学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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今日も元気に毒電波受信!






61:後輩、来襲(3)

 

 

 

 鉄の会のグループチャットに、さらにメッセージが投稿された。

 

[ターゲットと職員棟屋上で接触。ゴールドシップに対抗してしまった。大人げないことをした]

 

 メッセージを見たシンボリルドルフとアグネスタキオンは、エアグルーヴがなにをしたのかが気になったが、ある意味いつもどおりエアグルーヴが掛ったのだと判断して、返信も入れずに放置した。

 

 二人はそれぞれ、自らの策を練り始めた。

 

 

 

 

 

 後輩は男の斜め後ろについて校舎を歩きながら、話を切り出すタイミングを図りかねていた。

 

 実は、今日見学に来たのはただ、トレセン学園を見学したいがためばかりではなかった。

 

 もちろん見学それ自体は大きな目的であり、楽しみにしていたことでもある。

 

 しかしそれとは別に、装蹄師の男に会って話をする必要が彼にはあった。

 

 それは、男とともに過ごした大学生活の最後の時期、その帰結に関することであった。

 

 自らの人生をも変えてしまった競技中の事故。

 

 後輩が伝え聞いているところによれば、すべては自分の責任だと言い、後輩の親だけではなく、大学関係や統括団体にも謝罪して回っていたという。

 内定が出ていた会社への就職も辞退し、その姿は見るに堪えないほど憔悴しきっていたらしい。

 

 もちろん、学校の部活で起こったことであり、学内での形式的なペナルティはあったものの、そもそもは学生がその責を負うようなことではなかった。そのようなリスクも含めての活動であるから当然のことであった。

 

 しかし男はそうは取らなかった。

 

 その後そう間を置かず、装蹄師の男は後輩の前のみならず、当時の部活関係者の前から姿を消したのだ。

 

 そして誰も、彼と連絡がつかなくなった。

 

 後輩がそれを知ったのは、男が姿を消してからかなり時間が過ぎてからであった。

 

 

 

 後輩は、あの事故についての当事者でありながら公の場で、状況を語ったことがほとんどない。

 

 話せる状態になったころには、すべて決着がついていて、責任の実態は装蹄師の男にあるという話が出来上がってしまっていたのだ。

 

 しかし、事故に関しては後輩自身しか知り得ぬ、別の側面があった。

 

 後輩はその後もそれを胸に秘めたまま、今に至っていた。

 

 もし、あの時のことを十字架として先輩が背負い続けているのであれば。

 

 偶然とはいえ記事の中に先輩を見つけ、後輩の中に眠っていた胸のつかえが目を覚ました。

 

 さらに偶然が重なり、男と連絡を取ることが叶った。

 

 この決着は、つけねばなるまい。

 

 後輩は、現役時代とさして変わらぬ雰囲気の先輩について歩きながら、そのことについて胸に秘めたままでいた。 

 

 

 

 

 学園の廊下に降り注ぐ秋の陽ざしは今日のやや冷えた空気の中では暖かく感じられる。

 

 後輩はその暖かさを感じ、今日という日の非日常、そのここまでを振り返る。

 

 ひとつ気が付いたのは、先輩はここでも変わらないな、という安心感だった。

 

 それはやや口幅ったい言い方をすれば、義侠心のある男ぶりである。

 

 昔から何を考えているかわからない、無表情で近寄りがたい雰囲気を醸し出す人物ではあったが、ひとたび懐に入ってしまえばこれほど面倒見の良い人物もそうそうお目にかかれるものではない。

 

 装蹄師の男は学生時代もそういう先輩であった。

 

 それはこの学園でも遺憾なく発揮されているようで、その証拠に先ほどのエアグルーヴ、その前のゴールドシップと、どこへ行っても誰かしらと会話があることからも伺える。

 

 それは一見普通なようで、そうではないと後輩は思う。

 

 見たところ、このトレセン学園は仕組み上、女子高のように男性が極端に少ない。

 

 そして仲がよさそうに見えるウマ娘たちではあるが、レースでは互いに鎬を削り合う仲でもある。

 

 ただ学園に通うのみならず、彼女たちは命をかけてレースで競いあっているのだ。

 

 ただの仲の良いだけの友人関係というわけではない。友情が成立しうるライバル関係でもあるのだ。

 

 そのような背景のあるこの学園で、年頃のウマ娘たちが自らの競技のために、装蹄師である男と関わりがあったら、どうなるだろうか。

 

 先輩はあくまでも、当然のこととして彼女たちを助ける。それが仕事だからだ。

 

 しかし、相手は年端もいかぬ娘たちである。

 仕事だという切り分けは大人ほどドライではないはずだ。

 

 おそらくゴールドシップにしてもエアグルーヴにしても、彼女たちの脚元に関して男が係わりをもっているのだろう。

 

 そして彼女たちにとって男との係わりはそれなりに大きなもので、確実に彼女たちに影響を与えるようなものだったのだ。

 

 だからこそ、あのような言葉を肘の裏面に書く。

 

