学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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閑話5:マルゼンスキーの権利行使(決勝レースフィニッシュ)

 

 

 

 

「アンタの計画、バレちゃってるわよ!」

 

 スタートから22分ごろにピットに入ってきた装蹄師の男の手を掴んで引っ張り上げ、ヘルメットを近づけて東条ハナは声を張り上げた。

 

「あぁん?気にすんな!おハナさんは予定通りに、運動エネルギーを無駄にしないように走ってくれれば、あとはこっちで何とかする!」

 

 男はそれだけ伝えると、東条ハナを送り出した。

 

「さすがに15分は堪える…」

 

 ヘルメットを脱いだ男は汗だくだ。

 

「先生、やってくれたわね~」

 

 楽し気に話しかけてきたのはマルゼンスキーだ。

 

 よく冷えたミネラルウォーターを投げてよこす。

 

「ありがと。さすがにカートはしんどいわ…」

 

 キャップを捻り、500mLの水を一気に飲み干す。

 

「みんな、カメには負けないって強気のペースアップよ」

 

 ピットに入る数周前、一斉にペースアップ指示が出たことは男もコース上で確認していた。

 

「おう。飛ばせ飛ばせ。俺がやってるのは弱者のレースだよ。ウサギとカメならぬウマ娘とニンゲンがどうなるか、結果はお楽しみだな」

 

 男はそこまで告げると、コントロールタワー脇に設けられた灰皿に向かって歩き始めた。

 

 

 

 男は一服しながらレースを眺める。

 

 もうすぐスタートから30分。皆は2度目のドライバー交替に入る。作戦によってはここで給油するチームもあるだろう。

 

 男たちが2回、それ以外が1回のピットをこなしたところで、順位は

 

1:シンボリルドルフ

2:マルゼンスキー

3:沖野

4:後輩

5:メジロマックイーン

6:東条ハナ

7:ダイワスカーレット

8:ヒシアマゾン

9:エルコンドルパサー

 

 となっていた。

 

 ピットタイミングで出入りが交錯し割を食う形となったエルコンドルパサーが順位を下げ、またピットからのアウトラップで気合が乗り過ぎハーフスピンを喫したヒシアマゾンが浮上のきっかけを掴めずにいる。

 

 トップではマルゼンスキーとシンボリルドルフが鍔迫り合いを続けながらも予選タイムに迫る勢いでラップを刻んでおり、その後ろでなんとか食いついている沖野を後輩が抜くタイミングを伺っていた。

 

 少し離れてメジロマックイーンは東条ハナをパスして5位に浮上し、おハナさんはダイワスカーレットにもつかまりそうな気配だ。

 

「まぁ…想定の範囲内かな…」

 

 1周あたりのラップタイムはトップの2台からおよそ2秒から3秒離されている東条ハナ。

 このペースで15分走るとこのコースで約16周走ることができ、その間にトップと離れる秒数は最大でも48秒ほどとなる。

 

 装蹄師の男はこれを十分に挽回可能な範囲と踏んでいた。

 

 むしろ今、男が気にしていたのは次の交代時にどの程度、タイヤが消耗しているか。

 

 しかしそれも、外から見る限りアドバイスを忠実に守って走ろうとしてくれているおハナさんを見る限り、問題はなさそうだ。

 

「あとは俺次第、ってとこかね…」

 

 男は煙草を煙缶の縁でもみ消すと、ピットに足を向けた。

 

 

 ピットでは通常のタイムスケジュールだとドライバー交代のタイミングであるスタートから30分を目前に控え、各ピットではヘルメットを被ったウマ娘たちが準備を整えつつあった。

 

 男とおハナさんのペアは今回はおハナさんに15分引っ張ってもらう計画で、次の交代はスタートから36~37分ごろに予定されており、今しばらく余裕がある。

 

 ピットウォールから眺めるウマ娘たちの走りは、今朝初めて乗った者が大半とは思えぬほど研ぎ澄まされた走りに昇華されてきており、彼女たちの底知れぬポテンシャルを感じさせる。

 

「こりゃーそのうちニンゲンのレーシングドライバーも凌ぐヤツが出てくるなぁ…」

 

 男はその様子を眺めながら上機嫌にニヤついていると、コース上から続々とウマ娘たちがピットになだれ込んできた。

 

