学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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なんとかまとめられました!

この上中下はコメント欄でいただいたイクノディクタスのリクエストなどから組み立てることができたお話です。
皆様、ありがとうございました。




19:鉄のウマ娘のつくりかた(下)

 

 エアグルーヴのサルビアに癒された翌日。

 男は一旦、現在位置を整理した。

 

 

 素材の特殊鋼を叩いて鍛え、目標の弾性を出す加工法まではたどり着いた。

 作業条件、加工条件の明確化により、どうすれば求める性能が実現できるかは確定したのだ。

 

 あとは、その加工を加えていく過程において、イクノディクタスに合わせた蹄鉄のサイズ、形状を正確に叩き出すことができれば、完成する。

 しかし男は導き出した叩き出しの条件の回数内で、サイズと形状を整えきることができていなかった。

 

「要は俺のウデってことか…」

 

 改めて己の未熟さを恥じる。

 

 もうこうなれば、数をこなして経験値を上げ、自分で感覚を掴んでいくしかない。

 

 男は槌を振るい続けて筋肉痛と疲労感が抜けない右肩を叩き、気合を入れなおした。

 

 炉に火を入れ、温度をあげていく。

 昨日の夜、追加の特殊鋼も届き、追い込む環境はできている。

 きっちり向き合ってやる。

 そう覚悟をかため、今日最初の素材を火にかけた。

 

 

 

 昼過ぎ、工房外のベンチで男はぐったりと伸びていた。

 

「…ダメだぁ…」

 

 午前中をめいっぱいかけて10セット分、計20脚分を打ったところで、男は折れた。

 

 加工条件の回数内でどうしても正確に形状を叩き出せない。

 頭を抱え悶える。

 煙草の味が苦い。

 

「いかん…いかんぞ…」

 

 男の折れた心をつゆ知らず、サルビアは今日も青い。

 まるで凛としたエアグルーヴの立ち姿そのものだ。

 それを見て、昨日のエアグルーヴの凛々しい後ろ姿を思い出し、それと対比して自身の情けなさにさらに自己嫌悪が深まる。

 

「ぁぁぁぁぁ…」

 

 

「…レーダー受信…レーダー受信…」

 

 悶える男をよそに、奇言を呟きながら歩み寄るゴールドシップ。

 

「なんだぁおっちゃん、煤けちまってるけど暇なのか?アタシがおっちゃんの人生面白くしてやろうか?」

 

 至近距離で顔を覗き込んでくるゴールドシップは、相変わらず天真爛漫珍言奇言大炸裂だが美女である。

 

「…今面白い返しをする余裕がねぇよ…」

 

 男はがっくりと項垂れる。

 

「あんだよーノリ悪いなぁ…なんか悩み事あるんだったらゴルシちゃんが聞いてやるZO★」

 

 男は逡巡した。

 が、よく考えてみればこのプロジェクト自体、秘密というわけでもない。

 そして彼女は珍言奇行に覆い隠されてはいるが、根本的には聡明であることは疑いがない。

 

「…実はな…今こういうことをやっててな…」

 

 男は彼女に自分がつくろうとしている蹄鉄のことを話し始めた。

 彼女は時折相槌を入れながら聞いてくれている。

 

「なるほどなー…こないだつくってもらったゴルシちゃんスペシャル仕様とは全然ちげーことやってんだな!すげえじゃねぇか!」

 

 一通り話を聞き、飲み込んだ彼女は目を輝かす。

 

「できてねーんだからすごくねーんだよ…」

 

 男は項垂れる。

 しかし彼女はそんな男の様子もかまわず、上機嫌で続ける。

 

「おっちゃんよー、アタシ雑学大好きゴルシちゃんなの知ってっか?話聞いてたら蹄鉄つくる工程、見てみたくなっちゃったぜ!今からやるなら見せてくれねーか?」

 

「え…まぁそりゃいいけども…」

 

「よっしゃあ!そうと決まったら早速!」

 