 この想像が間違っていなければ、これから先も行く先々で予想を裏付けることが起きるはずだ。

 

 それがどのような性質のものなのか、見極めてみよう。

 

 後輩は気のいい笑顔の中に含みを持たせながら、これからの道中に楽しみをひとつ、追加した。

 

 

 

 

 

 

「さーて、じゃあ練習用トラックにでも行きますかね。お前、運がいいな。スピカもリギルも今日はトラックにいるみたいだぞ」

 

 男は後輩と廊下を歩いていく。

 

「ってことはあれっスか。例のサイレンススズカも見れるかもしれないってことっスか?」

 

「そうだな。まぁスズカの走ってる姿を見るのは珍しいことじゃないが…いつも走ってるからな。お前サイレンススズカのファンなの?」

 

 男は後輩に問いかける。

 

「特定の娘だけファンって感じじゃないんスよね…なんかこう、レース見てるだけで楽しいタイプなんで…確かにサイレンススズカは注目してみてますけど」

 

 ほう、と男は感心する。

 

「なんかわかる気がするな。目立つ娘に注目しがちだけど、勝ちきれなくて善戦続きの娘とかも熱いもんがある。まぁ本人たちにしたら勝ちきれないのはたまったもんじゃないが…」

 

「さっすが先輩。わかってますね。俺らの昔見てるみたいで、逆にそういう娘のほうが応援したくなっちゃったりするもんじゃないスか」

 

「あるなぁ、そういうの。苦しんでるからこそ輝くみたいなのは確かにな…まぁ俺は特定の娘に肩入れはできない立場なんだけどね…」

 

 男の最近の会話相手と言えば学園内のウマ娘やトレーナーたちだったがゆえに、無意識のうちに利害関係を踏まえた話し方になってしまう。

 

 その点、後輩との会話はファン目線、純粋に趣味としてレースの会話だ。

 

 男はそこに新鮮味を感じる。

 

「最近だと、印象に残る娘とかはいるか?」

 

 男は後輩に問いかける。

 

 もし自分とつながりがある娘ならば見学できる可能性を高めてやることくらいは何とかなるかもな、とは考えている。

 

「そうですねぇ…アグネスタキオンですかね。あれ、かなりの逸材なんじゃないかと。なんかヤバい目をしてる気がするんスけど、それがちょっと普通とは違う雰囲気があるというか…」

 

「あいつかぁ…まぁ、言うとおりちょっと変わってるな…」

 

 後輩のペースに合わせすこしゆっくり歩み、話しながら廊下を進んでいくと、ふと後ろから声がした。

 

「おや、私の噂話かい?」

 

 二人が歩いてきた廊下、その死角からぬるりと白衣のウマ娘が現れた。

 アグネスタキオンだった。

 

「…ちょうど噂をしてたところだ」

 

 男は苦笑いで応じ、後輩は突如現れた自身の注目株に目を白黒させながらも、やはりこれは予想の通りなのか、と頭の一部分が冷静に状況を捉える。

 

「やぁやぁ…腕の様子はどうかな?そちらのお方は?」

 

 相変わらずの照りの無い昏い瞳で、後輩を観察している。

 

「腕の方はなんとも。こっちは俺の大学時代の後輩。今日は学園を見学したいとやってきた」

 

 まじまじと後輩を観察するアグネスタキオンは、後輩の左膝を無遠慮に観察する。

 その様子に男はまぁ、タキオンなら興味があるだろうな、と納得する。

 

「そうかい。君の友人なのだね。君に友人がいたなんて、驚きに満ちた発見だよ。よかったら、少し私の研究室で話さないかい?なぁに、お茶くらい出させてもらうよ」

 

 男は後輩にどうする?と聞くと、コクコクと頷いている。

 

「じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」

 

 妖しく微笑んだアグネスタキオンは、二人を先導するように歩いて自らの研究室へといざなった。

 

 

 

 

 研究室に入ると、得体のしれぬケミカルな香りがほのかに香り、奥のほうではなにやら妖しく光る液体が並べられている。

 

 男は何度か来ているので今更驚きもしないが、後輩は外の学園の雰囲気との落差に怖気すら覚える。

 

「タキオンはまぁ、ご覧の通りいろいろ研究しててな。あの白衣も伊達じゃない」

 

 男が極めて雑に後輩にタキオンを紹介する。

 

「装蹄師の先生とは、まぁ研究仲間といったところでねぇ。いろいろご助力願ってるんだよ」

 

 そういうとタキオンは適当な椅子を勧め、自らは研究室の奥へと消える。

 

 しばらくするとタキオンは三人分の紅茶を手に、戻ってきた。

 

「今日はいい茶葉が手に入ってねぇ。君たちは運がいいよ」

 

 後輩は紅茶から香りたつ匂いをふっと感じる。

 

「キーマンっスね…これ、グレード高いやつ…貢茶…くらいっスかね?」

 

 紅茶を香りながら後輩が呟く。

 

 タキオンは驚いた表情をしている。

 

「君の後輩は何者なんだい…?」

 

