学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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書いたものから出していくんじゃ精神で、長くなり過ぎている話を分割して投稿いたします。


17:鉄のウマ娘のつくりかた(上)

 

 

 

 

 この数日間、男は熱した鉄を叩き続けていた。

 

 連日、炉に火を入れ、取り寄せた特殊鋼材を加工方法を探りながら、一つの目的を念頭に叩き出していく。

 

 工房の隅には、ここ数日で作られた特殊な蹄鉄がうずたかく積まれている。

 

 それらはどれも普通の蹄鉄とは違い、蹄鉄の水平方向に切り目がいれられ、接地面が板バネのようにしなり、たわむ構造となっている。

 また、足側のシューズへの取り付け面に関しても足裏の接地面に合わせるように拡げられ、足裏のより広い範囲で力を受け止められるように工夫されている。

 

 しかしうずたかく積まれたそれらは、どれも失敗作であった。

 

 今回の目的のために選び、多めに発注していた特殊鋼もすでに尽きかけており、昨日さらに追加発注を入れている。

 

 炉の火を絶やさぬため、工房内の空気は換気扇では追いつかぬ熱量をため込み、灼熱と化していた。

 

 それでもかまわず男は赤く輝く鉄を叩き続ける。

 

 イメージ通りに仕上げるには、もう少し試行錯誤を重ねる必要があった。

 

 

 

 

 

 男がこのようなものに取り組むには、それなりの理由があった。

 

 合同研究プロジェクトに一通りの基礎資料を提出し終わって数日が経ったころのこと。

 

 突如服飾部シューズ課長を務めるシューズのチーフデザイナーと男が理事長より呼び出しを受けた。

 

 理事長室にはいつも通りの理事長、緑のお姉さまことたづなさん、そして生徒会長シンボリルドルフ、副会長エアグルーヴ、ナリタブライアンの姿もある。入室するなりアグネスタキオンがこちらを見てニヤリとしたあたり、研究がらみのなにかと察せられる。

 

 呼び出された側は男たちのほかに、研究プロジェクトに参加している初老のウマ娘専門医、理学療法士の姿もある。

 

「皆さんお揃いのようですね」

 

 たづなさんが場を仕切る。

 すると理事長が席から立ち上がり、扇子を構えた。

 

 

「発令!脚の弱いウマ娘でもトレーニングを続けられるシューズを開発せよ!」

 

 

 例によって明瞭かつ簡潔に勢いよく用件が述べられる。

 

 そしてたづなさんにより補足説明という名の本体解説がなされていく。

 

 学園の入学に関しては理事長指揮のもと全国から幅広く情報が集められ、各地にスカウトが派遣されて一本釣りするほか、一般から願書が集められ選抜試験なども実施され、学生が集められる。

 

 今回、スカウトが見つけてきた有望な生徒の中に、入学前の身体検査で脚の状態がよろしくない生徒が見つかった。

 

 日常生活や学生生活では問題がないため、学園の身体検査にかかるまで発見されずにいたが、専門医いわく脚部不安でレースには耐えられない可能性が高い。

 

 原因は足首関節付近の炎症。

 

 厄介な部類で、治療期間が長くかかるうえ、治癒したとしてもレースで戦えるレベルのポテンシャルとなるかどうかは見通せない状況だという。

 この手の怪我は治療次第で治ることもあるが、ウマ娘の競走能力を奪い、引退に追い込まれる原因となることもある。

 

 当事者は自分の脚の状態は薄々気づいており、今回発覚したことも冷静に受け止めているという。

 そのうえで、自らを厳しく律しながら、レースの世界で戦いたいと願っている。

 

 身体能力としては脚の問題さえなければ有望といえる人材であり、合否については理事長が一旦預かった形とした。

 理事長自身はこれを奇貨とし研究プロジェクトの一部にしてみてはどうか、ということのようだ。

 

「難しいことは承知しているが…この課題に成果を出すことができれば、学園の生徒も、それ以外のウマ娘たちも等しく恩恵があると考える。どうだろうか。テーマとして取り組んでもらえないだろうか?」

 

 たづなさんの説明の後を引き継ぐ形でシンボリルドルフが後押しをする。

 どこからどう見ても生徒会長のシンボリルドルフで、男の前で見せるルナの片鱗はみつけられない。

 

「医学、薬学面からのアプローチは私が指揮を執るよ。まぁ、ちょっとした副作用は我慢してもらわねばならないかもしれないがねぇ…」

 

 ククッ、と含み笑いを抑えきれないアグネスタキオン。これにより合法的に実験体が手に入るのだから、笑みもこぼれようというものだろう。男はタキオンの様子を見ながら苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 もちろんこの面子でこういう前向きな取り組みに異論をはさむ余地もなく、男たちはウマ娘専門医をリーダーに、理学療法士とシューズ課長、男の4人で装具チームを組むことなり、各々に当事者の資料が配られる。

 

 翌日にどのようなアプローチで取り組むか検討することとなり、その日は散会となった。

 

 

 

 

 その日の夜、男はシャワーも浴び、自室のソファで伸びながら、配られた資料を読み込もうとしていた時、スマホが鳴動した。

 相手はシンボリルドルフであった。

 部屋に来たいというので、門限の延長申請を出したうえでなら構わない旨を伝えると、ものの15分ほどでやってきた。

 私服のラフな格好で、眼鏡をかけている。

 

「夜分に済まない」

 

