学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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 大変ご無沙汰しておりまして申し訳ございませんでした。
 前回話をあげた後、某生食海産物に当たりまして…

 体調の戻りの悪さで年末の仕事も超絶効率悪く、こちらも夜な夜な書いておりましたが遅々として進まずで、大変お待たせいたしました。

 ようやく閑話の締めまでたどり着きました。
 
 年末のお忙しい時期でしょうが、息抜きにご笑納いただければと思います。




閑話6:マルゼンスキーの権利行使6(温泉と帰り道)

 

 

 

「よし!撤収!午後の予定はキャンセル!宴会を別の場所でやるぞ!」

 

 レースの興奮冷めやらぬウマ娘たちに装蹄師の男は勝者のある種傲慢な振る舞いとばかりに号令をかける。

 

 レース終盤、男はマルゼンスキーと打ち合わせをし、午後の本コース走行のキャンセルと、そのかわりの提案をした。

 

 結果、意外とあっさり提案は受け入れられ、午後の予定を変更することに成功していた。

 

 変更した予定のために表彰式はせずに撤収準備をさせ、各チームの移動車にマルゼンスキーが手配していた弁当付きでウマ娘たちを押し込む。次の目的地への移動時間程度はこれで空腹も持つであろう。

 

 マルゼンスキーと後輩は積載車から降ろした各々のクルマで指定した場所に向かうように指示する。

 

 マルゼンスキーはすぐには出発せず、愛機タッちゃんの暖気中に後輩となにやら打ち合わせていた。

 おそらく指定場所へのルート通りに乙女峠を行かず、途中で脇道へ入り長尾峠へでも寄り道するつもりのようだ。そちらのほうはノータッチで後輩の任せていると、マルゼンスキー先導で出発していった。

 

 皆が乗り忘れなく撤収したのを確認し、男もクルマを2台降ろして軽くなった積載車を出発させる。

 

 

 

 富士山麓を降り御殿場市街を抜け乙女峠を登り、トンネルを抜けて日本有数の温泉エリアに踏み入れた一行がたどり着いたのは、その土地に屹立する某温泉テーマパークであった。

 

 装蹄師の男がレースで自分の出番を走り終えたのち、思ったのは「もう疲れたから温泉でも入ってゆっくりしたい」という、若さを通り過ぎてしまった感想。昔ならば本コース走行も意欲的にこなしたであろうが、正直、もう身体がついていかないな、という悲しき現状認識もあった。

 

 そこで、昔立ち寄ったこの場所を思い出したのだった。

 

 とりあえず言ってみるかの精神でこの思い付きをマルゼンスキーに耳打ちしたところ、あっさり受け入れられてしまったので、出発前に大慌てでこの施設に連絡を入れていた。

 

 

 到着して駐車場まで進む道すがら、車寄せをかすめてみれば入り口には手際よく

 

[ 歓迎  リギル スピカ 御一行 様 ] 

 

 とある。

 

 男が積載車で駐車場に乗り入れてみれば、すでに先着していたリギルとスピカの面々、そしてマルゼンスキーと後輩はテーマパークの制服に身を包んだ数人に誘導されている。

 

 男はトラックであるため他車の迷惑にならぬように入り口からやや遠い観光バス向けの駐車場の片隅に駐車したところで、こちらにも従業員が駆け寄ってくる。

 

「駿川様から言付かっております。どうぞこちらへ」

 

 意外な人物の名前が聞こえてくることに吃驚せざるを得ない。

 

 案内される道すがらどういうことかと従業員に聞けば、男から連絡が入った後、ウマ娘たちが1ダースとちょっとも来るということでテーマパーク内にざわつきがあり、それを聞きつけた気の回る支配人が念のためにトレセン学園へ照会を入れた模様であった。

 

 一応学園へは今日のイベントもトレーニングを建前としていたために必要な申請一式は行われており、そのためにたづなさんの把握するところであったのだろう。

 

 即座に我々だと判断したたづなさんは、装蹄師の男あてに後できちんと経費申請、精算をするように、と言づけてきた。    

 