 彼女は工房の引き戸を勢いよく開ける。

 

「うわぁっっあっちぃ!」

 

 工房内に溜まった熱風に当てられ、たたらを踏むゴールドシップ。

 彼女は工房内の過酷な環境に耐えられるのだろうか。

 

 

「火の粉とか飛び散って火傷するから、ちょっと離れたとこで見とけよ」

 

 彼女は親指をぐっと立てる。

 額に汗を浮かべながらも彼女は引くこともなく、すこし離れたところからじっとこちらを見ている。

 

 長いヤットコで素材の鋼棒をつかみ、炉に入れて赤く輝きだすまで熱する。

 

 それを取り出し、金床に当てながら叩く回数をカウントしつつ、整形していく。

 

 金床のアールを使いながら曲げ、伸ばしを繰り返し、鉄の赤い輝きが薄くなれば再度、炉で加熱し、また叩く。

 

 ものの15分ほどで、一本の棒が蹄鉄に形を変えた。

 

 しかし細かな調整がもう一歩、というところで、男は槌を振るうのをやめ、蹄鉄を水に沈める。

 

「これ以上は、叩けないんだ」

 

 

 改めて加工条件の上限を説明する。

 これ以上叩くと、目標としている弾性から外れてしまうこと、耐久性が落ちることなどをぽつぽつと話す。

 

 その間に水に沈めた蹄鉄はしゅわしゅわと音を立てながらさわれるくらいまでに温度を下げた。

 ゴトン、と重たい音がして、作業台に水揚げされる。

 

 男は強度を無視して正確なサイズ、形状に仕上げたものと比較する。

 叩いて詰め切れていない分、サイズも形状もやや大雑把になってしまっている。

 

「較べてみるとわかるだろ。決められた手数の中でこの見本と同じにできないといけないんだ」

 

 彼女に手渡すと、ふたつを見比べて唸っている。

 

「うーん…おっちゃんの悩みはわかったぜ…むずかしいことやってんだな…」

 

 熱のせいか、色白な肌をしているゴールドシップの顔が赤い。呂律もおかしく、目の焦点が怪しい。

 

「お前…すぐ外に出ろ!」

 

 男が声をあげると同時にゴールドシップの長身がふらりと揺れる。

 

「っ…!…おっも!」

 

 倒れかけた彼女をすんでのところで支え、工房外に連れ出し、ベンチに座らせる。熱で目を回してしまったようだ。

 冷凍庫から男が火傷したときに使う保冷剤を大量に持ってきて、額と首に当ててやる。

 

「ぁぅ~…」

 

 いつも元気に身の回りを面白くしてしまう彼女が、今は嘘のように大人しくなっている。

 

 …ひょっとしてこの姿を写真にとればエアグルーヴとの写真が帳消しになり、かつアグネスデジタルに高く売れるのでは…と邪な考えがよぎる。

 

 ぐったりと伸びた絶世の美女を前に、大人としてはどうかと思われる葛藤をもてあそんでいるうちに、ゴールドシップは正気を取り戻した。

 

「大丈夫か?」

 

「あー…おっちゃんの熱気にあてられちまって金星あたりまで旅しちまったぜ…」

 

「すまん。配慮が足らなかったな」

 

 男はアイスを差し出しながら、体を冷やすよう彼女に促す。

 

「おぉ、助かるぜ…アイスのお礼じゃないけど…ゴルシちゃんのヒラメキをおっちゃんに授けてやるZE★役に立つかは保証しねーけどな…」

 

 さすがスタミナ自慢のウマ娘。まだちょっと口調に力がないが、立ち直りが早い。

 

「なぁおっちゃん…あれ以上叩けないなら、すこーしだけ大きめにつくってから、削って正確なモノにしちゃいけねーのか?」

 

 男は膝から崩れ落ちた。

 

 

 男はこれまで、槌一本で鉄を叩き出し、ほとんど修正を加えなくても良いくらいの精度で蹄鉄を造りだすことを至上として取り組んできた。

 

