学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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皆様いつもご覧いただきありがとうございます。
なかなか舵取りの難しい局面で賛否あるかと思います。
いただいておりますコメントも参考にさせていただきつつ、引き続き脳内妄想を垂れ流して参りますのでよろしくお願い致します。





58:一本の電話

 

 

 

 

 何か料理を作る、とキッチンに入っていったエアグルーヴ。

 

 冷蔵庫の中を見てしばし悩んでいたようだったが、作るものが決まったのかテキパキと動き出す。

 

 部屋の冷蔵庫には幾ばくかの食材が入っていたが、生憎料理をほとんどしない男が適当に済ませられる程度のものしか入っていない。

 

 男はキッチンで忙しく立ち働くエアグルーヴにかける言葉が思い浮かばず、好きにしてもらうことにしてリビングでただじっとしていた。

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

 気付けば30分ほど経っており、エアグルーヴに声を掛けられて我に返った男は、招かれるがままにダイニングテーブルへと立ち上がる。

 

 そこにあったのは卵の半熟加減が食欲をそそる、親子丼であった。

 

「あった材料を勝手に使わせてもらって済まないな。さっと作れるものはこれしか思い浮かばなかった」

 

 あの貧相な冷蔵庫の中身で手早くこれだけのものを作れれば大したものだ。

 

「…ありがとう。悪いな、気を遣わせて」

 

 男はやっとのことで言葉を絞り出し、テーブルに着く。

 

 二人で両手を合わせて、いただくことにした。

 

「…うまいな」

 

 そう呟く男をエアグルーヴは見る。

 表情に柔らかいものが浮かんでいることを認めると、心が少し軽くなった。

 

「そうだろう。なにせこの女帝手ずから作ったんだからな。多少調味料が足りない部分もあったが、味は悪くないはずだ」

 

 エアグルーヴは怜悧な表情は崩さずに、それでも口元が緩むのは止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 男はゆっくりと食べ終えると、両手を合わせた。

 

「お粗末さま、だったな」

 

 エアグルーヴは、男の顔から力みがすっかり抜けたことを確認する。

 やはり父の言っていたことは間違いじゃないな、と心の中で呟いた。

 

 食後の茶を飲みながら、エアグルーヴはゆっくりと話し出す。

 

「しかし、先生が怪我となると…スズカの例の蹄鉄は大丈夫だろうか」

 

 今ならこの懸念も答えてくれるだろう、と話題を切り出す。

 

「…あぁ。それなら問題ない。予備は2セット作ってあるし、いざとなれば予備の材料も準備してあるからそこそこの腕の装蹄師なら作れるだろう。そもそも耐久性はかなり上げてあるから、3レースくらいは使えると思うよ」

 

 男は火のついていない煙草を咥えて、言った。

 

「…しかし、ルドルフにあんなふうに叱られたのは初めてだ。まいったな…」

 

 男はすこし整理がついたのか、ややしょんぼりした様子で先ほどのことを話しだす。

 

 エアグルーヴは少しトーンを落として応じる。

 

「私もあんな会長の姿は初めてだ。凄みを感じることはあっても、あんな風に感情を剝き出しにすることはない」

 

 だが、とエアグルーヴは次の言葉を継いだ。

 

「会長が言う事も正しい。怪我くらい、といってはアレだが、我々にも付き物なことだ。それに、色々な新しい取り組みをここまで引っ張ってきてくれたのは先生じゃないか。辞めるなんて軽々しく言わずに、見守って欲しいと思うのは当然だろう。タキオンの話は言うに及ばずだ」

 

 エアグルーヴの口調は彼女にしては軽く、本人も努めて男を責めるトーンにならぬよう、注意を払いながら話した。

 

 男は少し意外そうな、そして困ったような顔をしながら、やがてため息をひとつ、吐いた。

 

「…買いかぶり過ぎだと思うがねぇ…ただ、鉄を打つしか能のない男ですよ、俺は」

 

 そういうとダイニングから立ち上がり、窓辺に立って煙草に火をつけた。

 

「ところで、エアグルーヴの出したレースのオフィシャルウマ娘案のほうはどうなってるんだ?」

 

 煙を器用に室外に吐きだしながら、男はエアグルーヴに問うた。

 