 ドライバーチェンジも手慣れたもので、それぞれが補助し合いながらひらりと乗り込み、ある者はそのままコースに戻り、ある者は給油ポイントまで進めて給油を受ける。

 

 タイミング悪く給油ポイント2台分が埋まってしまって待たされるマシンも出てきてしまっていた。

 

 それでもうまく切り抜けてロスなく出ていったと思われるのはシンボリルドルフ/エアグルーヴ組と、後輩/ゴールドシップ組だ。

 

(やはりこいつらとの勝負になるか…)

 

 男は戦況を眺めながら、彼女たちがホームストレートへ戻ってきて順位が定まるのを待った。

 

 2回目のドライバー交替と給油を終え、順位が整理されると、以下のようになる。

 

 

・スタートから34分経過

1:東条ハナ     トップとの差

2:サイレンススズカ  +15秒  

3:ウオッカ      +18秒 

4:フジキセキ     +25秒 

5:マルゼンスキー   +27秒 給油済み 

6:ゴールドシップ   +28秒 給油済み

7:エアグルーヴ    +32秒 給油済み

8:トウカイテイオー  +44秒 給油済み

9:グラスワンダー   +46秒 給油済み

 

 2回目のピットインで給油しなかった下位チームが上位に浮上し、上位を走っていたチームが給油で時間を食って順位を下げた格好になっていた。

 

 このうちマルゼンスキー/スペシャルウィーク組と後輩/ゴールドシップ組、そしてシンボリルドルフ/エアグルーヴ組の3台は給油量を指定していたため満タンほどには給油時間がかからずピットアウトすることに成功している。

 

 そしてなにより驚くのが、ここまで30分レースを戦ってきて、どのペアも周回遅れにならず、接戦を演じ続けていることだ。

 

 恐るべきウマ娘たちの順応力、さすが中央トレセン学園に在籍している優駿たちだけのことはある。

 

 男はそんな彼女たちを相手にしていることに改めて恐怖し、そして畏敬の念を抱きながら、自らが今後予定している展開と現実を脳内ですり合わせた。

 

 無事に戻ってきてくれさえすれば、そこからの男の持ち時間15分が勝負の分かれ目になる。

 

 ラップモニターを見ながら思索に耽っていると、不意に声をかけられる。

 

「…本気の兄さんの走りと、直接バトルはできないようだね…」

 

 降りてきたばかりで輝く汗が美しい横顔を男にみせつけるように、シンボリルドルフがラップモニターを見つめながら呟いた。

 

 確かにルナとコース上でまみえる時間は少ない。

 しかしそれはこのレースの仕組み上、仕方のない話ではあった。

 

「確かに直接はそうかもしれんけどな…レースに対しては最初っから全力で本気だぞ」

 

 男はにやにやしながらルドルフに返す。

 見れば、いつもの兄が見せる表情とは違う、まるで競走を楽しむ子供のような表情。

 シンボリルドルフはよく見知ったはずの男の中に、これまで知らなかった表情を見つける。

 

「…今度は私と二人で勝負してくれるかな?」

 

 シンボリルドルフは今度はモニターではなく、装蹄師の男をしっかりと見つめて言った。

 

 ルナの表情こそ、いつも相対するときと変わらず、優雅な雰囲気を醸していた。

 しかし瞳からは、切なくなるほどに懇望するような色が浮かんでいる。

 

 男はルナの瞳の色に、心拍がひとつ大きくなるのを感じた。

 

 慌てて目をそらす。

 

「…皇帝に挑戦されたとあっちゃあ男子たるもの、否応もあるまいよ…そもそも、妹の願いは可能な限り聞くようにしてるんだ、俺は」

 

 視線をそらしたままぼそぼそとそう言い、ヘルメットを被ってチンストラップをDリングに片手で器用に通し、グローブをはめる前の手でシンボリルドルフの髪をくしゃりと撫でてやる。

 

 そのまま男は身を翻し、所定のピットへと向かった。

 

 そのシーンを少し離れたところで目撃した沖野と後輩は、二人で顔を見合わせたのち、天を仰いだ。

 

 

 

 

「おハナさんお疲れ!よくやってくれた!」

 

 ピットに戻ってきた東条ハナの腕をとってひっぱりあげて立たせ、男は声をかける。

 

 さすがに15分の連続走行は厳しかったと見え、腕は小刻みに震えていた。

 

「あと1回、最後8分くらいだけ乗ってもらうから、なんとか回復しておいて!」

 