 男はさっぱりわからん、という風でタキオンに応じる。

 

「さぁ…実家は金持ちでボンボンらしいが」

 

 後輩は紅茶を一口含むと答えた。

 

「実家ね…商社なんスよ。大きいわけじゃないですけど、小回りが利くタイプの。紅茶も扱ってますんで、一応たしなみ程度にはわかりますよ。俺、煙草吸うんでまぁ、だいたいってとこスけど」

 

 タキオンがほぅ、とさらに興味深そうに後輩を覗き込む。

 

「正解…と言いたいところだが、今淹れたのはもうひとつグレードが上さ」

 

 後輩が思わず茶を吹き出す。

 

「…おい、大丈夫か。そんな大層なもんなのかコレ」

 

 後輩は零さぬようにティーカップを置くと、後ろを向いて一通りむせたあとにタキオンに訴える。

 

「…一番上のグレードじゃないスか!キーマン紅茶の特貢っていったらもう、政府要人の贈り物とかそういうレベルっス!こんな理科室みたいなところで出てくるようなもんじゃないっス!」

 

 タキオンは動じることなく紅茶を啜る。

 

「まぁ…これでも研究で海外とのやり取りも多くてねぇ。これもそちら方面からの頂き物だよ」

 

 後輩はティーカップに残る紅茶を見つめ、なにやら呟いていた。

 

 男はいまいちその凄さがわからず、ただ紅茶を楽しんだ。

 

 

 

 

 

「…で、君のその膝はどうしてそうなったんだい?」

 

 後輩はレース中の事故で、とだけ告げる。

 男はタキオンと視線を合わせ、それ以上は聞くなとアイコンタクトを送る。

 

「…その様子じゃ事故直後は車椅子で、リハビリをかなり頑張ったんだねぇ。ちょっと見せてもらっても?」

 

 後輩はかまわないっス、と軽い調子だ。

 

「…なるほどねぇ。すこしあっちにある検査機器で見せてもらえるかい?」

 

 そういうとタキオンは立ち上がり、後輩はそれに続いた。

 

 男はひとり、取り残された。

 ヒマにあかせて男も立ち上がり、色とりどりに発光しているビーカーや試験管を観察して時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 後輩は研究室の奥にある筒状の検査機器に左足をつっこみ、タキオンはなにやら機器を操作しながら呟いた。

 

「ふぅむ…君の膝の回復過程には興味があるねぇ…どうだい?その身を私の研究に捧げる気はないかい?」

 

 アグネスタキオンは昏い瞳で後輩をねっとりと眺める。

 

「いや、さすがにあの怪しげな薬は…どこかの記事で見たことあるっスよ、タキオンさんのトレーナーが怪しげに光ってるの。時々テレビにも映りこんでるっス」

 

 タキオンは妖しい笑みを浮かべてくつくつと笑った。

 

「気分的に光りたくなったらお願いするっス」

 

 タキオンは残念だねぇ、と笑みを消すことなく言った。

 

「それよりタキオンさん、先輩のこと、どう思ってるんスか?」

 

 男とは距離が離れていて聞かれる心配がなさそうなことを確認した後輩は、アグネスタキオンに仕掛けた。

 

「どうって言われてもねぇ。研究の仲間でもあり、同志だよ」

 

 アグネスタキオンは相変わらずニヤついた微笑のまま、答える。

 

「…それは、先輩の肘の書き込みを見ても変わりません?」

 

 後輩は後ろ姿の装蹄師の男に視線を送りながらタキオンに言った。

 

[ ゴルシちゃんの! ]

[ 女帝の右腕 ]

 

 タキオンはふぅん、と思案顔になる。

 確かにエアグルーヴくんは大人げないねぇ、と呟く。

 

「タキオンさん、ついでという訳じゃないんですが、シャツにサインをお願いしたく」

 

 後輩はおずおずとサインペンを出す。

 

「…なるほどねぇ。君もなかなか用意がいい。ますますモルモットになって欲しいねぇ」

 

 タキオンは後輩からペンを取ると、後輩のシャツにすでに書かれたゴールドシップ、エアグルーヴのサインの隣にさらさらとサインを記す。  

 

 そうしてそのまま装蹄師の男に歩み寄ると、手を出す様に言った。

 

「私はこそこそするのはあまり趣味じゃないからねぇ。正々堂々と書かせてもらうよ」

 

 きょとんとした男をよそに、タキオンは男の腕を覆うサポーターの男からよく見える内側にしっかりはっきりした文字で書き付けた。

 

 

 

「投薬済み」

 

 

 

 男は今日、三人目のウマ娘からの記入を受けたが、初めて読み取れたことが少し嬉しく感じられた。

 

 それと同時に、先ほどの紅茶に何か入れられていたのか?と懸念する。

 

 表情で察したタキオンが機制を制した。

 

「さすがに先ほどの紅茶には何も入ってないよ。なに、これはマーキングのようなものさ」

 

 そう言われた男は安堵し、書かれた内容はどうでも良くなっていた。 

 

 

 

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