学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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43:夏休みの宿題と慰労会と

 

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ゴールドシップの一度限りのスペシャルステージを観た翌日。

 学園では大感謝祭の準備が進む中、男は工房を開いていた。

 

 始業の準備を整えながら、昨日はとても刺激的な一日だったな、と思い返す。

 普段とは違う仕事をすることは新鮮だったし、良い気分転換になった。シンボリルドルフ達には意地の悪いことをしてしまったと罪の意識もないわけではなかったが、結果としてシンボリルドルフの初々しいパフォーマンスを見て安心した自分を自覚してもいた。自分でもなぜあのような感情の揺れがあったのかまではわからなかったが。

 

 しばらく手を動かしながらさまざまなことを思い出したりまとまらない思考をもてあそんだりしている間に一通りの準備が整い、頭を切り替える。

 

 遅れてやってきた夏休みの宿題に取り組まなければならない。

 

 手元にはサイレンススズカの勝負シューズがある。それは昨日のうちに工房に届けられていた。

 宿題の共同作業者であるシューズ課長がサイレンススズカの予備シューズをURAに管理されたストックからなんやかんやと理由をつけて引っ張り出し、こちらに回してくれたのだ。

 

 それを仔細に観察しながらイメージを作ろうとするが、今のところゴールの設定もできていないために有効と思えるアイデアも降りてこない。

 

 男はそれなりに理屈っぽい思考回路の持ち主であるため、目標や目的が定まらないことに対して想像力が働き切らない。

 そのため、観察しながらまずは仮の目標を設定することにする。

 

 とりあえずはサイレンススズカが使いこなしその限界まで使い切っていると思われる蹄鉄、そこをスタート地点として蹄鉄起因のトラブルを防ぐことが第一。次に、フィーリングをできるだけ損なわず接地面を増やし、ソールとの接触面も増やして脚への負担を分散させることを目指す。

 

 だが、これは根本的な解決にはならない。あくまで最適化レベルであろう。

 

 最終的な目標である怪我を防ぐということを目指すのであれば、部分最適で荒っぽく考えて彼女の速度を下げるような細工をすることも一瞬頭をよぎる。しかしおそらくスズカのことだから気づくだろうし、そこでさらに無理をすれば結果としてより怪我に近づくだけ。即却下である。

 

 やはり先ずはスズカが使用しているメーカー品蹄鉄を解析し理解し、それに近いものを自らの手で叩いて造り、理解を深めるしかないな、と今日の目標を仮置きし、炉に火を入れる。

 炉の中の色がオレンジ色に変化していくのをじっと眺め、少しずつ色が明るく輝き温度が高まっていく様子を確認し、今日一本目の鋼材を炉に差し入れた。

 

 

 午前いっぱいを使いいくつか蹄鉄を叩きあげ、造形に関してはだいたい模倣できるようになる。

 

 しかし、鉄というのは大変奥深いもので、ただ同じ形をつくるだけでは同じものとは言えない。

 加工時の温度や冷却法、再加熱などのいくつかの工程を経ることによって硬さ、しなやかさなど、全く違った仕上がりになる。

 

 つまり、男が午前をかけてたどり着いたのは、ただ形をつくることができるようになった、というだけのことだった。

 

 ここから先の蹄鉄の味付けとも言える肝の部分に関しては、メーカーに問い合わせても企業秘密であるので答えを得られる類のものではない。そこはこれまでの男の経験値でカバーし、だいたいのあたりをつけて合わせるしかない。試作したものの詳細な評価は、アグネスタキオンにでも依頼するしかないだろう。

 男は今後の進行を頭の中で描きながら、工房の外に出た。

 

 男はいろいろと考えを巡らせながら咥え煙草でエアグルーヴのサルビアに水をやっていると、背後から声をかけられる。

 

「お疲れ様です、装蹄師さん。ちょっとお時間よろしいですか?」

 

 わざわざこんな僻地の工房に訪ねてきたのは駿川たづなさんと、その後ろに控えるのは…

 

「感謝!ウマ娘たちのためにいつも職務に精励してくれているな!」

 

 トレセン学園理事長として辣腕を振るう秋川やよい理事長だった。

 

 

 男は突然の学園トップの来襲に驚き、一瞬狼狽えたが、とりあえず工房の応接に案内することで落ち着きを取り戻そうとした。

 

 しかし工房内は炉を稼働させていたこともあり灼熱であった。

 

 男に続いて理事長が一歩工房内に足を踏み入れようとしたとき、その熱さに驚いた頭上の猫が理事長の頭にツメを突き立て、

「※▲あ%#*うっ…!」

 と理事長がしゃがみ込んでしまう珍事が発生し、男は緊張よりも笑いが先に立ってしまい、強張りを解くことができた。

 

 仕方なく、いつも座っているベンチにお掛けいただくこととして、男は工房の中から合宿で使用していたアウトドアチェアを出してきて、二人にはよく冷えたお茶の缶を差し出した。

 

「む…かたじけない。しかし、装蹄師というのは過酷な職場環境であるな…」

 

