学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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41:秋の始まりと感謝祭への助走

 

 

 

 夏合宿が終わり、学園に徐々にウマ娘たちの声が戻ってきた頃。

 

 秋のG1戦線はもう少し先で、暑さの残るこの季節、トレセン学園では「秋のトゥインクルシリーズファン大感謝祭」が開催される。

 

 トレセン学園の学園祭を大きくしたもので、地元の商店街なども巻き込みそこそこ大きなイベントとなっている。

 

 学園内からはチームにより出店をだしたり、有志によりイベントを開催したり、純粋に参加者としてお祭りを楽しむこともできる。

 

 もちろんレースに向けてのトレーニングが怠られるわけではないが、彼女たちはアスリートであると同時に学生でもあるわけで、学園のイベントは彼女たちにとって息抜きの意味合いもある。

 

 準備期間中は男はいつもよりも日常業務が若干減ることもあり、例年は学園祭に関連して鍛冶仕事の依頼もこなしたりする。

 

 例えば特設ステージを作る際の溶接作業や、展示物製作の技術的な支援など、学園の職員の立場として彼女たちの活動を支援するのだ。

 それゆえこの時期の男はウマ娘の装蹄師というよりは、さながら鉄工所のオヤジといった風情となる。

 

 そして今日は、生徒会からの依頼で臨時に設営されるステージの造作手伝いに向かっている。

 

「すまんな。今回のステージングにおいて、急遽現地で造作が必要となってしまった」

 

 男に依頼をし、当日出迎えたのはエアグルーヴだ。

 生徒会はこの大感謝祭のために日々激務に追われているため、彼女の顔色はやや悪い。

 そしてエアグルーヴの隣には、学園内では見たことのない、よく日焼けしたスキンヘッドのいかつい男が控えている。

 

「まぁそういうこともあるわな。大丈夫よ、今日は鍛冶屋さん大道具さんやるから。で、何をしたらいい?」

 

 男はスキンヘッドを極力意識に入れないようにしながらエアグルーヴに話す。

 

「東京レース場から舞台技術チームが来てくれている。彼らの指示に従ってほしい」

 

 男は頷くと、エアグルーヴは傍らのいかついスキンヘッドを舞台監督として紹介してきた。

 

「ホント助かるわぁ!じゃあ早速こっちにきて!」

 

 男は背筋がぞくりとした。

 

 舞台監督と呼ばれた男は年齢不詳のスキンヘッドで妙に日焼けした肌をテカらせており、極彩色のシャツを纏っている。そしてその見た目とはまったくそぐわないおねえ系の話し言葉を発している。

 

 視覚情報だけでも相当な存在感を放っているのに、そのうえ話し言葉までこれではさすがに情報が渋滞してしまう。

 

 舞台監督と呼ばれた男は、エアグルーヴから装蹄師の身柄を引き受け、歩みだす。

 

「トレセン学園の装蹄師さんなんでしょ?こんな荒事に巻き込んじゃって申し訳ないわねぇ…」

 

 舞台監督はそのいかつい風体に似合わず、装蹄師の男に本当に恐縮しているようだった。

 

 普段男が接することのない人種で、奇抜な格好をしており妙に距離感が近いのが気になったが、レース場のウイニングライブを担当している舞台監督といえば、国民的スポーツであるウマ娘のイベントを支える裏方の中でもトップクラスの才能である。

 そんな才能の持ち主であるから、当然個性も強烈であろう。幸いに人格的には悪い人物ではなさそうでもある。

 男はそう納得することにして、舞台監督についていく。

 

 連れられていく先は学園内にいくつかある練習用トラックのうちのひとつだ。

 近づくにつれ、いつものウマ娘たちの姦しさとは違う、工事現場のような喧騒が伝わってくる。

 

 スタンドをくぐってトラックに出てみると、コース内側の普段はグラウンドのようになっている平地に仮設のステージが組まれている。

 仮設といってもかなり大規模で、いわゆる野外フェスなどで目にするような本格的なステージだ。

 コース上はターフを傷めないよう、保護目的の樹脂のマットが敷かれ、大規模にお客を入れられるようになっている。

 

 全体の規模感は学園で行う感謝祭のステージとしては不釣り合いなほどのものと言えた。

 

「大きいなぁ…」

 

 男は思わずステージを見上げて呟く。

 

 隣にいたおねえ系舞台監督はくすりと笑った。

 

「ホントはね、府中のステージをまるまる持ってきたかったんだけど…あちらは常設だからそう簡単にはいかなくて。これでもだいぶ妥協したんだから」

 

 舞台監督は肩を竦める。

 

「…今回、感謝祭の依頼を受けたときに思ったのよね。普段はこういうステージで、成績のいい娘しかスポットライト浴びれないじゃない?今回は大感謝祭っていうテーマアップだからレースに関係なく、純粋に年頃の彼女たちをキラキラさせてあげられるいいチャンスなんじゃないかって」

 

 さすがウマ娘のもうひとつの顔であるライブパフォーマンス、そのステージングを監督する立場の人間である。見た目の奇抜さはともかく、ウマ娘たちに向ける愛情は本物だ。

 

 見渡せばステージ周辺のあちこちに技術チームの人々が動き回り、照明のセッティングやスクリーンの設置、音響関係の設営などが進んでいる。   

「その気持ちを意気に感じてくれた府中の技術チームがすごく頑張ってくれてるんだけどね、ちょっと仮設ステージの経験不足で、いろいろと足りない部分があって…現場合わせで溶接とかの作業が必要になっちゃったのよ」

