学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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52:スズカの疑問

 

 

 

 男は翌日、倉庫から古びた設備を引っ張り出した。

 

 昔は蹄鉄を現場合わせで造ることが多かったため、可搬性のある炉として熱源にコークスを使用し、耐火レンガを組み合わせたものを使っていた時期があり、その頃のものだ。

 

 尤も男がこの学園に来た頃にはそのような仕事はほぼなくなっており、なにかの理由で炉が使えない場合の予備設備として、普段は倉庫にしまい込まれている。

 

 工房の中に運び込み、火力を上げるための空気を送り込むブロワーなどの動作チェックを行い、実使用に耐えるように整備していく。

 

 昨日の理事長とのやり取りからしても、サイレンススズカの次のレースからしても、男に残された時間はあまり多くない。

 

 男は焦りとともに造蹄作業、その最初の工程に着手する。

 

 

 

 男はサイレンススズカの足元を少しでも故障から遠ざけるため、通常では考えないような蹄鉄を構想していた。

 

 接地面についてはあくまで硬く、シャープに地面を蹴ることができる特性を。

 シューズへの取り付け面においては鋼にしては軟らかく、蹴り出しの衝撃をわずかに変形させて対応できるような特性を。

 

 蹄鉄の厚みの中で、素材に2種類の特性を持たせることによって剛性を損なわず、それでいて一定以上の力は柔らかく対応させることによりクラックなどが入ることなく信頼性を向上させることを狙っている。

 デザイン的にもスズカの使う海外製品と近い形状にすることができるはずだった。

 

 

 

 これを実現するにあたり、工数があまりにもかかるため、当初は案からは外していた方法で蹄鉄を造ることにした。

 

 まず2種類の特性の異なる鋼材を用意する。

 

 ひとつは硬度が高い鋼材。

 ひとつは硬度はそれほどでもないが弾性に富む鋼材。

 

 これらを「鍛接」と呼ばれる手法で一体化させる。

 

 赤く熱した鋼材同士を叩いてつなげ、物理的に一体化させるのだ。

 

 そうして蹄鉄の素材となる鋼棒をまず、作る。

 

 そこから蹄鉄を叩き出し、さらに熱処理を加えて強度や耐久性を高め、仕上げる。

 

 いわゆる鋼材からのオーダーメイド仕様だ。

 

 これは日本刀の製作技術からの転用だった。

 

 この方法は、男が今回の件で必要とした性能の蹄鉄を造りだす上で真っ先に考えた方法ではあった。

 

 しかし、とにかく時間と手数がかかるし数を造ることができない。さらに言えば鍛接の工程においてすらある程度の割合で失敗することが見込まれる。

 

 公平性を考えるならば簡単には他のウマ娘たちに作ってやれないような手法は採用するべきでないと考え、取り掛かるには二の足を踏んでいたのだ。

 

 だが、他の手法として検討していた単一の鋼材で熱処理を工夫し、蹄鉄の中に柔剛を作り出すというやり方は、狙った性能を出すまでに試行錯誤を繰り返す必要があり、実現までに時間がかかり過ぎる見込みが立っていた。

 

 反面、鍛接を活用した手法は技術的・工数的に相当にハードルが高いが、鍛接した鋼材の機能性はある程度読みやすく、男の狙う性能は出しやすいはずだった。

 

 時間がないからこそ、時間はかかるが性能の見通しが出しやすい方法を選択したのだ。

 

 

 男はまず炭に着火しブロワーで空気を送り込み、炭の熱を利用してコークスに点火する。注意深く状態を見ながら、炉の温度を上げていく。

 

 そのうちに炉内が赤からオレンジに色が変化し、輝度が増してきた。

 

 

 男は選び抜いた鋼材を用意し、鍛接に使用する薬剤も手近に準備した。

 工具を確認した後、伸びをして顔を叩いて、自分に気合を入れた。

 

「よし、やるか」

 

 ヤットコで最初の鋼材をつかみ、炉に差し入れた。

 

 

 

 

 

 工房内に槌音が響き渡る。

 

 工房の入り口も開け放ち、換気扇を全開にして空気の流れを作ってもなお、抜けきらぬ熱量にどんどん室温が上がっていき、汗すら流すそばから蒸発してしまう有様だったが、男は構わず槌を振るい続け、鍛接した鋼棒を量産していく。

 

 鍛接という作業も男自身、久しぶりということもありカンが鈍っていた。

 作業中の手応えですでに失敗がわかるような場合もあり、作業の成功率はおよそ6割といったところだった。

 

 しかし目指すゴールは鍛接した鋼材を得ることではない。

 

 思い通りの蹄鉄を造ることだ。

 

 ひとつひとつの失敗を糧に随時作業をアップデートしつつ、とにかく蹄鉄がある程度まとまった数を造れるほどの鋼材をつくるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 数時間の黙々とした作業ののち、男は応接セットのソファに倒れこんだ。

 

 鍛接作業に失敗し使い物にならないスクラップの山を築きながらも、なんとか目標とした数量を叩きあげ、炉の火を落とし、力尽きた。

 

