学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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53:宿題の完成

 

 

 

 サイレンススズカが工房に来た翌日。

 

 男は鍛接した鋼棒から蹄鉄を打ち起こした。

 

 丁寧に3セットほどを打ち起こし、削ってだいたいの姿を作り上げ、熱処理を施し、7割がた完成というところまで作業を進める。

 

 さらに翌日。

 

 時間のかかる熱処理を夜間のうちに終え、削りだして最終形態まで完成させた。

 

 ほぼ突貫で作業をして3日ほどの工程となった。

 

 生産性もなにもあったもんではないが、通常業務と並行していたこともあり、鍛接の部分などを外部に委託することができればいいのかもしれない、と男は作業しながら感じていた。

 

 基本的にモノがつくれるということと、現実的な時間やコストでモノをつくることはまったく別の技術であると今回の件を通じて認識を改めることになった。

 

 男は職人であるがゆえに生産性の概念には疎いところがある。

 

 学園の装蹄師という安定した収入がある立ち位置であるためにこのような取り組みができるが、もし本気で今回のような技術でウマ娘の足元に対しての安全性を高めることを目指すならば、そう遠くない未来に生産性についても検討する必要があるな、と男はぼんやり考えていた。

 

  

 

 

「なんだこれ…見たことねえぞ、こんな蹄鉄…」

 

 シューズ課長の下に出来上がった蹄鉄を持ち込んだ時、言われた言葉だ。

 

 せっかくだからと表面を磨き、仕上げを工夫した。持ち込んだ蹄鉄は、厚さ方向に色が二層に別れ、接地面とシューズ面が違う種類の鋼であることが見て取れた。

 

「まぁ厚みもあまりないんで、日本刀みたいに刃紋みたいなのは出ませんけどね。裏表は間違いづらいかもしれません」

 

 男は苦笑いしながら応じる。

 そもそも裏と表では全くデザインが違うので間違うことはもちろんないのだが。

 

 男はシューズ課長と、普段のスズカの勝負シューズ、勝負鉄のバランスを参考にしながら、予備シューズと今回の蹄鉄でバランスを取っていった。

 

 シューズに取り付ける釘にも重量差があるため、釘自体も予備も含めて厳選し、打ち付ける場所まで指定して完成となる。

 

 軽量化もほぼ目標値に達し、あとはスズカが試着、試走してから最終的な調整を施せば完了だった。

 

 

 

「やり切ったな、夏休みの宿題」 

 

 課長と屋上で煙草を吸う。

 

「ですねぇ…これでいいのかはわかりませんけど」

 

 課長には一通り、スズカとのやりとりでシューズに関しての本人承諾を得たことは話していた。

 

「これでどれだけの効果があるのかはわからんな…運動に関する専門家かなにかが、物理的な分析でもしてくれれば数値化できてわかりやすいんだが」

 

「そこは次の課題でしょうね。アグネスタキオン博士にでも渡りをつけてもらいましょうか」

 

「まぁ、そこらへんは今夜の勉強会ででも、相談してみようか…ところで」

 

 課長は男の、煙草を挟んだ指を示した。

 

「それ、どうしたんだ?」

 

 男は煙草を挟んでいた右手を、左手で握る。

 

「いやぁ…なんか昨日あたりから時々震えるんですよね。ここんとこ詰めてやってたから、疲労ですかね」

 

 左手で手首を掴んで震えを止める。

 

「…お前、早めに病院行けよ。あと休み取れ。そろそろ理事長からかばってやるのも限界だぞ」

 

「スズカのシューズの最終的な調整が上手くいったら休みますよ。あと少し、お願いします」

 

 課長は仕方ないな、と呟きながら、男の右手を気にしていた。

 

 

 

 

 夜の勉強会は前回より少し時間が空いていた。

 

 そのため、前回の方針についての報告が主な内容となった。

 

 沖野からはスズカの身体データの共有と、ここ最近の変化について述べられた。スズカ自身がここで話し合われている内容について趣旨を理解し、協力的な姿勢でいてくれることで精度は向上しているようだ。

 

 専門医からはウマ娘の骨密度データの収集状況についての報告があり、学園理事長からの手回しもあり地方レースに参加しているウマ娘たちのデータも入るようになり、思った以上にデータの母数が大きくなりそうだ、という嬉しい悲鳴が聞かれた。

 

 アグネスタキオンからは靱帯や腱に関する情報収集は進んでおり、いくつかの製薬メーカーから情報提供も受けているとのことだった。効率的に栄養補給をして強化を促すことができるかどうかについては、いくつか検討段階に入っている物質があるという心強い報告があった。なお、副作用としてなぜか強化部位が光るという話である。わかりやすくて良いかもしれない。

 

 そしてシンボリルドルフからは、この勉強会とは直接関連しないが、という前置きで、エアグルーヴ提案のレースにおいてオフィシャルウマ娘運用について、現実的な検討段階に入っている旨が報告された。

 いくつかの運用案について試験準備を進めている段階であり。秋のG1シーズンにはあくまで試験という名目で実施される計画であるという。

 また、それに伴うトレセン学園内でのカリキュラム追加も実施される予定であり、来年からはすべてのウマ娘の必修科目として怪我の予防や対処、応急手当などの科目が追加されるという。

 

 

 それぞれの報告を聞き、男は圧倒されてしまっていた。

 

 急速に、様々なことが変わりつつある。

 

 男が蹄鉄を造ったことは、小さなことだった。

 

 しかしそこに込められた願いは、ひょっとしたら何か、起こるはずだった結末を変えるかもしれない。

 

 男は漠然としてはいるが、しかしかすかな希望を見出しながら、参加者の話を聞いていた。 

 

 

 

 

 勉強会を締め、いつものように参加者たちが雑談をしながら、散会していく。

 

 男はひとつ伸びをし、片付けでもしようかと立ち上がりかけたとき、意外な人物から話しかけられた。

 

 ウマ娘専門医として参加している医師だった。

 

 男がきょとんとした顔をしていると、失礼、と一言言って男の右肩を触った。

 触診のような手つきで、男の腕を探っていく。

 

「会議中、ほとんどずっと手が震えてたのが気になりましてね…最近、だいぶ無理したでしょう。あの蹄鉄の件ですか?」

 

 専門医は声を潜めながら、男に問う。

 

「ええ、まぁ…だいぶ手数が必要だったもので」

 

 専門医は難しい表情をしたまま、男の腕を探っている。

 

 その指で的確に、男の肩から腕にかけての違和感のあるポイントを探り当てており、そのたびに男は表情を微妙にゆがめてしまう。

 

 専門医はその様子も含めて確かめるように探り終え、一息ついた。

 

「私は人間は専門外ですので、はっきりしたことは言えません。ですが出来るだけ早く、病院で上半身全体を検査してもらってください」

 

 専門医はそれだけ言うと、メモに何事か書付け、男に渡した。

 

「ここならば、紹介状も必要ありません。私が話を通しておきます。早めに連絡を」

 

 それだけ言うと、専門医は退出していった。

 

 男に渡されたメモは、普段トレセン学園の職員が健康診断に通う、このあたりで一番大きな病院の神経科と、医師の名前が記されていた。

 

 取り残された男は渡されたメモを持ったまま、しばし茫然としていた。

 

 

 

 

 

 





あれ。ウマ娘出てこない…
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