 息も上がり切って返事もままならない様子の東条ハナをオフィシャルに託し、男はピットアウトしていく。

 

 給油は無しだ。

 

 走りながら残燃料を確認する。

 

 残りは35~40%といったところ。

 

 エンジンはやや過熱気味で、それは先ほど男の乗っていたタイミングで燃費を伸ばすためにキャブのセッティングをいじり、燃料の混合比をやや薄めにしたことが影響している。ただ、パワー感には変化は感じられないから、まだもう少し無理が効くだろう。

 

 それにおハナさんは男のオーダーをしっかり守ってくれたようで、タイヤは十分に残っている。

 

 順位は交代により下がり、7番手。トップとの差は約25秒といったところ。さきほどの男の想定になおせば、40秒ほどのロスで戻ってきてくれたということになる。

 

 これならば、十分に勝ち負けするレベルに持っていける。

 

 男はモードを切り替え、猛然とコーナーを攻め始めた。

 

 

「なぁ…アイツ、ペース上がってきてねえか?」

 

 ウマ娘たちとラップモニターを見ながら沖野は後輩に尋ねる。

 

「…上がってきてるっスね…さっきのスティントよりコンマ5くらい上げてきてるような…」

 

 装蹄師の男がホームストレートを6位のエアグルーヴにぴったり張り付いて駆け抜けていき、タイミングモニターが更新される。

 

「…うっわ。前の周回より2秒上げてきたっス!3秒あったエアグルーヴさんとの差が…もう…ない…!」

 

 沖野は咥えていたキャンディを思わず嚙み砕く。

 

「野郎…!三味線引いてやがったな!」

 

 後輩はふと、気づく。

 

「でも沖野サン、先輩、給油してないっス。もう1回、交代ありますし…」

 

 後輩は沖野をなだめるように伝えた。

 

「…アイツ、さっきのラップの刻み方といい、今のペースアップといい…全部計算づくなんだろう?まさかとは思うが、給油なしなんてことは…」

 

 沖野の指摘に、後輩は青ざめる。

 

「…あり得ない…あり得ないとは思うっスけど…あるいは、先輩なら…やってしまう、かも…」

 

 沖野は後輩の言葉に頭を抱え、周りでやりとりを聞いていたウマ娘たちも凍り付く。

 

「…先輩、昔から一発の速さはそこまででもないんスけど…耐久レースには滅法強いというか…最高効率で作戦組み立てて、その通り走っちゃうんスよね…」

 

 シンボリルドルフが腕を組んだまま、後輩に向き直った。

 

「それは…つまり、どういうことなんだ?」

 

 後輩は皇帝の威風に気圧されながらも、言葉を探しながら答える。

 

「…うまく言えないんっスけど…走るときに、自分をクルマのひとつのパーツのようにできる、とでも言うんですかね…

 

 エンジンのワンストロークでどのくらいガソリンが入って、どのくらいの効率で燃えてるか…今のタイヤがどんな状態で接地して、どんなふうにグリップが変化していって、あとどのくらいで限界を迎えるか…それこそ、クルマのどこが今一番壊れそうで、それを労わるためにはどうしたらいいかまで、自分の手足みたいにわかるみたいなんス。

 

 まぁ、今回は今朝乗ったばっかりのこのカートで、先輩といえど昔みたいにそこまでのことができるわけねーだろ、ってタカくくってたんスけどね…」

 

 ふむ、とシンボリルドルフが息を吐く。

 

「つまり、身体能力とセンスに勝る我々と、経験と研ぎ澄まされたカンに基づく職人のような兄との闘い、というわけか…」

 

 シンボリルドルフの冷静な言葉を聞きながら、皆の視線がコース上に注がれている。

 

 装蹄師の男は既にエアグルーヴをパスし、その前に居たゴールドシップを今まさにブレーキングで差さんと並びかけていた。

 

 シンボリルドルフは皆の視線がコースに注がれていたことに感謝した。

 

 意中の男の意外な才能を発見することが、これほど心躍ることだとは。

   

 シンボリルドルフはここに居る者でただ一人、勝手に緩みだしてしまう表情を理性で抑えつけるのに必死であった。

 

 

 

(燃料が減れば軽くなる…軽くなれば速くなる…!)

