学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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皆様いつもありがとうございます。

なんだか急に読んでくれている人が増えたようで少々面食らっておりますが、滔々とこれまでと変わりなく、受信した妄想怪文書の類を多少の恥ずかしさを堪えて開陳してまいりたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。


8:〇〇が戦車でやってくる

 

 

 

 

男はその日も蹄鉄を叩いていた。

 

 今日は通常業務を早めに片づけていき、時間を捻出、ゴールドシップから依頼された「海の岩場スペシャル仕様」を組み上げていく。

 

 ゴールドシップのパワーとスタミナに耐えるよう、蹄鉄の素材から見直し鋼材の強度を上げて叩き出し、リブを追加して強度を上げて蹄鉄を形成。

 通常よりも重くなった蹄鉄に、強度を損なわないように穴をあけ、軽量化してバランスをとり、穴の一部を利用して滑りにくいようスパイクを装備。

 スパイクの効きも、足首への負担を抑えるように後ろ方向に蹴り出すときに最も強く効くようにする。同時にスパイクの配置と形状に工夫を入れ、脚の構造的に無理な方向へはスパイクの効きが弱くなるようにセッティングしていく。これでスパイクのグリップが原因で怪我をする可能性を出来るだけ減らす。

 

 通常では使わない脳の部分を極限まで働かせ、作業をしていく。あまり経験のないオーダーへの対応だけに、想像力を働かせて情報を補完し、思い描く性能を蹄鉄に落とし込み、組み上げていく。

 

 最後に左右の重さの違いを余白部分を削って合わせ、一応の完成とする。

 

 あとは実際に履いて試してもらい、調整すればいいだろう。

 

 男は箱に収め、試作であるから試してみてほしい旨のメモを入れ、外箱にゴールドシップ宛と記入。

 工房係の返却用の箱に入れた。

 伝票のないやや不審な箱だが、行先がゴールドシップとわかれば、何の疑問も持たれずに彼女の手元に届くだろう。

 

 男は一仕事終えた達成感をつまみに、煙草の味を楽しんだ。

 

 

 ゴールドシップの蹄鉄を仕上げてから数日後。

 

 夕刻、工房にはオレンジ色の光が差し込み、男はそろそろ今日の仕事の手仕舞いを始めようかと思っていた時分だった。

 

 入口の引き戸が勢いよく開いた。

 

 驚いてそちらをみれば、瞳に一目で狂気を感じさせる色を宿したアグネスタキオンであった。

 

「蹄鉄担当の君!あれはどういうことだ!」

 

 いつもは泰然自若、たとえ教室が己のせいで爆発しようとも驚かず動じないと評判の彼女が、文字通り血相を変え瞳に狂気の炎を相当なカロリーで燃やしたままの勢いで問い詰めてきた。

 

 男は一見、何事もないかのように彼女をただぼんやりと眺める。

 その実、彼女の勢いに気圧され、そのままの状態で堂々と腰を抜かしていただけなのだが。 

 

「…あれ、の主語が欲しいんだが」

 

 ようやくのことで間の抜けた返しをすると、彼女は彼が座っている作業机を目指し、ずんずんと踏み込んでくる。

 

「ゴールドシップ君がつけている蹄鉄だ!」

 

 作業机を勢いで叩きかねない勢いで、彼女は言った。

 

「あぁ…あれ、か。見たのか?」

 

「見たとも!なんなんだあれは!」

 

 彼女が言うには、こうだ。

 

 彼女はあまり積極的に練習するわけではないが、「ウマ娘の肉体における可能性の追求」というテーマで独自研究を続けていると聞く。それを可能にするために様々な薬効を追い求め怪しげな薬を生成し、時には自らも試し、他人に試させたときにはなぜか副作用で七色に光ることで有名である。

 

 今日も今日とて、彼女は練習するウマ娘たちを観察し、新たな気づきや発想を得るためにフィールドワークに出ていた。

 

 そこで、普段聞くことのない、奇妙な足音を聞いた。

 

 それが、スペシャル仕様の蹄鉄を装備したゴールドシップだった、というわけだ。

 

 

