学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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皆様いつもコメントや評価ありがとうございます。
大変励みにしております。
また相変わらずプロットなど作らずに書いている手前、先々のイメージづくりでも助かっております。
話が一本道で作られる都合上、皆様のご期待の展開にならないこともあろうかと思いますがそこはご容赦いただきつつ、引き続きご笑覧いただければと思います。
今後ともよろしくお願いします。


39:ゴールドシップは鋭い

 

 

 

 

 リギルの面々と会議室でのやりとりがあって翌日。

 男は今日も駐車場の隅にしつらえた作業場で、汗を流しつつ作業に取り組んでいた。

 ちらほらと舞い込む分解整備や蹄鉄の補修、修正。

 改造相談もあったが設備が十分でないここですぐには対応できないものもあり、それは改めて学園で依頼をうけるようにしたりと、なにかとこまごま依頼が舞い込み、その手が暇になることはなかった。

 手を動かしながらも、ここに来てから昨夜までの一連のやりとりを思い返す。

  色々多方面とのやりとりはあるものの、結局自分にできるのは蹄鉄をつくったりいじったり、それから気づくことをフィードバックすることだ。

 ウマ娘たちのメンタルやフィジカルに直接関わって、「レースを闘うウマ娘」そのものをプロデュースする能力があるわけではないし、そういう訓練もしていない。

 

 男の視点はひとつのパーツに先鋭化させた知見を持つ職人としての視点であり、そこから得られるデータやフィードバックは大きな価値はあるだろうが、それは所詮部分最適に過ぎない。競技者としてのウマ娘をひとつの個として全体最適を見るべきトレーナーや、レースそのものあるいはウマ娘のレース界全体としての視点からすると構成要素のほんの小さな一要素だ。

 

 その立場にどうにも歯痒い思いがあることも確かだが、残念ながら男は自分に対して全体最適を見るべきポジションに乗り出していく能力があるとも思えないし、勇気もないという評価を下している。

 ざっくり切り捨ててしまえば、今の男の言うことは所詮は外野があれやこれや吠えてるだけではないか、という冷めた見方もできるな、と思っている。

 

 いかんいかん。また思考の沼にはまっている。

 

 男は手を止め、睡眠に休憩にとすっかり定位置となっているアウトドアチェアに座り、沈み込む。

 

 煙草に火をつけて一息吸い込めば、混濁した思考がいくらか鎮静される。

 

 それでも頭の中を駆け巡るあれやこれやという雑音のような思考が消えることはない。

 

 んがあぁぁぁ!と頭を掻きむしっていたところに声をかけられる。

 

「おっちゃーん!…なんだ?頭に虱でも沸いたのか?」

 

「ちげーよ!」

 

 ここに来て初日にスピカのメンバーを紹介しに来てくれて以来の絶対的異才美女、ゴールドシップだ。

 

「なんだーそんなに頭ぐちゃぐちゃしてたら貴重な髪が減っちまうぜー。ストレスと刺激は良くないんだゾ☆」

 

 そういえばここ数年白髪も増え、髪も細く、密度も若干低下したような気がする。30を越えてから、ぼんやりとだがそんなことを気にするようになった。

 

 ただでさえ普段身なりに気を使うほうではないからあまり深くは考えていなかったが、生活習慣はともかく食生活はシンボリルドルフに引かれる程度にはひどい。

 気がつかないうちに、頭髪が寂しいことになってきていたとしても不思議ではなかった。

 

「………」

 

 ゴールドシップの言葉に、無言で自らの髪の毛を触って毛量を確かめる。しかしこういうのは自分ではわからないものだ。

 

「…髪、減ってるかなぁ?」

 

 思わずゴールドシップに聞いてしまう。

 

「さーなー。フラッシュあたりに数えさせてみたらわかんじゃねーか?」

 

「実数聞いたところで増減はわからんですよ…」

 

 男はふぅ、とため息をついた。

 

「なんかくれーなー。悩み事か?」

 

「まぁいろいろと、ね…」

 

 いかに気安く話せるゴールドシップとはいえ、今回の件は彼女の所属しているチームのことでもあり、安易に口にするのは憚られた。

 

「…あててやろうか」

 

 ゴールドシップの口調がいつものふざけた口調ではなく、すこしトーンが落ちて真剣味を帯びた。

 男はその変化に少し身構えてしまう。

 

「……そうだな…スズカのこと、だろ」

 

 普段見ることのない落ち着いた瞳で、男は射抜かれるように見詰められる。

 

 男は降参を示す様に両手をあげた。

 

 …まったく、この天衣無縫絶対美娘なゴールドシップという娘は、どこからこのような情報を得ているのだろう。

 いい機会だから、聞いてみることにする。

 

「正解だけどさ、一体そう言い切れる根拠はなんなんだ?」

 

 するとゴールドシップはんー…と唇に手を当てて考える仕草をして、答える。

 

「コレ、っていうのはねぇんだよ。ただ、スズカは絶好調でチームもいい雰囲気なのに、トレーナーの表情にはどこか陰があるんだよな、それに…」

 

