学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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書いて出しです。
幕間回のような、そうでもないような。。
文量少なくてごめんなさい。


31:おハナさんの尋問

 

 

 

 

 男はある日の夜、おハナさんに呼び出された。

 場所はいつもの、ちょっと敷居の高そうなオーセンティックバーだ。

 

 さすがに工房の作業着というわけにもいかず、一度自室に帰りシャワーを浴び、着替えて店に向かう。

 

「女を待たせるなんてあなた、どういう教育受けてきたの?」

 

 先に来ていたおハナさんはもうカクテルグラスを手にしている。

 

「生憎女性の扱い方なんて丁寧な必修科目がある学校に通っちゃいないんでね…」

 

 男は酒が飲めない体質の為このバーに一人で来ることはないが、おハナさんや沖野が常連であるため、その連れ合いとしてマスターに認識されている。

 そのため注文をしなくても自動的にジンジャーエールが出てくるので、非常に助かっている。見た目にも酒でないことがわからないので更にありがたい。

 

「…今日もお疲れ様」

 

 乾杯の格好だけとり、グラスをお互い少し持ち上げる。

 

 一口飲んで煙草に火をつける。

 

「…で、今日はどうしましたかな?リギルの総帥。恋愛相談なら俺より沖野のほうが適任だと思うけど」

 

 サッと顔を赤らめるおハナさん。

 鉄の女のように思われているリギル総帥をこんな風にいじれる特権を持っている奴はそうそういないだろうな、と男は思う。

 

「なっ…そんなんじゃないわよ!」

 

 耳まで赤らめておハナさんは慌てている。

 これはなにかあるのか?と掘り下げたくなったが、まずは奇襲に成功したことで良しとする。

 

「…私じゃなくて、あなたの件よ。今日聞きたいのは」

 

 男は首をかしげる。

 

「とぼけないで。この間の宝塚記念の帰り、あなたエアグルーヴにどんな魔法をかけたの?」

 

 曰く、おハナさんの見立てでは先の宝塚記念の敗戦はエアグルーヴをよく知るおハナさんでも、立ち直るのに1週間程度はかかるだろうと見込んでいたというのだ。

 

 それがどういうわけか、翌日には彼女の持つ責任感ゆえの謝罪はあったが、精神的には次のレースに向けてより闘志を燃やしているような様子すらうかがえたという。

 

 教え子たちに対して、実績というデータの積み重ねで定性的な部分にまでかなり正確に予測がつけられる自信があった名トレーナー、東条ハナのプライドが大いに傷ついた、という訳だ。

 

「私のプライドはこの際どうでもいいわ。彼女たちがいい状態であるのに越したことはないんだから。でも、あなたという不確定要素がどう作用したのかは知っておく必要があるわ」

 

 理路整然と男に説明を求める理由を立てるおハナさんの目は、アルコールが入ってより鋭さを増しているようだった。

 

「…うーん…」

 

 煙草を深く吸い込んで、考え込む。

 

「…あんたまさか、あの子になんかしたんじゃないでしょうね…」

 

 頼まれごとを期待以上でこなしたというのになんという言いがかりだろうか。

 これはちょっと反撃しておかなければいけない。

 

「…なんかって、何?具体的にどうぞ」

 

 男はできる限りクールに返してみる。

 こういうときの演出に煙草は有効だ。

 

「………!」

 

 おハナさんは再度顔を赤らめて、黙り込んでしまう。

  

「別に言えないようなことはしてないぞ。ただ改めて話すとなるとこっぱずかしいような話なんよ。しかも俺、シラフだしね」

 

 頭を撫でてやっただけだ、と言えば済むのだが、少し焦らしてみる。

 

 おハナさんはカクテルグラスの中身をぐっと飲み干すと、同じものを再度注文した。2つ。

 

 2つ?

 

「…ならアンタも飲みなさい」

 

 そう告げたおハナさんの目は座っている、というかキマっていた。

 どうやら男が来る前にすでにそれなりに飲んでいたようである。

 

 ほどなく同じ色の液体が注がれた2つのカクテルグラスが差し出される。

 

「マスター、俺、酒飲めないの知って…」

 

 差し出してきたマスターと目線を合わすと、男にだけわかるようにウインクしてくる。

 男は事態を理解した。

 

「…仕方ないなぁ。一口くらいで勘弁してよ、おハナさん」

 

 おハナさんと男は再び、グラスを少しあげて乾杯した。

 マスターは男には同じ見た目の、ノンアルコールドリンクを仕込んでくれていた。

 

 

 

 男が質問に答えたり答えなかったりのらりくらりと会話を続けて小一時間、おハナさんはバーのカウンターに沈んだ。

 

「助かりました。ありがとう」

 

 男はそういうと、マスターは微笑みとともに本来の男の飲み物である辛口のジンジャーエールを差し出した。

 

「お客様のことを話すのは本来ご法度なのですが…東条様、ここのところだいぶお疲れのようですよ」

 

 でしょうね、という感想を述べる。

 

 常勝集団リギルを運営していくのは並大抵のことではないのは想像に難くない。しかもここのところスピカに追いまくられて、そのプレッシャーはさらに高まっている。

 

 隣であられもない姿でバーで眠り込んでしまっているこの東条ハナという女性は勝負の世界の最前線で、常に戦い続けているのだ。

 

 少しいじわるが過ぎたかな、と男は少し罪悪感を抱く。

 

 仕方ない。

 せめてもの贖罪に、家まで運んでやろう。

 

 男はマスターに勘定を頼むと支払いを済ませ、リギルの総帥を背負って徒歩10分の彼女の部屋を目指すことにした。

 

 

 

 東条ハナという女性は、背負ってみると意外と軽い。

 

 コースサイドやレース場のスタンドで放つ存在感は、物理的なものではなく放つオーラでつくられている、と改めて感じる。

 

「おい鍛冶屋、あんた…一体どういう…つもり…なのよ…」

 

 男の背で目を覚ました彼女は、寝言のようなことを言っている。

 どういうつもりもなにも、昔たびたびあったように部屋に納めるだけである。

 

「はいはい。お部屋まで連行しますからねー。おとなしくお部屋で寝てくださいねー」

 

 あえて子供をあやす様に揺すってやる。

 すると背中で再びおとなしくなる。

 

 そうこうしているうちに彼女の部屋にたどり着く。

 昔来た時と部屋の中は変わっておらず、相変わらず質素ではあるが機能的になっていて、あまり女性を感じさせる部屋ではない。

 

 彼女をベッドに降ろし、任務終了である。

 

 このまま眠ってしまうであろう彼女に、最後の情けとして眼鏡を外し、サイドテーブルに畳んで置いておく。

 

「じゃ、俺帰るからね。聞きたがってた話は、そのうちおハナさんがシラフの時にでも」

 

 そう言って部屋をあとにしようとすると、彼女が薄目を開けて一瞬意識を取り戻した。

 

「…人の気も知らないで…わたし…だって…女なんだから…ね…」

 

 この後に及んでこの勝負師の女はなにと張り合おうというのだろうか。

 

「おハナさん、いったい何と戦ってんのよ…」

 

 男は首を傾げて問うてみるが、すでに彼女は再び意識を手放し、健やかな寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

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