男は部屋のリビングで、シンボリルドルフが料理してくれたうどんを食べている。
小さなテーブルを床に座って囲んで、皆で食べている。
皆とは、エアグルーヴ、東条ハナ、沖野、シンボリルドルフ、そして男である。
どうしてこうなったのか。
時間は少し遡る。
沖野と男が正座をし、エプロンを着けた皇帝陛下に睥睨されているとき。
男に平手を喰らわして駆けだしたエアグルーヴは、東条ハナに連れられて部屋に戻ってきた。
そして上半身裸のまま正座している沖野を見て、己の誤解を悟り、膝をついた。
幸いにもエアグルーヴはさらなる誤解をせず、深々と頭を下げ、自らの非礼を詫びた。
女帝、二度目の心からの男への謝罪であった。
男は苦笑いしながら頭を上げるように言い、視線をエアグルーヴに合わせ、特に責める気はない旨を告げた。
エアグルーヴはその言葉を聞きながら、男の頬のくっきりと赤い己の手の痕を眺めていた。
罪悪感を感じつつ、言い知れぬぞくりとした心の疼きを感じていた。
「…なんで沖野が寝てたのよ」
エアグルーヴと男のやりとりをぶった切るように言葉を放ったのは、皇帝に負けず劣らずの存在感で男二人の前に仁王立ちになっている、東条ハナだ。
「…いやぁ…昨夜こいつが体調崩してたみたいだってスズカが話してて。見舞いにって話も出たんだが、うちの奴らは騒がしいからな。それで俺が名代で見舞いに…」
リビングのテーブルには下戸の男が飲むはずがないチューハイの空き缶が無造作に並んでいる。
「…大方、いつものノリであんたが飲んで騒いで勝手に寝入ったんでしょうよ。ご丁寧にシャワーまで借りて。それがお見舞いに来た人間のすることなの?」
冷静に言い放つ東条ハナに容赦の欠片もない。
「…それは…まあ…その…すいませんでした!」
沖野は勢いの良い土下座で完全降伏である。
この姿はさすがにスピカの面々には見せられまい…と男は途中まで考えたが、そもそもチームメンバーたちにプロレス技を掛けられる日常がスピカであるので、配慮の必要はなかった。
とはいえ、自らのお見舞いに来てくれたことは事実であるので、適当なところで沖野を救ってやりたいと思った男は、割って入る。
「まあまあ…俺たち、ある意味では共通の悩みを持ってるわけでさ。そりゃみんな、心労も積もるもんだから…ねぇ、おハナさん、そこらへんは汲んでやってよ、この通り」
男は苦笑を浮かべながら沖野を庇い、頭を下げる。
「…全く、男ってのは…どうしてこういうとき、妙な相互扶助に走るのかしら。あなたたち、覚えておきなさい。こういうのはロクなもんじゃないんだから」
東条ハナのこの言葉に、シンボリルドルフとエアグルーヴは妙な説得力を感じてしまう。
シンボリルドルフなどはそこからさらに発展して、どんな経験をすればおハナさんはこんな説得力を持った言葉を吐けるのだろうと深く考えかけて、慌ててその思考を捨ておいた。
いろいろうやむやになった間合いを見計らって、シンボリルドルフが助け舟を出す。
「皆…うどんを茹でたのだが…食べないか?」
かくして、皆でシンボリルドルフ手ずからの料理、うどんを食している。
それは具沢山の豚汁うどんの体裁で、沖野が持ってきたスペシャルウィークからの差し入れのニンジンをたっぷり入れた、野菜の甘みが優しく感じられる一品だ。
ふと、男は我に返る。
シンボリルドルフ手製のものを、このメンバーで食べている。自分の部屋で。
しかも皆が自分を気遣い、この忙しい時期の夜半に時間をつくって、殺風景極まりない何の面白みもない男の部屋という空間に集まってくれている。
普通ならあり得ない、不思議な光景だった。
それに今日はたづなさんからの差し入れもあり、ゴールドシップ謹製の焼きそばも食べ、このうどんにはスペシャルウィークからの差し入れのニンジンが入り、食後のデザートにはメジロマックイーン秘蔵のスイーツまであるという。
男はこれまで、あまり自己肯定感というものを高く持ったことがなかった。というより、高く持つことは恥ずかしいことだと考えているところがあった。
しかし様々な行きがかりが交錯しての結果であるとしても、今日の一連の出来事が男を心配してくれた結果で、今の光景であることは間違いがなかった。
男は自分の部屋のリビングをまるで俯瞰しているかのような錯覚に陥る。
沖野とおハナさんの何気ない会話にシンボリルドルフやエアグルーヴも時折加わり、ぎこちないながらも和やかな雰囲気だ。
その光景は男の心を不思議と暖かい気持ちにさせ、無意識のうちに少し、弱々しかった自分を信じる気持ちを補強していた。
「…なにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわね」
おハナさんの言葉に、男はさらに笑みを大きくしてしまう。
「いやぁ…なんか、この光景が不思議で」
男は汁を啜る。腹の底から温まるようだ。
「しかし皇帝手製のうどんとは…お前、当然のように食べてるけど、俺の語彙力では言い表せないくらいの貴重な体験だぞ、これは」
沖野はそう言いながら丼にがっついている。
「…それはお前がルナを、皇帝シンボリルドルフと見てるからだろ。ルナだって飯も食えば睡眠も取る。普通に生活してる一人のウマ娘には違いない」
男の言葉に、ルドルフの耳がぴくりと反応する。
「…兄さんの言う通りだ。普段、なかなか接しづらい、面白みのないウマ娘だと思われているが…もう少し、親しみを持ってもらいたいと思っているのだがな…」
少し物悲し気に語るルドルフだが、今の格好は制服にエプロンの幼な妻仕様である。
「…大丈夫よルドルフ。あなたはいい奥さんになれるわ。私とは違って、ね…」
東条ハナがしみじみと話す。
「…なんか妙に実感こもってますね…さっきの言葉といい、昔になにかあったんですk…」
「エアグルーヴ、それ以上いけない」
東条ハナの冷気に気づいた男はエアグルーヴの言葉を遮り、空気感を察知した沖野は背後にあったコンビニ袋をまさぐり、強めの度数が売りの缶チューハイを器用に片手で開栓し、東条ハナの眼前に置く…前にそれをおハナさんが奪い、ぐっと飲む。
ある種のコンビネーションに呆気にとられる生徒会の二人。
「まぁ…大人にゃあ色々あるんだよ…」
沖野がフォローにもならない言葉を口にし、その場をおさめた。
男の体調はその翌朝には頬のくっきりとした赤み以外、全快していた。
皆様いつもコメントや評価や誤字修正、ありがとうございます。
最近テンション下がり気味でしたが、たくさんいただいた反応をガソリンに今回は短いですがざくざくかけました。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。