 もとよりここの費用は自分で持つつもりでいた男であったが、あまりの手回しの良さと学園の気風の良さに、これは理事長やたづなさんにお土産でも買っていかないといけないな、と苦笑いするしかなかった。  

 

 従業員に連れられて男は大広間に通される。

 

 が、そこには彼女たちの荷物が片隅に固められているほかは、沖野がぐったり倒れ込んでおり、そのそばで後輩が窓際で煙草を吸っているだけだった。

 

「あ、先輩お疲れっした。みんなレンタル水着を選びにいっちゃいましたよー。一服したら俺らもひとっぷろ浴びましょー」

 

 後輩は気楽そうな表情を見て、男は脱力したため息をひとつつくと、自らも煙草に火を点けた。  

 

 

 

 きゃぴきゃぴと水着を選ぶウマ娘たちは、年頃の娘たちらしく大いに盛り上がっていた。

 

 

「おいすっげーなコレ!スカーレットが着たらはちきれんじゃねーの?」

 

「なによ!あんたなんかスクール水着で十分でしょ!」

 

「いいな~…ボクも成長したらスカーレットみたいになるかなぁ?ねぇマックイーン」

 

「…み、水着になるということは…混浴ですの?」

 

「まぁ温泉になってるプールみたいなモンらしいZE☆ゴルシちゃんの悩殺水着スペシャルが発動しちゃうかもな!」

 

「グラス!これなら気になるところもしっかりカバーできるデース!」

 

「…ちょっとそちらでお話ししましょうか、エル」

 

 

 盛り上がる彼女たちを見ながら、シンボリルドルフとエアグルーヴは頭を悩ませていた。

 

 温泉テーマパークであるから水着を着てほぼプールのような空間で温泉を楽しむというコンセプトなのはわかるが、当然混浴である。

 

 無論、装蹄師の男たちも来るであろうから、レンタルとはいえ水着のチョイスは慎重にならざるを得ない。

 

「…先生はどんな水着が好みなのでしょうね…」

 

 エアグルーヴがドストレートの疑問をシンボリルドルフに呟く。

 

「さぁな…それがわかれば私もここで茫然とはしていないのだが…」

 

 今日、このような場所に来ること自体が想定外であるため、シンボリルドルフといえども頭が上手く回らない。

 ちらりとエアグルーヴを見る。

 

 悩んでいるらしいエアグルーヴではあるが、シンボリルドルフから見れば彼女はとてつもない武器を持っている、と思う。

 

 その胸に抱えた双丘は果たして兄に有効かどうかはわからないが、少なくとも一般的には男を狂わせるに十分な得物であろう。

 

(私もそれなりのものではあるはずだが…)

 

 それでも彼女と較べるとどうにも分が悪い、そのような印象は否めなかった。

 

「なーに暗い顔しちゃってるのよ、おふたりさん♪」

 

 彼女たちの雰囲気をまるで斟酌することなく、いや斟酌したからこそなのだろうか、あえて空気を読むことなく屈託のない笑顔でマルゼンスキーが介入してくる。

 

「二人とも、もうちょっと今日という非日常を楽しんでもいいんじゃない?あ、悩んでるんだったら私が水着、見立ててあげちゃうわよ~?」

 

 ほら、こっちこっち…と急かすマルゼンスキーに流されるように、シンボリルドルフとエアグルーヴも水着選びをするウマ娘集団に溶け込んでいくのだった。

 

 

 

 

「ヴォァァァァ…生き返るっスねぇ…」

 

 沖野と後輩、装蹄師の男は、男性ならではの気楽さでちゃっちゃと水着に着替えると、シャワーで汗を流し、早速温泉に浸かっていた。

 

 見回せば、さすがに温泉テーマパークというだけありあちらこちらに趣向を凝らされた大小の温泉がある。

 なんと中心部にはウォータースライダーならぬ温泉スライダーまであった。

 

 幸いなことに平日の昼過ぎであるため、客は閑散としている。

 

「うぁぁぁ…たまにはこういうのも…悪くないねぇ…」

 