「あれはURAのほうに話が上がっている。提案の時に理事長室であれこれ話したように、形は変わるだろうが何らかの形で実現するだろう。実証実験も始まっているが、思いのほかオフィシャルウマ娘側に走力が必要でな。誰でもできるほど簡単ではなさそうだ」

 

 ほうほう、と男は頷いて聞いている。

 

「まぁ秋のG1シーズンには、試験的にやってみることになると思う。何も起きなければただレースを追うだけのことだから、比較的実施のハードルは低そうだ」    

 

 エアグルーヴはそこまで言うと、ふっと息をつく。

 

「そっちの方もとてもいい流れだな。間違いなくレースを走るうえでの安心感は高まる」

 

 男はエアグルーヴを褒める。

 

「…私は気づいたことを案にまとめて出しただけだ。動いているのはURAや理事長だ」

 

 男は頭を横に振る。

 

「いやいや、現役ならではの発想だよ。大したもんだ」

 

 エアグルーヴが少し照れ臭そうにはにかんだとき、ダイニングテーブルに置いていた男のスマホが鳴動した。

 

「ん…気にするな。出ていいぞ」

 

 エアグルーヴは男のスマホを手に取り、窓辺に持ってきて差し出してくる。

 

 このスマホに登録のない番号からかかっており、発信元表示が数字の羅列だ。

 

 ここ数日、時々かかってきているが出ずに無視している番号だった。

 

 せっかくエアグルーヴがスマホをもってきてくれたことだし、出てみるか、と男は気乗りしなかったが応答を押した。

 

「あ、やっとでた!もしもーし!」

 

 妙に陽気な若い男の声がした。

 

「…はい?」

 

 男は相手が誰だかわからず、怪訝な反応を返す。

 

「あれ?先輩ですよね?俺ですよ俺ー!かわいい自動車部の後輩ですよー」

 

 そこまで言われて一瞬で記憶が甦る。

 

「お前!ひっさしぶりだな!元気にしてたか…っていうか身体の調子はどうなんだよ!」

 

 電話の相手はかつて男が指導し、レースでクラッシュし大怪我をしてしまった後輩だった。

 

「まぁなんとかやってますよ!いやー先輩をネットのニュース記事で見かけて、懐かしくなって電話かけてたのに、なんで出てくれないんスか!」

 

 なんで後輩からの電話が番号表示なのだろう…と考えて、ふと思い当たる。修業時代、スマホを造蹄作業中に落とし、全損させていた。データはその時、引き継げなかったのだ。

 

 それよりネットのニュース記事とはなんだ。

 ニュースになるようなことをした覚えがない。

 

「悪い悪い。忙しくてな。っていうかなんだよネットのニュース記事って」

 

「サイレンススズカの試走記事に、先輩が出てたんですよ!俺、ビビッて三度見しましたもん!」

 

 あの時、確かにプレスパスを着けたライターもいたな、と思い出す。

 

「今注目株のサイレンススズカの記事見てたら、よく見知った先輩が写ってるんですもん。驚きますよー。今、ウマ娘のレースに関わってるんですか?」

 

 懐かしい声を聴きながら、後輩のことを色々と思い出す。

 

 そういえばこの男の入部動機が変わっていた。

 

 ウマ娘のレースが好きすぎて、自分でもレースをしたくなったが残念ながら陸上競技をするような身体能力はない。だからクルマでレースをするのだ、と言っていたのを思い出す。

 

「いやー羨ましいやら懐かしいやらで、先輩と話したくなっちゃったんですよ!」

 

 過去、あれだけの怪我をした、させてしまった関係であるにも関わらず、後輩はどこまでも明るかった。

       

「なるほどな。まぁ電話してもらったとこでアレだけど俺も今、怪我しちまって休業中なんだよ」

 

「は?怪我って、どうしたんですか?てか先輩そもそも仕事何やってるんです?」

 

 相変わらず質問が多い。これも昔から変わらないな、と苦笑いしてしまう。

 

「装蹄師だよ」

 

「そうていし?」

 

「ウマ娘の蹄鉄、つくってんだよ…」

 

 

 

 男は窓際でスマホを耳に当て電話をしている。

 エアグルーヴはダイニングからその姿を眺めながら、耳はその優秀な聴力で、しっかりと通話相手の音も捉えていた。

 

