鉄の会のグループチャットに、久しぶりに新たなメッセージが投稿された。
[ターゲットとカフェテリアで接触]
通知を見たメンバーたちは各々の頭脳を回転させ始めた。
「さて、飯も食ったし、どこいくかね」
男は混みだしたカフェテリアをウマ娘たちに席をあけてやるために早めに切り上げ、校舎内を歩いていた。
後輩はオグリキャップのトレイに山盛りになっている昼食の量にビビり、スペシャルウィークの食後の腹の様子に驚き、スイーツを前に無言で涙を流すメジロマックイーンの姿に引くなど、様々な衝撃シーンを立て続けに目撃し、すでにテンションが突き抜けてしまった様子だ。
「ちょ、ちょっとあまりにもスターが多すぎて感情が追い付かないんで…どっかで一服させてください…」
杖をつきながら歩く後輩は休憩を要求していた。
「じゃ、一服するか」
食後の一服を求めていたのは男も同じだった。
二人は服飾部などがはいる校舎からは少し離れた職員棟の屋上へ向かった。
「…ふぅ~…落ち着くぅ~…」
男と後輩は屋上の喫煙所で紫煙を空に向けて放出していた。
「いやーテレビで見るスターたちも、普段は年頃の女の子と一緒なんスね。なんか安心しましたよ~」
ベンチで左膝を伸ばした姿勢で後輩が言う。
「なんかおっさんくせえコメントだな。なんだかんだ言ってあの娘たちは紛うことなき年頃の女の子で間違いねえよ」
男もベンチで空を見上げながら煙草を燃やす。
「まあもう我々もいいおっさんっスからね…しかしゴールドシップさん、テレビで見るよりすげぇ美人っスよね…先輩仲いいんですか?」
「仲いいっていうか…まぁ要所要所で助けられたりしてるな。アイツなんかすげえんだよ、頭いいし。足速いし。俺を拉致して病院に連れていくし」
男はサポーターに書かれたゴールドシップの書き込みを見ようと格闘しているがうまくいかない。
「病院行けって言われたのに行かなかったからでしょー。ま、先輩らしいっスけどね」
「うるせえな。忙しかったんだよ」
二人で軽口を叩き合っていると、屋上のドアががちゃりと開いた。
「やはりここにいたか」
姿を見せたのはエアグルーヴだ。
「よくここがわかったな」
男が手を挙げて応える。
「ゴールドシップから連絡があったからな…先生なら、カフェテリアで昼食を食べたらここで一服するだろうと思ったんだ」
エアグルーヴは男とやりとりをしながら、後輩に視線を走らせた。
後輩はエアグルーヴの姿をベンチから見上げ、固まっている。
「…エアグルーヴだ。先生にはなにかとお世話になっている」
後輩に向けていつもの怜悧な外向きの表情で簡潔な自己紹介をする。
男はそれを見て、元々のエアグルーヴに抱いていた、とっつきづらいという印象を思い出した。
今のように色々と関係が出来てから改めて外向きのエアグルーヴの態度を見ると、実はただの人見知りなのではないかと思われたが、それを口に出しはしない。
「お前、エアグルーヴに感謝しろよ。見学の根回しとか段取りを通してくれたのはこの子だ」
後輩はエアグルーヴの射抜くような視線に緊張している…かと思いきや、男の言葉を聞いて拝み始めた。
「かの高名な女帝にそのような労を取っていただくなど…恐悦至極に存じます!」
大の大人に拝まれているエアグルーヴは少し居心地が悪そうに、怜悧な表情を崩す。
そして後輩はエアグルーヴを拝みながら、ひとつのことに気が付いた。
「先輩…まさか俺が電話した時にそばにいた子って…」
「…ん?あぁ、エアグルーヴだ」
後輩が男とエアグルーヴを何度も何度も交互に見る。そしてその目つきはだんだんとなにかを疑うようなそれに変わっていく。
エアグルーヴはその視線の意味に気づき、頬をだんだんと赤くしていく。
男は煙草を吸っていて気が付いていない。
「おい貴様!その絡みつくような視線はなんだ!…先生、どうにかしてくれ!」
あ?と男が後輩を見ると、ニヤついた表情でこちらを見ている。
「…いい子にするって言ったよな?」
男は後輩を軽く威圧すると、後輩はテヘペロ顔である。
「…まったく…いい性格しているな、先生の後輩は」
男とエアグルーヴは苦笑いしてため息をついた。
しかし後輩は諦めていなかった。
表情を切り替え、エアグルーヴに訴える。
「女帝エアグルーヴ様!この先輩、すでに所有権ついてるみたいなんですけど、いいんですか?先輩!ちょっと立って!後ろ向いて!」
男は後輩にまくしたてられ、わけもわからず立たされて二人に背を向けさせられる。
「ほら!ここ!」
後輩はエアグルーヴにある一点を指し示した。
「…これは…!」
エアグルーヴは血相を変える。
後輩は悪い顔をしてエアグルーヴに囁いた。
「…エアグルーヴさんも主張しなくていいんですか…?」
耳元でささやかれゾクリとし、さらに顔を赤くするエアグルーヴは、照れが混じった表情で後輩を睨みつける。
後輩は悪い顔のまま、無言でサインペンを差し出す。
エアグルーヴは無言で、そのペンを取った。
「先生、ちょっと失礼する」
「え?なに?ちょ…」
エアグルーヴは男の右腕をつかみ、後ろに引いて動きを封じ、そのままゴールドシップが書いた文字の横に何事かを書き付けていく。
後輩はそのエアグルーヴの姿をニヤつきながら眺めていた。
「…これでいい」
「あ、こっちにもサインお願いします!」
後輩は抜かりなく、エアグルーヴにシャツの背にサインをするようねだった。
男はエアグルーヴから右腕を自由にされると、二人に向き直る。
エアグルーヴが後輩のシャツにサインをしているところだった。
「おい、何書いたんだよ…」
またも肘の裏側、ゴールドシップが何事かを書いた付近にエアグルーヴも書いたようで、男からはよく見ることができない。
エアグルーヴも男の声を聞こえぬふりをして無視を決め込んでいる。
後輩はただただこちらを向いて、意味ありげにニヤついていた。
「ありがとうございます女帝!家宝にします!」
後輩はエアグルーヴに一礼し、彼女も鷹揚に応じる。
「見学中、何か不自由があったら連絡するといい。出来得る限りの便宜は図ろう。その脚ではなにかと大変だろうからな」
「ありがたくあります!」
エアグルーヴは満更でもない表情を浮かべると踵を返す。向きを変える瞬間、男をちらりと流し見て、そのまま屋上から去っていった。
「お前、エアグルーヴに何吹き込んだんだよ…」
「いやべつになんでもないっスよ!サインお願いしただけっす」
はぁ、と男は息をつく。
しかしこうやって遊ばれるのも昔を思い出して悪い気分はしない。
「まぁいいけどさ…もう一本吸ったら練習用トラックでも見に行くか」
「いいっスね!走ってるとこ見れるんスか!最高っスね!」
男は後輩とやりとりをしながら、スマホで今日のトラック練習チームの予定を確認することにした。
男のサポーターにはゴールドシップの書きつけの横に、達筆な文字で
「女帝の右腕」
と書かれていた。
ちょっとワンパターンで恐縮です…
ぜんらさんのところでゴールドシップさんのおっちゃん拉致時の様子が詳報されております。こちらも是非。
https://syosetu.org/novel/270326/21.html