 沖野も引き締まった身体をゆったりと伸ばし、くつろいでいる。

 普段からウマ娘たちの指導に世話に公私を擲っている男だ。この男にも今日はいい気分転換になったらよいのだが。

 

 装蹄師の男はそのようなことを考えながら、レースの緊張で凝り固まった身体を湯に融かすようにゆっくりと温まった。

 

 

 

 

 三人の男がじっくりと身体を温めていると、黄色い声が姦しい集団が近づいてくる。

 

「あ、いたいたトレーナーさーん!」

 

 沖野を見つけたのはスペシャルウィークだ。

 

「どうですか水着!レンタルですけど!」

 

 屈託のない笑顔と健康的な身体が眩しい。

 

「おぉ。いいじゃないか。それよりスペ、またちょっと太ったんじゃ…」

 

 沖野はトレーナーの目を瞬時に取り戻し、普段通りの対応をする。

 

「全く、トレーナーさんにはデリカシーというものがありませんの?」

 

「そういうマックイーン、お前もちょっと…」

 

「ねぇトレーナー、ボクはボクは~?」

 

 堂々と誇示するように立つダイワスカーレットと並んでいるテイオーが割り込んでくる。

 

 沖野は思わず、見比べてしまった。

 

「テイオーはまだまだ…これからだな」

 

「イマナニトクラベタンダヨー!!」 

 

 スピカの面々はいつも通り賑やかである。

 

 それを目を白黒させながら傍観していた後輩がゆっくりと沖野から離れ、装蹄師の男に近づいてくる。 

 

「…センパイ…っ…コレは…」

 

「騒ぐな。動じるな。勃たせるな」

 

 男は囁くようにそう告げると目を瞑って腕を組み、平常心を保つように心掛ける。後輩の顔が赤くなっているのは温泉の熱にやられての顔色だろうか。

 

「ワタシハ…ワタシハドコヘオカネヲハラエバイイノデショウカ…」

 

 すでに口調が半角になってしまうレベルで動揺を隠しきれない後輩。

 

 今日の費用はこいつに払わせても罪にはなるまい、という益体もないことを装蹄師の男は考えながら沈思黙考の構えを崩さずにいた。

 

「兄さん…」

 

 しかし男の無関心を装った冷静さを打ち崩してきたのはほかでもないルナであった。

 

「…私も隣に入って、よいだろうか…」

 

 男は目を瞑ったまま、こくりと頷く。

 

 後輩がごくりと唾を飲み込む音が聞こえ、反対側からはルドルフが入ってくる水音がする。

 

 ルドルフが湯に入り姿勢を落ち着けた雰囲気を感じ取ってから、ゆっくりと目を開いた。

 

「ぉぉぅ…」

 

 髪が湯に着かぬよう結い上げたルナが斜め前に居た。

 

「兄さんと風呂に入るなんて、子供の頃以来だな…行きがかりとはいえ、今日はとても驚きに満ちた日だ」

 

 うっすらと上気したルドルフは男の目にも綺麗だった。

 

「…立派に育ったなぁ…」

 

 無表情に男から出た言葉はそれだった。

 

 男の言葉にルドルフは照れたように微笑む。

  

 後輩は最早言葉を失い、存在感すら消している。

 

「今日はマルゼンスキーに感謝しなくてはいけないな。皆との交流も深められ、真剣勝負を楽しんで…実に実りの多い一日だ」

 

 温泉に浸かりながらもルドルフは公衆の面前ということもあり、ルナではなくルドルフモードのようだった。

 

「…こっちも場の空気も読まずに大人げなくやらせてもらったんで、俺も楽しかったよ」

 

 ルドルフは柔らかい表情を崩さずにいる。

 

「あぁ…兄さんの作戦は見事だったよ…常に速さを求める我々からしてみたら奇策にも見えたが…あのレースの本質を考えれば…まさに王道、だったな」

 

 どうやらルドルフは装蹄師の男がどのように考え、あの策を取ったかを理解したらしい。

 

