学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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62:賞品は装蹄師の男

 

 

 

 男と後輩はアグネスタキオンの研究室を辞去し、改めて練習用トラックへ向けて歩いている。

 

 もちろん二人はその前に学園敷地端の喫煙所へ向かう。

 

 二人は煙草に火をつけるとひと心地ついた。

 

 後輩の目にはいよいよ書き込みが激しくなってきた装蹄師の男の肘サポーターが視界に入っている。

 

 ここまで3人。

 書き込まれるメッセージは三者三様だったが、ゴールドシップに端を発した男への彼女たちの拘り具合は、やはり後輩の見立てに間違いない様子だった。

 

「…先輩ってホント好かれてますよねぇ…ウマ娘たちに…前世でどんな徳積んだらそんなになるんですかね…」

 

 杖に寄りかかるようにしながら後輩に呟く。

 それを聞いた男は怪訝な顔をする。

 

「なんだよ急に…」

 

「だってもうアレじゃないですか。ゴールドシップさんといいエアグルーヴさんといい、あの妖しい雰囲気のアグネスタキオンさんも、めっちゃ先輩好きじゃないですかアレは」

 

 後輩は男を問い詰めるように畳みかけていく。

 

「そりゃーまぁ仕事上、いろいろ関わりがあるから嫌われはしないだろうけど…でもそれはライクのほうだろ」

 

 男は煙をゆっくりと吹き上げる。

 

「悪い男ですねぇ先輩は。あのくらいの娘たちにそんなことの区分けがしっかりつく訳ないじゃないですか。ラブもかなりの分量混じってるに決まってるッスよ。ちゃんとしてあげないとかわいそうですよ」

 

 後輩は苦笑いしながら応じた。

 

「…ないんだよ」

 

 細く呟く男の言葉を後輩は聞き取ることができずに、聞き返した。

 

「…わからないんだよ。どうしたらいいのか」

 

 男は煙草を吸いながら虚空を見つめて、ぽつりと話す。

 

「…腕も壊れて、この先仕事がどうなるかもわからない。気が付けばもう、若くはない歳だ。それに生活力にも疑問符を付けざるを得ない煙草で生きてるようなダメ人間の俺が、だよ?」

 

 煙草を胸いっぱいに吸い込み、ニコチンを吸収しながら話を続ける。

 

「あのキラキラした娘たちからまかり間違って好意を寄せられたとして、何を返してやれる?返してやれるようなものなんか、何もないよ」

 

 そこまで言い切って煙を盛大に吐きだした。

 

 後輩はその姿を見て思わず苦笑してしまう。

 自己評価と他者評価は全くの別物であるというのに。

 後輩はそう言ってやりたかったがかろうじて飲み込む。

 

「…そういうことじゃないと思うんですけどねぇ…先輩、ホントこじらせすぎでしょう…なんかこう、うまく言えませんけど」

 

 これだから童貞は…と後輩は心の中で呟く。まぁ本当に童貞かは知らないのだが。

 

 その時、いたたまれない雰囲気の二人の無言を埋めるように、装蹄師の男の携帯が鳴った。

 

 取り出して画面を見ると、発信元は東条ハナだ。通話をつなげる。

 

「…もしもし?」

 

「あんた今、どこにいるのよ?」

 

 初っ端から東条ハナは突っかかってくる。

 

 電話口から漏れ聞こえる声が女性であることに後輩が気づき、やれやれといった表情を浮かべた。

 

「敷地の端の喫煙所だけど」

 

 おハナさんは電話口で小さくため息をついた。

 

「あんたねぇ…今日、見学者が来てるのは聞いてるけど、なにやったの?」

 

「なにって…見学者の後輩とカフェテリアで飯食って煙草吸ってタキオンとこでお茶ごちそうになって煙草吸ってるだけだけど」

 

 男は答えながら二本目の煙草に火をつける。

 

「ゴールドシップとエアグルーヴと、何かあった?」

 

「二人とも会った。肘のサポーターに何か書かれた」

 

 おハナさんは再び、今度は盛大にため息をついた。

 

「たぶんそれが原因ね…今、ゴールドシップとエアグルーヴがバチバチやってて、大変なのよ。もしかしたら、と思って電話したんだけど。彼女たち、今からレースで決着をつけるみたいよ」

 

 男は電話口ではぁ?と間の抜けた声を出す。

 

「なんだってそんなオオゴトになってるんだ?ってかおハナさんも沖野もそんな勝手させちゃうの?」

 

「まぁ、たまの息抜きにはいいんじゃない…あんたが手をかけた蹄鉄履いてる娘と、その娘たちと走りたいコたちが走ることになりそうよ。あんたが原因なんだったら、早く来なさい」

 

 そういって通話が切れる。

 

 男は事情を後輩に説明した。

 

「ほら、いわんこっちゃない…まぁ俺としてはすげぇ豪華な模擬レース観られそうでワクワクしちゃいますけどね!」

 

 能天気な後輩の笑顔を見ながら、男は自らの胃の痛みを自覚し、無意識に左手で腹を撫でた。

 

 

 

 