 

 宇宙を支配する物理の基本法則を唱えながら、装蹄師の男は猛然とマシンを攻め立てた。

 

 男が唱えていることは事実ではあったが、このレースを勝つうえでは非常に危ういものをはらんでいることもまた事実であった。

 

 なにせ、のこり10分ほどの持ち時間で最後に走ってもらうおハナさんがロスする分までリードを稼ぎ出し、かつ60分走り切れるだけの燃料を残さねばならない。

 

 全神経を集中させて無駄なくクルマを動かし、時にオーバーアクションな体重移動をさせてまで徹底的にタイヤを使いこなしながら、前へ前へと斬り込んでいく。

 

 マルゼンスキーの背後に迫り、最終コーナーを心持ち間隔をあけてホームストレートに突っ込んでいく。

 

 スリップストリームを使ってホームストレートで抜く算段は半周前から決めていたが、あえてべったりとつけないことでスリップを使ったまま車速を伸ばすスペースを作り、追い越しをラクにする。

 

 スリップに入られることに意図に気づいているマルゼンスキーはホームストレートをイン寄りに走り、1コーナーのインを譲らないつもりだ。

 

(さすがマルゼンスキーと褒めてやりたいところだが…今は遊んでる場合じゃないんでねぇ…)

 

 男はストレート中盤過ぎでマルゼンスキーのアウト側にぴったりつけるように持ち出すと、手を伸ばせばお互いが触れられるような距離を保ったまま並走、彼女のアウトへのライン変更を封じ、スリップで伸ばした車速そのままにするすると前に出ていく。

 

 さらにブレーキングで1車身分の差をつけ、軽さを存分に生かした旋回速度の高さを保ったまま、教科書通りのアウト・イン・アウトのラインを描いて抜けていく。

 

 小憎らしいことに軽く右手をあげてマルゼンスキーに挨拶をし、そして置き去りにした。

 

 

 

 予選でポールポジションを奪った腕前のマルゼンスキーでさえこの有様であるから、このパートをドライブしていたウマ娘たちは、のちにこの時のことをこのように語っている。

   

「いつ抜かれたのかもわからないわ。後ろに居た、と思ったらもう背中を見せられていたんだもの」

 

「気が付いたら後ろにいて…まるで鋭利ななにかをつきつけられているような…後ろに居るのに、私の先頭の景色を侵食してくるような…初めての感覚でした」

 

「世の中には鉄の先生みたいなおじさまがたくさんいるのかしらね~。そうだとしたら私、今度から公道走るときは認識を改めないといけないわ」

 

「おっちゃんは魔法使いなんだと思うZE☆魔法使いの意味?それはおっちゃんがあの歳まで(以下録音不鮮明)」

 

 結局、装蹄師の男は45分過ぎから始まった最後のドライバー交代までに、トップを走っていたサイレンススズカの真後ろにつけるところまで上り詰めた。 

 

 

 

「やるだけのことはやった…あとは任せた!」

 

 スタートから52分のところで最後のピットに戻り、東条ハナに手を引かれ、勢いでカートから転がるように降りた男は、息も絶え絶えにそれだけ告げて倒れ込んだ。

 

「よくもまぁあんな無茶な走りできるわね…あとはそこで祈ってなさい!」

 

 東条ハナはそれだけ言うとピットアウトしていく。

 

 ヘルメットを脱ぐこともできぬほど疲労困憊した男は、そのまましばらく微動だにしなかった。

 

 ピットインまでに男が稼ぎ出した2位との差はちょうど1周。

 

 ピットロスを考えればセーフティーリードとは言い切れない差だった。

 

 

 

 東条ハナがピットアウトしたときには、男が稼ぎ出したリードの半分ほどが消え失せ、2位との差は約半周となっていた。

 

 2位にはエアグルーヴからチェンジしたシンボリルドルフが進出しており、マルゼンスキーからバトンを渡されたスペシャルウィークが3位、そして4位には後輩が追走している。

 

 給油無しで走り切るプランは事前に聞かされていた。

 もちろん東条ハナには燃料を気にしてレースをすることはできない。

 男が自分のパートでコントロールし、最後まで走れる燃料を残す、というプランニングであった。

 

 ならばそれを信じて走り切るしかない。

 

 東条ハナはこれまでの劇的なレース展開の最終幕を背負い、ゴールまで突き進む覚悟を決めた。

 

 

 

「全く…先生は大人げないんだから…」

 

 大の字になっている装蹄師の男を上から見下ろしているのはマルゼンスキーだ。

 