「あぁ…おハナさんも良くやってくれたよ。もう少し計算から外れていたら、あるいはルナたちが速いレースを展開したら…成立しなかった」

 

 男はルドルフを正視しないように視線を少し遠くに置きながら話す。

 

「…全く、あんな針の穴を通すような作戦、普通立てないしやらないっス」

 

 後輩が気を取り直して話題に参戦してくる。

 

「うるせーな。やりたくなったんだから仕方ないだろう。勝とうと思ったらあれしか思いつかなかったんだよ」

 

 男はついいつもの調子で後輩に切り返す。 

 

「いやいや~先輩、正直に言ってくださいよ、ルドルフさん筆頭に彼女たちにいいカッコしたかったんでしょ?でしょでしょ?」

 

 後輩は負けた悔しさからか、突っ込んでくる。

 

「それはお前だろうが。まぁ正直ゴールドシップがあそこまでシバいたタイヤで最後に最終コーナーで勝負かけたのはさすがだったし、ヒヤヒヤさせられたけどな」

 

「でっしょー先輩!あんときはマジ死ぬ気でアクセル踏んでやりましたからね、俺」

 

 後輩、渾身のドヤ顔である。

 

「うるせーよ調子乗ってっと沈めんぞ」

 

 やりとりの一部始終を見ていたルドルフがついに声を出して笑い出す。

 

「…あ」

 

 後輩と男はその声に素に戻る。

 

「あぁ…済まない。二人とも仲が良いんだな。それにその、兄さんのそんなくだけた姿はなかなか見れないものだから、な。つい可笑しくて」

 

「先輩、ルドルフさんの前だとカッコつけるんスよねー」

 

「うるせえ。年上として見栄くらい張らせろや…」

 

 男はすっかり毒気を抜かれて、湯に沈んだ。

 

 

 

「あらーあっちは盛り上がってるみたいね~混ざらなくていいの?」

 

 少し離れたところで湯に浸かるマルゼンスキーとエアグルーヴ。

 

 並んでいる彼女たちの視界にはシンボリルドルフたちが盛り上がっている様子が捉えられていた。

 

「…今は、会長のターンですので」

 

 冷静な声音ではあるが、なにかを堪えるような表情は抑えきれないエアグルーヴ。

 

「まぁルドルフちゃんは先行タイプだものね♪ならば女帝の差しが炸裂するのはこの後かな?」

 

 脚質に例えて茶化しながらも、マルゼンスキーはエアグルーヴにけしかけることを忘れない。

 

「…今日のレースはとても参考になりました。速さだけが勝負では…ないはずです」

 

 エアグルーヴはそれだけ言うと、何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

 せっかくだからほかの風呂も楽しもうと三々五々館内に散っていく中、後輩は露天風呂に向かい、装蹄師の男はサウナに向かった。

 

 木で装飾されたドアを開けるとそこには誰もおらず、男は熱源に近い奧に腰を降ろす。

 

 目をつぶって腕を組み、今日のレースを反芻する。

 

 最後の最後でガス欠を起こさせてしまい、東条ハナにウイニングランを周回させてあげられなかったことが悔やまれる。

 

 どんな順位であっても、耐久レースでチェッカーを受けたあとの一周は特別な感慨がある。

 

 オフィシャルがすべての旗を振り、完走を祝福し、それに応えて手を振り返したりして、様々な人の支えによってレースをさせてもらったことの感謝が沸き起こるのだ。

  

 普段は祝福する側の東条ハナであるから、たまには自らが祝福される側になってみてほしかった。

 

 男は目をつぶってそんな思考をめぐらせていた。

 

 ドアが開き、一瞬外気が流れ込み熱が逃げる感覚がする。

 

 男は目を開かず、じっとそのまま動かずにいた。

 

 誰かが入ってきて、男の向かい側あたりに座ったのを感じ取る。

 

 入ってきた相手も座って以来動かず、熱が再びこもりはじめたところで男は瞼に流れる汗を腕をほどいて拭い、目を開いた。

 

 

「ぉぉ…」

 

