後、後輩の男は口を開いた。

 

「…イヤですねぇ付き合いが長くなると。まぁ、先輩の活用ついでにちょっと知り合いに会ってもらえないかと思いましてね。尤も、アポがあるわけではないんで居るかどうかはわからないっスが」

 

 そういうと、後輩の男は装蹄師の男の元の棲み処である古びた職員用マンションを見上げた。

 

 

 

  

 

 電子的な呼び鈴が来訪客の到来を告げている。

 

 差し込む朝陽が和らいだ後の時間帯、調べ物を纏めつつも資料の山の中でウトウトしていた研究員の男は、その音ではっきりと意識を覚醒させた。

 

 時計を見ればもう昼をとうに過ぎ、夕方の入り口といった時間帯だ。

 

 何か通販で買い物でもしただろうか、と思い返す。

 

 この部屋に突然訪ねてくるような関係性の人間を、研究員の男は思いつかなかった。

 

 しばらくの静寂の後、また呼び鈴が鳴る。

 

 億劫に感じたが、ここはトレセン学園の敷地内の職員用マンションである。

 

 もし職場絡みだとすれば居留守を使うのもよろしくないと判断した男は、意を決して来訪者の素性を確かめるべく、資料の山から身を起こし、ドアを開ける。

 

「よぉ、不健康そうな顔してんな」

 

 玄関先に立つのは、サーキット以来の老紳士と、同年代と思われる茫洋とした雰囲気を纏う男であった。

 

 

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