学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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57:三者三様  

 

 

 

 

 

 夕刻と言うには陽が落ちすぎた時間帯。

 

 激しく鳴るインターホンの音に男は叩き起こされた。

 

 何事かと部屋の扉を開けば、シンボリルドルフ、エアグルーヴ、アグネスタキオン。

 

 三者三様の表情を浮かべているが、共通項はなんだろうか。男にそれを見出すことはできない。

 

 どうにも最近、自室に押し掛けてくるハードルが低い気がしないでもないが、今更それを言ったところで彼女たちは既に、この部屋に立ち入った実績が豊富だ。

 

 今更断る理由も見当たらず、男は仕方なく部屋に入れることにした。

 

 

 ルドルフは男のリビングに足を踏み入れると、先ほどまでソファで眠っていた男の濃い匂いを敏感に感じ取り、尻尾をばさりと蠢めかせた。

 

 男はそんなルドルフの様子に気づきもせず、冷蔵庫からごそごそとニンジンジュースを取り出し3人に渡し、自らは目覚ましにブラックコーヒーの缶を開ける。

 

 窓を開け、煙草に火をつける。

 

「で、3人も雁首揃えて、今日はなんだ?」

 

 寝起きで寝ぼけた様子を隠そうともせず、男は彼女たちに問うた。

 

「…なんだとはご挨拶だねぇ。君のその右腕に巻かれた異物の件に決まってるじゃないかぁ」

 

 アグネスタキオンはよく見る昏い笑みを湛えた表情で、いつも通りの調子だ。

 

「あぁ…これか。見ての通りだ」

 

 男は腕に巻かれたサポーターを見ながら、なんだそんなことか、といった調子で返す。

 

「その…どの程度、悪いのだろうか」

 

 エアグルーヴが怯えるような、探るような口調で切り込む。

 

「んー…医者はとりあえず剥離骨折という診断だった。学園に提出した診断書にもそうある。まぁ痛みとかはないんだがな」

 

 剥離骨折、という言葉を聞いて、三人ともびくりと耳を立てる。

 

 彼女たちの脚にいつでも起こりうる身近な故障であり、病名の表現する範囲は広いが、コトと次第によってはウマ娘であれば引退につながることもある大きな怪我と言えた。

 

 男は震える手をうっとうしがり、煙草を左手に持ち換える。

 

「…腕の震えは故障部位が神経に触っているかららしいが、詳しいことは医者もわからないらしい。この腕が元に戻るかも、な」

 

 男は煙草の煙を室外へ吐きだす。

 

「そんなわけで、理事長に診断書を提出したら休養を申し付かった。ついでに工房にも入れない。別の装蹄師を手配してくれとは言ったんだがな…」

 

 彼女たちはまた、ぴくりと反応する。

 

「別の装蹄師、とはどういう意味だ?」

 

 ルドルフが真剣な表情で尋ねる。

 

「…まぁ装蹄師くらい、いくらでもいるからな。新たに手配するのに欠員がでなきゃならないのなら、と思って退職願も出したが、理事長にどやされちまったよ」

 

 男のどこか投げやりな説明に、ルドルフは脈が速くなり、血圧が上がっていくのを感じていた。

 

「今この時期に俺が怪我をしたってのは、サイレンススズカの件を考えても、どうにもあまりいい影響を与えない気がしてな。なら学園の装蹄師をさらっと入れ替えて、トレセン学園の日常をそのまま続けてもらったほうがいいんじゃないかと思ったんだが…おえらいさんの考えることはわからん」

 

 刹那、耳を尖らせたシンボリルドルフが勢いよく立ち上がる。

 俯き、こぶしは硬く握られ、震えている。

 

「…兄さんの見識はそんなものだったのか…?」

 

 ルドルフの豹変ぶりにエアグルーヴは固唾を呑む。

 

「…確かに装蹄師という職能としての代替は可能だろう、可能だろうとも。しかし学園に籍を置き、生徒を指導する存在としては考えたことがあるのか?それは簡単に替えの利く部品のような存在ではないはずだ…」

 

 シンボリルドルフの言葉を聞くアグネスタキオンは、いつもの微笑が表情から消えている。

 

「教育というのは職能のみならず、その人格を以て行うものであると、私は思っている。そうであるからこそ、先生と呼ばれる存在は慕われ、尊敬される存在なのだ。だからこそ、あの蹄鉄の工房には悩んだウマ娘たちが相談に訪れ、それに応えて今まで数多の悩みを解決してきたのだろう?」

 

 ルドルフは俯いたまま、時折声を震わせながら、男に問いかける。

 

「…それを自ら否定するなど、兄さんを信じてきた生徒たちは…私たちは、どうなるというのだ!」

 

 彼女は瞳に溜めた涙を振り払い、慟哭するかのように男に言葉を投げつける。

 

 紅潮した顔で男をじっと見たルドルフは、踵を返し憤然と尻尾を揺らしながら、部屋を出て行ってしまった。

 

 男はルドルフの剣幕に驚きながら、少し気落ちして、取り繕うように煙草を吸い込み、吐きだす。

 

「…まぁ、会長の言う事は尤もだねぇ…」

 

 ふふふ、と昏い微笑を復活させたアグネスタキオンが、ルドルフの退出によりぽっかりとあいた空間を埋めるように言葉を投げた。

 

「…だがねぇ…君の挫折もわからないでもないよ」

 

 タキオンはそういうと、自らの脚をひと撫でする。

 