 男は思わず嘆息した。

 

 眼前にはタンキニタイプの水着を着用した東条ハナが血管が透けるような白さの肌で鎮座ましましている。

 

 眼鏡をかけていないおハナさんは珍しい。

 

「…あんただったの」

 

「…悪かったな、俺で」

 

 どうやら中に居たのが装蹄師の男であることはわからずに入ってきたらしい。確かに裸眼ではあまり目が良くないらしいことは知ってはいたが、これほどとは思わなかった。

 

「レース終わった後、せわしなくて悪かったな。お疲れ様」

 

 男は東条ハナをねぎらいつつ、彼女の目が悪いことをこれ幸いといつもと違う姿の東条ハナをじっくりと眺める。

 

「…視力のせいで見えてるわけじゃないけど、あんたがいやらしい目つきで見てるのは感じ取れるわよ」

 

 そう言葉で釘をさしてくる東条ハナではあったが、顔を赤らめて言うのでは説得力がない。とはいえそれはサウナの熱のせいであろう、と男は思い、視線を逸らす。

 

「最後、一周ウイニングランさせてやれなくて申し訳なかったな」

 

 男はさきほどまで考えていたことを口にした。

 

「…彼女たちを相手に回して勝たせてくれたんだもの。感謝こそすれ、謝られるようなことはないわよ」

 

 おハナさんの声音はいつもと変わらず感情の機微を感じ取りにくい、ともすれば冷徹に感じられるトーンであった。

 

「…まぁ感謝されるのは悪い気分じゃないが、たまにはおハナさんが勝者の祝福を受ける経験をしてほしい、と思ったのは俺の傲慢だったかね」

 

 男はやれやれといった感じで肩の力を抜く。

 

「傲慢とは思わないけれど…まぁ、そこまで考えてくれていたという事実だけで十分よ」

 

 それだけ言うと、東条ハナは両腕を上にあげ、大きく伸びをした。

 

 男はその姿を正視するわけにもいかず、身の置き場に悩みながらやや顔を明後日の方向に向けつつ、視界の隅に捉え続けた。

 

「…このままここに居たら宴会の前にぶっ倒れちまいそうだから、先に出るわ」

 

 熱さゆえか普段と違う東条ハナの姿に当てられたのか、男は東条ハナにそう声をかけると立ち上がり、サウナから出ていく。

 

 一人残された東条ハナはひとつ、ため息をついた。

 

「…意気地がないわね…まぁ、それは私も、か…」

 

 東条ハナはしばらくそのままサウナの熱に炙られながら、自らの胸の内を落ち着けるために時間を使った。

 

 

 

   

 風呂を楽しんだ後は最初に通された大部屋に食事が用意され、少し早い夕食兼打ち上げのような宴会になった。

 

 途中で沖野が表彰式をやる、と言い出し、なんとなくそれっぽいセレモニー的なことを行うことになったが、表彰台を独占した3組によるうまぴょい伝説を踊らされそうになったのには装蹄師の男も後輩も参った。

 

 しかしそこは歌もダンスも指導できる東条ハナである。

 

 2位のシンボリルドルフ、エアグルーヴ、3位のゴールドシップと4人できっちり歌って踊ってみせ、場は大いに盛り上がった。

 

 

 

「さて、帰りますかね…」

 

 すっかり日も暮れて解散となったウマ娘たちは、テーマパークの駐車場でそれぞれのチームの移動車に乗り込んでゆく。

 

 ここからトレセン学園までは渋滞がなければ2時間くらいだろうか。そろそろ出発すれば寮の門限には間に合うであろう。

 

「先輩、今日はありがとうございましたっス。今度はスズカさんの天皇賞見に行くんでよろしくお願いするっス」

 

「マルゼンスキーとおいたして帰りに捕まるんじゃないぞー気を付けてなー」

 

 後輩は自分の言いたいことだけ言うと愛車でそのまま引き揚げていった。

 

 マルゼンスキーと椿ラインから湯河原に抜け、西湘経由新湘南BP、圏央道ルートというコースで帰るらしい。二人してタフなものだ。

 

