学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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 投稿間隔あきまして申し訳ございません。
 どうにも込み入った話が続いている気がして、書いては消し書いては消ししておりました。
 ここのところ無邪気に楽しめる話でもなかった気がしたので、ちょっと横道に外れてみることにしました。
 外れてみたらそれはそれで、趣味全開で長くなる感じになってしまったので一旦できたとこまで上げてみます。
 気分転換ということでお許しいただけますと幸いです。



閑話:マルゼンスキーの権利行使1

 

 

 

 マルゼンスキーは悩んでいた。

 

 装蹄師の男の発案によるタイムレースに勝利し、思わぬところで手にした男の一日独占権。

 

 しかし彼女の知る限り、それを手にしたいと願っていたウマ娘たちはそれなりに数が多い。

 

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、サイレンススズカ…スペシャルウィークはまぁいいとしても、ゴールドシップは奇策を仕掛けてはきたが、あれは本気で勝ちに来ていたと思う。

 

 マルゼンスキーはシンボリルドルフからは直接、彼への想いを聞いていたし、エアグルーヴのことも間接的にではあるが知っている。

 

 サイレンススズカは元チームメイトとして気にかけていて、今や男の手によるワンオフの蹄鉄を履いて走るに至っていることからしても特別な関係であろうし、ゴールドシップとは直接の絡みはないが頻繁に工房へ出入りしているのは知っているので、彼女もまぁ、男へ思い入れがあるのは確かだろう。

 

 対してマルゼンスキー自身はどうかといえば、装蹄師の男とはそれなりに付き合いも長いが、彼女たちが抱く装蹄師の男への想いとはベクトルが違う。

 

 いうなれば、趣味の道の師匠といった趣きなのだ。

 

 その趣味の師匠を独占して趣味に付き合わせることはマルゼンスキー自身も楽しく、彼にも楽しんでもらえるだろうが、それは別に二人きりである必要はないように思えた。

 

 ここまで考えたところで、マルゼンスキーはひとつ、閃いた。

 

「…たまにはみんなで息抜きするのも悪くないんじゃない?」

 

 そう独り言ちたマルゼンスキーは、スマホを取り出してなにやら検索を始めた。

 

 

 

 

「で、俺は何処へ拉致されようというんスか?こんなレアなデカブツまで引っ張り出して…」

 

 助手席に座る後輩は眠そうな表情を隠さない。

 

「仕方ねえだろ。こないだのレースの勝者サマ、マルゼンスキーの権利行使だ。お前もおまけで呼び出されてんだよ」

 

 装蹄師の男の肘には、この間のタイムレースの引き金となったサポーターはすでになく、自由に動かせるようになっていた。

 

 マルゼンスキーに怪我の回復具合を確認された上で勝者の権利行使を告げられた男は、彼女から指示された通りに行動していた。

 

 まずは世にも珍しい、車両を3台積めるキャリアカーを伝手を辿って借り出した。旧普通免許で運転できる最大サイズの積載車である。

 

 そして夜とも朝ともつかない午前3時、学園で自分のクルマを積み、マルゼンスキーの愛車であるタッちゃんを積み、そしてあらかじめ休みを取らせておいた後輩の自宅を急襲し、後輩の愛車も積み、ついでに後輩も助手席に積んだ。

 

 まだ夜の明けきらぬ東名高速を西へ向かって走らせる装蹄師の男は、めんどくさそうにしながらも後輩の目には上機嫌に見えた。

 

「俺ぁ関係ないと思うんスけどね…まぁこの間はいいモノ見させてもらったし、あのマルゼンスキーさんのご指名とあっちゃあ、是非もないスね」

 

 後輩はあらゆる意味でバブリーなマルゼンスキーの姿を思い出しながらニヤついている。

 

「しかしお前、イイクルマ乗ってんじゃねえか」

 

 3台積んだ車両のうち、ぶっちぎりでお高いのはマルゼンスキーのタッちゃんであったが、後輩のクルマはそれに及ばないとはいえ、一昔前の国産最速クラスである。

 