 男と後輩はおハナさんに指定された練習用トラックへ向かうと、そこはすでにどこから聞きつけたのか、制服姿のウマ娘たちがスターたちの模擬レースを見ようと集まり始めていた。

 

 コース上には普段は片付けられている練習用のスターティングゲートまで引っ張りだされつつある。

 

「…やっときたわね…」

 

 腕にサポーターを巻いた男と杖をついた男の二人組は観衆の中でも存外目立つらしく、厄介事を抱えた表情の東条ハナと沖野にすぐに捕まった。

 

「いったい何がどうしたんだよ」

 

 男は二人に問うた。

 

「ったく…リギルのお嬢様がたはもうちっと冷静かと思ったんだがな…どうもこうも、お前の右腕だよ、原因は。ちょっと見せてみろ」

 

 後輩は沖野の言葉に呼応し、装蹄師の男をくるっと後ろ向きにさせた。

 

 東条ハナと沖野はまたも盛大にため息をついた。

 

「ねぇ、なんて書いてあるの?」

 

 男は未だ書いてある内容を知らず、すっとぼけた声で二人に問う。

 

「…まったく…説明するのもバカバカしいが…」

 

 沖野は事の次第を説明しだした。

 どうやらゴールドシップが最初に書いた書き込みがおおもとの原因らしい。

 

 

 

 

「ゴールドシップ!あの落書きはなんだ!」

 

「あんだよー!そっちだって書いたの知ってるんだぞ!」

 

「…それは貴様が書いたのを見たからだな…!」

 

「へへーん。あの右腕はゴルシちゃんの蹄鉄のためにあるんだZE☆」

 

「それを言うなら私の蹄鉄だって…!」

 

 

 

 

 この練習トラックで顔を合わせたゴールドシップとエアグルーヴが、このような罵り合いで次第にエキサイトしてしまったらしい。

 

「で、アレだよ…」

 

 沖野は視線を遠くに投げた。

 男と後輩はその視線を追った先にいたのは、コースの設営を指揮しているシンボリルドルフだった。

 

 沖野のあとを東条ハナが継いだ。

 

「ルドルフが揉めてる二人に割って入ったのよ。ならばトレセン学園の生徒らしく走りで決着をつけたらどうだ、って」

 

 確かに酷いことになっているな、と男はどこか他人事のように呟く。

 

「…あんたのせいよ」

「…お前のせいだろ」

「…先輩のせいッス」

 

 三人が口を揃えて突っ込んだ。

 

 男はその言葉を茫然と聞き流し、ウォーミングアップをしているウマ娘たちを眺めた。

 

「…どうせなら、おハナさんも走る?」

 

 沖野がいらぬ一言を東条ハナの耳元で囁く。

 次の瞬間。真っ赤になった東条ハナが見事な回し蹴りで沖野の膝裏を撃ち抜いた。

 

 

 

 

「しかし、誰が走るんだ?」

 

 男は大地と一体化した沖野を捨て置き、おハナさんに問う。

 

「スピカからはゴールドシップ、サイレンススズカ、スペシャルウィーク。うちからはエアグルーヴ、マルゼンスキー、シンボリルドルフ」

 

「…本気で走らせるの?」

 

 男は彼女たちの脚を気にしていた。

 

「…このメンバーで手加減なんてできると思う?」

 

「まぁ、無理だな…」

 

 もはや当初の目的やこのレースが白黒つける手段であることなどどうでも良いのだった。

 ことここに至って、走るとなれば勝ちにいくのが彼女たちだ。それが彼女たちの剥き出しの本能に他ならない。

 

 競う以上は勝ちに行く。

 

 そういう意味では彼女たちのロジックは明快だった。

 

 

 

 

「やぁ、兄さん」

 

 ウォーミングアップを済ませたシンボリルドルフがやってくる。

 

「…ルドルフ…」

 

 男は一応は笑みらしきものを浮かべながら、なんとも複雑な表情で応える。

 

 シンボリルドルフはその表情から、男の内心を誤解なく読み取った。

 

「まぁ、兄さんが気に病む必要はないよ。あくまで私たちの私闘というところだ」

 

 シンボリルドルフはそう言ってくれるが、これまでの経緯とトレーナー二人、そして後輩による自覚を促す流れにより、さすがに原因は間違いなく自分である、と鈍い男自身も認めざるを得ない。

 

「まぁ仮にそうだとしてもだ。お前たちの磨き抜かれた、商売道具でもある脚で勝負を付けようという話で、俺が原因ならば知らん顔しているわけにもいかん」

 

 男はもっともらしいことを口にするが、かといってこの場を収める解決策も思いついてはいない。ルドルフの顔を見ながら男の頭はフル回転していた。

 

「…そういってくれるなら、兄さんにレースの賞品でも提供してもらいたいな」

 

 ルドルフは少しいたずらっ子のような表情をしながら言った。

 

 ルドルフが男になにかを求めることはあまりない。そうであるがゆえに、男は反射的にその要望に応えるつもりで反応する。

 

「…例えばなんだ?」

 

「…ひとつは、1位のウマ娘に兄さんを1日自由にできる権利。ふたつめは…そうだな、今日の夜にスピカとリギルの和解の食事会の費用を出す、ってところでどうかな?」

 