 曰く、彼女があげたポイントはこうだ。

・練習中にリギルの東条ハナの視線を感じるが、偵察というよりはなにかを抱えてこちらを見ているふうだと感じる。

・生徒会長も副会長も、なにやらバタバタ落ち着かない雰囲気。

・普段はなにかと騒いでいるアグネスタキオンが、ここのところぱったりと静かだ。

 

「それに、こないだトレーナーの指示でおっちゃんに点検してもらったろ?あのあとからトレーナーの様子がより一層おかしいんだよナ」

 

 指折り数えて気になる点を挙げていくゴールドシップ。

 

「それでおっちゃんまで何かに悩んでるとなれば…全員に共通する何かがあると仮定すれば、浮かび上がるのはスズカくらいじゃねーかな、と思ってさ」

 

 誰にでも見ることのできる普段の姿から情報を拾い上げることは普段の訓練からある程度できる。

 しかしその情報の解釈に推測を積み重ねれば実像はどんどんぼやけるものである。

 だがそこにひとつの共通点を見いだせれば、仮説の上での必然を導くことは可能だ。

 

 そんなスパイじみた観察術と思考術をなんてこともなく意識せずこなしてみせるウマ娘。

 

 それがゴールドシップという奴なのだ。

 

 男はぞくりと背筋が寒くなる気がした。

 

「…降参だ降参!お前、おっそろしいヤツだな…」

 

「なんだよーつまんねーなぁこのくらいちょっと考えれば誰にだってわかるだろーによー。大げさだって」

 

 誰にだってわからないし大げさでも何でもない。

 意識してやるならともかく、無意識に無造作にこれをやれてしまうのはまさしく天の与えたもうた才能であろう。

 敵にだけは回したくないウマ娘である。

 

「まぁ、中心にスズカがいるってことはわかっても、内容まではわかんねーよ。スズカは今絶好調だし、今のアイツが負けるなんて考えられねーような状況なのに、みんな何悩んでるんだろーなー…負けるわけないのに…負けるとすれば…」

 

「ゴールドシップ、それ以上いけない」

 

 男は慌ててゴールドシップの思考の深堀りにストップをかける。このまま彼女の頭で掘り続ければ、おそらく完全に当たらずとも遠からずな結論に至るだろう。それを問い詰められれば男も嘘は言えない。

 

「…ってまぁ、そんなことはどーでもいいんだよ!」

 

 彼女は真剣な表情から一転、ひときわ明るい笑顔を見せる。

 

「おっちゃんもトレーナーたちも生徒会も、なんとかみんなこの世界を良くしようとして頑張ってくれてるんだろ?そんなことはこのゴルシちゃんよくわかってるからさぁ!」

 

 彼女はニコニコと男を見つめてくる。

 

「だから分かってるけど分かってないアタシみたいなのと話せば、おっちゃんの暗い顔してんのも色々気を遣わずに少しは気晴らしになるかなーってさ!」

 

 ゴールドシップ…なんていい娘なの…。

 男は思わず、生徒であるはずのゴールドシップの気遣いに感涙しそうになる。

 

「……こぉらぁゴルシ!なぁにサボってんだー!」

 

 …沖野の怒声と彼女がサボりでなければ、間違いなく落涙していただろう涙は瞬時に引っ込む。

 

「やっべ!トレーナー見つけんの速えぇな!あと10分くらいは稼げるハズなのに…さてはウデを上げたな!」

 

 沖野の声に反応してゴールドシップは騒々しく立ち上がる。

 

「あぁおっちゃん、言い忘れてたけど」

 

 ゴールドシップはシューズをトントン、と地面に打ち付けて整えながら言う。

 

「スズカはスズカの、トレーナーにはトレーナーの、おっちゃんにはおっちゃんの、それぞれの考えがあるのはわかるぜ。でもな、アタシたちレースを走るウマ娘は挑戦してナンボなんだぜ!じゃあまたな!」

 

 …どうやら彼女は男の悩みの内容まで、大筋で見抜いていたらしい。

 

 決め台詞をカッコよく男に遺すと、陽にきらめくような芦毛の尻尾と後ろ髪を靡かせて、彼女は気持ちのいい蹄鉄の音を駐車場のアスファルトに響かせて駆け去っていった。

 

 

 男はあっけに取られてその姿を見送ったが、彼女の置いていった決め台詞を反芻する。

 

 そして昨夜のやりとりを思い起こす。

 ガラにもなく身の上話をしてしまったが、あの経験から得た安全への志は、自体は今を生きる男の信条であることに変わりはない。

 

 ならば、今の自分の能力に自ら限界を設け、諦めてただ眺めるのではなく。

 自分の仕事に自分で枷をハメて割り切るのではなく。

 専門領域をさらに深め、限界を超えて、領域を拡げてこそ、自らの存在意義だろう。

 

 そこまで考えて、ゴールドシップの言葉を再度反芻し、男はハタと思い至る。

 

 なんだ。そうか。

 

 俺も、あの娘たちと、ウマ娘たちと一緒じゃないか。

 

 挑戦してナンボ、だ。

 

 男は混濁した考えにひとつ、光明が差した気がした。

 

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