学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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65:後輩の決着

 

 

 

 

 食事会は終了した。

 

 最終的にはスピカの大部分が膨らんだ腹を揺すりながら歩くハメに陥り、その食のペースにリギルも引きずられてだいぶ食べ過ぎてしまったようであった。

 

 座敷の奥では沖野は気を失ったまま睡眠に移行したようで、安らかな寝息を立てているのをスピカメンバーがどこからともなく取り出した麻袋に収納し、沖野の部屋まで運ぶ手立てとなった。

 

 そしてもう二人、おハナさんと後輩もリギルメンバーの加減を知らぬお酌の連荘の果てに酔いつぶれていた。

 

 こちらも膂力に不足のないリギルメンバー、具体的には寮への言い訳が効きやすいシンボリルドルフとエアグルーヴに担がれ、男の部屋へ搬送される手筈となった。

 

 腕を負傷していた男はこうなると無力であった。

 

「なんかすまんな…大人二人も担がせて…」

 

 ルドルフはおハナさんを、エアグルーヴは後輩を軽々と背負いながら歩いてく。

 

「我々も認識不足だった。普通の飲み物のようにどんどん飲ませてしまったからな…。こういう場での所作というのも、これから覚えていかねばいけないな」

 

 生真面目なルドルフらしい答えが返ってくる。

 

「未成年に酌させてんのがそもそもアレなのよ…そういうの覚えるのはもう少し先でいいよ」

 

 情けない大人の玉砕姿を学生に晒しているのが申し訳なくなりながら、男は部屋への道を歩んだ。

 

 部屋につくと二人をリビングに適当に転がして水を飲ませてくれた。

 

「何から何まで申し訳ないな。お前らも一休みしていってくれ」

 

 男は二人にニンジンジュースを手渡し、自らは転がされたマグロ二体をよけて窓際で煙草に火をつけた。

 

「しかし今日はなかなか楽しかったな。あのようなルールは新鮮だったし、新たな発見もあった。勝負に負けたのは悔しいが、いい経験ができたよ」

 

 ルドルフが殊勝に今日の感想を述べる。

 

「私も久しぶりに会長にお手合わせ願えて、良い経験ができました」

 

 エアグルーヴはルドルフを真っ直ぐに見つめて言った。

 

「エアグルーヴは前ばかり見てたじゃないか」

 

 笑いながらルドルフは応じる。

 

「ええ…そのおかげですっかりペースを乱してしまいました。自分に足りないものがなんなのか、ヒントになった気がしています」

 

 エアグルーヴは真摯な表情で続ける。

 

「その点、結果的にタイムにズレが出てしまったとはいえ、基本的にはペースを守り続けた会長の精神力には感服しました」

 

 男は二人のやりとりをなんとはなく眺めている。二人のやりとりが微笑ましいとさえ思えていた。自分の思い付きのレース形態だったが、無駄な時間とはならなかったのはなによりだ。

 

 まるでここが生徒会室になったかのようなやりとりが続くかと思いきや、思わぬ伏兵が口を挟んだ。

 

「…そう…ペースを守るの…大事なんスよ…」

 

 突然、後輩が回らぬ舌で会話に参入する。 

 寝転がっていたはずが、いつのまにか半身を起こして正座した。

 

「あの時も…あの時もそうだったんです…俺が…指示を破ってペースを上げたばっかりに…」

 

 そこまで言うと、後輩は正座したままボロボロ涙を流し始めた。

 

「俺がクラッシュしたレース…先行してるクルマを追いかけて熱くなって…先輩からの事前の指示よりもペース上げて先行車を追いかけにいっちまったんス…」

 

 男は初めて聞く話だった。

 

 ルドルフもエアグルーヴも、経緯を知っているために後輩の独白に聞き入っている。

 

「クラッシュする前の周、先行車と詰めようとしてイン攻めすぎて軽く縁石ひっかけてて…それでハンドリング怪しくなってたんスよ…

 

 それに気づいて、足回りやったかもしれないって思ってたのに…わかってたのに…ピットにも入れたのに…まだ大丈夫だって勝手に判断して走り続けて…

 

 結果、あのクラッシュだったんスよ…」

 

 突然、後輩は男に向き直り、不自由な脚を無理に曲げながら土下座した。

 

「…先輩は!何も悪くないんス!

 あれはドライバーだった俺の判断ミスの結果のクラッシュなんです!

 

 ずっと黙ってて…先輩に全部背負わせてしまって…本当にすいませんでした!」

 

 男は煙草を吸うのも忘れて、しばらく茫然と後輩を見下ろしていた。

 

 吸わずに燃えて灰になった煙草が、ぽとりと落ちて気を取り戻す。

 

 後輩は頭を床につけたままだ。

 

「…おい、頭上げろ」

 

 後輩は顔をゆっくり起こす。

 

 その顔は爽やかイケメンも形無しの、まるで幼子のような泣き顔だった。

 

「…お前、つらかったな…」

 

 男は後輩の表情を見つめながら、話す。

 

「…別にそんなこと、もともと気にしちゃいねえんだよ」

 

 後輩はうっすらと目を開く。

 

「お前のドライビングがそうだったとしても、俺がそういうクルマを作った事実は変わらねぇし、お前が怪我したことも変わらねえ。

 

 俺に謝る必要も、罪の意識を抱く必要もない。お前は既にその代償をその脚で払っただろ。責めを負うべきはなんの償いもできなかった俺だよ」

 

 後輩は目を見開いて訴える。

 

「でも!先輩はちゃんとスタート前に俺に指示してくれたじゃないですか!速いけど弱いクルマだから荒い乗り方はするなって!

 

 俺、その指示を守れなかったんス…俺のせいなんです!」

 

 男は後輩の話を聞いて薄く笑った。

 

「そんなもん、仕方ねぇだろ。やってたのは競走、レースなんだ。勝ちたかったんだろ、勝ちたかったよな、俺たち。

 

 そりゃあ無茶もするさ。

 

 それに耐えられるような、本当に勝つに相応しいクルマを作れなかった俺の負けなんだよ。

 

 悪かったな。そんなもん背負わせちまって…。今まで誰にも言えずに、背負ってきたんだろう?つらかったよな…」

 

 後輩は男の言葉を聞いて、身を再び伏せた。

 そして、大の大人がどうかと思われるほどに慟哭した。

 

「うわぁぁぁぁせんぱいいいぃぃ…ほんとにすいませんでじだああああああ…」

 

 男はわかったわかった…と号泣している後輩の背をさすってやった。

 

 そのうち、後輩はその姿勢のまま泣きつかれたのか酔いが抜けきっていなかったのか、そのまま寝息を立て始めた。

 

「…泣き上戸かよ…まったく…」

 

 男は後輩が落ち着いたのを見て取ると、視線をルドルフとエアグルーヴに戻しながら告げる。

 

「すまんな…いい年したおっさん同士がこんなみっともない真似…」

 

 見ると、エアグルーヴはダイニングテーブルに突っ伏してすすり泣いており、シンボリルドルフは優し気な表情を浮かべたまま瞳に涙を溜めて、鼻を赤くし、唇をヒクつかせている。

 

 ふと後輩と反対側を見れば、おハナさんもいつの間にか目を覚まして聞いていたらしく、ハンカチで顔を覆って泣き顔を隠しているようだった。

 

 男は無言で立ち上がると、窓際に戻り、再び煙草に火をつけた。

 

「…なんなんだよ、今日は一体…」

 

 口を突いて出た言葉は、自らの照れを隠すような言葉だった。

 

 それでも満更ではない気分で、深く煙草を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

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