 最初は相手が女性ではなかったことに安堵し、盗み聞きは良くないと思ったのだが、聞くでもなく耳に入ってくる会話内容は、どうやら男の旧知の相手らしいことを伺わせた。

 

 

 

「あー先輩、昔から板金得意でしたもんね!じゃあ、あの記事にあったサイレンススズカの蹄鉄も作ったんですか?」

 

 男は煙草に火をつけて、通話を続けている。

 

「ん…まぁ、いろいろあって作ったんだよ。だから、試走に立ち会ってたんだ」

 

「なるほどー!いいなー超うらやましいなー…今度見学に行ってもいいっスか?」

 

「お前ね…ここは学校なのよ、そう簡単に部外者の立ち入りはできないと思うぞ…多分…」

 

 男は後輩に言い淀みながら、エアグルーヴをちらりと見る。

 

 目が合い、エアグルーヴは盗み聞きが気づかれたか、とびくりとする。

 男はちょんちょん、と自分の頭、エアグルーヴの耳のあたりを指さして、聞こえているんだろう?とジェスチャーする。

 

 どうやら、聞かれていることは先刻承知のようだ。

 そのうえで、今の後輩の問いの答えをエアグルーヴに求めているらしい。

 

「…先生が身元を保証するなら…許可は出ると思うが」

 

 エアグルーヴが男に言う。

 そのエアグルーヴの声も、スマホは拾っていた。

 

「…?女?オンナの声?先輩、今オンナと部屋にいるっスか!?彼女?彼女なの?しかも学園内の?」

 

 後輩が謎にテンションアップしているのが電話越しでもわかる。

 

「違う違う違う。俺が女に縁がないのはお前、良く知ってるだろうが…たまたまた、今目の前にいる子が答えてくれただけだ」

 

「は?子ってなに子って。しかも先生とか言ってたっスよ?教え子?先輩は先生なの?わけわかんねぇっスよ!説明説明!」

 

 男はわめき倒す後輩の声に押され、スマホから耳を離す。

 

「うっさいなぁお前…そういうとこ変わってないな…俺は学園の装蹄師(休業中)で、目の前にいるのは学園の生徒。彼女じゃない」

 

「装蹄師の先生が!学園の生徒と!…ってなんスかその夢のような境遇は!」

 

 テンションがどこまでも吹き上がっていく後輩に、苦笑いとため息が出てしまう。

 

「…お前、やっぱり見学は無理だわ、たぶん」

 

「ちょま!まってくださいよ!いい子にしますから!」

 

 とりあえず相談してみるから、と様々な言葉で後輩をなだめ、またこちらから連絡する約束をして、男はどうにか通話を切った。

 

 通話が切れたスマホを眺め、男はふう、とひとつため息を吐いた。

 

「悪かったな」

 

 男はエアグルーヴに詫びる。

 

「構わないが…今の電話の相手は…」

 

「あぁ、前に合宿で話した、レースで事故った後輩だよ」

 

 男の言葉に、エアグルーヴの耳がぴん!と立つ。

 

「クラッシュの後は車椅子生活だと聞いていたんだが…もともと車でレースをしてたのも、ウマ娘のレースが大好きだったことが動機のやつでな…」

 

 男の通話での表情は今までに見たこともない、学生のような雰囲気だったな、とエアグルーヴは思い返す。

 

 これはひょっとすると、通話相手の後輩が今の男の気分を変えてくれるかもしれない。

 

 エアグルーヴはそう、直感した。

 

「見学の件については会長や理事長へ、渡りをつけてみよう。なに、先生は今まで様々な貢献をしてくれているんだ。このくらいの便宜を図ってもバチはあたるまい」

 

「なんだか悪いな…まぁ、そう言ってくれるなら、頼む」

 

 男は申し訳なさそうだが、しかしどこか嬉しそうだ。

 

 この機を逃す手はない。

 

 気分さえ変われば、きっとまたいつもの先生に戻るはずだ。

 

 新たな煙草に火をつけた男を眺めながら、彼女の聡明な頭脳はすでにフル回転していた。

 







正直今回難しくて幕間回(未来の時間軸)にぶっ飛ばして色々有耶無耶にしようかとも考えましたが、悩んだ末に真正面から書いてみました。
半分くらい書いた幕間回は無事お蔵入りです笑
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