 あいつ、校内で使いやがったのか…。

 

 

「ゴールドシップ君に見せてもらって、その足でここに来た!あれは一体なんなんだ?」

 

 男は、使用環境の注釈をつけるべきだった、と後悔した。

 ゴールドシップの性格上、手に入れた玩具をすぐに使いたがることは想像に難くなかったのに。迂闊というべき失策だった。

 

 そして、それを見たマッドサイエンティストと名高い、普段あまり活発なイメージのない彼女がここまでエキサイトしてる姿を現出させた。

 

 厄介が戦車でやってきたようなもの、だ。

 

「あの蹄鉄は、ゴールドシップのオーダーでつくった海の岩場スペシャル仕様、だよ」

 

「…なんだそれは?」

 

 ことの次第を説明する。

 あまりにも珍奇な話ではあるが、思えば彼女もベクトルは違えど同類といえるかもしれない。

 それゆえか、おとなしく頷きながら話を聞いている。

 

「…というわけで、あれは本来トラック用のものではないし、もちろん競技用でもない。あいつは面白半分に着けたのかもしれないが」

 

「…どういうものかは今の説明で理解した。理解したところで、君に相談がある」

 

 マッドな光を瞳に宿したままの彼女。

 ほらきた。

 バカが戦車でやってきて…いやいや、彼女もここの生徒ではあるのだ。一応話は聞くべきなのだろう。

 目で先を促す。

 

「私がウマ娘の可能性を追求してあれこれ研究していることは知っているね?ぜひ、その研究について君にも協力を仰ぎたい」

 

「お断りします」

 

 一分の隙もない声音で、男は言った。

 

「何故だ!あれほどのものを創り出す君の技術と私の知識を組み合わせれば、君の蹄鉄を活用した物理面からの底上げと、私の得意分野の創薬による肉体の強化、両面からのアプローチによって、今よりもずっと速くウマ娘たちがターフを駆けることだって…」

 

「ちょっと待て」

 

 男は掌を彼女の眼前に突きだし、言葉を制止した。

 

「アグネスタキオン、君がウマ娘の可能性を追い求めて研究してることは知ってる。人づきあいの少ない俺のとこまで聞こえてくるくらいには有名だからな」

 

 できるだけ落ち着いた、冷静な声音を装い、男は言った。

 内心はまったく逆であった。

 

 「今より」も、「ずっと速」く、「ウマ娘たち」が。

 

「だけどな、道具によって、蹄鉄によって速く走ることは、俺の信条として容認できない。その手前に、そもそもレギュレーションで縛りがあることくらい、知らんわけではあるまい?」

 

 

 

 怪我の懸念はいつも、いつの時代でもある。

 

 先のおハナさんとサイレンススズカの例を挙げるまでもなく、この競技はいつだって怪我のリスクを、もっと言えば命を懸けて走る競走競技である。

 怪我して治るならまだマシ、そのまま競走能力を失ってしまうこともあるし、命を落とした例だってないわけではない。

 

 先人たちの教訓から、今ではウマ娘たちのシューズや蹄鉄にもかなり細かいレギュレーションが設けられている。

 

 シューズの外観についてはショーアップの観点から空力特性を追い求めるのは禁止されている。同様のルールは勝負服にも設定されている。

 

 このルールがなければ、スピードスケート競技のような画一的なウェアになってしまうだろう。それでは彼女たちが引き立たない、という興業的な理由だ。

 

 シューズの構造については基本的なことはルール化されているが、素材、加工法等にはある程度の裁量がある。

 

 蹄鉄についても市販のものを使用する場合は協会の認定品と定められている。

 カスタマイズなどの加工、さらには叩き出しのオリジナルも使用は認められるが、レースに使用するには事前に協会の技術委員会の承認を得なければならない。

 

 つまりは、ウマ娘たちのそれぞれの身体的・運動的な個性に合わせられる程度の調整・開発は認められるが、そこで大幅な競争力を稼げないように枷がはめられている。

 

 当然といえば当然だった。

 

 注目されるべきは彼女たちが肉体的・精神的研鑽を積んで競い、闘う姿であり、その過程の物語であるべきで、その結果として速さがある。

 