「なんたって俺、ボンボンっスからねぇ。それにほらこのクルマ、セミATじゃないすか。クラッチは機械任せなんで俺でも乗れるんスよ。いやー最近のクルマはよくできてますわ」

 

 後輩は懸命のリハビリにより歩けるようになったとはいえ、クラッチが満足に踏めるわけではなかった。  

 

「まぁなぁ。もう今となっちゃあ出来のいいATならMTより速いまであるからな…」

 

 装蹄師の男と後輩はそんな話をしながら、東名高速を御殿場で降りる。

 

「あぁ…懐かしいッスねぇ。よく大会で来た道順っス。ということは目的地はあそこっスか」

 

「そうそう。我々が通いなれたあそこだ」

 

 男は朝日に照らされる富士山を望みながら、幅広で重心の高いトラックを慎重に操り市街地を抜け、登り勾配の道をゆっくり上っていく。

 

 人家が途切れがちになり、別荘地のような雰囲気の道を15分も走れば、男と後輩が見慣れたメインゲートに到着する。

 

 目的地は霊峰富士の麓に広がる、世界でも珍しい1.5キロものストレートを持つ、国際レーシングコースであった。

 

 

 

 ゲートを予めマルゼンスキーから渡されていたパスで通過し、広大な敷地内を走って指定されていた朝7時ぴったりに、本コースの外側にあるショートコースのパドックに入る。

 

 そこでは呼び出した当人たるマルゼンスキーを中心に東条ハナ率いるチームリギルの面々、そして沖野率いるスピカの面々が待ち受けていた。

 

「やっほーお師匠さん!しっかりクルマ持ってきてくれたわね!」

 

 朝からマブしい笑顔で迎えてくれるマルゼンスキー。

 

 その姿はいつもの見慣れた制服でも、ましてや勝負服でもなく、レーシングスーツであった。

 

「さぁ、今日は息抜き、楽しみましょ!」

 

 

 

 マルゼンスキーの立てた装蹄師の男一日独占計画は、以下のようなものであった。

 

 まずマルゼンスキーはこの案を思いついてすぐ、このサーキットのコースのひとつであるショートコースを予約し、抑えた。

 

 次に彼女の愛車の整備を請け負ってくれているショップの伝手を辿り、レンタルのレーシングカートを1ダースほど用意。

 

 そして東条ハナと沖野を巻き込み、前回のタイムレースメンバーを中心にスピードと駆け引きに関するトレーニングと銘打って、参加者を募る。

 

 結果として、スピカとリギルそれぞれのメインメンバーがほぼ参加することとなり、トレーニングという実益を建前に、自らの趣味と装蹄師の男の独占権の利益分配まで行うという形で企画を成立させたのだった。

 

 装蹄師の男に実車を持ち込ませたのは、コースを借りるついでに夕方の本コースの走行枠も確保しておいてタッちゃんを走らせようという魂胆だ。

 

「これが今日のタイムスケジュールね!」

 

 マルゼンスキーが渡してきた紙に目を通す。

 

「げ…お前これ本気でやるのかよ…」

 

8:00~9:30 練習走行

 

9:45~10:15  予選

        →予選1位・予選最下位、予選2位・下位から2位…といった調子で組み合わせ、ペアを作る

 

11:15~12:15  ペア耐久レース(60分)

 

12:15~15:00 昼食、休憩、本コース走行準備等

 

15:00~16:00  本コース走行枠

 

 終了後、撤収

 

「うわぁ…ゲロ吐きそうなタフなスケジュールっスねこれ…」

 

「後輩さんも経験者でしょう?ハンドブレーキ付きのカートも用意したから、強制参加だからネ!」

 

 後輩が苦笑いしながら青ざめる。

 

 マルゼンスキーが手配したスタッフの手により、すでにレーシングカートたちの暖機運転が始められていた。

 

 

 

 7時45分、コースの職員によるドライバーズミーティングという名の初心者向け講習が行われる。

 

 これもマルゼンスキーの手回しなのか、普段の皆の勝負服イメージに合わせたカラーリングのレーシングスーツに身を包んだウマ娘たちがずらりと並び、壮観である。

 