 冷えたお茶の缶を赤子のように両手で包み込んで飲みつつ、理事長は呟いた。

 

「まぁ暑いですけどね…相手が鉄とあっては、人間の心地よい環境ではどうにもなりませんから。それに、裏方はみんな過酷でしょう。コース整備とか、施設系とか…」

 

「同意!そこで今回、この感謝祭でいつも苦労をかけている関係者向けに、慰労会と前夜祭を兼ねパーティーを開催することにした!」

 

 秋川理事長がびしっと扇子を決めて、たづなさんが隣から男に封筒入りの書状を差し出す。

 

「こちらが招待状です。今回は初めての試みなので、学園関係者や感謝祭関係者の方々、それに合同研究プロジェクトの方々や近隣で学園運営を支えていただいている方々に絞ってお招きしております。是非、ご参加ください」

 

 学園内では時々慰労会という名目の飲み会などはあるが、今回は感謝祭に合わせて対象範囲を広げ、大々的にやるようだ。

 

「慰労!これは生徒会のエアグルーヴ君の発案でな。彼女も合同研究プロジェクトで方々に協力をもらっていることで、普段彼女たちを支えてくれている方々になんらかの形で恩返しを表現したいようなのだ。是非君も顔を出してもらいたい!」

 

 ほう、エアグルーヴが。

 男は催しそのものもそうだが、そこにさらに驚きを禁じ得ない。

 初めてここに来た時にはそんな配慮を微塵も感じなかった彼女の発案である。

 この短期間の精神的成長が著しいことを感じるとともに、その視野の広がりは女帝の名を冠するに相応しい気遣いに思えた。

 

「そういうことなら。生徒からの発案、というのは我々としては嬉しいものですね」

 

 理事長はこくこくと頷き、たづなさんは本心からのニコニコ顔だ。

 

「それともうひとつ、今日は装蹄師さんにお願いがあるんです」

 

 たづなさんが表情を変えずに切り出す。

 視界の端では理事長がさっと懐から新たな扇子を取り出すのが見えた。

 

「懇願!ウマ娘たちの怪我を、なんとか防いでほしい!」

 

 先程の話題からの大きな落差に男は頭の切り替えがおいついておらず、理事長の言っている意味がよく飲み込めない。

 

「…装蹄師さんたちが、サイレンススズカさんの件であれこれと動いていただいていること、私たちの耳にも入ってきています。学園としては、今現在の制度ではレースの公平性の観点から、特定のウマ娘に関して起きていないことを理由に何らかの指示や介入を行うことはできません…」

 

 たづなさんは滔々と原則論を述べる。その内容を男は背筋に寒いものを感じながら聞いていた。

 

 基本的に学園やURAはレースを開催する機構としての存在であり、ウマ娘たちひとりひとりの単位でレースの内容を左右する存在ではない、そういうことだろう。

 その原則論に従うのであれば、男の行っていることは特定のウマ娘に肩入れするような動きとも取られかねず、かなり危険な橋を渡っていることになる。

 

「反面!我々の最終的な理想はウマ娘たちの健全なる育成と競走である!」

 

「…サイレンススズカさんの活躍はURAにとっても学園にとっても喜ばしいことです。しかし限界を超えて怪我をしてしまうようなことがあれば、それは学園の理念としても忸怩たることなのです…」

 

 理事長とたづなさんの話を交互に聞いていると、どうも建前と本音、ということのようだ。そして理事長は、熱い理想を持っていることは疑いようがないが、基本的には公職側、建前側の人間だ。

 そこまで考えて男は口を開く。

 

「…つまり、理事長たちは動きたいけど動けない、と。そういうことですか?」

 

 視線をちびっk…もとい理事長に向けると、帽子の庇で瞳が隠れてしまうほど俯いている。

 

 たづなさんはその様子の理事長を見て取り、言葉を継ぐ。

 

「…彼女たちはアスリートではありますが、同時に年端も行かぬ娘たちでもあります。現実と理想の狭間で板挟みになってしまうこともあるでしょう。それを導くのも、我々大人の役割、と思っていただけないでしょうか…」

 

 どうにも奥歯にモノが挟まった物言いという感想を拭えないが、要約すると

「お前が清濁併せ吞んで暴走を止めろ」

というところだろうか。

 

「…ご心配はよくわかりました。できるだけのことはするつもりです。その代わり、多少のことは目をつぶっていただければ」

 

 男がそう話すと、理事長は俯いていた顔を上げて視線を合わせてきた。なにかをこらえるように表情で、引き結んだ口元のまま、うむ、と頷く。

 たづなさんもニコニコとしていることから、大筋ではそれでよいのだろう。

 

「邪魔をしたな…」

 

 いつもの朗々たる様子から想像のつかない落ち込んだ雰囲気で踵を返す理事長。

 たづなさんは苦笑いを浮かべながら、ご相談があればいつでも、と言い残して理事長の後を追っていった。

 

