誤字報告も大変ありがたく、正座して拝見しております。
今後ともよろしくお願いいたします。
「おっちゃーん、ニュース!ニュースだぜ!冷凍庫の奥にある人参アイスくれよ!」
工房の引き戸が勢いよく開く。
こんな呼び方をするやつは決まっている。
ゴールドシップだ。
「…人参アイス…なんのことだ…?」
スペシャルウィークにあげたアレのことだろうか。
なぜそれを彼女が知っているのか。口止めが甘かったか、アイスだけに…。
「あんだよーここには人参アイスが常備してあるって聞いたぜ!ケチケチせずに出せよ~」
…まぁ、いいだろう。
この間は新鮮な鯛を御馳走になっているし、なんだかんだで世話になっている。
男は冷凍庫から人参アイスを取り出した。
「お!ホントにあるんだな!サンキューなおっちゃん!」
言うが早いか、彼女はすごい勢いでアイスを食べ始める。
…そして、動きがピタリととまり、しかめた表情をつくった。
あ…
彼女はかの「アイスクリーム頭痛」というやつにおそわれていた。
男は改めてゴールドシップを凝視してしまう。
顔をしかめても美人ではある。
その後もたびたび動きを止めながらも人参アイスを完食した彼女に、熱めのお茶を入れてやった。
「…でな、ニュースってのは…」
生気を取り戻した彼女が話し出す。
「…なぁんとおっちゃんが口説いてたスズカ、スピカに移籍することになったんだぜ!うちのトレーナーも手癖が悪いよなぁ…おっちゃんが口説いてたのに寝取るなんてよぉ!」
口説いてはいないぞゴールドシップ。
ここではそういう軽口もいいが、他所で寝取るとか言うなよ。
「どうして移籍するんだ?」
問うと、キラッと瞳を鋭く輝かせた。
「ヤッちまったんだよ、スズカのやつ!」
「!!!!!?????」
あまりの言い回しに男は目を白黒させる。
「こないだウチのトレーナーがスズカに言ってた大逃げ。あれをやってみせたんだよ。そりゃあもうすげーもんだったぜ。スタートでハナ切ったあとはもうそのまま。ゴール板で7バ身差つけてやがったぜ…」
なるほど。
この間沖野が言っていたやつだ。
そして、彼女は敢えてレースで実行し、結果を示してみせた。
「で、スズカはおハナさんの指示を聞かなかったカドで、リギルに居づらくなったんじゃねーかな。まぁゴルシちゃん諜報網によれば、トレーナー同士の話はついてるらしいから、遺恨とかはなさそうだZE★」
それは良かった。
まぁ方向性は違えど二人ともウマ娘たちのことを親身に考えている。
片やガチガチ管理型の冷血女傑、片やゆるゆる放任主義の熱血漢という真逆の性質で時には折り合いを欠くこともあるが、ウマ娘たちの幸せを願っていることだけは疑いようもない共通項だ。
大方、いつものバーで決着したであろうことは想像に難くなく、なんなら男にはそのやりとりすら鮮明に想像できた。そしてその想像とほぼ寸分違いないであろうことも確信できる。
ウマ娘たちのためであれば、時として憎まれ役まで背負えるあたり、東条ハナという女性は末恐ろしい大人物といえた。
移籍自体は珍しくないが、スズカについては周りの評価もある分、年頃の娘たちにあらぬ噂の餌とならないかが心配だが、大人の二人が話し合って双方移籍を承諾しているのなら、コトの経緯はどうあれ、大丈夫であろう。
「沖野んとこも、これでまた更に賑やかになるな」
「ったくよーとんだ浮気者ハーレムトレーナーだと思わねぇか?この超絶絶対美少女ゴルシちゃんがいるってのにウオッカだ、スカーレットだ、それで今度はスズカと編入生まで捕まえてきてよー…」
「編入生?」
「あぁ、もうひとり入ったんだよ。スペシャルウィークって奴」
あぁ…これで合点がいった。
ここで人参アイスを振舞ったのは彼女だけだ。
ゴールドシップはそこから、ここにアイスがあることを知ったのだろう。
げに恐ろしきウマ娘の連なり。
「でもこれで5人で、ようやくチームの体裁が整ったわけだ。よかったじゃないか」
「まーなー。あとはマックイーンだなー」
どうやらこの超絶絶対美女奇行種ウマ娘は、あのメジロ家の令嬢すら狙っているらしい。