 いつもなら一も二もなく火をつけたであろう煙草を咥える気力も残ってはおらず、ただただソファに身を横たえている。

 

 窓から差し込む夕陽が容赦なく顔に当たっていたが、それにも構わず男はそのまま、工房の入り口から入る常温の風を涼しく感じながら、しばしの微睡へと引き込まれていった。

 

 

 

 

 どれほどそうしていただろうか。

 ふと、顔を照らしていた夕陽が陰ったような気がして、男は徐々に意識を引き戻す。

 

 薄目をあけてみると、誰かの影が日差しを遮ってくれたようだった。

 

「あ…起こしてしまいましたか…」

 

 声がして、男が目をゆっくりと開けば、男は心配そうに顔を覗き込まれていた。

 

 控えめにささやくような声の主は、サイレンススズカだった。 

 

 

 

 サイレンススズカは訪れた工房に異変を感じていた。

 

 普段は鉄の匂いに満たされているはずが、今日は石炭の独特な匂いも混じり、それがいつもと違う雰囲気に感じたのだった。

 

 そして、工房に入るなり倒れて眠り込んでいる装蹄師の男。

 

 煤にまみれたその姿は、とてつもないエネルギーを絞り出し、激戦の果てに行き倒れた戦士のように、スズカには感じられた。

 

 

 

 男はソファからのっそりと身体を起こすと、スズカに応接セットの対面を勧め、自分は立ち上がり冷蔵庫からニンジンジュースを取り出し、スズカに手渡した。

 

「さっきまで炉をガンガン焚いてたから、ぬるくなってたらゴメンな」

 

 そう言いながら、先ほどまで寝ていたソファに座りなおし、スズカに向かい合う。

 

「で、今日はどうした?」

 

 男は微睡んでいくらかの体力回復を実感しながら、スズカに問うた。

 

「これを…」

 

 サイレンススズカはテーブルの上に、摩耗した蹄鉄を置いた。

 

 男は無言でそれを手に取って、観察する。

 

「夏合宿の点検のときに見ていただいて、すぐに新しいものに交換したんですけど…」

 

 つまり新品から半月もしない状態だということだ。

 

 蹄鉄の摩耗度合いは激しく、本来は接地面はシャープにエッジの効いた形状のはずが、すでに鈍磨しており、端の部分は欠けが発生して、中心に向かってクラックもいくつか見受けられる。 

 

「…エアグルーヴと買いに行こうと思ったんですが、一度先生に相談するように言われて…」

 

 不安な面持ちで、スズカはそう説明した。

 

「…脚の方は、なんともないか?」

 

 男は静かに蹄鉄を置き、スズカを見据えた。

 

「はい…色々ご心配いただいて…検査もいつもより詳しく、定期的に」

 

 勉強会で定めた方針通り、沖野はスズカの脚についても管理を精密に行ってくれているようだ。

 

「あの…なぜ、私にここまでしてくれるんでしょうか…その…私のため、なのかわかりませんけど…先生たちが夜な夜な集まって勉強会をしてるって話、聞いて…私…どうしたらいいのか…」

 

 男は一息つく。

 

「…沖野やエアグルーヴ、ゴールドシップあたりからなにか聞いてる?」

 

 スズカはこくり、と頷く。

 

「みんな、私の脚を心配してくれていることは…わかっています。この間の、パーティーの時の先生の言葉の意味も…理解しているつもりです」

 

 男はソファに預けていた身をよじり、上背を起こす。

 

「スズカのことは、きっかけに過ぎない、と俺は思ってる」

 

 男は勉強会の概要を話した。

 スズカの脚についての不安は第一だが、そもそもは怪我や故障を予防するためにできることがないか、と考えたところが原点であり、そこに思い至る源流は、スズカがリギル在籍時に出していた練習でのタイムであることを告げる。

 

「タイムを見て、おハナさんも俺もスズカがウマ娘の出せる走行能力の限界近くにいる、と分かった。その頃から、考えていたんだ。限界を超えた時に、なにがおこるのかを」

 

 スズカはじっと聞いている。

 

「スズカだけじゃなく、レースを走るウマ娘たちにどうか無事に走ってほしいというのは俺たちの基本的な願いだ。だから、今目の前にいるスズカを無事に走らせるために知恵を出すことで、よりその願いに近づけると考えている」

 

 こんなところで理解してもらえるだろうか。

 話し終えた男は、これがすべてだと言わんばかりにソファに再び身を委ねた。  

 

「…私には…話してくださらないのですか…?」

 

 俯き加減のスズカは、ぽつりとつぶやく。

 

 男には、言葉の意味がわからない。

 

「エアグルーヴは…先生には、私たちの安全に心血を注ぐ理由がある…と言っていました。ですが、その理由までは、教えてくれませんでした。もし知りたければ、直接聞いたほうがいい、と言って…話してくれるかは、わからないけど、って…」

 

 男は思わず渋い表情を浮かべる。

 

