学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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15:朝の工房にて

 

 

 

 

 朝であった。

 工房の窓からは周りに生い茂る木々の葉からの木漏れ日で不規則な光が差し込んでいる。

 そよ風に揺れる葉により明るさや範囲をゆらゆらと変え、鉄粉と埃にキラキラと乱反射させながら室内を照らし出していた。

 

 工房の片隅に設けられた事務用デスクの上では、電源が入りっぱなしのPCがお仕着せのスクリーンセーバーを稼働させている。

 デスクの上は書類の紙や資料、雑多に積まれたファイルなどが散乱し、傍らの灰皿は高額納税者の証とばかりに山盛りだ。

 

 そしてその混沌としたデスクに倒れ込むように、薄汚れた作業着姿で男は突っ伏していた。

 

「……もう食べられ…ない…よ……」

 

 資料作りに明け暮れた末の机上での往生にしては男は幸せそうな寝言を呟き、日の当たらない工房の片隅で資料の山と一体化していた。

 

 

 

「……失礼します」

 

 そんな時、控えめな声で工房の入口をくぐったウマ娘がいた。

 手には小さな鉢植えを持っている。

 

「…誰か…いらっしゃいませんか…?…おかしいな…鍵は開いているのに…不用心な…」

 

 恐る恐る、彼女は工房内に足を踏み入れる。

 鉄と煙草の匂いを感じる。

 鉢植えは入り口近くにある、安普請な応接セットのテーブルに一旦仮置きする。

 

 日の光が塵に反射しキラキラする様に目を細めながら雑然とした工房内を見回すが、動くものは見当たらない。

 

「…全く…この雑多なのはどうにかならんのか…っっ…!」

 

 工房内を見回しながら進むと、立てかけてあった工具に足がかかり、ガチャリと重たい音を立てる。

 彼女は倒れかけたそれを、慌てて姿勢を崩し手をかけて支える。

 

「…っ…重い…」

 

 鈍い錆色をした長いマジックハンドのような2対の棒は、彼女の想像を超える重さだ。

 足位置を直し、倒れかけたそれをどうにか元の位置に戻す。

 

 顔を上げると正面に炉が目に入る。

 

 煤で黒く汚れ、古ぼけているが、まるで制御された火事の後のような様は、ここでの作業の熱を想像させるには十分な迫力だった。

 

 ぴちょり、と炉の横にある小ぶりな流しで蛇口から水滴の滴る音がする。

 

 自然の光がランダムに差し込みながらも薄暗く静謐な工房に、彼女は一瞬、神々しさを感じた。

 

 奥の雑多に書類や資料が積まれた山が崩れたのは、その刹那後のことだった。

 

「…っっ!」

 

 彼女はその物音に驚き、肩を竦め身体を硬らせる。

 山が崩れた一瞬後、山の向こうでさらに大きな重量物が倒れ込む音がした。

 

「っってぇ…!」

 

 男の声だ。

 

「そこに誰かいるのか!?」

 

 怜悧な鋭い彼女の声が誰何する。

 

「…いってぇ…なぁんだぁ…」

 

 彼女は声の元に駆け寄る。

 そこには椅子から転げ落ち、紙と煙草の灰にまみれた工房の主が半身起こした状態で、寝起きのような顔で眩しそうに目を細めてキョロキョロしていた。

 

「大丈夫か…?」

 

 男は声の主を見やる。

 

「…エアグルーヴ…?」

 

 間の抜けた声で自分の名前を呼ばれた彼女は、困ったような、情けないような、慈しみを覚えるような、なんともいえない複雑な自らの感情に強い戸惑いを憶えながらも結局、やれやれ感たっぷりのため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 男はふらつきながらもエアグルーヴの手を借りて散らかったデスク周りをとりあえずの形で整え、共に居場所を応接セットに移した。

 

 「なんかすまん…」

 

 男は冷蔵庫から人参ジュースを差し出した。

 

「全く…この間はここで堂々と説教を垂れたというのに、今日のザマはいったいなんなんだ…?」

 

 エアグルーヴの声音は呆れ、というよりは幾分か戸惑いと柔らかさを含んでいた。

 

「いやぁ…資料作りながらいつの間にか眠り込んだらしい…みっともないとこ見せたな。あー腰いてぇ…」

 

 ソファにどっかと腰をおろした男は、気怠げに伸びをする。

 無精髭も更に濃くなっており、目には隈がうっすらと浮かぶ。

 

「それで貴様はあんなところで寝ていたのか…こちらにも原因がある話だ。早速スケジュールを見直さなければならんな」

 

 彼女はいつも通りのクールな表情で考え込む仕草をしてみせた。

 男は手を振ってそれを否定する。

 

「その必要はねぇよ。こっちが能力不足なだけだし、もう目処はついてる」

 

 後半は嘘だったが、そうでも言わないと本当に自分が理由でスケジュールが動きかねない雰囲気だ。

 流石にそれは男も気が引けた。

 