男はゴールドシップを通じて想像したチームスピカの喧騒に、眩しい青春の輝きを見た気がした。
翌日、男は朝から工房の設備を点検、整備していた。
昨日来たゴールドシップが、帰りがけに気になることを言っていたのだ。
「そういえばよー、タキオンのやつ、なんかおっちゃんにちょっかいかけてねぇか?なんだか怪しい動きしてるみたいだぜ」
なんでも、自身の研究のために学園を巻き込んだプロジェクトをつくろうとしているらしい。
「難しい話はよくわかんねぇんだけどよ、どうやら学園側も無碍にはしないような雰囲気だってーから、たぶんそのうちなんか発表とかあるんじゃねーか?」
彼女の研究への協力には以前釘を刺した形ではあったが、どうやら何か搦め手の策を動かしているらしい。
ゴールドシップからは特にそれ以上の話はなかったが、敢えてそれを言ってきたということはアグネスタキオンが工房に来襲したことも知っているのだろう。
まぁ、元はといえばゴールドシップが学内でスペシャル仕様の蹄鉄を履いたからなのだが。
タキオンとの個人的な協力関係であれば、通常業務プラスαの中で対応していくのでそれほど気にはならないが、学園そのものが絡むとなると大事になる恐れもある。タキオンとの前回のやりとりもあり、男は備えておく必要を感じた。
そういうわけで男はこれまで不定期に行っていた工房の設備点検を始める決意をしたのだった。
工房の設備の中で特に重要なのは鉄を熱するための炉と、それを叩いて加工していくハンマー類だ。
基本的には手仕事であるため、機械化されている部分は多くない。
炉に関しては古く、人間のカンにより温度含めて運用されるタイプなので、炉の体躯を確認してヒビや欠けがみられる部分を耐熱充填材で補修する段取りを組む。
ハンマー類はだいたい手作業であり手工具だが、唯一機械化されているのが、熱した鉄を叩く際にごくまれに用いる機械式のハンマーだ。
モーターでベルトを介してハンマーを上下させ、それによって鉄を叩くことができる機械だが、あまり男は好んで使うことはない。
細かな力の調整ができず、単純な打撃ゆえに叩きながら繊細な形をつくっていくことが難しいからだ。
とはいえ鉄を鍛錬する必要があれば手数が必要になり、その場合は使わないわけではないので、念のため駆動ベルトを在庫してあった新品に交換しておく。
他にも仕上げ用のサンドブラスト機材や細かな加工に使うエアツール、それらを駆動するためのコンプレッサーなど、地味ではあるがないと困る数々の機材を整備、足りない部品や資材については在庫分も含めて多少の積み増し発注を行っていく。
結局、工房が十全に機能するための段取りがだいたい済んだのは、昼も過ぎて日が傾きだす時刻だった。
男は工房の外の古びたベンチに疲労感に任せて崩れかかり、煙草をくゆらせる。
ゴールドシップの話から想像した展開が杞憂であることを願う気持ちと、タキオンのもたらす新しい刺激を期待する気持ちが男の中でせめぎあっていた。
煙草の煙を吸い込み、目を閉じ、考えを巡らせながらゆっくり紫煙を吐きだす。
「…まったく…学園内で喫煙なぞ…」
怜悧で硬い質の言葉が響く。
ゆっくり目をあけると、そこには容姿端麗学業優秀の才媛、エアグルーヴ。
声音と表情は冷ややかで隙がなく、職員であろうがほとんどの男性を貴様呼びしてしまう女帝だ。
そしてその半歩後ろに微苦笑を浮かべたシンボリルドルフ。
「やぁ、こんな僻地の工房へ。どのようなご用向きで?」
彼女たちが普段執務をする生徒会室は、まさに学園の中心。校舎内でも心臓部といえるような部分にある。
それにくらべれば卑屈な意味ではないが、この工房のある位置は学園内の僻地といえた。
男はエアグルーヴの声から敏感に感情を拾い上げたゆえに、疲労感にまかせて嫌味な言い回しをしてしまったことを悔いた。
「…生徒会として、貴様に話がある」
さっそく来たか。
男は表情を消したまま煙草をもみ消し、二人を工房の応接へ通した。
ちょっと作者ガス欠気味であります。
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