 どうにも本意の掴めないところがある会話だったが、理事長の様子を見るに、あれが立場上精いっぱいの意思表示だったのかな、と男は考える。

 

 そこまで思考が行き着くと、先ほど渡された招待状は実は違うところに意図があるのではないか、とも勘ぐってしまう。

 

「…まぁエアグルーヴの発案とあっちゃあ、意図はどうあれ行くしかないけどね…」

 

 男は自らに語り掛けるようにひとり、呟いた。

 

 

 

 

 

 翌日夕刻、男はスーツに身を包み招待状に記されたパーティー会場に向かう。

 

 受付を済ませて胸に名前入りの胸章をつけられる。会場である学園一の広さを誇る講堂に入ると、普段の学園ではありえない光景が広がっていた。

 

「ヒトが…ヒトがいっぱいいる…」

 

 中等部・高等部合わせて数千人のウマ娘を擁するトレセン学園である。当然主役は彼女たちであるので、普段はヒトがこんなに集まる光景は見たことがない。

 

 いつもは全校集会などが開かれる広々とした講堂に、立食パーティーのような空間がつくられ、壁面にはウマ娘たちの模擬店が軒を連ねている。

 

 普段ならケータリングは学園の食堂が対応し、フル稼働していたりするのだが、今日は学園関係者向けの慰労会でもあるため、学園外からのケータリングと大感謝祭用の模擬店を使用してウマ娘たちが来客を接待してくれるような形式であるらしい。ゴールドシップ印の焼きそばの屋台も出ている。

 

「やぁ兄さん、来てくれたか」

 

 男を見つけて声を掛けてきたのはシンボリルドルフだ。

 

「なんだかすごいな。短期間でここまでやったのか?」

 

 ルドルフはふふっと笑う。

 

「エアグルーヴが機転を利かせた企画を立ててくれてな。明日からの感謝祭でも出店を移動してそのまま使えるから、見た目ほど大変でもないさ」

 

「ふうん。それにしても大した人数だな。エアグルーヴ発案の関係者向け慰労会を兼ねてると聞いたけど…どこからこんなに来たんだ…?」

 

「あぁ…今回このような催しをするにあたって、今回は小規模にスタートするつもりで近隣の関係者をリストアップしてみたんだが…これが結構な人数になってね。兄さんは学園関係者だから、参考までにこれを渡しておこう」

 

 手渡された冊子は今回の招待者の名前、所属、職業が記されたリストだ。手渡されてそのまま、パラパラと目を通す。

 

「はぁ…なるほどな。そういうことか…」

 

「別に意識してこうしたわけじゃないんだ。だがこうしてリストアップしてみると、身に染みてよくわかるものだね」

 

 リストをめくると、招待客の四分の一は学園関係者や合同研究プロジェクトのメンバー、さらに四分の一は今回の感謝祭に協力してもらっているURAの舞台チームや商店街の人間、そして残りの約半分は普段はあまり馴染みのないように思われる医者などの医療関係者、弁護士、保険関係の人間もいるようだった。 

 

「この学園を運営するにおいて、どれだけの人力を尽くされているか、わかっているつもりだったが…我々がアスリートであるために、レースを戦うために、あらゆる事態を想定して、あらゆる事故に即対応できるような体制が整えられていることを思い知ったよ」

 

 シンボリルドルフが深く息を吐く。

 

「ここまでウマ娘たちのレースが隆盛したのも、過去の失敗から学んで、走る側も観る側も、レースを楽しむっていう行為に、なにが…どれだけ必要なのか、真摯に向き合って築いてきたからさ」

 

 男は普段と変わらぬ語り口で告げる。

 シンボリルドルフはふふっと妖艶に微笑む。

 

「記録をつくるのはたったひとりのウマ娘かもしれないが、そのウマ娘を支える多くの人々がいて成し得るもの、だな」

 

 シンボリルドルフは皇帝の威風たっぷりにそう語ると、ゆっくり楽しんでいってくれ、と男から離れた。

 

 

 男は会場で合同研究プロジェクトでイクノディクタスのシューズを一緒に開発した専門医に再会し言葉を交わしたり、南坂トレーナーにチーム設立の進捗を聞いたり、ゴールドシップに無理やり焼きそばを食べさせられたりしたあと、一服するために会場の外へ出た。

 

 すっかり暗くなって、講堂の喧騒がうっすら聞こえ、愉快そうな人影が見える。皆楽しんでいるようで、喫煙所には誰もいなかった。

 

 男はふう、と息を吐き、煙草を咥えて火をつける。ゆっくりと吸い込んで煙を吐きだすと、慣れない人込みで緊張していた体から少し力が抜けた。

 

「あの…蹄鉄の…先生…?」

 

 どこかか細い、聞いたことのある声に呼ばれたような気がして、男はあたりを見回す。

 

「ぁ…私です…サイレンススズカ、です…」

 

 講堂の明るい光を背景に、歩み寄ってきたのは今の男の脳内でぐるぐると回っている遅れてきた夏休みの宿題、その提出先であるサイレンススズカであった。

 

 

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