学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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51:理事長の懐

 

 

 

 翌日朝、男はたづなさんを介して理事長にアポイントを取った。

 

 とにかく多忙かつ多動で有名な理事長なのだが、その日の夕方に面会の設定がなされた。

 

 これほどまでにすんなりと面通りが叶うのは、ひとえにエアグルーヴの生徒会での功績がモノを言ったのだろう。

 

 その日の夕方、指定時間に男とエアグルーヴは理事長室前に居た。

 

 中では前の時間帯の来客とのやりとりがつづいているようで、廊下で二人並んで呼び出しを待つ。

 

 エアグルーヴは昨日の泣き顔の残滓はまったく感じられず、表情はいつものクールビューティーそのものだ。

 

「今更緊張…はしないか」

 

 そんなエアグルーヴの姿を見て男は呟く。

 

 むしろ緊張しているのは男の方かもしれなかった。

理事長やたづなさんは気安く話してはくれるので壁を感じさせないが、所属する組織の頂点にいる存在である。

 男から見れば完全に雲の遥か上に突き抜けた存在であり、理事長室のドアの重厚さが端的にそれを示していた。

 

「…先生でも、緊張はするのか…」

 

 エアグルーヴがぼそりとつぶやく。

 

 気が付けば横目で男の様子を伺っていたようだ。

 

 男は照れ隠しのように苦笑いするしかできなかった。

 

 そのとき、長い廊下に力強く駆ける足音が遠くから響いてくるのを知覚する。

 音源のほうを見てみれば、ものすごい勢いでこちらに駆け寄ってくる影がひとつ。

 

 見惚れてしまうような流麗な芦毛をたなびかせて男の前に急停止すると、鼻先がつかんばかりの至近距離で一気にまくし立てる。

 

「あ、やっぱりおっちゃんじゃねーか!こんなところで何やってんだ?さてはついに工房燃やして理事長から呼び出し喰らったとか!」

 

 どこからともなく疾風そのものに現れたのは絶対的想定不能ウマ娘であるゴールドシップだ。

 

「燃やしてない燃やしてない」

 

 どこから来たのかは考えることをやめ、とりあえず彼女の妄想を否定しておいてやる。

 

「…おい、廊下は走るなといつも言っているだろうが!ここをどこだと思っている!」

 

 エアグルーヴがある意味、いつものようにゴールドシップを叱責する。

 

「げ!おっちゃんの陰で気が付かなかったぜ…」

 

 エアグルーヴを視認すると一歩たじろぐゴールドシップ。この牽制関係は未だ健在のようだ。

 

 その時、重厚なドアが音を立てて開く。

 

「…お忙しいところ取材に応じていただきありがとうございました。またよろしくお願いいたします」

 

 理事長室から出てきたのはどうやら雑誌かなにかのライターのようであった。

 

 出てきたところで、エアグルーヴとゴールドシップ、そして男という妙な組み合わせに出くわす。

 

「…これはエアグルーヴさんにゴールドシップさん!これから理事長とお話でしたか。少し時間が押してしまって大変申し訳ありません…」

 

 うやうやしく頭を下げる。

 

 そして男のほうに、好奇の視線を向ける。

 

 トレセン学園で男という存在はなかなかに珍しい。しかもトレーナーでもなく、作業着姿の男がエアグルーヴとゴールドシップというそこそこ以上に有名なスターウマ娘たちと肩を並べているというのは奇異に映るのも無理はない。

 

「そちらも仕事でしょうから構いませんよ」

 

 エアグルーヴは先ほどまでのゴールドシップとのじゃれあいから切り替えて、冷静な口調で返す。

 

「ありがとうございます。次の取材のときはまたよろしくお願いいたします…。ところで、ひとつ伺っても?」

 

「なんでしょう」

 

「こちらの方は…?」

 

 話の矛先が男の方に向いた。

 

「知らねーのかよ!学園の装蹄師といえばこのおっちゃんだぜ!」  

 

 ゴールドシップが極めて雑な紹介をしてくれる。

 男は軽く会釈をした。

 

「学園の…装蹄師…ん…どこかで聞いたことがあるような…?」

 

 ライターさんは何か脳内を検索し始めたらしく、思案顔となる。

 中性的な顔立ちは性別が判別しにくく、年齢もそう若くなさそうだということ以外はよくわからない、不思議な雰囲気を纏っている。

 