「いいですかー。右足がアクセル、左足がブレーキですよー!エンジンにはセルスターターがついてますから、エンジン止まったらブレーキを踏みながらキーを回して再始動してくださいね」

 

 初めて乗る者が多いため、そこからの説明である。

 

「ったく、心配しなくてもジョーシキだよなぁ!」

 

 すでにサーキットの雰囲気とレーシングカートのエンジン音にテンションが上がり切っているウオッカが呟く。

 

「アンタのジョーシキがみんなに通用するわけないでしょ!」

 

 ダイワスカーレットは今日もウオッカに張り合っているが、根が優等生であるためメモを取りながら聞いている。

 

 コース上で振られるフラッグや緊急対処(前車がスピンした場合などステアリング操作で避けようとせずにとにかくブレーキで止まる)等、通り一遍の知識を説明される。

 

 皆、普段のレースとは少し趣きの違う体裁に戸惑いながらも、さすが競走本能が発達しているウマ娘たちである。瞳に怯みなどない。

 

「思ったよりみんなずっとマジな目してんな…こりゃ、俺らドンケツかもしれんぞ」

 

「…そりゃあ先輩、あっちは競技は違えど現役のアスリート、俺らは中年に差し掛かったオッサンすよ。勝とうと思うほうがどうかしてるんじゃないスかね」

 

 装蹄師の男も後輩も、四輪の腕には少しばかり覚えがあるだけに、今日はプライドまでズタズタにされそうであった。

 

「…ったく、お前らはまだいいよ。俺たちまで巻き込まれてどーなるんだよこりゃ」

 

 沖野はボヤいているが、きちんとレーシングスーツを着させられている。

 

「…あとでちゃんと乗り方レクチャーしなさいよね。教え子の前で恥かくわけにはいかないんだから…」

 

 レーシングスーツを着用してもなおスタイルの良さが隠しきれない東条ハナであったが、こちらも追い詰められているのか、目がマジである。

 

「はいそこの人間の方4人、おしゃべりしないでちゃんと聞いてくださいねー」

 

 コースの職員に注意されてしまった大人4人は、思わず顔を赤くして小さくなる。

 

「普段はウマ娘の皆さんと人間が対等に競うことは難しいですが、モータースポーツならばそれが可能です。今日用意されているレーシングカートは皆さんの最高速度と同じくらいの、およそ70km/hが最高速度ですが、体感速度はそれよりも速いです。安全に気を付けて、思う存分、同じ土俵で競い合って楽しんでいってくださいねー」

 

 

 

 

 ドライバーズミーティングが終われば練習走行タイムである。

 

 参加者総勢18名なので身長が近い者ごとに2人に1台が割当てられ、残りは予備車とする配分が取られた。

 

 身長により装蹄師の男は沖野とのペア、後輩と東条ハナがペアとなったため、まずは男と東条ハナでコースインすることにした。

 

 男は自前のフルフェイスヘルメットを着用し、おハナさんに顔を近づけて「まずは2周、ゆっくり走るからフィーリング掴んで。そのあと、ペース上げるから出来るだけついてこい」と告げる。眼鏡越しに瞳に不安を宿らせているおハナさんは、こくりと頷いた。

 

 勝手がわからずまごついている娘たちを尻目に、男とおハナさんはコースインしていく。それを見て慌てるように娘たちも慌ててピットアウトしはじめた。

 

 

 

 沖野と後輩はピットから様子を眺めていた。

 

「沖野サンはあとで俺が先導するんで、まぁまずは慣れてくださいっス」

 

「あぁ…助かるよ、よろしく頼む。しかしあの男の速さって、どんなもんなんだ?」

 

 後輩はうーん、と腕を組む。

 

「うーん…一発の速さなら、俺のほうが上なんスけどね…先輩は一発の速さというよりも…うーん…もう現役退いて長いっスから、どうでしょうね…」

 

 コース上ではおハナさん向けのゆったりとしたペースの完熟走行を終えて、男がホームストレートに戻ってくるところだった。

 

 

「なんでぇ。どいつもこいつもカルガモみたいに付いてきやがって…」

 

