学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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29:三者面談@アグネスタキオン

 

 

 

「この間珍しく装蹄師の彼が訪ねてきてねぇ。この間の宝塚記念を見て、思うところがあったようなんだよ」

 

 個別に意見書についての話を聞くべく、まずはアグネスタキオンの研究室にシンボリルドルフとエアグルーヴは訪れていた。ナリタブライアンは同行していない。

 

「私も彼と最初に会った時、こっぴどく叱られたんだが…彼は我々ウマ娘のレースにおける安全性について、もっと言うと怪我についてひどく敏感な面があるのは知っているね?」

 

 二人は頷く。 

 

「どうもこの間のサイレンススズカ君のレース運びを見て思ったようだよ。あの脚がどこかで限界を迎えてしまうのではないかとね。まぁレースを戦う我々ウマ娘には付いて回る問題で、今更過ぎる着眼点ではあるのだが…」

 

 タキオンの目の奥に光が灯る。

 

「ちょうど私も、今の医療体系を整理していて同じ課題を見出したところでね…それが、怪我の予防はどうあるべきか、という問題だ。今現在、思った以上に手薄で分散した領域だと考えている。トレーニング法から普段のケア、疲労管理、医者の領域での経過観察等、裾野は広いがそれぞれの狭い領域で試行錯誤、といったところだろう」

 

「…それを、この研究プロジェクトでまとめよう、ということか?」

 

 長くなりそうな話をエアグルーヴが後を引き取る形でまとめる。

 

「いかにも。このテーマで全体を見渡せる人間が必要だ。かくいう装蹄師の彼も、怪我の予防に対して自分ができることがなんなのか、という点に悩んで私のところに来たんだ」

 

 装蹄師の彼、という言葉にエアグルーヴの耳がぴょこりと反応する。

 アグネスタキオンはそれを目の端で捉え、口角の片側をにやりと上げた。

 それにシンボリルドルフが気づく。

 

「…話の筋はもっともだな。予防というのは成果が見えづらい。利を主目的としない集合体でないと、継続的に取り組んでいくことは難しいだろう」

 

 シンボリルドルフは生徒会長らしい大局からの視点で頷く。

 

「人材や方法については理事会と相談して考える方向ですね、これは」

 

 実務に長けたエアグルーヴは早速段取りを考えているようだ。

 

「いやぁ、やる気になっていただけたようで何よりだよ。これで装蹄師の彼にもいくらか報いることができる」

 

 またエアグルーヴの耳がぴくりと反応する。

 そしてタキオンはそれをニヤニヤと眺めている。

 

 ルドルフは言葉の端々に装蹄師の男を絡めてくること、意見書の端書もあわせて、どうやらタキオンに含むところがあることを確信する。

 

 困ったな、とでも言うように眉を下げると、小さくため息をついた。

 

「タキオン…意見書の端書にも装蹄師のことを書いていたのは、何か意図があってのことなのだろうか」

 

 シンボリルドルフは少し崩した面持ちで問いかける。

 それを聞いて(釣れた!)とばかりに笑みを大きくするタキオン。

 

「特に意図などないよぉ。事実、彼との話の中から生まれた話だからねぇ。それともなにかい?そこに何か特別な意味でも見出したのかい?君たちは」

 

「それは…」

 

 エアグルーヴがわかりやすく顔を紅潮させてしまう。

 

「…私の情報網から得たところによれば前回の宝塚記念、行きはそちらの会長さんが、帰りはそちらの女帝さんが彼のクルマの助手席に納まっていたそうじゃないか。彼となにかあったのかい?」

 

 反応を楽しむように、的確にポイントを突いていくタキオン。

 

「…私が帰りに同乗したのは…じ、事実だが…」

 

 言葉に詰まるエアグルーヴを横目に、シンボリルドルフは顔色を変えない。

 

 いや、変えられなかった。

 

 アグネスタキオンがどこまで何を知っているのかわからない上、何を目的としてこの話題を持ち出したのかもわからない。

 

 そのうえ、シンボリルドルフは信頼する右腕にすら知らせていない事実を抱えている。

 

 帰りにエアグルーヴを助手席に送り込んだのはほかならぬシンボリルドルフ自身の提案だったが、そのことはエアグルーヴには知られていない。

 あくまでおハナさんの配慮ということになっている。

 

 アグネスタキオンの謎の攻勢の前に、自らのエアグルーヴへの気遣いすらも爆弾と化していることにシンボリルドルフは頭が痛くなる。

 

 ここはなんとかうやむやにしたいところだが、タキオンの粘りのある差し足の前には難しいだろうか。

 

 

「しかし彼も隅に置けないねぇ。皇帝と女帝をかわるがわる、とは。ファンたちにしてみたらスキャンダルもいいところだよ、これは」

 