 対する男は元来の社会性の無さ、平たく言えば人見知りを発動してしまい無表情のまま特に自分から何かを説明しようとはしない。

 

「お待たせしました、エアグルーヴさん。装蹄師の先生も、どうぞこちらへ」

 

 その謎の空間に終止符を打ったのはたづなさんの呼び込みだった。

 

 それでは失礼します、とエアグルーヴはライターに一言告げ理事長室へ。男もそれに続く…が、ゴールドシップをこのままにするとライターにあることないこと話しそうな気がしたので、これ幸いとゴールドシップも理事長室に連行した。

 

 不思議そうな顔のライターを廊下に残したまま、理事長室の重厚な扉は再び閉じられた。

 

 

 

 

 

 結論から先に言えば、エアグルーヴの提案はあっさりと理事長に受け入れられた。

 

 といってもそのまま採用というわけではなく、ウマ娘をレースでのアクシデントに積極的に活用していくという大枠の部分でのアイデアについての採用だった。

 

 特に故障への対応という点においては経験や精神的なタフさも求められるため、メイクデビュー前後のウマ娘では精神的負担の大きさが懸念される部分もあり、その選定基準やチームの組成に関しては教育的な配慮も必要であろうということで、そこは学園側の仕組みも含めて対応が必要との認識に至った。

 

 またレースでの運用については学園の裁量を越え、URA管轄になることもあり、提案自体はなんらかの形で実現させることを理事長は約束してくれたが、追走に関しては専用路かコース大外、あるいはいくつかコース上に救援ウマ娘待機ポイントを置くなど、運用上の工夫が入る余地があるだろうとのことだった。

 

 理事長はエアグルーヴの提案にいたく感激していた。

 

 むしろなぜもっと早くこのような安全対策を講じることができなかったのか、発想する者がいなかったのかを恥じ入るという一幕もあり、この提案についてとにかく激賞していた。

 

 早速明日から動くぞ!と勢いよく言い放ち、次の瞬間にはたづなさんにあれこれと指示を飛ばし出していた。

 

 

「…あの様子なら、実現まではえらい早いぞ、きっと」

 

 理事長室を出て、エアグルーヴとゴールドシップに挟まれて歩く男はぼそりと呟く。

 

「…あぁ。毎度、あの人のバリキには驚かされる…しかし、面倒を呼び込んでしまったようで、済まなかったな」

 

 エアグルーヴは提案が通ったというのに、浮かない顔だ。

 

 というのも、エアグルーヴの提案の話が一区切りついたタイミングで突然、理事長が男に告げたのだ。

 

「強制!装蹄師は一週間の休暇を命じる!」

 

 理事長からの突然の強制休暇命令が発せられたのだ。

 

 聞けば、男の働きぶりは承知しているが、ここのところの過重労働ぶりが目に余る、とのことだった。先日体調を崩したことや、その後の勉強会などが耳に届いているようだった。

 

 理事長はウマ娘たちはとても大事ではあるが、それと同じくらいにここで働く人間も大事に思っているが故の決断だ、と宣った。

 

「まぁおっちゃんとにかく働きづめだもんな。よっしゃ!ゴルシちゃんが魅惑の無人島ツアーに連れてってやろうか?金銀財宝掘り当ててリフレッシュしようZE☆!」

 

「それも楽しいかもな~…でもなー今はそれどころじゃないからな…せっかく理事長も丸めこめたんだし、それは先の楽しみにとっておくよ」

 

 男は理事長の強制休暇命令に抗った。

 

 自分が今取り組んでいる課題はエアグルーヴの提案と根を同じくするモノであるから、今手を止めるわけにはいかないのだ、と真正面から抵抗し、休暇命令自体の撤回までは至らなかったが、休暇までの時間を稼ぐことには成功した。

 

「私も、先生の身体は心配している…できればあまり、無理はしないでほしい…といっても、今は仕方のない時なのだが…」

 

 エアグルーヴも状況が理解できているだけに、どうにもならない状況に顔を曇らせる。

 

「お前たちにまで心配させてるようじゃ、俺もまだまだだなぁ…」

 

 男は二人を前に、自らの至らなさに苦笑いで恥じるしかなかった。

 

 




ここ2週間ほど私の胃を痛めつけていた仕事をなんとか乗り切り、ようやくまた書き始められました。
まずはリハビリじゃないですけど、話の整理から。

ライターさんは…あれ?どこかで会ったことありましたかね…?
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