 男も駐車場のはずれに止めた積載車に乗り込み、エンジンをかける。

 

 煙草に火を点け、暖気がてら帰りの道を思案していると助手席ドアがこつんこつんと叩かれ、開いた。

 

 暗がりに栗毛の髪が艶めいて見えた。 

  

「あの…帰り、乗せてもらってもかまわないでしょうか…」

 

 サイレンススズカと、その後ろにエアグルーヴが控えていた。

 

 

 装蹄師の男も学園に帰るのでもちろん構わないのだが、煙草を吸うがいいのか?とだけ問う。

 二人はこくんと頷くと、乗り込んできた。

 

「おお。運転席の後ろにベッドスペースまであるんだな」

 

 室内を覗き込み、エアグルーヴは運転席と助手席の後ろにある仮眠用のスペースを見つける。

 

 4トンワイドの車格の積載車であるから、当然そのようなスペースもある。本来ならば真ん中の補助席に座ってもらって乗車定員3人なのだ。

 しかしエアグルーヴは乗り込むと靴を脱いで短いスカートから覗く太腿を男に眩しく見せつけながらベッドスペースへもぐりこんだ。

 

「私はここでゆっくりさせてもらう。スズカは助手席に座るといい」

 

 男は正直、ほっとした。

 真ん中の座席に座られるとシフト動作時に間違って眩しい太腿に触れかねない。

 後ろにエアグルーヴがいるというのもなかなか緊張感があるが、運転操作に緊張感を強いられるよりはいい。

 

 サイレンススズカは助手席にちょこんと座り、シートベルトをかちりと締めた。

 

 エアブレーキのタンクが溜まったようで、プシュッといい音がしてコンプレッサーが止まり、エンジンの回転数が少し下がって落ち着く。

 

「んじゃ、帰りますか」

 

 男は姿勢を正すとギアを2速にごくんと入れ、ゆっくりと発進させた。

 

 

 夜の箱根の町をゆっくりと走る。

 

「わぁ…いい眺め…」

 

 いつもより視界が高くて広いトラックキャブからの景色が、サイレンススズカには新鮮なようだ。

 

 男は同乗者二人を意識して丁寧にシフトを操り、排気ブレーキまでも巧みに駆使しながら峠を下ってゆく。

 

「おお…なんというか、漢らしいな…」

 

 車幅ギリギリの道端を大胆にかすめるように動かしていく装蹄師の運転姿をエアグルーヴは後ろからかぶりつきで観察しながら驚嘆の声を上げる。

  

「普段、トラックなんか乗らないもんな。ちょっと面白いだろ」

 

 エアブレーキをプシュプシュ言わせながら大きなステアリングを抱え込むように切り、ヘアピンを曲がる。

 

「あぁ…これはこれでアトラクションのようだな」

 

 運転席と助手席の間、男のヘッドレスト付近にエアグルーヴの吐息を感じ、その甘い香りに男は一瞬、どきりとする。 

 

「そ…そういえばなんで二人、こっちに乗ろうと思ったんだ?」

 

 気をそらすように、男は二人に話題を振った。

 

 サイレンススズカがゆっくりと話す。

 

「…さっき、エアグルーヴとふたりで話していて…今日のレース、先生は何か、私たちと違う次元で戦っていたような気がして…」

 

「先ほどの宴会は楽しかったが、じっくり話を聞く雰囲気ではなかったからな。ならば帰り道に聞くことにしようと思ったのだ」

 

 確かにさっきはおハナさんがうまぴょいを踊る程度には大盛り上がりであったから、その判断も頷ける。

 

「ふーんそうか…で、歴戦のあなた方とは違う次元と感じたってのは…どういうところで?」

 

 男は排気ブレーキのレバーを入り切りしながら話を続きを促す。

 

「その…言葉にするのが難しいのですが…より速く…という走り方ではなかったのが…どうしてなのか…と」

 

 スズカが訥々と、言葉を探しながら問うてくる。

 

