学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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皆様ご無沙汰しております。
なかなかここのところ時間が取れず大幅ペースダウンを強いられております。
しばらくはこのような状況が続くかと思われますが気長にお付き合いいただければ幸いです。
引き続きよろしくお願いいたします。


33:未来の鉄の女と斜に構えた少女

 

 

 

 男は学園から三時間ほどハイエースを走らせ、山の中にあるトレセン学園の合宿所を訪れていた。

 

 そこは標高もいくらか高い場所にあり、車から降りれば暑い日差しはそのままだが、空気はいくらかひんやりとしていることが感じられる。

 

 合宿所の管理人に挨拶をし、駐車場の隅にクルマを移動すると、例年通りのサービスポイントを展開する。

 

 ハイエースを中心にテントを張り、出店のように道具を並べ、金床や炉の準備をすれば、そこはシューズと蹄鉄に関して大抵ののことはできるサービス拠点だ。

 

 だいたいの準備が終わったのちに、合宿施設の裏にあるトレーニングトラックに顔を出し、顔見知りのトレーナーに挨拶をしていく。

 

 この合宿施設に集められているのはまだ所属チームのないウマ娘たちで、同じくチームを持たないトレーナーが生徒をいくつかの班に振り分け、指導にあたっている。

 

「おや…あなたは…」

 

 トラックを見て歩いていると、ファイルボードを手にしたグレーのスーツの男。

 

「あ…南坂さん、でしたっけ」

 

 男は思わぬ顔に出くわした。

 この暑いさなかにトレーナーとしての矜持なのか、スーツ姿なのはたいしたものだ。

 

「はい。用具系のサポートが来るとは聞いてましたが、あなただったんですね」

 

 汗一つかいていない爽やかな風体の南坂は、以前スタンドで会った時と同じような笑顔だ。

 

「南坂さんも、こっちの合宿所だったんですね。今日から数日、お邪魔します」

 

 男は頭を下げる。

 

「こちらこそよろしくお願いします。あ、そうだ。いい機会なんでちょっと私の班のトレーニング、見ていきませんか?今回、トレセン学園に入学予定の子にも参加してもらっているんです」

 

 南坂はそういうと、視線でトラック上の集団を示す。8人ほどのウマ娘たちがトラックの外周を走りこんでいる。

 

「もうすぐペース走を終えて、レース形式で走りますので、是非」

 

 男は南坂の誘いに乗り、少し見学させてもらうことにした。

 

 南坂は戻ってきた娘たちに指示を出し、全員でレースをシミュレーションする形式で走るように指示を出すと、男のもとに戻ってきた。

 

「どうです?今回の合宿は」

 

 男は場つなぎというわけでもないが、まずは南坂に印象を聞いてみる。

 

「今回の合宿はなかなか面白いですね。私がチームをつくろうとしているのもあるんですが…担当している子たちがなかなか個性派揃いでして。だからぜひ、見ていただきたかったんですよ」

 

 南坂の視線は娘たちに向けられたまま、にこやかに答える。

 

 娘たちは横一線に並び、スタートの構えで、南坂に注目している。

 

 南坂が手を上にあげ、スタートの合図に振り下ろす。

 

 彼女たちは一斉にスタートを切る。

 ハナを取ったのは青い髪が印象的な小柄なウマ娘だ。トップスピードまで加速し続け先頭に立ち、そのままどんどん進んでいく。

 

「面白い子でしょう?いつもああなんですよ。最初っから全力がいいといって聞かないんです」

 

 南坂が解説を入れてくれる。

 先頭を走る娘はあっというまに後続と差を開いていく。後先考えない全力の逃げが清々しい。

 

「後ろから三番目の栗毛の子、どういうふうに見えますか?」

 

 先程までの笑顔からは打って変わった真剣な表情の南坂からの問いかけに、男は少々面喰らいながら言われた娘に注目する。

 

 傍目には普通に走っているように見える。

 やや前傾姿勢気味で走るフォームが特徴的で、踏み込む脚もしっかりしている。

 栗色の三つ編みの髪を靡かせながら眼鏡の奥に光る知性を感じる瞳で、隣を走る同じく栗毛で赤と緑の耳カバーをつけた娘と前走者の様子を窺っているようだ。

 

「…トレーナーじゃないのでこれといった特徴はわかりませんが…踏み込みもしっかりしてるし、いいんじゃないですかね」

 

 南坂はそれを聞いて、ほっとしたように力を抜いて、笑顔に戻る。

 

「隣の子もすでにかなりの実力なんですが、それと遜色ないくらい走れているあの娘が…イクノディクタスです」

 

 

 

 

 走り終わった娘たちが休憩しているところに南坂は歩み寄り、指導をしている。

 

 イクノディクタスは終盤追い込んできたものの、並んで走っていた娘にわずかに先着されてしまっていた。

 しかし彼女はまだ入学前のはずで、それで在校生と張り合って走れるポテンシャルというのは先々が楽しみな存在と言える。

 

 彼女の足の状態も気になったが、あの様子であればおそらくは良い方向に向かっているのだろう。

 

 男は思いがけず見ることができた仕事の成果に密かな満足感を憶えながら、自らの仕事場に戻った。

 

 

 

 その後2日ほど細々とシューズや蹄鉄の補修作業依頼をこなしたり、班ごとのミニ講座の依頼がきて生徒たちの足回りチェックをかねて講義をしたりしながら過ごし、この合宿所での最終日の夜。

 

 男は日中に舞い込んできた作業依頼をこなすため、日が暮れたあともサービスポイントで作業をしていた。

 

 日中は日差しもありそれなりの気温になるこの合宿所も、日が暮れれば山から吹き下ろす風と標高でややひんやりとしている。

 

 こつこつと槌音を鳴らしながら蹄鉄の微修正をしていく。

 