 

 男はこくりと頷く。

 

「そこまで彼女たちのことを考えてくれて、これだけの人数が動いてるんですから…私もできる限りお手伝いしますよ」

 

 おねえ系監督はいかついスキンヘッドからは意外なほどの爽やかな笑顔で右手を差し出す。

 男は誤解せずに差し出された右手に握手を返した。

 監督はおねえがかった口調とは裏腹に、力強く男の手を握り返した。

 

 

 

 

 仮設ステージの現場作業は男の想像以上に過酷を極めた。

 

 基本的に全体構造はレンタル機材の組み合わせなのだが、随所に舞台監督のこだわりが入り、ありあわせの資材だけでは演出に必要な照明などの機材セッティングが出せずにワンオフでその場で造る必要のある金物が多数あった。

 また現場の進行に合わせ作る舞台装置も人手不足でうまく進んでおらず、男は溶接に資材の切り出しに板金にと、持てる技術のすべてを絞り出させられるような過酷さだった。

 

 要望に応じて溶接や溶断など荒っぽい作業を繰り返した結果、目途が立つ頃には男は普段の工房での作業以上に疲弊し、体中を煤と鉄粉だらけにしていた。

 

 設営も終盤に近付き、男は手があいたところでステージ全体を見渡せる本部テントの片隅で、ぼろ雑巾のようにぐったりとしていた。

 

 本部テントの真ん中では、スキンヘッドおねえ舞台監督がトランシーバーであちこちと連絡を取り合い、タブレット端末や紙の図面とにらめっこしながら進行指示を飛ばしている。

 

 ときおり、おねえ言葉が崩れ男の声でどやしつけたりと、ひとり二役以上の人格を操りながら舞台を仕上げていく監督は、まるで鬼気迫る芸術家といった風だな、と男はぐったりしながら思った。

 まぁたまにはこんな刺激も悪くない。

 男はここのところ詰まり気味だったスズカの件も含めていい気分転換と思うことにし、状況の推移を気だるげに見守っていた。

 

 

「お疲れ様です。こちらの進捗はいかがですか?」

 

 聞き知った声がしたと思ったら、その声とともに本部テントの雰囲気が変わる。

 

「これは…シンボリルドルフ会長!わざわざご足労いただいて光栄ですぅ!」

 

 舞台監督がおねえの声音をさらに猫なで声にして応える。

 

「こちらこそ、監督。我が校の感謝祭にこのような立派で煌びやかなステージを組んでいただいて、ありがとうございます」

 

 威風を漂わせたシンボリルドルフが監督を握手を交わす。傍らにはエアグルーヴも付き添っている。

 

 男は端で目立たぬようにぼろ雑巾然としながら、その光景をただ、眺めていた。

 

 舞台監督と話をしているシンボリルドルフは普段の男が目にするルナと呼ばれる少女ではなく、URAにおいて確固たる地位を自らの脚で築いた皇帝、シンボリルドルフそのものだった。

 

 自らの知る彼女とのあまりの違いに、同一人物という認識を持てないでいる。

 

 疲労も手伝って男はそれ以上の思考を諦め、いたたまれないような心持ちでただ茫然と、作業が進むステージに視線を移した。

 

「…大丈夫か?だいぶ疲弊しているようだが」

 

 いつのまにか男のそばにきていたエアグルーヴに声をかけられる。

 

「あぁ。ちょっと疲れただけだ」

 

 男は不意の問いに、不覚にも複雑な胸中を声音に表してしまう。

 

「…不機嫌だな…今日の私の依頼は装蹄師のプライドに傷をつけてしまったか…?」

 

 エアグルーヴは耳をわずかに力なく倒している。

 男は火をつけていない煙草を咥え、もたれかかっていたパイプ椅子を立ち上がる。

 

「違うよ。そういうんじゃない。ただ疲れているだけさ」

 

 男は意識して優しい声を出し、エアグルーヴをその場において煙草を吸いにテントを離れた。

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフは舞台監督と一通りの会話をし、計画は遅れながらもなんとか帳尻を合わせられるところまできているところを確認した。

 

「エアグルーヴ、どうしたんだ?」

 

 テントを見回すと、隅で耳を力なく曲げた状態でひとり佇むエアグルーヴに気がつき、声をかける。

 

「いえ…このステージ造作の支援を装蹄師の先生に依頼したのですが、どうやら機嫌を損ねてしまったようで…」

 

 意気消沈した表情で力なく述べるエアグルーヴに、シンボリルドルフも戸惑う。

 

 依頼は毎年のことであるし、原因は違うところにあるのではないかとシンボリルドルフは感じていたが、エアグルーヴは少し気に病んでしまっているようだ。

 

「大丈夫だろう。兄は仕事で機嫌が変わるような人間ではない。疲れていたか、別のことでも考えていたのだろう」

 

 シンボリルドルフはエアグルーヴを気遣うように話す。

 エアグルーヴはシンボリルドルフの確信を持った言葉に、ある種の感動と羨望を感じざるを得なかった。

 

 いったいどれほどの時間を、どれほどのやりとりを積み重ねればそのような理解をできる境地に至れるのだろうか。

 

 エアグルーヴは彼女の言葉に慰められて少し気を取り直しながらも、内側に湧いた新たな感情に、別の重さを感じることになった。

 

 

   




ちょっと展開妄想に詰まっているので、別の引き出しを開けてみました。
しかし投稿間隔開き気味なのが申し訳ないです…。
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