 間違っても、限界性能を追い求める装具の技術開発競争の果てに得られる速さ、ではない。

 

 また、混走競技である特性上、速度が増すことは危険性が増すこととほぼ同義といえ、それはURAにおいても社会的にも看過されるべきではない要素といえた。

 

 

 

「…そういう話を、入学直後の俺の授業でかなりの時間を割いて説いているはずだがね」

 

 男自身は努めて冷静に、しかし聞く者には底冷えした何かを感じさせる声音で結んだ。

 

「…そう…だったな…すっかり熱くなって、失念していたよ…私としたことが…」

 

 彼女の瞳のマッドな炎は消え失せ、自身が口にした言葉の意味の重さに気付き、すっかり耳がしょげてしまっている。

 

 男はさすがにやりすぎた、と彼女に対する憐憫の情が湧き出した。

 気が動転し、取り繕うように、本来ならば言うつもりのない本音が口からこぼれてしまう。

 

「…だからこそ、俺のような奴がこの学園の禄を食んでるんだぜ」

 

 ふぅ、と息と体の力を抜き、男は続けた。

 

「トレーニングもレースも、少なくとも装具においては万全に近づけるための、それ以外でもウマ娘たちに思いつく限りのサポートを行う体制が、この学園にはある」

 

 彼女は目の奥に、うっすら光を灯した。

 

 何事にも100%はなく、事故はいつだって、どうしたって起こる。

 練習中でも、レース中でも関係なく。

 それは競技の性格上、避けられないことだ。

 避けられないことだからこそ、万全を目指し続けられる体制が必要なのだ。

 その理想を追求し、具現化されたのがこの学園だ、と男は信じていた。

 

「君だって、ここの生徒である以上、その例外じゃないんだ。だから、俺の微力でよければ研究上の相談だって受け付ける。だがその用い方は、よく考えてほしい」

 

 あれ。なんかお断りと矛盾したこと言ってないか。

 

 男はそう思ったが、最低限の釘は刺したし、口にした以上は仕方ないか、とすぐに諦める。

 それに彼女にも、生徒としての権利があるのは紛れもない事実だ。

 

 彼女はうつむいて、髪に隠れた表情を伺うことはできない。

 

 しばらく、沈黙の時が続いた。

 

 先にそれを破ったのは、男だ。

 

「…どうしt「…クククククッ…」

 

 彼女の様子を伺おうと声を発した男に被せるように彼女はくつくつと笑い出した。

 

「ハーッハッハッハッハ!なるほどそういうことか!」

 

 なにがそういうことなのか。

 男にはわけがわからなかった。

 

「今ほどこの学園に入学したことを感謝した瞬間はないよ!」

 

 晴れやかな、それでいて狂気の炎を取り戻した瞳で彼女は言い放った。

 

「私は私の研究に、この学園を使えるというわけだな!君すらもその例外ではないと!君はそう言ったんだな!」

 

 …まぁ、間違いではない。捉え方次第ではあるが。

 ただ、さらなる釘の刺し増しは必要に思えた。

 

「義務を果たして、生徒である立場さえ違えなければ、な…」

 

 男は絞り出すように、付け加えた。

 

「まぁそれは追々どうにか考えるとしよう。今日のところは君の言質が取れただけで十分だ。邪魔したね。失礼するよ!」

 

 妙にねっとりした口調を取り戻し、言いたいことだけ言うと、アグネスタキオンはさっと踵を返し、去っていった。

 

 

 

 入口くらいは閉めていってほしい。

 

 

 

 男は重たく感じる体に気合を入れて立ち上がると、引き戸を閉めるついでに外に出る。

 

 ひときわ重たいため息をつき、煙草に火をつけた。

 

 厄介な事柄を追い払うことはできた。

 

 が、その実は、厄介な奴の戦車に燃料を入れただけではなかったか。

 

 

 

 煙草の先と男から立ち上る紫煙は、さながら魂が抜けていくさまを想像させた。

 

 

 





七色に光るゲーミング怪薬、とても飲んでみたい。
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