 しかし叩く手数に制限を付けられたとき、途端にその技術が通用しない世界になった。

 

 男は真正面からそれに対抗しようとして苦しんでいた。

 

 このゴールドシップというある意味天才なウマ娘は、蹄鉄を叩き出す工程を一度見ただけで、単純な解決策を見抜いてみせた。

 

「…お前、天才か…?」

 

 かろうじて男が絞り出せた言葉は、視野が狭まりその方法に思い至れなかった自分への絶望、彼女の頭脳への羨望、完成への希望などがないまぜになった複雑な感情を含ませつつ、素直に彼女を讃える言葉だった。

 

「だっろー?☆ゴルシちゃんにたい焼き1年分おごってくれてもいいんだぜ!」

 

 今の男はそれすら唯々諾々と呑みかねない心理状態だったが、すんでのところで理性を取り戻した。

 

「…協力者としてお前の名前も出してもらうようにするよ」

 

「アタシもついに歴史に名を刻むんだな!悪くねぇ気分だぜ!」

 

 復活した彼女は工房の冷凍庫にあった人参アイスを食い尽くし、満足気に工房を後にした。

 

 

 

 ゴールドシップのヒラメキにより最後のピースが嵌り、ついに男は目標としていたスペックの蹄鉄を安定して完成させることができるようになった。

 

 このアイデアの唯一の欠点は、鋼棒から完成に至る工程で叩き出しのあとに切削が入るため、当初予定の倍の作業時間がかかることだ。

 しかしそれも大量に作らなければいけないわけではないので、問題とはならなかった。

 

 折よくシューズ課長のほうも専門医が担当した部分も含めて完成させており、さっそく使用試験を行う日程が設定される。

 

 シューズと蹄鉄の試験はなんと、アグネスタキオンが自ら走るという。

 

 曰く

「新しいものはまず試したくなる性質なんだよ」

 と含み笑いしながら言い放った。

 それなら薬もまず自分で飲めばいいのに…と周りの人間は皆、同じ感想を持ったらしい。

 

 試験はアグネスタキオン考案の関節への衝撃を計測するセンサーが脚の各部に取り付けられ、まずは通常のシューズと通常蹄鉄の組み合わせ、次に今回の試作シューズと試作蹄鉄というふうに交互に比較データを取りながら進められた。

 

「いいねぇ。とてもいいよ。フィーリングはトレーニング用としては十分以上の出来だよ」

 

 事実、数値データとしても衝撃吸収、分散効果ははっきりと表れ、芝やダートなどの条件によっても変わってくるが、概ね30%前後の負荷軽減を示していた。

 

 しかしネガな部分も当然あった。

 基本的にはシューズも蹄鉄も使い古された技術の応用と組み合わせで構成されていた。

 それゆえに職人技が存分に活用されており、結果的に異常に複雑かつ精緻なつくりとなっていた。

 そのため大量生産はできず、かつ耐久性というより性能維持のため、一定以上の距離を走行したのちはメンテナンスを行い、性能維持のために消耗部分を交換、調整していく必要があることがわかった。

 

 とはいえ、それはトレセン学園内で使用するのであればフォローできる体制はあり、通常のトレーニング量からすれば1か月程度は問題なく使うことができるため、今回の件への対応には特段問題とはならないことも確認された。

 

 運用面は使用者であるイクノディクタスの身体管理を通常より細やかに行い、脚の経過観察を怠らないことでフォローできる。

 これはトレーナーと専門医、理学療法士が意思疎通を強化することで対処していくことでクリアすることが出来そうだ。

 

 

「成功!皆よくやってくれた!」

 

 かくして、ひとりのウマ娘の未来が拓かれることが決まった。

 

 彼女が自身の努力と周囲の協力で作り上げた身体管理術と長期にわたる現役生活の末に、「鉄の女」の称号を得、ウマ娘界にある種の金字塔を打ち立てることになるのは、もう少し先の話である。

 

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