「しかし、これが原因で身体を壊されても困る。貴様はタキオンいわく、計画の重要なピースなんだそうだからな」

 

 彼女は極めて真剣だ。

 

「そんな柔な身体じゃねえ、と言いたいところだけど、まぁ今の調子がずっと続くんならマズいな。当面のスケジュールはともかく、関わっている人間たちはみんな普通に日常の通常業務はあるからな。今後はそこら辺も考慮に入れてくれるとありがたい」

 

「わかった。今後はもう少し余裕を持つように組もう」

 

 どうやら彼女はそれで納得してくれたらしい。

 真剣な眼差しが少し和らいだ。

 

「それはそうと、この間は悪かったな」

 

 男は話題を切り替えた。

 

「…なんのことだ?」

 

 エアグルーヴはまだスケジュールのことが頭の片隅にあるのか、思案顔だ。

 

「…ゴールドシップに写真撮られた時のことだよ…」

 

 彼女の表情がハッとする。 

 思い出しているのか、黙ったまま、しかしみるみるうちに顔色が変わり、白磁の肌が朱に染まる。

 

「俺もちょっと油断してしまった。迂闊だったよ」

 

 女帝と呼ばれる彼女が、顔を朱くしたまま、瞳に涙を浮かべて口を固く結び、耳はふるふると震えている。

 男はその表情を不思議と冷静に見つつ、綺麗だな、と思っていた。

 自分にはSっ気があったのだろうか、とも考えている。

 

「…貴様は、よく知りもしない異性の頭を無思慮で撫でるような軽薄な輩なのか?」

 

 表情を辛うじて取り繕った彼女が絞り出すように問うてくる。尻尾はばさり、ばさりと揺れていた。

 彼女の心は、ざわついていた。

 

「…いや…基本的には異性には縁のない人生だがね。あの時はなんだか…昔、妹分の子と似たようになった時を思い出してしまって」

 

 嘘ではなかった。

 

 彼女は少しの間を開けた後、一息、深いため息をついた。

 

「今回は、許す。私も、悪かったのだ。全く余裕を失ってしまって…らしくない振る舞いだった」

 

 耳はしゅんとしてしまい、伏目がちに言った。

 

 エアグルーヴは今この瞬間、自分に正直ではなかった。

 先ほどの男の姿を見た時の複雑な心境や、あの撫でられた時に湧いた感情、その正体を自分でもはっきりと理解できないでいた。

 謝罪に応じて口に出した質問も、胸の内がそうじゃない、言いたことはそういうことじゃない、と発している。

 しかし女帝としての仮面が、自分の心の中を直視することを妨げていた。

 

「…その妹分とは、今も仲良くしているのか?」

 

 まとまらない思考を巡らせ、制御不能に陥りかけた彼女の脳内は、明後日の方向へボールを投げてしまった。

 男は少し思案した後、答えた。

 

「うーん…今でも兄のように扱ってはくれるがね。向こうはもう、妹扱いするには申し訳ないような高みに登ってしまったよ」

 

 ふとその表現に、引っ掛かりを憶えた彼女は、更に問いを重ねる。

 

「その、妹分というのは今…」

 

 その時、工房の入り口の引き戸が勢いよく開いた。

 聞き覚えのある声が大音量で満面の笑顔とともに響く。

 

「おっちゃーん!!こないだの写真額装して…き……た………ぜ?」

 

 珍奇行動悪戯大好絶対美女ゴールドシップは応接に向かい合って座るエアグルーヴと男を視野に入れ、笑顔の行き先を無くし、自ら断首台に飛び込んだ自覚をするまで、わずかコンマ数秒。

 

「…ヤッベ」

 

 ゴールドシップは小脇に抱えてきた風呂敷包の平たいものを放り出すのと背を向けるのが同時、ゲート難という噂は嘘であると断言できる逃げ足スタートダッシュを決めた。

 ここで会ったが百年目と言わんばかりのレスポンスで追って駆け出すエアグルーヴ。

 

 蹄鉄の着いていないローファーであってもあの速さ。

 もはや男の稼業の終焉は近いかもしれない。

 そう思わせる迫力とスピードであった。

 

 

 

 ゴールドシップが持ってきたA4ほどの平たい包みを解くと、消させたはずの涙目エアグルーヴよしよしショットが引き伸ばされ、フォトフレームに入れられていた。

 男は思わず眉間に指を添えて苦悶の表情を浮かべてしまう。

 そして応接テーブルの上にあるものに気がついた。

 

 エアグルーヴが持ってきたと思われる鉢植えだった。

 

 凛々しく青い色合いの、小ぶりな花が連なるように咲いている鉢植えだった。

 

 後で調べたところ、サルビアという花らしかった。

 

 






今週は忙しくてちょっと投稿ペースを崩してしまいました。
出張帰りに飛行機内で書こうとしたんですが、飛行機乗るとテンション上がってしまう&仕事からうまく切り替えられずでロクに進みませんでした。

おうちが一番ですね。
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