「あぁ…それならそんなに難しいことじゃない。いつものウマ娘たちのレースは、レース距離が決められてるだろ?」

 

 スズカがこくんと頷く。

 

「でも今日、決められていたのは?」

 

「…時間、でした」

 

「それが答えだよ」

 

 スズカがキョトンとしている。

 

「…いつもの私たちのレースなら、決められた距離をいかに速く走り抜け、相手に競り勝って勝つかだが…今日は…」

 

 エアグルーヴが噛み砕いていく。

 

「…今日は、60分の中でいかに多く走るかが勝敗を分けるレースだった、と、そういうことだろうか?」

 

 男は頷く。

 

「さすがだな。それだよそれ。その考え方でレース戦略を立てたんだ。だから、瞬間的な最速である必要はどこにもなかった。それがスズカが感じた違いだと思う」

 

「最速である必要が…ない…」

 

 スズカは考え込んでいるようだった。

 

「競っている相手とコース上で1秒差をつけるのと、ピットで1秒稼ぐの、どっちが簡単だと思う?」

 

「ピット…ですよね…」

 

 スズカは今日の経験から、即答する。

 

「そう。だから今日はコース上での絶対的な速さを追い求めずにそこそこで走って、その代わり給油をカットすることで大胆に時間を稼いだのさ。まぁ絶対的な速さを追いきれないからこその弱者の戦略かもしれないけどな」

 

 エアグルーヴはふむ、と吐息を漏らす。

 

「…そうか…我々は普段のレースに囚われすぎて、今日の競い方の本質を見誤っていたのかもしれないな」

 

 男は窓を少し開け、煙草をくわえる。

 

「そうとも言い切れないさ。速さがあるのなら当然、その分多く距離を稼げる。正攻法でいいんだ。だがこれが60分ではなく120分、あるいはもっと長かったら、どうかな?クルマのレースでは24時間耐久なんてのもあるんだぜ」

 

「24時間…今日のレースの…24回分…」

 

 スズカが息をのむ。

 

「…これをひとつのレースと考えるか、24回分のレースと考えるか…耐久レースは人生の縮図だ、なんて例え方もあるくらいだ」

 

 いつしか三人を乗せた積載車は峠を降りきり、夜になってもお土産屋街が煌びやかな箱根湯本の駅前や小田原市街を抜けて高速に入っていく。    

 

「…耐久レースの戦い方の考え方そのものが、私たちのアスリート人生の縮図、と捉えることもできるな」

 

 エアグルーヴが凛々しい声音で言う。

 

「そうかもしれない。レースを勝つのは至上の目標だとしても、どう戦うのか、そのためにどうトレーニングするのか、どういう生活をするのか。どれだけ走りたいのか、どこを走りたいのか。考えることも、アプローチの仕方も無数にあるさ」

 

 スズカは目を閉じて、考えている。

 

「私は…できるだけ長く…たくさんのレースで…先頭を走っていたい…」

 

 うとうとと寝言のように呟きながら、こっくりこっくりと首を傾かせていた。

 

 エアグルーヴはその様子を見て、男の運転席のヘッドレスト、その裏側に額を当てた。

 

「…こんなもんでいいか、エアグルーヴ」

 

 男はエアグルーヴの体温すら感じられそうな距離感を感じ取り、視線は前に向けたまま小声で声をかける。

 

「あぁ…少しは今日の経験が、スズカの競技生命を永らえてくれる方向にいくといいんだが…」

 

 ことん、ことんと高速道路の継ぎ目を乗り越えるたびに起こる定期的な振動と、至近から香る男の香りを感じながら、エアグルーヴは流れていく夜景をしっとりと眺めていた。  

 

 

 





ここしばらく大変横道に逸れてしまい申し訳ございませんでした。

皆さんの暖かい励ましや感想コメントをいただきましてなんとかこれはこれでまとめ切ることができました。
ありがとうございます。
本当にコメントや評価がありがたくて、いつも書く時の着想だったり書き続けるエネルギーだったり助けていただいております。感謝です。

次回から本編に戻りますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。
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