人様に晒すのドキドキしながらも、淡々と綴って参りますので引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
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工房の安普請な応接に2人を通す。
エアグルーヴの額にはうっすら青筋が浮かんでいそうな雰囲気で、耳も攻撃的に傾けられている。
もともとあまり綺麗とはいえない工房内にあって、先ほどまで整備のために様々な設備をひっくり返していたこともあり、やや埃っぽい空気感がその不機嫌さをさらに助長しているのかもしれない。
対称的に、シンボリルドルフは昔ここによく来ていたこともあり、気にも留めない様子だ。
おもてなしとしては些か子供騙しかもしれないが、ペットボトルの人参ジュースを出してやる。
「あぁすまない。ありがとう」
シンボリルドルフは柔らかい表情で受け取ってくれるが、エアグルーヴは愛想の一つもない。まぁいいだろう。
2人の対面に腰を下ろす。
「で、要件は?」
シンボリルドルフが口を開こうとするが、エアグルーヴがそれを制止し、一冊に綴じられた書類を差し出してくる。
「貴様にこれに目を通して欲しい」
表紙には「ウマ娘の可能性追求に関する合同研究プロジェクト(案)」とある。
パラパラとめくりながら斜め読みしていく。
座組みとしては生徒会が中心となり学園を母体としたプロジェクトをつくり、ウマ娘の身体的強化の研究に取り組み、競技、レースの魅力向上を目指していく、という趣旨となっている。
役割分担として事務局部分を生徒会が担い、研究の方針策定やディレクション、統合は生徒会、学園理事陣、「生徒代表研究委員」の三者が行なうことになっている。
その下に研究の実働部隊として学園組織の実務部門、また外部のスポーツ用品メーカー、製薬メーカーなどの名が配されている。
生徒代表研究委員、のところがアグネスタキオンが入る部分だろう。
ゴールドシップの諜報網はおそらくこれを嗅ぎ付けていたと思われる。
全く、どういう仕組みかはわからないし知りたくもないがアイツの情報収集能力には恐れ入る。
「これは…?」
書類に目を通しながら素知らぬ体で男が尋ねる。
「見ての通り、生徒主体のウマ娘に関する研究体の企画書だ」
エアグルーヴが冷徹そのものの声で答える。
「そこに、貴様も参加してもらいたい」
「それは、正式な依頼か?」
「そう思ってもらって構わない」
ふう、と男はため息をついた。
シンボリルドルフを見やる。
相変わらず微苦笑を浮かべている。外側の眉が下がり気味なところを見るとやや状況に困っている部分があるのだろうか。
資料は基本的によくできている。
座組みにしてもある程度納得できるし、方向性が曖昧なところはあれど、目指している向きは概ね文句もつけようはない。端的にそつなくまとめられている。
さすがは女帝の名をとるエアグルーヴだ。学業優秀の才媛という評判も伊達ではない、と思わされる。
「…よくできてる、と思うよ。さすがは女帝、エアグルーヴだ。この資料は、君が?」
男は絞り出すように、エアグルーヴを見つめながら言った。
「そうだ」
「この話は、どこまで通ってるものなんだ?」
「これから順次、理事長や理事会を通して、公式にしていくつもりだ」
「何故、その前に俺のところに来た?」
「…アグネスタキオンが貴様のところに来ただろう?」
「あぁ。俺に自分の研究に協力して欲しいと言ってね」
「この企画は、彼女から生徒会に持ち込まれた研究企画だ。生徒会として検討し、大いに賛同する部分があったため、公式化していくことで彼女の活動を後押ししようというものだ。無論、行き過ぎを抑えるための足枷の意味もあるがな。貴様は彼女に、生徒の立場を違えなければ協力する、と言ったのだろう?」
「…彼女を生徒と見て、協力はする約束をしたな」
アグネスタキオンの素質はルドルフも認めるところだ。
だが、研究を優先するあまり、競技者としての道に関しては等閑に付してきたということも聞いている。だからこそ、以前彼女が来たときに、生徒の立場を違えなければ協力する、と男は述べた。
しかしそれはあくまで個人的なレベルで、だ。