 まだまだ本格化がこれから、というウマ娘たちはフォームが安定しなかったり技術的な面も発展途上なため、速さやパワーはまだまだでも蹄鉄を痛める頻度は高い。また蹄鉄の打ち方も下手だったりすることもあり、シューズを痛めてしまうなどのトラブルも発生しがちだ。

 

「遅くまでご精が出ますね、装蹄師の先生」

 

 がさり、とコンビニの袋の音ともに声がかけられた。

 

 振り向くと、栗色の髪を後ろで二つに結んだもふもふな髪型のウマ娘。

 どこかで見たような気がするが、すぐには思い出せない。

 

「…よかったら、これ飲んで一休みでもしてくださいな」

 

 袋から缶コーヒーを手渡される。

 

「ありがとう。君、名前は…」

 

「あ、ナイスネイチャって言います。南坂トレーナーの班です」

 

 そう言われて男は思い出した。

 初日に見た南坂の班のレース形式の走行で、最後にイクノディクタスを差し切って先着した娘だ。

 確かさっき、ナイスネイチャのタグが付いた蹄鉄も歪みを修正したはずだ。

 

「修正、できてるよ。持っていく?」

 

 男は作業済みの箱からナイスネイチャの蹄鉄を探し出し、渡す。

 

「あ、ありがとうございまーす」

 

 男は蹄鉄を渡した手で缶コーヒーを開け、ひとくちいただく。

「俺がここにきて初日に、君が走ってるとこ見たよ。キレの鋭い差し足、見事だったね」

 

 苦笑い、といったどこか困惑した笑顔のナイスネイチャ。

 

「…見られちゃいました?あははは…お恥ずかしい…練習ではそこそこ走れるんですけど、学園の模擬レースや選抜レースじゃなかなか…パッとしなくて」

 

 赤地に緑のリボンのついた耳カバーごと、耳をぴくんぴくんとさせて、表情が曇る。

 男は作業用の椅子を勧めると、彼女はおずおずと腰掛けた。

 

「地元のみんなに目一杯応援されて期待されて、この学園に来たんですけどね…走れども走れども善戦止まりで…」

 

 はぁ、と彼女はため息をつく。

 

「キラキラした主人公みたいな才能を持ったウマ娘に石を投げたら当たるほど居るこの学園で、やっぱり私みたいなモブキャラじゃあどうにもならないかなーって…ああああ、なんかダークな私の話ばっかり、つまんないですよね!ごめんなさい…」

 

 男は煙草に火をつける。

 

「んー…なんか俺がいうのもおこがましいけど、ちょっと気持ちわかるかも…いや、善戦するだけでもスゴいけどな」

 

 ナイスネイチャは地面に向けていた視線を男に向ける。

 男はテントの外の星が瞬きだした空に向けて煙を細く吐き出している。

 

「俺も昔、学生の頃に競走するスポーツやってたことがあるんだ。だけど1位は一回も取ったことなくて…勝てる奴らはやっぱり強豪の学校で磨き抜かれたような奴らでさ。俺らみたいなノウハウもカネもない弱小の学校の人間じゃ、表彰台なんて夢のまた夢…って思ってた」

 

 ネイチャから貰った缶コーヒーをひとくち。

 彼女はそれでそれで、と先を促してくる。

 

「だから俺ら最高学年で最後の年に、自分たちの勝負する大会をひとつに決め込んで、そこにばっちり合わせ込んだ計画で追い込んで…それでなんとか、その競技やってて初めてまともに勝負してるって言えるとこまではいけた…それでも結局、1位は取れなかったけどね」

 

 男は苦笑しながら缶コーヒーをまたひとくち。

 ネイチャははーっと息を吐く。

 

「はぁ…やっぱり、勝つって簡単なことじゃないんですねぇ…アタシ、挫けちゃいそ」

 

 ちょっと斜に構えたナイスネイチャというウマ娘は冗談めかして笑う。

 

「簡単じゃないさ。だからトレーナーや俺たちや学園は全力で君たちの夢をバックアップするんだ。みんなが勝者になれないとしても、悔いだけは残さないようにね。まあ学園はURA傘下だから、マッチポンプ的な側面もあるのは否めないが」

 

 男もできるだけ柔らかな表情を保ちながら話す。

 

「…まぁとりあえず…私みたいなパッとしないウマ娘は、まずはトレーナーと契約してもらうところからなんですけどねー。南坂トレーナーみたいな人、見つかればいいんですけどねー」

 

 男は缶コーヒーを飲み干す。

 

「缶コーヒーご馳走になった礼ってわけじゃないが、それならひとつ役に立つかもしれないことを教えてやるよ。君の班の南坂トレーナー、近々チーム作る気でいるぞ。君がその気なら、一度聞いてみるといい」

 

「え…!でも、私なんかと契約しても…お荷物抱えさせちゃいますよ…」

 

 ネイチャは急に弱気にもじもじしだす。

 

「ここに来てる時点でみんな原石なんだよ。輝くまで磨くのがトレーナーの仕事だ。今トレーナーのアテがなくて、南坂トレーナーと合いそうだと思うなら、相談しても損はないと思うよ」

 

 耳もしょぼんとさせながらうじうじしていたネイチャだったが、男の言葉に腹を括ったようだ。

 作業椅子からこぶしを握って立ち上がる。

 

「…よっし!もしフラれちゃったら後々気まずくなるし、最終日に当たってみます!いいお話ありがとうございました」

 

 ナイスネイチャは男の蹄鉄を手に、合宿所へ戻っていく。

 

 男はその後ろ姿を見送りながら、残りの作業を片付けるべく再び槌を手に取った。

 

 

 

 

 南坂がチームトレーナーとしてカノープスが旗揚げされるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

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