「…かくいう私もガラスの脚…というやつでねえ…それが、私の研究の動機のひとつではあるんだよ」

 

 男は昏い瞳をしたタキオンを眺める。

 

「…あの話、本当だったのか」

 

 合同プロジェクトが動き始めた頃、男は研究の基礎資料としてさまざまな切り口の資料提出が求められ、夜な夜な工房で提出資料の作成に追われていた。

 

 そんな日が続いていたある夜、ふらりとタキオンが訪ねてきて、例え話としてそんなことを言っていた記憶が甦る。

 

「…だから、君が元来志向している安全性を高めるアプローチの延長上に、怪我や故障の予防という概念を持って相談に来てくれた時は、正直心が躍るようだったよ」

 

 タキオンの表情は、いつものどこか昏い微笑ではなく、光明を見出したときのような明るさを宿していた。

 

「そこにたどり着いてくれた同志を、言っては悪いがこれくらいのことで失いたくはないねぇ。何も、君の装蹄師としての腕だけを頼りにしたことではないのだよ、これは」

 

 そこのところも含んでおいてくれると嬉しいねぇ、とねっとりとしたいつも通りの口調で言い終えると、タキオンはゆっくりと立ち上がった。

 

「私が君に伝えたいのはそれだけだよ…じゃあ、あとのことは副会長にでも任せるとしようか」

 

 部屋の隅で耳をしおれさせていたエアグルーヴはびくりと跳ね上がるが、それにかまわずアグネスタキオンもまた、部屋を出ていった。

 

 エアグルーヴと男が残され、二人減ったリビングは妙に広く感じられた。

 

 男は床に座り、エアグルーヴと向かい合う。

 

 生徒会室にいるときは疑問点だらけだったことも、この短時間で氷解してしまった。

 

 エアグルーヴ自身もあれやこれや、もやもやと抱えていたモノがあったはずだが、シンボリルドルフの激昂とアグネスタキオンの唐突な告白の衝撃に、もはやなにを自分が考えていたのか覚えていないほどに頭の中は真っ白だった。  

 

 男は無表情で、何を考えているのかわからない。

 エアグルーヴのほうを向いてはいるが、焦点は定まらない様子だった。

 

「わ、私はあの二人のように、叱咤激励するような話はできないが…」

 

 エアグルーヴは居ずまいを正して言った。

 

「…腹は、減ってないか?」

 

 エアグルーヴの問いかけに、男は焦点を定めた目で、彼女と目線を合わせた。

 

「…よく、私の父が言っていたんだ。落ち込んだ時はまず、温かい食べ物で腹を満たせ、と。そして、心行くまで眠れ、とね」

 

 エアグルーヴはいつもの怜悧な表情からすこし恥ずかしそうに頬を赤くし、言った。

 

「だいたいの悩みはそれで軽くなる、そう教えられたんだ」

 

 耳はほどよく力が抜かれ、父のことを思い浮かべているらしい表情をする。

 

「…そしてそれはだいたいの場合において、事実だったよ」

 

 そこまで言うとエアグルーヴは立ち上がり、瞳に優しい色を浮かべると、男をそのままにキッチンへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフは紅潮した顔のまま、自室ではなく生徒会室に戻っていた。

 

 夜の校舎は静まり返り、昼間の喧騒が嘘のようだ。

 

 生徒会室もルドルフのほかには誰もおらず、いつもより広く感じられる。

 

 自らの席に座り一人、部屋にかけられた額を見上げる。

 

 

[ Eclipse first, the rest nowhere. ]

 

 

 唯一抜きんでて、並ぶものなし。

 

 ウマ娘としてレースを走るうえでの理想としてスクールモットーに掲げられた言葉だ。

 

 そしてこれは教育の場としてのトレセン学園のモットーでもある。

 

 それぞれのウマ娘たちが、それぞれの幸せに向かい、唯一の存在となれるような教育。

 

 たとえそれが、レースでなくても。

 

 トレセン学園は競走を中心とし勝利を目指す場所。

 しかし勝利を得られず、夢破れるものも多い。

 

 それでも仲間と競い合い、支え合い、この時代が輝いていたと言える学園生活を。

 

 それがきっと、彼女たちの後の人生の幸福につながる。

 

 シンボリルドルフはそう、信じていた。

 

  

 そこまで考えて、彼女はひとつのことに思い至る。

 

 つまりは、解釈の問題なのだ。

 

 兄はウマ娘の蹄鉄という一つの領域で、唯一抜きんでた存在となりつつある。

 

 その過程で故障し、心まで折れかけてしまっている。

 

 私たちはまだ、故障したとてこの学園という器の中で、励まし合い、支え合う仲間がいる。

 

 しかし兄はどうだろうか。

 

 この学園でただ一人の装蹄師として、孤独そのものではないか。

 

「…私は…わかっていたというのに…」

 

 わかっていたというのに、最も兄に近い一人であるはずの私が、あのような態度を取ってしまったならば。

 

 シンボリルドルフは自らが兄に指弾した事柄の苛烈さに青ざめる。

 

「…駟不及舌…とはまさにこのことだな…」

 

 シンボリルドルフは力なく耳を項垂れさせたまま、一人きりの生徒会室で、先ほどとは意味合いの違う涙をはらはらと零した。

 

 

 

 







例によって一発書き…
…無計画に書いてきて、この先も無計画だからすっごく舵取りが難しいゾ☆
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