「ならば、貴様はこの件に関しても協力する、ということでいいのだな?」
焦れた様子で結論を迫ってくるエアグルーヴ。
「…今は答えられないな」
そう言うと、男は資料をテーブルに置き、背もたれに体を預けた。
「何故だ!?」
鼻白むエアグルーヴ。いよいよ額に青筋が見える。
ルドルフは相変わらずの微苦笑。どうやら男の反応も含めて、展開が読めているらしい。
そういえば、ルドルフにも同じような流れで対応したことがあった。
「立案もいいだろう。資料もよくできてる。タキオンの研究を生徒会としてきちんとした形にしよう、という志も買おう」
「ならばなぜ答えられないんだ!?」
語気を強めたエアグルーヴ。
男は失礼、と言って非礼は承知で、煙草に火をつける。
「…筋が違う、といえばわかるかい? 女帝エアグルーヴ お 嬢 ち ゃ ん 」
「なっ……!」
一瞬にして白磁のような彼女の肌が紅潮し、血管が青く浮き上がる。
ルドルフは表情を引き締め、目を瞑り、押し黙ったままだ。
「君たちがやろうとしていることは一見、正しい。アプローチもいいだろう。学園も自由な校風だし、生徒会に大きな自治権もある。だがそれは、あくまで学園が最終的な責任を負える範囲だ」
灰皿に差した煙草がジリジリと燻らす一筋の煙を横目に、続ける。
「学園そのものを動かすような話や、外部も巻き込むような話であれば、それ相応の筋ってもんがあるだろう?」
エアグルーヴの整った顔立ちに宿った怒りを見やる。耳は絞られ、握った手まで赤く、震えている。
ウマ娘の力は成人男性の数倍はくだらない。今ここで感情を爆発されたら、男はひとたまりもないだろう。正直、恐怖心に支配されそうになる。
震えそうになる指先を、煙草の力で誤魔化し、抑えつけながら続ける。
「…初っ端に話を持ってきてくれるのもいいし、相談にも乗るのも吝かじゃない。だけどな、俺は学園の職員で、そもそも俺にも上司ってものがいるんだぜ」
事実であった。
学園の敷地内に一隅を与えられ、業務もほぼ自由裁量で行える身の上であったが、男の所属は学園の「服飾部脚部課装蹄班」ということになっている。班、といっても今は男ひとりしかいなかったが。
「前向きな話は歓迎するし、タキオンに個人的になら協力する。これは変わらないが、コトを大きくして組織化するなら話は別だ。根回し程度なら構わないが、今ここで結論を出せ、といってくるのは筋が通らない上、俺を買い被り過ぎだ」
そこまで言い切ると、男は再びソファに身を預けた。
「…エアグルーヴ、わかっただろう?」
ルドルフが優しげな声で取りなす。
「…ことを成すには、それ相応の段取りを踏んでいく必要がある。既成事実を積み上げるだけでは、どこかで壁にぶつかる。昔、私もこの人に教わったことだ」
「会長、も…ですか?」
男を射抜かんばかりに睨みつけていたエアグルーヴの表情がさっと、潮が引くように戻っていく。
「お前、展開読んでたのに黙ってただろ…」
男はルドルフの言葉を聞いて緊張を解いた。
「…エアグルーヴにも体感して欲しかったんだ。生徒会では、時として学園の政治的な部分に踏み込まざるを得ない時がある。自分たちが正しいと思っても、違う視点からすればそうではないこともある。いい機会だから、それを学んでほしいと思ったんだ。この人相手ならきっとそれを学ばせてくれると思ったから、引け目はあったが任せたんだ」
「会長…引け目なんてそんな…」
エアグルーヴはルドルフの深慮に気付き、自分の行動を省みているようだ。
「全く…買い被り過ぎだよルドルフ。教育したいならあらかじめそう言ってくれ。真剣勝負してたんじゃ俺の身がもたん」
緊張による疲労で脱力し切った姿勢で男が力なく抗議する。
するとルドルフは皇帝の表情に悪戯っぽい笑みを添えて、言った。
「申し訳ない。この埋め合わせはいずれ、しよう。いくぞエアグルーヴ」
エアグルーヴはバツの悪そうな表情でこちらをチラリと見たが、それ以上継ぐ言葉を見つけられない様子で軽く頭を下げ、ルドルフの後を追っていった。
2人が去った後、ソファで脱力したまま男は煙草に火をつけ、疲労感に苛まれたまま
「女帝にお嬢ちゃん、は言い過ぎだったかな…」
と、ひとりごちた。
たわけ、と言わなかっただけエアグルーヴさんはわきまえていたと思わないでもない。