 棘のある言葉とは裏腹に、表情は晴れやかだ。

 

「リギルの総帥を担いで、みっともない負け方はできねぇからな…場を乱して悪かった、許してくれ」

 

 大の字になったまま苦笑いで応じつつ、男はどこからともなく取り出した煙草を咥える。ピットであるから、火はつけない。

 

「鬼神のような走り、とはまさにあのようなことを言うのだろうな…まさか先生からそれを見せられるとは思わなかったが…」

 

 エアグルーヴはクールな表情の中に、敬意の眼差しを織り込んで男を見つめていた。

 

「なぁマルゼンスキー…、迷惑ついでに、お願いがあるんだが…」

 

 男はむくりと起き上がると、改まった表情でマルゼンスキーに耳打ちをした。

 

「それ、いいわね♪そうしましょ♪」

 

  

 

 レースは残り3分を切り、最終局面を迎えようとしていた。

 

 トップは未だに東条ハナが守っているが、後続は装蹄師の男が築いたリードを文字通り火花を散らしながら削り取りにかかっていた。

 

 やはり予想通り、2位につけるはシンボリルドルフ。3位には後輩、そして4位にはメジロマックイーンが上がってきていた。スペシャルウィークは後続のプレッシャーに耐え切れずにコーナーでヨレたところをばっさりと差されてしまい、後退している。

 

 東条ハナと2位の間にあった半周の差はみるみるうちに縮まり、今やコーナー3つ分程度にまで縮まっている。

 

 しかしここまでの追い上げで後続のタイヤの消耗も激しくなってきており、差が縮まるペースは鈍ってきていた。

 

 特に3位を走る後輩は、速いのは速いがマシンのシバき方もハンパではないゴールドシップが振り回していたため、もうコーナーで勝負できるグリップ力が残っておらず、立ち上がりの度に暴れるマシンを抑え込むのに精いっぱい、といった様子である。

 

 ワンミスで3位と4位が入れ替わる雰囲気で、実質東条ハナと勝負権を持っているのはシンボリルドルフ1台に絞られたかに見えた。

 

 コントロールライン付近にある経時はまもなくスタートから59分を指そうとしており、あと1周か2周、というところである。

 

 装蹄師の男は今やできることはなく、ピットウォールからコースを見つめている。

 

(燃料…なんとかもってくれよ…)

 

 東条ハナがホームストレートに戻ってくる。

 

 ストレート通過中、全開走行で連続していた排気音が一瞬、ばらついて途切れ、また復活する。

 

「あ」

 

 経過時間は59分10秒過ぎを指している。

 

 ということは、これがファイナルラップ。

 

 2位のシンボリルドルフとの差はストレート3分の2ほど。

 

(おハナさん…頼む…なんとかこらえてくれ…!)

 

 ガス欠の初期症状を音から感知した装蹄師の男は、祈るようにコース上をみつめていた。

 

 

 

 

 スタートから60分が経過した。

 

 オフィシャルがチェッカーを手に、コントロールラインに待機する。

 

 みるみるうちに東条ハナとシンボリルドルフの差は詰まっていく。その後ろの後輩もあきらめていない。そしてメジロマックイーンまでも一緒に上がってきている。

 

 最終コーナーはその進入から4台がほぼ差がなく連なり、立ち上がってくる。

 

 3台目の後輩がやけくそとばかりに早めのアクセルオンで派手に横滑りしつつ加速し、東条ハナを先頭にイン寄りに立ち上がって並びかけるシンボリルドルフ、アウトから噛みつこうとする後輩のスリーワイドだ。

 

「会長!あとひと伸びです!」

「よっしゃぁぁぁ全開でこーい!」

(…頼む…!)

 

 3台ほぼ同時にチェッカーをくぐる。

 

「誰だ!誰が勝ったんだ!」

 

 固唾を呑んで、タイミングモニターの更新を待つ。

 

 

 

 

 

1:東条ハナ

2:シンボリルドルフ

3…

 

 それを見ていた一同が、おぉ…と止めていた息をはきだしながら、感嘆の声を漏らす。

 

 装蹄師の男はホッと、胸を撫でおろした。

 

 

 





次回は温泉&反省会!
それでようやくこの閑話を締められます。

そりゃ本編から逸脱し過ぎって意見もごもっともなんです…笑
でも書きたかったから…すいません…笑
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