 煽るタキオン。

 

 しかしこの一言は悪手だった。

 兄と慕う男を妙な表現で下げたともとれる言葉。

 シンボリルドルフの冷静な頭脳が揺さぶられ、通常は泰然自若としている感情の領域が動き出す。

 

「…アグネスタキオン、君は私が兄と慕う彼を愚弄しようというのかな?」

 

 声音の変化にぞくりとしたものを感じたエアグルーヴが、隣のシンボリルドルフを覗き込む。

 

 その瞳はいつもは慈悲深い薄い桜色をしていたはずだが、その色が紅く変化しているように見えるほど瞳孔が窄まり、色が濃くなっている。

 

「か、会長…」

 

 レースの終盤にトップを捉えようとする猛禽のような視線より強く感じる瞳の炎は、長い付き合いであるエアグルーヴですら竦ませる。

 

「おぉ怖い…そんなに凄まないでおくれよ。なにも君たちを脅そうってわけじゃないよ。ただ、今後の研究のキーマン足り得る彼も、君たち二人にも仲違いしてもらったら困るんでねぇ…どうなんだい?大人の慰めをしてもらったエアグルーヴ君?」

 

 シンボリルドルフの気迫に、口調こそ変わらないがアグネスタキオンに汗が滲む。エアグルーヴは既に刺激と情報量が多すぎる事態に顔面が青白くなっている。

 

「あ…あれは、大人の包容力をもって、私の敗戦を慰めてくれた、という意味で、決してやましい意味ではないぞ!」

 

 エアグルーヴが顔を再び紅くして強弁する。

 もはやこの間のルドルフとの会話の内容がタキオンに把握されていた事を、気に留める余裕もない。

 

「ほうほう…しかしその表現では些か想像力を掻き立てられてしまうねぇ…具体的にはどのような慰めがあったのかな?」

 

 踏み込んでいくアグネスタキオンに、シンボリルドルフは気勢を削がれると同時に自らの興味も惹かれてしまう。

 その証拠にルドルフの耳はエアグルーヴの方に向きっぱなしになっており、それに気づいたタキオンはひと心地着く。

 

 二人からの視線に耐え切れず、か細い声でエアグルーヴが自白する。

 

「…ぁ…頭を…撫でてもらった、だけだ…」

 

 エアグルーヴは自沈した。

 耳をふにゃりとさせ、女帝の影もないほどに瞳を潤ませ、震えている。

 

 シンボリルドルフは改めてショックを受けていたが、目をつぶってこらえている。

 しかし引き絞られた耳と、なにかに耐えるように組まれた腕、そしてその腕を痕が残りそうなほど強く握っている指は隠すことができない。

 そしてその姿をアグネスタキオンは見逃さない。

 

「なるほどねぇ…それはとても甘美な時間だったんだろうねぇ…いやなに、君の表情を見ればよくわかるよ。おや、シンボリルドルフ君、どうしたんだいそんなに強く腕を握り締めて…」

 

 シンボリルドルフははっとして手を緩めたが既にくっきりとその柔肌に痕が残ってしまっている。

 

 

「その様子だと君も彼のことを…?先ほど、彼のことを兄と慕う、と言っていたが…」

 

 ずっとアグネスタキオンのターンだ。

 ルドルフはもはや主導権を奪い返すような思考回路を動かす余裕もない。エアグルーヴも自沈した今、何を守り、何を捨てるべきなのかも判断がつかなくなっている。

 

 タキオンは黙して語らない、あるいは語りだすきっかけを掴みかねていると見て取ったルドルフの様子に、新たな仕掛けを切った。

 

「…かくいう私もね、彼には少なからず好意を抱いているんだよ。彼から叱責を受けたときに、なにかスイッチが入ってしまったんだろうねぇ…研究者としては余計な感情だとは思うのだが、正直、先ほどのエアグルーヴ君の話には羨ましさすら感じてしまったよ…」

 

 やや芝居がかった物言いのため、いつもの胡散臭さが抜けないが、そう語るタキオンをエアグルーヴは目を丸くして見つめている。

 

「さぁ…君はどうなんだい?彼はただの兄なのかい?」

 

 ここにいる三人のうち、二人が胸の内を明かしたこの状況。

 見方にもよるが、気づけばルドルフはレース終盤のスパートでエアグルーヴとタキオンに出し抜かれた形になっていることに気づく。

 

 兄への想いで負けるわけにはいかない、とルドルフの内側で何かがスパークした。

 

「…私の初恋の相手が彼だ、と言えば、私の心情を理解してもらえるだろうか…」

 

 かくして皇帝、シンボリルドルフも自沈の道を選択した。

 

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