 シンボリルドルフは笑ってそう言った。 

 

 しかし東条ハナ、沖野、後輩の三人は固唾を呑んでそのやりとりを見守りながら、瞳の奥にある獰猛な光にぞくり、と皇帝の威圧を感じた。

 

 男はそのシンボリルドルフの視線を正面から受け止め、それが刺激となったのか先ほどまで昼行燈を決め込んでいた男の頭脳がかちり、と音を立てるように閃きをもたらした。

 

「いいだろう。その条件、呑むよ。そのかわり、勝ち負けの決め方はこっちで定めさせてもらう」

 

 男は先ほどまでのぼんやりとした様子からは打って変わり、細められた鋭い目でルドルフを見返した。

 

「ルナ、出走者を集めてくれ。おハナさん、沖野、ちょっと」

 

 口調まで鋭さを感じさせるトーンで、男は東条ハナと沖野を呼び寄せた。

 

 

 

 ルドルフが出走者を集める間、男は東条ハナと沖野と円を描くように向かい合った。

 

「レース距離は2,000でいいんだよな?それぞれのチームの出走者のベストタイムを教えて欲しい」

 

 男は二人に言う。

 

 それぞれ違うチームであるため、情報の秘匿のために手元のメモに数字を書き込み、男に渡した。

 

 男はそれを見比べて、二人に相談した。

 

「こういうことで、どうだろう」

 

 二人のトレーナーはそれならば、と胸を撫でおろした。

 

 

 

 

「兄さん、メンバーを集めたぞ」

 

 一見乱雑な並びに見えるが、どうやらウマ番順に並んでいるらしい。

 

1番:エアグルーヴ

2番:サイレンススズカ

3番:スペシャルウィーク

4番:マルゼンスキー

5番:ゴールドシップ

6番:シンボリルドルフ

 

 整列した彼女たちの後ろには、スピカとリギル、それぞれのチームメンバーが集っている。

 

 男は彼女たちの正面に立ち、仁王立ちだ。

 

 後輩はその少し後ろで、並んだウマ娘たちのメンバーの豪華さ、壮観さに恐懼感激していた。

 

 並んだ彼女たちは、ウォーミングアップも終えて今にも獲物を捕獲しに飛び掛かるような獰猛な瞳で、男を見据えていた。

 

 男は彼女たちの放つ威圧感に圧倒されそうになるが、踏みとどまり、両足をしっかりと据えた。

 

 男がおもむろに口を開く。

 

「お前らなぁ…」

 

 男は一息置き、腹に力を込める。 

 

「私闘で商売道具の脚を無駄遣いするんじゃねぇ!」

 

 男は彼女たちを一喝した。

 

 彼女たちはその大声に一様に耳と尻尾をビクっと立たせ、数瞬おいて言われた意味を理解し、耳がしなだれる。

 

 男はふっと体の力を抜くと、表情も崩れたものになった。

 

「とはいえ、こうなったのは俺にも責任がある。ルドルフから聞いているだろうが1位には俺の一日占有権、今夜の会食は俺の奢り、これはその通りでいい」

 

 そこで一旦話を区切る。

 

「2,000m、2分30秒だ」

 

 男はゆっくりと告げた。

 彼女たちは言われた言葉の意味がわからず、一様に怪訝な表情を浮かべている。

 

「2分30秒。速くても遅くてもダメだ。最も2分30秒に近い者が1位、それ以下の順位もタイムが近い順とする。このルールでやってくれ」

 

 

 

 

 男の頭脳は、彼女たちに怪我をさせるようなことを出来るだけ避けつつ、かつ競うことによってフラストレーションを発散させること、これを両立させる最適解を探っていた。

 

 メンバーがメンバーである。

 

 実績は間違いなく、それこそシンボリルドルフを筆頭に彼女たちの重賞勝ち星を積み上げればとんでもない数になってしまうスター揃いであり、またこれからもその数が増えていくであろうメンバーだ。

 

 自分の身と財布が差し出されることはもはやどうでも良く、彼女たちが競え、そして最後に笑い話になればそれがベストだと考えた。

 

 その結果ひねり出したのが、彼女たちのこの練習トラックでの2,000mのベストタイム、その8割程度の力で走り切るタイムレースとすることでそこそこにやった感を出せ、かつある程度運任せにしてシャレで済んでしまうこの方式だった。

 

 トレーナー二人も彼女たちが全力以上の力を出してしまうこと、それによるリスクを懸念していたがこの案によりいくらかの安堵を得ることができた。

 

   

 出走する娘たちも、その後ろに控える両チームの娘たちも前代未聞のレース形式に困惑し、ざわついていた。

 

 男は黙ってその様子を眺めている。

 

 しかし、今日の賞品かつ今夜の食事のスポンサー自らがそれでやれというのだ。

 

 最終的には否も応もないのであった。

 

「発走は15分後だ。行ってこい!」

 

 男は堂々と言い切り、困惑した表情を浮かべる彼女たちをスターティングゲートへ送り出した。

 

 

 





欲求に耐えきれずキャラガチャして爆死したんですよ。
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