 気が付くとコース上では男を先頭におハナさん、シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ウオッカ、ゴールドシップ…と行儀よく並んで付いてくる。

 

 それぞれのヘルメットに特注のカラーリングまで施されており、マルゼンスキーの念の入った下準備が伺える。

 

 予告通り男は2周目終わりのホームストレートで手を振って後続のおハナさんにサインを送ると、アクセルを踏み込んだ。

 

「さあて、それじゃあちょっと小手調べしてみましょうかね…」

 

 装蹄師の男は速度を上げながらホームストレートを駆けた。

 

 

 

「…お、ペースアップしたぞ」

 

 これまでバラついていたエンジン音が吼えるような連続音に変わる。

 沖野は飴を加えながら呑気に呟いた。

 

「さてさて、ウマ娘の皆さんはどんなもんっスかね」

 

 コース上では男が一人で逃げ出し、後ろはおハナさんが付いていけずに団子状態…から、前方の異変に気づいたウマ娘たちがわれ先にとおハナさんをパスし始めていた。

 

 

 東条ハナの後ろについていたウマ娘たちは、最初の2周は先行する装蹄師の男の走行ラインに注目していた。

 

 そして出来るだけ後ろについて男のラインをなぞりながら走らせることがとりあえずの正解である、と理解した。

 

 そして曲がるにもグリップの限界があること、普段走っている競走バのコースに較べて複雑であることもこの2周で本能的にわかり始めている。

 

「これは気合いだけでは攻略が難しい、な…」

 

 シンボリルドルフはペースをあげた装蹄師の男を追いかけながらステアリングと格闘する。

 

 後ろからはエアグルーヴがせっついてくるが、抜き方がわからないのか様子を見ているのかギクシャクしながらルドルフの背後につけたままだ。

 

 しかし自らの脚で走るより旋回スピードが速く、加速もスピード感も高いこの乗り物。

 その分難易度も高いが、乗りこなせれば相当に心地いいものだろう。

 

「…マルゼンスキーがくれた今日という機会…ならば存分に楽しませてもらおうじゃないか…!」

 

 シンボリルドルフの瞳に、闘志が宿った。

 

 

 

「…さっすが、現役ウマ娘の皆さん、飲み込み早いっスねぇ…」

 

 数周もすると娘たちは走行ラインはともかく、快音を響かせてコースを周回しだした。

 

 ゴールドシップなど、最終コーナーをアクセル全開で豪快にドリフトを決めながらクリアし、ホームストレートをかっ飛んでいく。

 

「…おハナさんもなかなかやるじゃないの。だんだん速くなってる」

 

 沖野は負けてらんねぇ、と密かに闘志を燃やす。

 

「あのー…」

 

 後輩は声をかけられたほうを向くと、そこにはスペシャルウィークを初めとするスピカの面々がいた。

 

「私たちの番になったら…今みたいに、最初はゆっくりで、引っ張ってもらってもいいですか?」

 

 スペシャルウィークの素朴で素直なお願いと表情に、後輩は一も二もなくうなづく。

 

「いいっスよ。じゃあ最初はゆっくり、だんだん速くしますから、できる限りついてきてください。でも、無理しちゃだめっスよ」

 

 コースを見ていたリギルのウマ娘たちが、あぁっ!と声をあげる。

 

「…調子乗ると、ああなるっスから」

 

 ゴールドシップに競りかけたウオッカが、スピンして後ろからクラッシュパッドにめり込んでいた。

 

 

 







今回のエントリーリストと身長(全員出てくるかは不明)
リギル:
1:シンボリルドルフ 165
2:エアグルーヴ  165
3:マルゼンスキー 164
5:フジキセキ     168
6:ヒシアマゾン    160
7:グラスワンダー   152
8:エルコンドルパサー 163
9:東条ハナ      168

スピカ:
10:サイレンススズカ  161
11:スペシャルウィーク 158
12:ゴールドシップ   170
13:メジロマックイーン 159
14:トウカイテイオー 150
14:ウオッカ     165
15:ダイワスカーレット 163
16:沖野        180

17:装蹄師の男  175
18:後輩     170
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