 余裕のある微笑を湛えたその佇まいは、ラフな格好であっても皇帝、あるいは生徒会長の風格を消しきれずにいた。

 

「構わんよ。まぁ俺の部屋に来たってなにもないけどな」

 

 そういってストックから人参ジュースを出してやる。

 

「…ありがとう…

 …いつも兄さんの部屋にはウマ娘用の飲み物があるのか…?」

 

 妙なことを聞いてくるシンボリルドルフ。

 すこし微笑がぎこちない気がするが、気のせいか。 

 

「こないだルナが来たときは缶コーヒーだったろう?さすがに夜更けにアスリートにカフェイン摂らすのもどうかと思ってな。また来た時用に、と思って」

 

 ルナはそれを聞いて、手元の人参ジュースのペットボトルを心なし強く、握る。

 

「私のために用意してくれたんだな…ありがとう」

 

 柔らかく微笑みながらすっと目を瞑り、呟く。

 しかし男はテーブルの資料に気を取られ、その表情を見逃している。

 

「で、わざわざ門限の延長申請してまで俺の部屋に来て、どうしたんだ?」

 

「うん…その資料の件について、だ」

 

 ルナの表情がシンボリルドルフに戻るように引き締まる。

 

「まだ斜め読みした程度だが…どうかしたか?」

 

 パラパラとめくる。

 当事者の名と写真がある。

 

 「イクノディクタス」

 丸眼鏡で理知的な線の細いお嬢様、といった風情だ。

 彼女の身体検査時のスペックや、脚の状況が細かく記されている。

 理事長室での説明の通り、足首関節部の炎症は本人の自覚は薄いようだが、あまり良い状態とは言えないようだ。

 

「…どうにか、してあげられないものだろうか…?」

 

 憂いをにじませた表情は真剣そのものだ。

 

「…なんともいえんな。この手の怪我は症例こそ山ほどあるが、完治するかどうかは個人差が大きすぎる」

 

 男は資料をめくりながら思索を巡らす。

 

「今までもたくさんのウマ娘たちが、怪我で夢をあきらめざるを得なかった。今回の事例で少しでも糸口が見つかれば、そういったことも減らすことができる」

 

 火のついていない煙草を横に咥えながら、男は資料から目線を上げる。

 真剣な瞳に、まるで射抜かれそうだ。

 瞳の奥には、彼女の夢への決意の強さが宿っている。

 

「そうだな…それがルナの夢にもつながっている、か…」

 

 彼女はふっと息を抜く。

 

「…そうだ。すべてのウマ娘が幸福に暮らせる、その目標に資する案件だと思っている」

 

 男はその真剣な眼差しにあてられているのを自覚した。

 

「私にできる協力は惜しまない。だから、どうか…彼女を救う方策を、見つけ出して欲しい」

 

 男は苦笑しながら応じる。

 

「…大丈夫。仕事に手抜きはしないよ。ルナの夢の一助になるのであれば、余計にな。もっとも、俺一人ではどうにもならんのだけど…」

 

 そう返しながら男は脳内で自らにできるアプローチを整理していく。

 

 要は関節の負担を抑えられるシューズと蹄鉄の組み合わせがあればいい、そういう方向性のはずだ。

 蹄鉄は走る推進力を受け止め、地面に伝える要であり、受け止めているからには脚に相当の負担をキックバックしている、ということにもなる。

 

 走るうえでエネルギーの総量は変わらないが、シューズと分担してどのようにキックバックを分散させるか、というところが肝になるか…

 

 気が付くと、男はルナの脚を凝視し、観察しながら思考に耽っている。

 

 彼女は男から自分の脚に向けられる視線に気付き、ぞくりとする。  

 

「…七冠獲った脚ってのはもっとごついのかと思ってたが…」

 

 男が独り言を呟く。

 思わず顔が熱を持つのを感じる。

 尻尾が落ち着かず、動いてしまう。

 

「兄さん…その…視線が…」

 

 彼女の言葉に男は我に返る。

 

「あ…?…すまん…考え込んでた…ちょっと、立ってみて、フォーム通り踏み込む感じの姿勢してくれないか?」

 

 立ち上がって言われた通りの姿勢をとってみる彼女。

  

「蹴り込みの姿勢で静止するのは意外と難しいな…」

 

 彼女の独り言にも気づかず、男は床に這いつくばりながら、足裏の地面とのインパクト部分を様々な角度から観察する。

 

 私服のジーンズ姿だからなんとか許容できるが、これが制服のときなら…とあらぬ方向に想像を膨らませてしまった彼女は全身が熱くなるのを感じる。

 

「…その資料にあるイクノディクタスとは体格もフォームの癖も違うから、参考程度にしかならんと思うぞ」

 

 さすがに気恥ずかしさの限界に達しつつある彼女は、それとなく男に今の状況の是正を促す。

 

「…うーん…これならなんとかなるか…?」

 

 男はなにか閃いたようだ。

 少年のような表情で彼女を見上げ、輝くような笑顔を見せる。

  

「ん…ありがとう。ヒントが見えたような気がする…」

 

 そう告げる男の真剣な表情を見たとき、彼女は気恥ずかしさを覚えていた自分自身に、恥ずかしさを感じるのであった。

 

 

 





正直医学的、技術的な部分はふんわり、ご都合で書いてるのでかなり怪しいです。
その部分がうまく伝わるようにかけてるのかもイマイチ自信がもてないので、そんなもんなんかなの精神で寛大にお読みいただきたく、お願い致す次第です。
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