 好んでする話ではないし、ましてや今のスズカと照らし合わせるには最悪の話だとすら思う。

 

 しかし、スズカは紛うことなき現在進行形の当事者である。

 

 男の持つ理由、それが自身の過去の傷であっても、彼女はそれを聞く権利があるような気がした。

 

「自分語りみたいで、気が進まないが…」

 

 男は渋面を浮かべたまま、ぽつぽつと話し始めた。

 

 

 

 男の話を聞いているスズカは、男がスピードを競うレースをしていたという話には目を輝かせて聞き入り、そのあとの後輩とのくだり、そしてクラッシュの場面では瞳を瞑り、耳をしおれさせて聞いた。

 

「…とまぁ、そんな訳でね…そういう経験があるから、スポーツの安全には万事を尽くすべき、というこだわりをもっているわけだ」

 

 男はできるだけ話をコンパクトに、悲壮感が漂わぬようにつとめて平坦に話したつもりだった。

 

「…そんなことが…あったんですね…すいません。私、無神経に、そんな話を聞かせろだなんて…」

 

 男はかぶりを振る。

 

「いや…聞く権利、あるよ。しかもそんな俺の個人的なこだわりを、スズカにぶつけてるんだから…迷惑だよな。申し訳ない」

 

 男は頭を下げる。

 

 実のところ、男もずっと胸に引っかかっていた。

 全体の流れとしては間違っていないと今でも思っている。

 しかしそれを現役の最前線にいるスズカを対象とすることには、スズカ自身の夢や沖野の立場を慮るまでもなく、要らぬお節介というやつなのでは、という危惧は常に頭の片隅にあった。

 

「そ…そんなことないです…頭をあげてください…」

 

 スズカの慌てた声に、男はゆっくりと姿勢を戻す。

 

「その…わからなかったんです、ずっと…どうして、私はただ、私の夢を追っているだけなのに、って…」

 

 胸に手を当てながら、スズカは細い声音で言葉を探しながら、紡いでいく。

 

「でも…リギルからスピカに移って、トレーナーさんが私の夢を認めてくれて…私に憧れている、って言ってくれるスペちゃんが現れて…私を信じてくれる人たちがいて、少しずつ周りが見えるようになってきたんです…」

 

 スズカは一旦言葉を切り、次に続く言葉を探しているようだった。

 

 やがて、再び躊躇いがちに話し出す。

 

「…パーティーの夜、先生に言われたことも…あの場にいたお客さんのことも…私たちが、何をしているのかも…ようやくわかって…でも、なんで先生が身を削ってまで、そこまでしてくれるのか…知りたかった…」

 

 スズカはホッとしたような顔をして、男を見つめてくる。

 

 同時に男も、彼女に受け入れられたような気がして、緊張が解けていく。

 

「…俺にできることは、精々が蹄鉄をどうにかしてやること、くらいだ。ちょっと待ってて」

 

 男はソファから立ち上がり、作業台置いてあった形状だけスズカの蹄鉄に真似た試作品と予備のシューズ、先ほど叩き出した鋼棒を手に、スズカの許に戻る。

 

「これは…私のシューズと蹄鉄の新品…?」

 

 スズカが試作品を手に取る。

 

「シューズは服飾部が保管している予備だ。蹄鉄はただ形状だけ真似て作っただけの試作。そいつを、この鉄で造る」

 

 数時間前に打ったばかりの鋼棒の断面をスズカに示す。

 

「2種類の鋼を一体化させた素材で蹄鉄を造る。今のスズカの蹄鉄のフィーリングはそのままに、耐久性や強靭さは飛躍的に上げる。シューズとのバランスも取り直す」

 

 スズカの速さをかさ上げするというより、足元の不安を出来る限り排除するための調整だ、と説明する。

 

「自分の仕事に限界をつけるわけじゃないが、今、スズカの脚にしてやれる精いっぱいをここに注ぎ込む」

 

 男はスズカを真っ直ぐ見据える。

 

「…履いて、もらえるだろうか」

 

 スズカの瞳は男の目を覗き込むかのように、真っ直ぐに見つめ返してくる。

 

 やがて、にっこりと笑った。

 

「…よろしくお願いします」

 

 男はふっと息を吐く。

 

「いよいよ私…負けられませんね」

 

 いやいやそれは、と男は言いかけて、スズカはさらに笑みを大きくした。

 

「これだけ多くの人に支えてもらって…信じてもらって…これで私、無事に帰ってこられないようなことがあれば…それこそ、皆さんをがっかりさせてしまいます。必ず…必ず走り抜けてみせます…!」

 

 サイレンススズカは美しい笑みとともに、そう宣言した。   

  

 男は明日の造蹄作業を思い浮かべながら、スズカの笑顔を眺めていた。

 

 これが吉と出るか凶と出るかはわからない。

 

 しかし、やれるべきことはすべてやる。

 男にそう決意を新たにさせるには十分な笑顔だと思った。

 

 毎日王冠は、もうすぐだった。

 

 

 

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